13 ドラゴンの卵
春の長期休暇も終わり、今日から私は2年生となる。
新学期初日、大きな卵を抱えて登校する私は周囲の視線を集めていた。
「久しぶりユミエラ、それで……それは何だ?」
「私の子よ、私が産んだの」
「なっ、誰との……ああ、冗談か」
久しぶりに会ったパトリックにドラゴンの卵について聞かれた。彼は私の冗談を一瞬本気にしたようで、私の両肩を掴み相手を問いただそうとした。まさか彼がこんなに慌てるとは思わなかった。
「ドラゴンの卵よ、休暇中にちょっとね」
「ちょっとでドラゴンの卵は手に入らないと思うが……。お前が孵すのか?」
「そのつもり、国王陛下にも話は通したし」
先程の冗談だが、私の子供という部分はあながち間違いでは無い。ドラゴンは産んだ卵に魔力を込めて孵化させる。
魔力を込めれば込めるほど強い個体が生まれるので、親は食事もおざなりにして魔力を込め続ける。モンフォード領のように、普段は襲わない家畜を襲うくらいには。
そして孵った子供は、1番多く魔力を与えた者を親だと認識する。たとえ種族の違う者だったとしても。
つまり人間がドラゴンの卵を孵せば、その子供は人間を親だと認識する。人に馴れることは無いと言われている魔物の中で、唯一人間に従う可能性があるのがドラゴンなのだ。
ただ、人に馴れたドラゴンを手に入れるのは非常に難しい。そもそも卵が見つからないし、元の親ドラゴンより多くの魔力を注ぎ込むことも、中々できることではない。その証拠に現在のバルシャイン王国に所属するドラゴンは2体しかいない。
ゲームではアリシアの魔力に影響されて光属性のドラゴンが産まれる。そのドラゴンは、パーティーメンバーを乗せて飛べるくらいにまで成長する。
そう、今回私が首を突っ込んだイベントは、RPGではお馴染みの移動手段を手に入れるイベントなのだ。ゲームのように1度行ったことのある場所にしか行けないという縛りは無いと思うので、私はそれが非常に魅力的に思えた。
空を飛んでみたいという願望もあったし、移動に便利であるし、もしものときは国外逃亡にも力になってくれるだろう。
「それにしても、なんと言えば良いのか……控えめに言って禍々しい感じがするな」
パトリックが卵についての感想を言うが、禍々しいというのは酷いと思う。
確かに、私が爆発しないか心配になるほど魔力を注ぎ込んだ卵は、闇の魔力で真っ黒に染まり周囲に威圧感を放っているが。
「うちの子に酷いことを言わないで、こんなに愛らしいのに……」
両手に抱えた卵をギュッと抱きしめながら言う。
最初は産まれてくるドラゴンを便利なタクシーくらいに思っていたのだが、長期休暇中に肌身離さず持ち歩いているうちにだんだんと愛着が湧いてきた。私の魔力で産まれるのだから、私の子供同然だし、魔物だからと酷い扱いをする気は無い。
「愛らしい?」
「ええ、きっと可愛いらしいドラゴンが産まれるのよ。そうだ、名前も考えなくちゃ」
「そうか、世界最強のドラゴンを降臨させようとしている訳ではないのだな」
パトリックが引き気味に言うが、彼は一体何を言っているのだろうか?
