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5-21 予想外の反撃

◆5-21 予想外の反撃


「その通りです。明日の御前会議、護国卿の廃止について中止を願います」


 要求をストレートに伝える。

 聴衆の真っ只中、彼も下手なことは言えないはず。護国卿に実態が無いと言われれば、貴族お得意の理論でっち上げで、アーキアム伯爵の素晴らしさを説けばいい。有名無実だと皆が理解していても、彼を認めていると私が言うことに意味がある。


 プライナン侯爵は口元を手で覆い私を見つめる。目を逸らしたら負けだ。私と侯爵の睨み合いは続き……侯爵の方が視線を動かした。

 勝ったと思うも束の間、侯爵は私の後ろを舐めるように眺めていた。そして、口元から手を除ける。満面の笑みであった。


 人の良さそうな笑顔のまま、彼は芝居がかったように大げさに語りだす。


「なんということだ! あのドルクネス伯爵からの要望では、財務卿を任されるワシでも考えを改めねばなるまい。アーキアム伯爵は良き縁を結んだものだ。ドルクネス伯爵の庇護下ともなれば、更なる厚遇も一考せねばな」


 こんなにあっさり?

 思い通りになっているのに心がザワザワする。この違和感の正体は何だろうかと探っていると、プライナン侯爵の視線が未だに私の背後に向けられていると気がついた。


 慌てて振り返ると人が異様に増えていた。先ほど会話した男を筆頭に、恐らく全員が過激派貴族だ。

 光に集まる虫のような彼らは、楽しげに盛り上がっている。


「素晴らしい。アーキアムはもう駄目だと思ったが救世主が現れた」

「俺もドルクネス伯爵に付き従うことにしよう」

「そうだ。煮え湯を飲まされた我々も、彼女の元に集結すれば……」


 これじゃあまるで、過激派ではなく……ユミエラ派じゃないか。

 彼らは私の意思と関係なく集まって、ユミエラ派を名乗りだす。そして私の威光を無断で借りて、好き勝手する人たちだ。

 まずいことになった。まさかプライナン侯爵はこれが狙い? 慌てて正面に向き直ると、彼は醜く口を歪めていた。


「おや。後ろの彼らはユミエラの仲間かな?」

「本性現しましたね。……これが狙いですか」

「ヒルローズがいなくなってからは、穏健派の内部も大変だった。手強いライバルの出現だ。ワシらも改めて団結せねば」


 まずいことになった。かつてヒルローズ公爵がやっていた、反国王派を一箇所に集める役目を、私がやらされそうになっている。


 申し訳ないが、アーキアム伯爵を見捨てるしか回避する方法はないのか? ……違う。ここで引いては駄目だ。私が手のひらを返し、護国卿って要らないでしょと言っても意味は無い。

 プライナン侯爵は明日の御前会議で護国卿の議題を出さないだけだ。そして、今のようにわざとらしく「ユミエラに言われては仕方ない」と愚痴れば良い。それだけで、私が過激派貴族を救済した実績が完成してしまう。


 過激派が盛り上がったところで、私がドルクネス領に引っ込んでしまえば? ……これも駄目か。本人の意思を無視して、第二王子を祭り上げるような人たちだ。王都の盛り上がりが領地に影響しては目も当てられない。


 いくら引いても意味のない、詰みの状況。

 引いて駄目なら押すしかないか。押して押して、敵に引かせるしか方法は残されていない。


 私もまた演技を始める。ヒルローズ公爵の意思を受け継ぎ、過激派の頂点に立ち、全力で穏健派から力を奪う……演技をする。


「アーキアム伯爵は護国卿の名に恥じない人物ですから、そうですね……もっと国の守護に関わる仕事を任せても問題ないと考えます」


 あえて濁して言ったが、要するに軍部に口出しできる実権を寄越せという意味だ。

 私の思惑通りに、背後に陣取る過激派たちがどよめいた。


「中央軍の要職だって!?」

「うらやましい。しかし、どの地位が用意されるのだ?」

「あの魔王が推薦するくらいだ……よもや、軍務卿では?」


 すごい盛り上がってるけど、ユミエラ派を名乗るんだったら魔王呼ばわりは止めてください。

 それにしても想像以上の妄想爆発ぶりだ。話題にも出た軍務卿は軍のトップで、三つしかない侯爵家の一つが代々任されてきている。他の武官との折衝もあるだろうし素人がいきなり就任するのは無理な話だ。

