5-20 二度目の対決
◆5-20 二度目の対決
馬車の揺れが気持ち悪い。いつもは平気でも、体調が万全でないと乗り物酔いするアレだ。
「もう無理。体力を使い果たした」
「あの意気込みはどうした?」
呆れ顔のパトリックはフォーマル度が上がっている。馬車に乗り込んでいるのは御者を除くと二人だけ。これから王城で開かれるパーティーは、オフィシャルの側面が強いためエレノーラはお留守番だ。
クローゼットかくれんぼを終えたあたりで、エドウィン王子はパトリックに挨拶のみ託して帰っていた。それからが地獄だった。
謎にやる気を出したエレノーラのドレス選別から始まり、髪を巻いたり結ったりとセットして、化粧もバッチリ施され、会場に付く頃に丁度良くなるように香水を掛けられて……。何人もの人間が付ききりになって数時間かかった。早い時間に入るお風呂は気持ちがいいなあ、なんて呑気に考えていたのが逃げる最後のチャンスだったように思う。
そして夕刻になった今、私は乗り物酔いに苦しめられていた。風邪気味でスルメを食べながら長距離バスに乗っているくらい辛い。
「はぁ」
「辛いところすまないが確認だ。まずは改めてプライナン侯爵と交渉、駄目ならアーキアム伯爵と相談して彼が護国卿に相応しいとアピールする……合ってるな?」
前回の反省を踏まえて作戦を練りたいところだが、当のアーキアム伯爵と打ち合わせが出来ていないので、まずは突撃だ。第二王子をダシに使おうとしたところを含めて攻めれば分の悪い勝負でもなくなる。
これから行く王城でのパーティーは、月一回開かれる御前会議の前夜祭みたいなもの。国王陛下は参加しないのが通例らしい。翌日の会合の内容も、この場で大体は決まっているとかいないとか。
貴族に借りを作るのは嫌だけど、プライナン侯爵以外の侯爵格を味方に付けるとか、パーティーでやることは多い。気合を入れないと。しかし、酔いが酷い。
「私は宣戦布告がてらプライナン侯爵の所に行くから、パトリックはアーキアム伯爵と打ち合わせしておいて」
「ん? 別行動で大丈夫か?」
「時間が足りなくなるかもしれないから」
本当に時間との勝負だ。あらかじめ伯爵に会っておければ良かったのだが、エレノーラたちからデコレーション集団リンチを受けて時間を浪費してしまった。
令嬢の戦闘装備とか、気取ったこと言わなきゃ良かった。
馬車は王城に到着。やっと降りられる。
パトリックが先に出て、ヒール……ヒールって言うと悪役の方が思い浮かんじゃうな。じゃあ……強制背伸びシューズの私を気遣って手を貸してくれる。
私は手を取り、戦場に降り立った。
パトリックは私を頭からつま先まで見て言う。
「ユミエラは、本当に綺麗なんだよな」
「なにそれ。普段の私が、着飾らないオモシロ女みたいな言い方じゃない?」
「そういう意味で言った」
「あぁ?」
「その戦意は侯爵に向けてくれ」
風に当たって歩くうちに、酔いの気持ち悪さも収まってきた。
行事があるというのに、大広間までの道のりは人が少なかった。その理由も会場に着いたことで明らかになる。そこには既に大勢の人が集まっていた。早めに来たつもりだったのに、私たちは出遅れてしまったようだ。
並べられたテーブルの上には真っ白なクロスが、色彩豊かな料理で彩られている。貴族たちはその横でグラス片手に歓談していた。
楽団の演奏に合わせて、中央のゆとりあるスペースでダンスをする人たちもいた。帰りてぇ……。
当主クラスだけでなく、ご婦人や若い人も多い。事前交渉の席であり、情報交換の場であり、井戸端会議の議場であり、合コンの会場も兼ねているのだろう。
入り口付近にいた一人が私に気が付き、隣の人に耳打ちをする。ユミエラ襲来の情報は大広間に伝播していった。
「あれは……ユミエラ・ドルクネスか?」
「隣にいるのはアッシュバトンだ。ドルクネス伯爵だろう」
あれ? みんな、私の顔忘れちゃったの?
真っ黒い髪の女という時点で、ユミエラだと認識されるものだと思っていた。パトリックにそっと尋ねる。
「なんで?」
「着飾ったユミエラが美人で驚いているんだ」
彼は事も無げに言った。またまた、パトさん口がお上手で。
私を綺麗だとか言うのは彼くらいなもので、普通の人たちからは化け物扱いされてきた私だぞ? いくらドレスアップしたところで評価が反転するとは思えない。
ふと、私をあからさまに凝視している男の子がいることに気がついた。学園に入学するかしないかくらいの年齢だ。同じく同年代の少女とダンスをしていたのだが、ステップは止まっていた。
そして中央のダンススペースの呟きが耳に入ってきた。
「あんなにも可憐な女性だったのか」
まじかよ。
でも知ってる。私が反応を返したら「ひょえひょえ~、怪獣に睨まれちゃったぁ」みたいな感じになるんでしょ?
戦車を踏み潰して、電車を咥えて、タワーを倒すのも怪獣の務めだ。ファンサービスとして、彼に向けてウインクを送る。
すると、男の子の顔はみるみるうちに赤くなった。……えぇ?
