5-18 久々の王子
◆5-18 久々の王子
翌日。パトリックとのラブラブデート編には突入しなかった。
二日連続となった急な来客と向かい合っている。
「突然の来訪、申し訳ない。来ていることが分かれば良かったのだが……用事を済ませたらすぐに帰ってしまうのではないかと思い……」
「いや、本当にそうですね。第二王子殿下は常識が欠如しておられる」
「すまない。知ったのは昨日王城に現れたときなんだ」
「……急に押しかけるのも悪くないと思います。革新的で、流石殿下。さすでん」
来たのはエドウィン王子。対応しているのは私とパトリックだ。王子が来たと知った途端にエレノーラは隠れてしまった。様子は気になるのか、応接室のすぐ外にはいるようだ。あ、扉に耳を当てる音がした。
久しぶりに会った因縁の王子様はエレノーラの存在を悟ることもなく、どうでもいいことに首をかしげている。
「さすでん……?」
「お気になさらず。早速ですが用向きは何でしょうか」
「用と言われても、特にこれといったものは……。ユミエラ嬢にもパトリックにも、しばらく会っていなかったから顔が見たかった」
なんだこいつ。私たちそんな仲良くないだろ。
心の中ではやっぱりバカ王子と呼ぼうかな。さすでん廃線!
はいじゃあ顔見たから帰ってね。と言おうとしたところでパトリックが発言をする。
「俺とユミエラの二人だけですか?」
「……敵わないな。パトリックにはお見通しか」
「学園の男子生徒で一番親しくしていたのは殿下ですから」
「私も学園でパトリックと出会えて良かった。もしパトリックがいなかったらどうなっていたことか」
なんか男二人で通じ合っている。私は邪魔っぽいので、後は若い人だけでごゆっくり……。
ごゆっくりしている様子を、エレノーラと一緒に盗み聞きしよう。黙って立ち上がるとパトリックが言う。
「呼びに行ってくれるのか」
「え?」
「エレノーラ嬢を呼びに行こうと立ち上がったんだろう?」
「……そうです。行ってくるね」
なるほどエレノーラね。確かにエドウィン王子とエレノーラは、ヒルローズ公爵の騒動以来に会っていないはずだ。愛は一方的だったとはいえ二人も長い付き合いだろうから、貴族でなくなった彼女を気にするのも納得だ。
別件で立ち上がったけれど、このままエレノーラを呼んでこよう。
しかし彼女は、貴族でない自分が王子と結婚するべきではないという趣旨の発言をしていた。あまり掘り下げられなかったけれど。
好きなのに決して結ばれない相手と顔を合わせるのは……だから隠れたのだろう。
本人が嫌がる素振りを見せたら面会謝絶を宣言しようと考えながら、私は応接間から退出する。
ドアノブを捻り、向こう側で耳をくっつけているエレノーラが退くのを確認してから扉を少し開ける。
狭い隙間をすり抜けて廊下に出て、まずはエレノーラの口を塞いだ。
「んうっ!」
「すぐに戻ると近くにいたことがバレますから。少し時間を開けましょう」
そう耳元で囁いてから、会話が王子に聞かれないように離れた所まで歩く。
ここら辺で大丈夫かな。一応小声で私は言った。
「聞こえてましたか? 殿下はエレノーラ様を心配して来たみたいです。恐らく公爵が生きていることは知らないので――」
「エドウィン様にはお会いしませんわ。わたくしは元気ですとだけ伝えてください」
エレノーラは私の目をしっかり見据えて頷いた。意思は固い。
ちゃちゃっと会って軽く挨拶するくらいならいいと思うけれど……。今の彼女が王子に対してどのような思いを抱いているのか、私はいまいち把握しきれていない。複雑な乙女心なども絡んでしまうと私の管轄外だ。
「本当にいいんですか? エドウィン殿下ですよ? 興味がなくなったのならそれでいいんですけれど」
「……エドウィン様をお慕いする気持ちは、今も変わりませんわ」
じゃあどうして? 私が聞く前にエレノーラは毅然とした態度で続ける。
「親子共々ユミエラさんの庇護下にあり、真実は違うとはいえ、わたくしは逆賊の娘。王族としての責務を全うしようとするエドウィン様が、わたくしと会ってはいけませんわ」
高潔な精神を持つ立派なご令嬢がそこにはいた。愛のために身を引く、聡明で気高い彼女こそがエレノ……いや、知らない人だった。
私は慌てて彼女の背中をさする。
「大丈夫ですか!? 変な物を拾って食べましたね、ほら、早く吐き出して」
「なっ!? 何も食べていませんわ! 拾い食いなんて……ユミエラさんとは違いますわよ?」
私も拾い食いはしないです。なんて言葉が出てくる余裕も無い。
えらいこっちゃ。とりあえずエレノーラの心身がただ事でないのは間違いない。もしかしたら重い病気かも。
「調子が悪いところはありませんか?」
「怪我なんてしてませんわ」
「心配しているのは病気です。回復魔法で怪我は治せても病気は無理ですから。どこか痛みません?」
「痛くなるのは怪我で、病気は苦しく……あれ? 痛くなる病気もありますわね。もしかして病気と怪我って、同じ……ですの?」
やっちゃあ! いつものエレノーラ様だ! だいちゅき。
念の為しばらくは経過観察をするとして、新発見にわなわなと震えているところ申し訳ありませんが、病気と怪我は全く違います。
「別物です」
「あ! 外からが怪我で、中からが病気ですわね!」
「まあ、そう……ですね。合ってると思います」
怪我のことを外傷とも言うし、その認識で大丈夫なはずだ。例外は、無い……かな?