「私の子なんだから世界最強のドラゴンに決まってるじゃない」
「……ああ、分かった、無事に産まれることを祈っているよ」
パトリックは疲れた顔でそう言って立ち去っていった。
彼があんな顔をするのは私が何かやらかしたときだが、そういうとき彼はキチンと指摘してくれる。私が知らないうちに何か非常識なことでも言ってしまったのだろうか。
それからしばらく経ち、学園の新入生に卵を抱えた危ない人物と認識された頃、卵がときどき動いていることに気がついた。時期的にもそろそろだと思っていたが、今日か明日には卵が孵るのだろう。
私は感動的瞬間を分かち合うべく、パトリックに声を掛けた。
「どうぞ、そういえば誰かを部屋に招くのは初めてですね」
「し、失礼する」
私の部屋に入るパトリックは分かりやすく動揺していた。女の子の部屋に入るのに恥ずかしがるアレだろうか。いや、私が女の子扱いされているとも思えない。
パトリックと休暇中の事などについて雑談して卵を見守った。しかし、時間も遅くなってきたので今日は駄目かと諦めかけた頃、卵が動きを見せた。
揺れ出した卵に少しずつヒビが入る。
「が、頑張れ!」
私が声を掛けると卵の動きが激しくなり、中から真っ黒な手が飛び出す。
「やった! やりましたよ、パトリック!」
パトリックをチラリと見ると、彼は覚悟を決めたような神妙な顔をしていた。我が子の誕生にそんなに真剣になってくれるとは。
手が見えてからは早かった。ドラゴンの子供は卵を突き破り、中から這い出てきた。
感動のあまり固まっているとパトリックが気を使うような声色で言った。
「あー、ユミエラは可愛いドラゴンを想像していたようだが、怖……かっこいいのも俺は悪くないと思う。だから――」
パトリックはかっこいいと言うが、私はむしろ……
「可愛い!」
なんて可愛らしい子だろう。中型犬くらいの大きさで、大きなお口で、大きなお目々で、その佇まいは神々しささえ感じる。体の色はもちろん私の髪と瞳と同じく真っ黒だ。子は親に似る物である。
「ユミエラが可愛いと言うのならそれでいいが…… 神々しいというのは俺も思う」
パトリックが何か言っているようだが、私はたまらず我が子に抱きつく。私の胸に顔を埋めた子ドラゴンは猫のように喉をゴロゴロと鳴らす。
「パトリック! ゴロゴロ言ってる、猫みたいね」
「グルグル唸っているように聞こえるのだが……」
小ドラゴンの喉を撫でながら名前について考える。今までずっと考えていたが、結局いい名前を思いつくことは無かった。
「あなたの名前は、うーん、ドラゴン、竜……」
「そのリューと言うのはいいんじゃないか?」
「え、竜って…… あ、そうか」
ドラゴンや竜をもじった名前は安直すぎると考えていると、パトリックが名案を出した。この世界に竜という言葉はないので、彼には名前に聞こえたのだろう。
リューという名前の響きは気に入った。ドラゴンの性別の見分け方は知らないが、男の子っぽいと感じていたので丁度いいだろう。
「リュー、あなたの名前はリューよ」
私の言葉が伝わったのか、リューは嬉しそうにガウと吠えながらブレスを放った。顔目掛けて放たれたブレスを手で振り払った私は、心を鬼にして躾をする。
「リュー、部屋の中でブレスを出しちゃ駄目よ?」
またガウと吠えたリューだが、口からブレスを出すことはなかった。なんて賢い子なんだろう。ただ、目から黒いレーザーが出たので首を捻ってかわす。
「今のも駄目よ? あ、パトリック、リューを寝かさなきゃいけないから今日はこれくらいで」
「おい、ドラゴンをこの部屋に置いておく気か?」
パトリックはいつの間にか部屋の隅で縮こまっていた。彼は動物が苦手なタイプだったのだろうか。
「もちろん、大きくなるまでは一緒のベッドで寝るつもり」
そのうち部屋に入り切らなくなるだろうが、その後のことはリューが大きくなってから考えればいい。
「そうか、お前なら大丈夫だろうが死なないようにな」
パトリックはそれだけ言うと逃げるように部屋を出ていった。
翌朝、私はメイドのリタの悲鳴で目を覚ました。何事かと飛び起きると、私よりもずっと大きくなったリューが寝息を立てて眠っていた。
子供の成長は早いと言うが、まさかこれほどまでとは……
とりあえず子の成長を喜んだ私は、次にリューを部屋から出す方法に頭を悩ませるのであった。





