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5-19 エレノーラinクローゼット

◆5-19 エレノーラinクローゼット


 やっぱり不干渉がいいよね。

 彼の口から手を引くように言われたことで、エレノーラもきっぱりと割り切ってくれれば良いのだが……難しいかな、彼女は想い人と同じくらいに友人を大事にする。


「お気遣いありがとうございます。しかし、耳が早いですね」

「プライナン侯爵から聞いたのだよ。エレノーラ嬢に会いに行って良いものか悩んでいた私に、押しかけてでも行くよう背中を押してくれたのも彼だ。昔から侯爵には世話になってばかりだ」


 プライナン侯爵の名前を聞いて、私は少し引っかかった。

 そうだ、昨日の今日で私が登城した目的を知っているのは、侯爵経由しかあり得ない。彼から聞いたか……彼から聞かされたかだ。

 私と同じ考えに至ったらしいパトリックが恐る恐る質問する。


「エドウィン殿下、プライナン侯爵と顔を合わせる機会は多いのですか? 昨日会話をした経緯を聞きたいです」

「なぜそんなことを? 王城ですれ違うことはたまにあるが、頻度は高くない。昨日は緊急で確認したい用件があるということで、向こうから訪ねてきた」


 半信半疑が確信に変わった。

 パトリックから引き継いだ私の言葉は、若干乱雑になってしまう。


「それ、本当に緊急でした?」

「後回しでも良いものに思えたが……。先ほどから二人は何が言いたい?」


 エドウィン王子は真相を察してはいないが、私たちに違和感は覚えたようだ。

 彼には受け入れがたい話になる。私は王子の質問に質問を返した。


「私が、アーキアム伯爵の有名無実な役職を守るために王城まで出向くと思いますか?」

「伯爵に泣きつかれて断れなかったと聞いているが」

「学園での三年間、様々な貴族の勧誘を断り続けてきた私が、泣きつかれたくらいで断れなくなるとお思いですか?」

「確かに……。ではなぜユミエラ嬢はわざわざ……? アーキアム……ドロシア・アーキアムか!」


 伯爵の娘の存在に思い至った彼はハッと目を開く。

 ずっと王都にいたエドウィン王子であれば、ドロシアとエレノーラの仲も知っているだろう。そこまで分かれば、プライナン侯爵が王子を私に差し向けた理由も自ずと理解できる。

 アーキアム伯爵を守ろうとしているのは私ではなくエレノーラの意思。侯爵は王子に諌めさせることで、エレノーラを止めようとしているのだ。

 つまり侯爵はエレノーラの恋心を利用しようとしたのだ。それにも腹が立つし、彼女が王子に言われたくらいで友達を見捨てるような浅い人間だと思われていることにも怒りがこみ上げてくる。


 ふと思い出したのは、あの腹黒ジジイが別れ際に言った言葉だ。「ワシもやれることはやってみよう。明日になれば状況も変わっているかもしれない。なあに、ワシも孫娘の我儘には困らされている」

 世間知らずの小娘を、意中の王子様でご機嫌取りして、これがやれることか? 我儘娘に困っている私に助け舟でも出したつもりか? エレノーラは侯爵が困らないかも心配していたんだぞ。


 まだまだ噴出する怒りから、王子に対する言葉も刺々しくなってしまった。


「護国卿の剥奪を円滑に遂行するため、説得すべきは私ではなくエレノーラ様です。それに適役なのは、彼女が特別視している人。分からないとは言わせませんよ?」

「利用されたのか……いや、いま思えば侯爵に違和感しかない。非は私にある。いいように操られて、エレノーラ嬢を傷つけるところだった……」


 彼は頭を抑えて苦々しく言う。

 まさに悪辣、エレノーラの人となりを知っていれば余計に卑劣な手法だと理解できる。私は激おこで、王子は落ち込んでいた。もっと怒りを燃やせよ! 私が彼を焚きつける前に、パトリックが口を開いた。


「俺も昨日あの御仁に会いました。優しげな外面に毒気を抜かれて、警戒心が霧散するほどです。エドウィン殿下が惑わされるのも無理はありません」

「ありがとう、パトリック。しかしダメなんだ。不自然な来訪、彼に都合の良い情報、私をここに向かわせたことも違和感がある。いま考えれば不審なことだらけなのに、昨日の時点で良く考えていれば気づけたはずなのに、私はまた、思慮が不足していた」


 エドウィン王子は力無く語る。相当に落ち込んだ様子だ。

 第二王子ともなれば、老獪な貴族の権謀術策に巻き込まれる機会は多いだろう。王族という立場を、私は気の毒に思った。

 彼は小さな声をこぼし続ける。


「私は王族でない方が良いのだと思う。第二王子の立場でなければ、いいように利用されることも無いだろう。動いて人に迷惑をかけるくらいなら、誰とも関わらず何もしない方がずっといい」