 まあ、それくらい過剰反応してくれるのも都合が良い。同格の貴族家と折り合いが悪くなってはプライナン侯爵も困るはず。

 彼にコントロールされた過激派たちは、今は私の制御下にある。侯爵は強張った笑顔で言う。


「軍のポストを用意するなんて、ワシの一存で決められることではないからな。最後は陛下がお決めになること。他の臣下が納得するかも分からん」

「おや? 先ほど侯爵閣下は、アーキアムに更なる厚遇も考えるとおっしゃいましたね。全面的に協力してくださるのではありませんか?」


 侯爵が半歩下がる。無意識だろう。

 いいぞ、こちらが押している。この調子で押して押して……着地点はどこだ? 引いたら詰むから押してみたけど、この先の展望は一切無かった。

 えっと、私が本気で政治に口出しするのは侯爵も嫌なはずだ。野心ゼロ政治嫌いのところに過激派を集結させるのが、彼の最終目標だから……。私の押せ押せ発言が、心の底からのものだと思わせなければいけないのか。

 たぶんバレてるよなあ。百戦錬磨の御老公、私程度のブラフは見抜いている。見抜いた上で、面倒になりそうだから弱気になっている。

 侯爵VS伯爵、一対一の構図は既に変わってしまった。二つの陣営のバトルでもない。過激派の方々が加わったことで、全員の目的と手段がバラバラな混沌とした状況が成立していた。もっと揉めると穏健派貴族、そして国王様まで巻き込む混乱になっちゃうぞ。


 キャパシティを超えて、次の発言の正解が分からない。

 言葉に詰まっているところに、耳馴染みがいい彼の声が響く。


「待てユミエラ」


 一人で現れたパトリックは、人混みをすり抜けて私の隣に立つ。片手にはシャンパンの入ったグラスがあった。私が大変なときに何飲んでんの。

 まあ、仕切り直しのタイミングになったのは幸いだ。それが気に食わない過激派からはブーイングが上がる。


「ここが攻め時ではないのか?」

「当主の彼女を差し置いて……何様だあいつは」


 パトリックは野次を無視して、私の顔を見る。その真剣な瞳は「信じろ」と言っているように感じた。


「やりすぎだ。あまり無茶を言うな」

「そう……かな?」

「唯一交流があるのがアーキアム伯爵で、それ以外の貴族家に詳しくないだろう? 軍の要職に向いている人物は、彼以外にも探せばいるはずだ」


 過激派連中のザワザワがソワソワに変わる。会話も止まり、互いを横目でチラチラと見ていた。あ、そういうことか。君たち単純ね。

 つまりパトリックは、彼らに「もっと向いてる人? もしかして……俺?」と思わせることで、アーキアム伯爵を推しまくるムードを変えたのだ。

 クラスのアイドルが好きな人がいると発言して、もしかして自分では? と思うタイプしかいなかったみたい。違うぞ。アイドルの意中の人物は少なくともお前ではないぞ。


 王国よりも派閥よりも自分が大事という彼らの心理を突いたパトリックの言葉で、一触即発の状況を落ち着けることができた。

 もうパトリック頼りだ。次の言葉を待つ。


「ユミエラは――」


 口を開きながら、彼はどこかを指差すような動作を始める。

 そこで予期せぬハプニングが発生した。体の向きを変える途中、彼が手に持つグラスが私の体に当たってしまった。高価な薄いガラス製の容器はパトリックの手を放れ、床へと落ちていく。

 グラスが割れるまでのスローモーションなカウントダウンが始まる。彼がしまったとこちらを見る。もうっ、パトリックったらおっちょこちょいさん……じゃないのは自明だった。

 彼であれば今から手を伸ばし、中身をこぼさずグラスのキャッチなんて余裕だろう。

 わざとだ。考えがあって、あえて落としたふりをしている。


 ならば私も動かず、カウントがゼロに近づくグラスを眺めて……もったいなくない? 百歩譲ってグラスが砕けるのは許す。もったいないけど、形あるものはいつか壊れる。しかし、飲み物はもったいなくない?

