5-16 速攻魔法発動!
◆5-16 速攻魔法発動!
伯爵に見送られて、私たちはアーキアム邸を後にする。
ケヴィンがエレノーラを誘導したことは、当然ながら彼も理解している。私が依頼を了承したときも喜ばずに「うちの家令が申し訳ない」と暗い顔をしていた。
馬車の中、老獪な家令を思い浮かべて私は言った。
「ごめん、あの人ならあれくらいやるよね。別になる前に注意してくれていたのに……」
「俺も警戒はしていたんだが……彼が退出したのに気づかなかった」
あの黒幕を無警戒のままエレノーラを別行動させたのは悪手すぎた。
普通に考えれば彼女が標的になると分かったはずだ。朝にケヴィンが訪ねてきた段階では警戒マックスだったはずなのに……装備が作れないとなって思考が回らなくなってしまったのだ。装備の話にも夢中になってしまった。今回、一番悪いのはもちろん伯爵家家令のケヴィン、二番目はこの国の技術力。そして最も悪くないのはエレノーラちゃんです。
大丈夫だった? あの狸爺に嫌なこと吹き込まれなかった?
「エレノーラ様は何と聞きましたか? アーキアム家の窮地について」
「プライナン侯爵に大事なものが取られそうになっていて、解決できるのはユミエラさんしかいないと。ドロシアさんは、わたくしが気にすることではないと言ってくださったのですが……やっぱりどうにかできないかと、ユミエラさんにお願いしてしまいましたわ」
「いいんですよ。私も伯爵の現状を聞いて、力になれればと考えていましたから」
サラリと心にも無いことを言ってエレノーラを元気づける。
そうか。私を利用し尽くす計画について、伯爵本人もだが娘の方も乗り気ではなかったようだ。
あの家令が悪辣であることは確定としても、悪人であるとも言い難い。主人の目的のためなら手段を選ばない彼は、忠義者とも言いかえられる。ような?
揺れる馬車の中、パトリックが言う。
「ユミエラはどう動くつもりだ? 明日か? 明後日か?」
彼が言っているのは、侯爵との交渉に望むのをいつにするかだ。
幸か不幸か、今回の王都訪問の日程は月に一度の御前会議と一致していた。国王陛下の元に貴族が馳せ参じ、国家運営に関わることを取り決める会議がちょうど明後日なのだ。
王国貴族であれば誰でも参加できるのだが、地方貴族はほぼ出ないと聞いているので私も行ったことが無い。
会議の前夜には王城でパーティーも開かれるらしい。中央貴族は月に一回のパーティーと御前会議に欠かさず参加して、権力闘争を頑張っている。ご苦労様ですね。
護国卿いらないよねって議題も、明後日の会議で上申される見込みだ。
明日のパーティーと、明後日の御前会議。それらのタイムリミットがあるからアーキアム伯爵は私との面会を急いでいたようだ。
両方行きたくない私は、パトリックの問に対する答えを決めていた。
「どっちも行かない。もっと早めに決着をつける」
「そうだな。衆目の監視がある中よりも、事前に密々に事を運んだほうがいいはずだ」
彼はそう頷く。
同意見なら話は早い。
「良かった。じゃあ、今から王城に行こうか」
「今から!?」
パトリックは驚く。明日のパーティー前とかを想像していたのかな?
まだ午後になったばかりの早い時間。財務卿であるプライナン侯爵はおそらく王城にいるはずだ。そこに電撃戦を仕掛ける。
「私はそこまでの大事じゃないと思ってるのよね。伯爵家を潰してプライナン侯爵にそこまで旨味は無いでしょう? お願いして借りを作るまでもなく、匂わせるくらいでも大丈夫かもしれないと思う」
「たしかに。今回の件にプライナン侯爵が、どれほどの熱量を注いでいるのかは会ってみないと分からない。だが……今からか?」
アポなし突撃にパトリックは気が進まない様子だ。事前連絡をして、御前会議まで忙しくて会えませんと言われたり、用件を予想されて対策を練られても面倒だ。
常識人の彼は反対でも、突撃兵の急先鋒のごときエレノーラなら賛成してくれるだろう。顔を向ければ彼女は困った顔をして言う。
「お仕事中に突然出向くのは……失礼ですわよ?」
「……えぇ? エレノーラ様も前触れなしに我が家に来てましたよね」
「お友達のお家に行くときは、あーそーぼー、と言えば大丈夫だと――」
誰だ? 男子小学生みたいなことを公爵令嬢に吹き込んだのは?