私の良く知るエレノーラだったのは良かったとして、エドウィン王子を待たせているのだった。
「エドウィン殿下に会わなくて、本当にいいんですね?」
最後の確認に、エレノーラは「はい」とだけ短く答えた。
こう見えて彼女は頑固なので、これほど意思が固いと説得も難しい。無理に引き合わせる理由も無い。
王子が待つ部屋に戻る。
一人で帰ってきた私を見て、パトリックもエドウィン王子も不思議そうな顔をしていた。
さて、何と言ったものか。私は慎重に言葉を選びながら説明する。
「エレノーラ様わあああああ!」
説明の途中ですが奇声を上げました。
第二王子殿下の肩がビクリと跳ね上がる。無表情な私が突然大声を出すのは怖いだろうけど、そこまで驚くとは思わなかった。
一方のパトリックは眉一つ動かさず冷静そのものだ。
「ユミエラ、床に落ちている物は食べるな」
「拾い食いなんてしないって、パトリックじゃないんだから」
エレノーラから押し付けられた拾い食いの称号をパトリックにパスしつつ、もう音をかき消す必要はないので、私は静かに着席する。
大声を上げたのはエレノーラの移動音を隠すためだ。ここに帰る私に距離を空けてついてきた彼女は、既に扉に耳を押し当てる体勢に戻っている。そんなに王子が気になるなら会っちゃえばいいのに。
しかし彼を誤魔化すためとはいえ、本当に拾い食いするキャラだと思われたらどうするんだ。
ナイスアシストと素直に思えないパトリックは、私に説明を促す。
「エレノーラ嬢は?」
私が詳細を述べる流れだが、まだ上手い言い訳を思いついていない。本当の理由を言っては、王子の負担になりたくない彼女の意思を無視してしまう。しかし、断固として会いたくないと申しております、なんて言うと角が立つし……。
「エレノーラ様は調子がよろしくないみたいです」
「あのエレノーラ嬢が? 体調を!?」
それなら仕方ないと言われて終わると思っていた会話だが、エドウィン王子は予想以上に大きな反応を返してきた。
エレノーラには元気ですと伝えてくれと言われていたことも思い出し、一貫しない供述になってしまう。
「ずっと元気でしたよ。ただ今日だけ本調子じゃないみたいで」
「生活環境の変化は負担がかかると言うし、ヒルローズ公爵の件もある。万が一ということもあるし、王都にいるうちに医者に診せた方がいい」
「今日が例外なだけで、とにかく元気です。ドルクネス領では活発に行動していますし、私よりも社交的なくらいで……」
こんなに食いつくとは思わなかった。顔見知りが病気と知ったら、これくらいは心配するのがエドウィン王子って人なのかな。
パトリックも補足でエレノーラの暮らしぶり説明する。
それでようやくエレノーラの健康面に問題ないと確信したようで、彼は穏やかに言う。
「元気そうで何よりだ」
「そんなに気になります?」
「エレノーラ嬢とは歩みも覚束ない頃からの付き合いだ。彼女は一度たりとも病気になったことがない。もちろん軽い風邪くらいは引くが、次の日には普段よりも元気になって戻ってくる。そんなエレノーラ嬢が体調不良とは、少し深刻に受け止めてしまった」
なるほど、病気一つしなかったエレノーラが不調と聞いて、必要以上に心配になったのか。
私は学園入学以来のエレノーラしか知らない。付き合いの長さで言えば十年以上の差があるわけだ。
一方的に好意を寄せるエレノーラと、眼中にないエドウィン王子。私はそんな関係に落ち着いた二人しか見たことがなかった。それ以前の彼らは、エレノーラの思い出話で聞くのみだ。
「お二人でいるときエレノーラ様が噴水に落ちてしまい、風邪を引いたんですよね」
「どうしてそれを?」
「本人から、嫌になるほど何度も聞きました。あれ、本当は風邪すら引いてなかったんですよ。お見舞いに来て欲しくて寝込んだふりをしたんです。でも待つのに一日で飽きちゃって、次の日には止めたらしいです」
「そうだったのか。三日ほど寝込んでいれば、見舞いに行ったのだがな……」
幼き日のエレノーラの思い出は、聞き流していても脳内に刷り込まれてしまっている。だから自然にサラッと真実を暴露しちゃいました。だから、これを聞いているエレノーラ様におかれましては寛大な処罰をお願いいたします。
部屋の外から「んうぅー」という謎の呻き声が聞こえた。
気になってそちらを見た王子に、パトリックがフォローをする。
「風の音ですね。どこかの窓が開いたままになっているようです」
異音について言及されることはなかった。
それから、私とパトリックが代わる代わるドルクネス領でのエレノーラについて喋った。彼が本気でエレノーラを心配していると分かったので、なるべく安心させたかったのだ。
元公爵令嬢のお転婆っぷりを聞いて、エドウィン王子も無用の心配をしたと理解したようだ。彼と和やかに雑談をする日が来るとは、学園時代からは想像もできない。
会話に一段落ついたタイミングで、思い出したように彼は切り出してきた。
「そうだ、忘れるところだった。アーキアム伯爵の件について少し」
「護国卿ですか。もう手は引いた、と言うのも変ですがこれ以上は関わらないつもりです」
「それがいい。中央に干渉しない姿勢が変わっていなければ尚更だ。有名無実な役職であることは事実だから、遅かれ早かれ護国卿は廃止されていただろう。エレノーラ嬢を心配しているのはもちろんだが、この話もしたかった」