ダンス相手の少女は、私をキッと睨みつけ、少年の元から去ってしまった。
違うんです。青少年を誘惑するお姉さんをやるつもりはなかったんです。いい感じな男女の仲を引き裂くつもりはなかったんです。
内心で彼らに謝罪をしていると、パトリックが呆れた様子で言った。
「何をふざけているんだ」
「違うんです。私はパトリック一筋なんです。今のはちょっとした遊びというか、一時の過ちというか……なんか浮気したときの弁解みたいになってるね」
「その心配はしていない。ユミエラの外見に騙される奴はいるだろうが、中身を知らないだけだ」
「あの少年は騙されていると?」
「そうだな。中身を見て好きでいられるのは俺くらいしかいない」
これは……喜ぶとこ? 怒るとこ?
反応に悩み、視線をパーティー会場にさまよわせる。本当に人が多いので目当ての人物を探すのにも一苦労だ。
プライナン侯爵を探していると、パトリックがポツリと呟いた。
「思ったよりも過激派貴族が多いな」
あの騒動でだいぶ数を減らし、今は大人しくしているはずなのに……行かないと気が済まないんだろうな。どうせ白い目で見られて雑に扱われるのだから、休んでいればいいのに。
……おや。侯爵は見当たらないがアーキアム伯爵は見つけた。
「パトリック、あそこ」
「よし行こう」
「私は侯爵を探しておくから、作戦会議はお願い」
「……嫌な予感がする。できるだけ一緒に行動しないか?」
彼は不安げに言った。
心配されるのも分かる。しかし私は、こんな所で変な行動をするほど馬鹿じゃない。突然奇声を上げたらどうなるんだろうという考えも浮かぶが、ちゃんと謎のゲージは抑えられる。
「大丈夫だよ。こういう場では大人しくしてきたでしょう? 私は侯爵を探してくるね」
心配性の彼に一声かけて、私は会場を歩き出した。
パトリックと別れてすぐ、知らない男性に話しかけられる。
「お久しぶりです。ドルクネス伯爵はお変わりないようで」
「どうも」
会釈だけして通り過ぎようとしたが、見覚えのない男性はしつこく付きまとってきた。
「前にお会いしたときはエレノーラ嬢を連れてどこかへ行かれてしまいましたので、いつかゆっくりお話ししたいと思っていたのです。王都へは何の用で? お会いしたい方がいらっしゃれば繋ぎますよ」
一方的にまくしたてられた内容で、彼の正体が判明した。前にヒルローズ公爵家のパーティーに招かれたときに、一言二言くらい会話した人だ。パトリックの言っていた通りのまさに過激派だ。
歩きつつも私は男の対応をする。
「お久しぶりです。例の大捕物は逃れたようで」
「……ははは。ヒルローズは愚かな計画を立てたものです。私に、王家への叛意などあろうはずがありません」
絶対嘘だ。偶然に難を逃れただけで、謀反の計画を聞いたときも「よっ! さすが我らのヒルローズ公爵! どんどんぱふぱふー」ってやってたでしょ。
乾いた笑いをする彼は全く信用できない人物だった。ヒルローズ公爵に世話にもなっただろうに。王国貴族の大掃除を決意した彼の気持ちが良く分かる。
しかし……こういう強い人に取り入るの大好きマンなら、プライナン侯爵の居場所も知っているかもしれない。会場を端から端まで歩けば見つかると思うけれど、聞いてしまった方が手っ取り早い。
「私はプライナン侯爵に会いに来ました。どちらにいらっしゃるか、ご存知ですか?」
「なんと! プライナン侯爵に! 彼は老獪な男です」
「知ってます」
「王国に尽くした忠義の男アーキアム伯爵から、護国卿を奪おうとしているのです!」
「知ってますって。その件で来たんです」
この人、嘘ばかり言うじゃん。護国卿は何もしない卿だって、本人すら認めているのにね。
さっさとヤツの居場所を教えてくれないかな。目も合わせずに歩いていたところを、立ち止まって彼を見る。名前も知らない貴族は口をあんぐりと開けていた。
「どうかしましたか?」
「もしや、アーキアム伯爵について侯爵と話を?」
「そんなところです」
ちょっと面倒だ。じゃあ私もお願いがありますって言われる可能性がある。
まあ、そういうのは前からあるし、断って無視すればいい。そのうち彼も知ることになる情報だ。
そしてようやく、男は会場の一箇所を指差した。
「プライナン侯爵はあちらです。人の陰で見えませんが……いつもでしたらいますので」
「分かりました。ありがとうございます」
行き先はパーティー会場でも屈指の人口密集地だった。あー、年齢層高めの男性ばかりだから、貴族家当主が集まっているところなのか。過激派の彼がいなかったあたり穏健派で固められているのかもしれない。
私は普段以上の仏頂面で進む。プライナン侯爵に対する怒りが伝わっているのか、何も言わずとも人混みが開けていった。
そうして歩き、すぐにプライナン侯爵を見つけた。彼は進路上から避けたりしないので、人混みの中に出来た道を通してハッキリと目が合う。
侯爵に詰め寄る。彼はにこやかに迎えるが、私の戦意は削がれなかった。
「おや、珍しい。ユミエラとまた会えるとは」
「公の場です。ドルクネスとお呼びください」
「ふむ……我儘な子の説得に失敗したのかな?」
「我が家のエレノーラ様は、誰に何を言われようと、友達を見捨てる子ではありませんので。本当に余計なことをしてくれましたね。私の意思も固いです。昨日のように引き下がりません」
「ドルクネス伯爵の要求は変わらないと?」
「その通りです。明日の御前会議、護国卿の廃止について中止を願います」
学園のパーティー回は書籍版で書き下ろしたので、ユミエラのドレスはWEBだと今回が初めてかも?
今月更新のコミカライズが丁度その部分なので、読んでみてください。ユミエラがすごい綺麗です。