「――ユミエラさんが仰っていたからですわ」
どうも男子小学生ユミエラです。
あの吶喊は私が原因だったんだ。言った記憶は無いが、私のことだし言ったんだろうな。エレノーラパパに、お前は娘に悪影響を与えると言われていたが、あながち間違いではないね。
「……私、プライナン侯爵とお友達なんで大丈夫です」
「あら? そうでしたの? では安心ですわね!」
人類はみんな友達。プライナン侯爵は顔すら分からないけれど、同じ星に住まう愛おしい友人なのだから、突然押しかけても良いのである。博愛主義って便利。
意味不明な理論を持ち出すくらいに私の意思は固い。それを察したパトリックはため息をつく。
「分かった。まず屋敷に戻ってエレノーラ嬢を下ろして、それから王城だな」
「あ、エレノーラ様も来たほうがいいかも。私の動機も伝わるだろうし」
「一理あるが……本当に大丈夫か?」
今回の交渉において、エレノーラが隣にいることは重要だと考える。
彼女がいないと、私がアーキアム伯爵を助ける理由が、侯爵視点からでは見えてこない。動機が不明で下手な警戒をされるよりは「エレノーラちゃんのわがままなんです。今回だけお願いします」という意図が伝わったほうが良さそうだ。
ということで、反逆者の一人娘が王城に行きます。乞うご期待。
◆ ◆ ◆
王城に来るのも久しぶりだ。
城門は馬車に乗ったまま、ドルクネス家のパワーで難なく突破。
馬車を降りた私たち三人は、城の中へと足を踏み入れようとする……が、衛兵に声を掛けられた。
「失礼します。そちらの方は?」
ここで止められたか。完全スルーは難しかった。
エレノーラは今、顔をベールで隠している。王城に来る前に、ウエディングドレスの採寸をした服飾店に寄って貸してもらったものだ。
薄い緑のドレスに白いベール。使用人には見えないし、相当に怪しい。スルーはして貰えなかったね。
私は慌てることなく布を上げて、エレノーラの顔をあらわにした。
「良く見てください。彼女はエレノーラ様です」
「ごきげんよう、エレノーラですわ」
可愛らしいご尊顔を見て、衛兵は硬直した。
王城の衛兵を任されているくらいだから、主要な貴族家の人相はだいたい覚えているはずだ。たった数ヶ月前まで公爵令嬢だったエレノーラの顔は当然知っている。
固まったままの彼に向けて私は更に言う。
「通っていいですよね? ユミエラ・ドルクネスと、その連れが入城しますよ?」
「…………どうぞ、お通りください」
勝った。圧力の勝利。
エレノーラが私の所にいるのは公然の秘密だ。秘密だけど公然なのだ。堂々とヒルローズ姓を名乗りでもしない限り、後から問題にもならないはず。
だから、そんな泣きそうな顔をしないでください。
私は罪悪感を抱きつつ、彼の隣を通過する。
後ろからは、パトリックがそっと衛兵に声を掛けていた。
「申し訳ない」
それ以降は顔を改められることもなく王城を進む。
私が来ること自体が珍しいので、顔を隠した隣の人物はあまり注目されていなかった。エレノーラではないかと気づいた人がいたとしても、声を掛けてきたりはしないだろう。
王城の低層階には王国の行政機関が集まっている。霞が関です。
その一段上。低層と、王族の領域である上層の間に、財務卿の執務室はあった。
扉の前に見張りがいるわけでもない。この階まで来られる賊などいないだろうから、不要なのだと思う。貴族が、しかも何を仕出かすか分からない木っ端貴族などではない人間が賊に豹変するのは、誰も想定していない。
いや、賊と言っても押しかけてお願いごとをするだけだから。大丈夫なはず。
礼儀としてノック、そもそも礼儀を逸脱した来訪だと気がついて、返事を待たずに扉を開ける。





