5-14 何もしない卿
◆5-14 何もしない卿
そして私は、応接間に案内される。パトリックだけが待っていた。
「アーキアム伯爵は?」
「ユミエラが戻ってきたから、そろそろ来るはずだ」
パトリックと話しても、私がいなければ仕方ないと考えているのか。私よりも彼を口説き落としたほうがドルクネス伯爵家を動かせると思うんだけどな。
応接間を見回す。お金持ち趣味で、過剰に絵画などが並べられていた。変な形の家のミニチュアを飾るくらいなら、ドロシアの人形を一個くらい置いておけばいいのに。
出された紅茶のカップも、たぶん見る人が見ればすごい物なのだろう。紅茶を飲んで一息つこうとしたが、すぐにアーキアム伯爵がやって来た。私がいつ来ても良いように、隣の部屋で待機していたくらいの早さだ。出されたお菓子をある分だけ食べる時間は待っててよ。
「初めまして。アーキアム伯爵家の当主、ダーレン・アーキアムだ」
「ユミエラ・ドルクネスです。初めまして」
彼は緊張した様子で挨拶をする。
「本日はお忙しいところお越しいただき感謝する。明日になるかもしれないと聞き及んでいたから……今日で良かった」
「いえ、予定は早めに終わりましたのでお気になさらず」
「お気遣い感謝する」
アーキアム伯爵は四十代ほどの見た目だ。同級生の親世代だから実際もそれくらいだろう。そして結構ガッシリとした体格をしていた。決して太ってはいない。元々の体格に恵まれているのか筋肉がついているのか。
これぞ悪徳貴族という感じの肥満体型の人も覚悟していたので意外だった。
そんな彼は大きなからだを縮こめて、恐縮しきっている。
違うって、予定キャンセルして来たわけじゃないです。あまり期待されても困るのでちゃんと否定しておこう。
「本当に予定が早く終わったんです。この国の技術が遅れているせいで」
「技術? どのような?」
「防具の加工や魔道具ですね」
「力になれればと思ったが、それは専門外だ。こと魔道具に関してはレムレストに比べて遅れている」
思い出したら、またイライラしてきた。初対面のおじさんに話を聞いてほしいくらいだ。
私の夢の悉くを破壊した王国トップクラスの職人とやらは、本当に酷かった。
「本当に酷いんですよ。私が何を提案しても、技術的に不可能です……と機械的に返すだけでした」
「ドルクネス卿は何を作ろうと?」
よくぞ聞いてくれました!
却下された数々の装備、どれから説明しようかと思い浮かべているとパトリックが割って入ってきた。
「アーキアム卿、早く本題に入らないと――」
「ロマンが分からないパトリックは黙ってて。……私は装備を作りに行ったんです。専用の防具に色々と仕込もうと思っていました」
「……武に厚い貴族家は特に、当主専用の鎧は珍しくありませんな」
テーブルを挟んで向こうにいる彼は、話を急ぐパトリックに困惑しつつも私の会話に参加してくれた。
ドルクネス家は武に厚くはないような……? 警察の役割をこなす私兵はいるが、軍のような人員は抱えていない。私とパトリックが戦えて、ちょっと強いドラゴンがいるくらいだ。でも、まあいいか。細かいところに突っ込んでも仕方ない。
「まず腕の部分からワイヤーを――……丈夫なロープを射出できるようにしたかったんです。先端にはフックを付けて、屋根から屋根へ飛び回れるように。しかしですね――」
喋りながら、私は王国随一の職人とやらとの会話を思い出す。
◆ ◆ ◆
「技術的に不可能です」
「ワイヤーを発射するだけですよ?」
「発射機構は実現するかもしれないです。しかし、射出前に収納しなければいけないので、ロープの長さは……人の身長くらいが限界ですかね」
「そんなんじゃ意味ないですよ。発射は可能なんですよね? じゃあパイルバンカーにしましょう。鉄製の杭がすごい勢いで飛び出すんです」
「可能だとは思います。ちなみに、威力はどれ程を想定していますか?」
「とりあえず、そこにある鎧を貫けるくらいでいいです」
「技術的に不可能です」
「そんなに弱いんですか? え、じゃあ、ワイヤーの長さを解決しても壁に突き刺さらないってことですか?」
「……木製の板に、手が届くくらいの距離なら刺さるはずです」