 王位継承権の放棄まで考えていたなんて。実例は聞いたことがないし、王族はそう簡単に抜けられるものではないはずだ。国外に行き、死ぬまでバルシャイン王国の地を踏めないかもしれない。

 重い告白を受けて、私もパトリックも言葉を返すことができなかった。

 やめちゃえば? なんて言えるはずないし、引き止める権利も無い気がする。


 出口の見えない沈黙は、部屋の入口から引き裂かれた。勢いよく扉が開き、全員の視線がそちらに集中する。

 そこにいたのは、ドアに耳をくっつけ会話を全て聞いていた彼女だった。


「何を仰っしゃりますの! エドウィン様らしくない!」

「エレノーラ嬢!? まさか、ずっといたのか?」


 エレノーラは怒っていた。彼女らしくない鋭い目で王子を睨みつけている。


「人のためになりたいというエドウィン様の志は、王子だから仕方なく持った想いですの? 違いますわよね! エドウィン様はエドウィン様だから世界を良くしようと頑張っているのですわよね! 小さい頃は勉強も剣も魔法も苦手だったのに、いずれは国王になるお兄様を支えるためにと、全部頑張って出来るようになったのをわたくしは知っていますわ!」


 爆発的な感情で語られる言葉は、まだ続く。段々と、涙混じりの声になりながら。

「今より悪化するかもしれなくても、いま困っている人がいるなら前に進むべきだという言葉。わたくしはしっかり聞いて、今でも憶えておりますわ! 変わってしまったエドウィン様、わたくしは、き……嫌い! ですわ!」


 ここまでを一気に言い切ったエレノーラは、王子の返答を聞かずに走っていってしまう。

 泣き声は遠くへと消えていき、ドアが開いたままの応接室は再び沈黙に包まれた。


 誰も言葉を発せない状況が続く。そしてようやく、パトリックが口を開いた。


「ユミエラはエレノーラ嬢の様子を見に行ってくれ」

「う、うん」


 私は飛び上がるように立ち上がり、二人を残してエレノーラを追った。

 そのときエドウィン王子がどんな顔をしていたのか、私はとても見られなかった。


       ◆ ◆ ◆


 エレノーラを追うのは簡単だった。屋敷の使用人たちも泣きながら走る彼女を心配しているようで、何も言わずとも行き先を教えてくれる。


 二階に上がり、廊下を進む。やはりと言うべきか、エレノーラの部屋にたどり着いた。


「入りますよ」


 一声かけてから中へ。部屋を見回すが彼女の姿は見えなかった。

 ……消えた? そんなはずはない。窓は閉まっているし、壁に穴も開いていない。どこかに隠れているはずだ。

 ベッドの下を覗き込んだ瞬間、クローゼットからガタガタっと音が鳴った。そこね。


「こっちも開けますからね」


 ガタガタ揺れるクローゼット、エレノーラ城を御開帳。彼女は狭いクローゼットの隅に縮こまっていた。泣き腫らして普段よりも赤くなった瞳に、上目遣いで見つめられる。


「エドウィン様は来ませんわよね?」

「大丈夫ですよ。もし来たら一緒に籠城しましょう」


 しゃがんで目線を合わせる。

 エレノーラは洟をすすっているが、少しずつ落ち着いてきたようだ。所々でつかえつつも喋り始めた。


「わたくしったら……なんてことを……」

「押して駄目なら引いてみろとも言いますし、嫌いと言ったことはあまり気に病まないほうがいいですよ」

「でも、変わってしまったエドウィン様のことを……嫌いだと。わたくしの好きなエドウィン様を、わたくしがエドウィン様に押し付けてしまいましたわ。それじゃあ……都合のいいことを第二王子だからと言って強要して、エドウィン様を悩ませてきた人たちと、変わりませんわよね」

「…………そうかもしれないです」


 私は思い違いをしていた。好きな子に思わず嫌いと言ってしまって落ち込んでいる女の子を慰めるくらいの気持ちでいた。

 エレノーラを舐めるなとプライナン侯爵に憤ったばかりだが、私も同じだったかもしれない。彼女はどこまでも純粋な愛情を持っている。恋に恋する彼女の、愛は本当に愛だった。