 食べ物を粗末にするのは駄目だ。私は地面スレスレのグラスをキャッチ、屈んだ姿勢を起こす勢いのまま、一気飲み。空になったグラスは再び屈む動きに合わせて、床に叩きつけた。

 一瞬である。普通の人が「あっ」と声を上げるほどの時間で全てが完結した。足元に手を伸ばす姿勢、粉々になった床のガラス片を見て私は言う。


「あ、間に合わなかった」


 頑張って空中で取ろうと思ったのが無駄になっちゃいましたよ、という風を装った。

 パトリックに責めるような視線を向けられる。大丈夫だって、誰も視認できないから。

 目的は知らないけれど、グラスが割れればいいんでしょ? 問題なしだと思ったのに彼は慌てていた。ハンカチを取り出してしゃがみ、周囲に隠すように私のドレスの裾のあたりを押さえる。


「すまない。シミになるかもしれないな」


 液体は飛び散らずに私の胃の中に収まりました。シミの心配はございません。……ごめん、そういう手筈だったのね。

 それともう一点の問題が。飲んでしまったアレ、アルコールでした。

 少しだけだったのに顔が熱くなってきた。何で飲むんだよと私を見上げるパトリックの顔も歪んで見えてきた。

 パトリックは立ち上がり言う。


「顔が真っ赤じゃないか。飲み物はジュースにしろと言っただろう。ここに来るまで、何杯飲んだ?」

「……憶えてない」


 正真正銘の一杯だけど、酔ったふりをしろって意味だろうな。ぐらんぐわんする頭でもそれくらいは分かった。

 そうか、人から見て分かるくらい顔が赤くなってるんだ。毒物耐性はあるのにお酒で酔っちゃうのは不思議だよね。


「もう帰ったほうがいいな」

「そう?」

「また、酔って暴れても困る」


 彼が暴れると言った途端、周囲の人たちが数歩下がり、私を囲む輪が大きくなる。私が帰る流れなのに、異を唱える過激派は一人もいなかった。

 パトリックに肩を抱かれて歩きだすと、人混みが一瞬で引いて道ができる。


 こうして、パトリックの機転により、パーティーでの一幕はうやむやなまま結末を迎えたのだった。


 大広間を脱出。廊下を歩きながら、周囲に人影は無いが念の為小声で会話する。


「どうして飲んだ」

「もったいないから」

「結果的に上手く抜け出せたから良かったものを」

「ありがとうね。着地点が見えなくなっちゃって……うぇ、気持ち悪くなってきた」

「本当に帰ったほうが良さそうだな」


 外に出て、馬車の所まで連行される。冷たい夜風が気持ちよくて、いくらか楽になった気がした。

 このまま馬車で一緒に帰るのかなと思ったが、パトリックが乗ってこない。


「パトリック?」

「俺は残る。相談したい人がいてな」


 そう言って彼は馬車の扉を外から閉めた。

 すぐに馬車は動き始めた。一人で揺られていると、孤独な不安感が……いや、アルコールの酔いに乗り物の酔いが加算されて、余計に気持ち悪くなってきた。

 戦線離脱してしまった私は、パトリックに後を任せて、惨めに悪酔いに耐えるしかなかったのだった。

申し訳ありません、前話でダイナミックな脱字がありました。指摘していただけた方々本当にありがとうございます。誤字報告いつも助かっております。

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― 新着の感想 ―
[一言] そこで“もったいない精神”発揮されても……
[一言] プライナン侯爵みたいな有能(狡猾)な人、好きです(笑)
[一言] 愚王と名高い初代国王や国王に靡いたアバズレ初代聖女みたいに金魚の糞同然に強さに惹かれる弱いやつは大抵ろくなもんじゃない。
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