「はぁ……。じゃあパージ機能……鎧が勢いよく吹き飛んで脱げるようにしてください」
「普通に脱げば良くないですか?」
「戦闘中に重い装甲を捨てて身軽になるんですよ。戦場でチンタラ鎧を脱ぐ馬鹿はいませんって」
「戦闘中なら、脱がない方がいいです。あ、着脱手順の簡略化は研究が進んでいます!」
◆ ◆ ◆
「――と誇らしげに言われたんですよ。ロマンを分かってないんです。パージの勢いで敵を吹っ飛ばせるくらいが丁度いいのに。アーキアム伯爵もそう思いますよね?」
ふう、結構喋ってスッキリした。
遮らずに話を真剣に聞いてくれたアーキアム伯爵は首を縦に振る。
「…………同意、する」
「そういうわけで予定は早々に終わり、ここに来ています」
「…………戻ってきた、のか?」
どういうことか彼は不安げに視線を彷徨わせて、私の隣に向かってそう言った。
問われたパトリックは手早く返答を述べる。
「戻ってきました。本題を。早くしないと更に長いのを聞かされます」
「あ、ああ……そうか私がドルクネス卿に面会を申し出たのだった」
アーキアム伯爵は上の空だった態度を改め、姿勢を直してから続ける。
「我がアーキアム伯爵家は窮地に追いやられています。どうかドルクネス伯爵に助力をお願いしたい」
「嫌です」
「そうか、当然だ。わざわざご足労申し訳ない」
なんかスピード解決しました。呆気にとられて何も言えない私たちを気にせず、伯爵は立ち上がり、出口に向かい……しかし、ビクリと肩を震わせ足を止めた。
彼の視線の先、応接間から出すまいと扉の前に陣取っているのは家令のケヴィンだ。
「昔から申しております通り、ダーレン様は物分りが良すぎます。詳細を説明するくらいはしてください」
「しかし……。ケヴィン、このようなとき先代ならどうする?」
「説明くらいはするかと」
「土台から無理な話で、骨組みが知られれば更に関係が崩れるとしてもか?」
「当主が判断することです。ご決断を、ダーレン様」
ケヴィンは諭すように伯爵の名を呼んだ。おじさん当主とお爺さん家令であるが、年齢は親子ほど離れている。子供の頃から色々と面倒を見てもらっていて強く出られないとか、そういう関係なのだと思う。
アーキアム伯爵はため息をついて、元いた所に座り直す。
「申し訳ないが、アーキアム家の危機について聞いてほしい」
「聞くだけですよ?」
「同情して助力を願えればありがたいが、中央貴族の諍いに深く関わることになる。卿らが避けるのは承知の上だ」
この人、個人的にすごい好印象。貴族の権力闘争が嫌いというのは、中央貴族……特に過激派の方々にはあまり理解していただけない。権力を拡大させるのが最高の幸せって価値観だからね。領地で静かに暮らしたいという私の思いが分かってもらえるだけでだいぶ気構えが解ける。
あと、詳細は分からないけれど権力闘争の類で決定か。事前に調べられなかっただけで周囲とバチバチやりあってたんだ。
「中央の政争ですか。融資の相談の方がまだマシでした」
「心配には及ばない、当家の財務状況は良好だ」
借金漬けみたいな噂もあるようだけど、お金には困っていないようで何よりです。
しかし金銭的に余裕があるのは意外だった。装飾過多にする意図があるとしか思えない応接間を眺めながら考えていると、彼はしばし思案してから口を開く。
「中央の事情には疎いだろうから前提から説明しよう。ヒルローズ公爵の反乱は、詳しいか……では、それからの王都の情勢を。公爵家が取り潰しになり、有力な貴族家も無くなった。我らの派閥は完全に力を失っている」
「過激派貴族が難しい状況なのはお察しします」
「……過激派、か」
アーキアム家の当主ダーレンは自嘲気味に呟いた。パトリックからも腕をつつかれ、失言を指摘される。
そうだった過激派は俗称であって、正式には公爵派か。でも公爵いないし……旧公爵派? なんて呼べばいいんだろう。
「あ、すみません。えっと旧? 元? 公爵派……ですか?」
アーキアム家に協力する気は無いが、わざわざ怒らせるような真似はしたくない。過激派新名称問題に頭を悩ませていると、悪意が無いことは伝わったらしい。伯爵は苦笑いして言う。