 私はそこまでパトリックを愛しているだろうかと不安になるくらいだ。


 掛けられたドレスを端に無理やり寄せて、私もクローゼットの中に入り込む。エレノーラとぴったりくっついて座った。そして扉を閉めた。

 大人の女性が二人でやることとは思えないかくれんぼだ。暗がりの中で私はゆっくりと質問する。


「エレノーラ様は、人のために頑張る殿下が好きだったんですよね」

「そうですわ。優しいエドウィン様も、冷たいエドウィン様も、笑っているエドウィン様も、怒っているエドウィン様も、みんな好きですわ。でも一番好きなのは、一生懸命に頑張っているエドウィン様ですわ」

「王子様……第二王子でなくなっても?」

「関係ありませんわ」

「気力が無くなって、頑張らなくなったら?」


 間髪入れずに返ってきていた答えが、ピタリと止まる。

 クローゼットの中くらいの暗さであれば、私は普通に目が効く。隣を見れば、目をギュッとつむり、顔をメチャクチャに歪ませて考え込むエレノーラの姿があった。

 しばらく、沈黙が続き、そして彼女は言う。


「…………好き、ですわ。それでもわたくしは、エドウィン様を愛しています」


 そうか。ここまで分かれば、後は簡単だ。いわゆるツンデレ女子小学生レベルの話に落ち着く。


「あーあ、エレノーラちゃん、大好きな王子に嫌いって言っちゃったね」

「ああぁ……わたくしはどうすれば……」

「あるあるですって。大丈夫ですよ」


 あーあ、アホ王子は本当にバカ王子だな。こんな女の子の想いをスルーし続けるなんて。

 頑張っているというのも良く分からないし。頑張るのなら、まずはレベル上げしてレベル99になるところからだと思う。

 しかし、私たちが出会ったきっかけも王子だったくらいだ。急に「エドウィン様とか興味ありませんわ」とか言い出しても困ってしまう。

 さて、クローゼットの中も窮屈になってきた。


「そろそろ出ましょうか」

「もうですの? ちょっと楽しくなってきましたのに」

「……エレノーラ様って切り替え早いですよね」

「あれ? 様? さっきは、ちゃん付けで呼んでくださったのに」

「そうでしたか? 私はエレノーラ様呼び固定ですよ。長く親しんだ呼び方を変えるのって恥ずかしいですし」

「ユミエラちゃん…………ユミエラさん、にしますわ」


 暗いから気づかれてないつもりかもしれないが、エレノーラちゃんお顔真っ赤だぞ。……なんかドキドキしてきたな。横にくっついてる部分が柔らかいし、いい匂いするし、間違いが起きたらどうしよう。

 本当に出よう。泣いていたエレノーラはいなくなった。そのうちパトリックが王子を帰すだろうし、私もやることができた。


「出ますよ。私の部屋のクローゼットに移動します」

「また隠れますの?」

「いえ、エレノーラ様にドレスを見繕っていただきたいです。今夜はパーティーに行きますから」


 エドウィン王子は未だに迂闊な行動をすると分かった。エレノーラの愛の深さも分かった。私が一番強いのは分かっている。そして、プライナン侯爵はとんでもない悪党であるとも分かった。

 再戦だ。アーキアム伯爵を助けるとかはどうでもいい。とりあえず侯爵の思い通りにさせてなるものか。エレノーラの想いを踏みにじった報いを受けさせないと気が済まない。


 クローゼットの外に出る。振り返ると、眩しそうに目を細めながらエレノーラはぽかんと口を開けていた。


「ユミエラさんが自分から、ドレスを?」

「綺麗なドレスは、令嬢の戦闘装備でしょう?」


 柄にもないことを言った自覚はある。ただ、プライナン侯爵は政治で倒したい。あのユミエラにリアルファイトに持ち込まれたからとか、言い訳の余地がないくらいボコボコにしたい気分だった。

 私が伸ばした手を掴んで、エレノーラはようやくクローゼットから出てきた。そして言う。


「ユミエラさん、良く聞いてください。ドレスからビームは出ませんわ」

「……知ってます」

「え? でも戦闘装備って……どこかに戦いに行くのですわよね?」

「いや、そういう意味じゃなくてですね。結果的にですけど、アーキアム家の役職は守られるってことです」


 締まらないなあ。しかし、護国卿が守られると聞いたエレノーラの笑顔で、全てがどうでも良くなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 侯爵は丸い方向で対応しただけなのになあ 王子が穏健派の動きの可否で行動しなきゃだったのでは? ドロシア嬢もお人形を商いにすれば大盛況になりそうだけど
[一言] ユミエラが個人的にドロシア嬢個人を援助すればいい気もする
[良い点] エレノーラちゃんが可愛すぎる [一言] ちょっと、もう推せるくらいエレノーラちゃんが可愛すぎるんだけども。 こんなに優しくて健気な良い子、ユミエラじゃ無くても溺愛しちゃうだろう・・・
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