「確かドルクネス領で育ったのだったね。過激派という言葉を知ったのは学園に来てからのはずだ。初めは誰から聞いたか覚えているだろうか? その人物はどの立場だった?」
過激派貴族を知ったのは……あ、謁見の後に王妃様から聞いたんだ。穏健派と過激派に分かれていて、後者は野心家いっぱいだから気をつけてと教わった。
当時は気づかなかったが、自ら穏健派を名乗る王妃様のしたたかさに内心で舌を巻く。仮に俗称だと前置きがあったとしても穏健派と過激派では後者のイメージは悪い。
「過激派の呼称を用いたのは穏健派、つまりは国王派の印象操作が始まりだったのですね」
「その通り。私たちは拡大派と名乗っていた」
良く分かったなと、彼は感心する。
拡大派ねえ。領土を拡大するために武力侵攻しようぜって人たちだから、やっぱり過激派なような? 彼ら一派が国王派を揶揄するような言葉も多分あるだろうし、レッテルぺたぺた競争をやってるだけだと思ってしまう。
くだらねーという私の内心を察してか、アーキアムは咳払いをして話を区切る。
「失礼、全て言葉遊びだ。本題に戻る……私たちは厳しい状況に追い込まれ、それを好機と見た国王派の貴族たちが攻勢をかけてきた。弱った獲物を骨の髄まで吸い尽くす気だ」
「穏健ってどういう意味でしたっけ?」
これは流石に同情してしまう。
派閥に関係なく、中央貴族というのは権力だとか権益だとかが大好きだ。敵対派閥が弱体化したら、徹底的に食い尽くすくらいのことは……するんだろうなあ。穏健派が聖人揃いだとは露ほども思っていなかったけどさ。
しかし、何を奪うにしても大義名分が必要だ。俺の方が強いからお前の領土を寄越せよって理屈は、取り敢えず国内では通用しない。まかり通ってしまうと、国内がめちゃくちゃになるので、国王やら第三者の貴族が仲裁に入る。国家間だと仲裁する人がいないので割と無茶なことが……まあ、今は関係ないか。
重い空気が漂う。煌びやかな内装とのギャップで余計に息が苦しい雰囲気だ。伯爵も自分で説明していて気分が落ち込んだようで、何とも気まずい沈黙が流れる。
すると、切り出しづらい状況だろうにパトリックが続きを促す。
「拡大派の全体は分かりました。そして、アーキアム家は何を奪われそうになっているのでしょうか?」
「役職を剥奪されてしまう。中央貴族だった当家が、このままでは一介の地方貴族に落ちぶれる」
「役職と言うと……なるほど、公爵の後ろ盾を失えば剥奪されるのも無理は……」
パトリックは納得した様子で言う。
私には話が見えてこない。役職というのはあれだ、大臣みたいな、〇〇卿ってやつ。有名なのだと内務卿とか外務卿とか軍務卿とか。私は脳内で卿を大臣に変換して認識している。
先ほど挙げた有名所は一つの貴族家が代々世襲するものだが、他のショボい役職だと複数人いたり数年おきに二つの貴族家で持ち回りだったり、色々複雑だ。
それで……アーアキアム伯爵は何卿なんだろう。この感じだとパトリックは知っているようだ。本人に聞くのも失礼だし、こっそり教えてもらおうと隣に顔を向けた。しかし、本人を前にして聞くのも普通に失礼か。正面に向き直る。
やはり私は挙動不審だったみたいで、アーキアム伯爵は苦笑いをした。そして言いづらそうに役職名を名乗る。
「あー、護国卿……となっている。一応は」
護国卿? 名前の雰囲気からして、国を護る……国軍関連? トップは軍務卿で、それ以外にも軍に関連する役職はあるけれど、学園でまとめて覚えた中に護国卿なんて無かったはずだ。
忘れてしまったわけではない。国軍に噛んでる過激派の貴族家は二つあって、両方が例の騒動で潰れてしまった。ここまで認識しているのだから間違いない、護国卿って何やねん。
「すみません、護国卿のお仕事って……」
「…………貴族並びに国民が、王国を内外から護る意欲を高める。となっている。一応は」
「意欲を高める? えっと、具体的にどのような権限を持っているのでしょうか」
「一切ない。権限も無ければ、優遇も無い、経費の割り当ても無い」
フワフワな要旨で、実態は何もなくて……あ、やっと分かった!
「あ! 何もしない卿ですね」
5章はラストまで予約投稿済みです。
期間が空いてしまい申し訳ありません。それでも読み続けていただけて、本当にありがたいです。





