5-13 ドロシア・アーキアム
お待たせして申し訳ありません。
※5章前回までのあらすじ
パトリックの罠にハメられ王都でウエディングドレスの試着をしたユミエラ。試着の翌朝、アーキアム伯爵から面会の申込みが来た。アーキアム伯爵は公爵派の貴族で、エレノーラの取り巻きCくらいだったドロシアの家でもある。
しかし、ユミエラには大事な予定があった。彼女専用の最強装備を作製するのだ。飛び出るワイヤー・肘からビーム・緊急パージ機能……夢を詰め込んだ最強装備を作る! 技術的に可能なら。
◆5-13 ドロシア・アーキアム
王都に来て二日目。つまりは私専用の装備を作りに行く日。太陽は空の頂点付近に鎮座している。正午を過ぎたばかりの時間だ。
私はパトリックとエレノーラと共に、馬車に揺られていた。行き先はアーキアム邸。
久しぶりに友達に会えるからとエレノーラは上機嫌だった。私はその正反対であった。
「はぁ」
「ユミエラ」
「これだから技術後進国は」
「ユミエラ!」
憎らしいほどに晴れた空を眺めていると、パトリックの呼びかけで馬車の中に戻される。
厄介事の匂いがプンプンする貴族の邸宅を訪れるというのに、心ここにあらずだった。
パトリックからアーキアム伯爵についての情報を聞いていたのだが、ほとんどが耳を通り抜けるだけだ。
ちゃんとしようと思っても、今のモチベーションじゃ難しい。午前中に私のテンションを最低にした人の言葉を借りるとするならば「技術的に不可能です」だ。
アーキアム伯爵の予習はモチベ的に不可能です。あーあ、夢もロマンも無い世界だな。
「ごめん。上の空で聞いてなかった」
「アーキアム家の成り立ちから話し始めた俺も悪かった。ここからは今の状況だ」
パトリックはそう言って手元の紙束に目を移す。あれは王都のアッシュバトン邸に勤める人がまとめてくれたものだ。アーキアム伯爵については、私も彼もあまり詳しくなかったので辺境伯の情報網を頼った。
王都での情報収集を専門にする人を抱えているあたり、アッシュバトン辺境伯家は規模が大きいと改めて実感する。
彼はパラパラと紙を捲り、文字に目を走らせる。
「これは……調査にあまり力を入れていなかったな。アッシュバトン領から離れているし、関わりも無いから仕方ないか」
「すぐに出してくれるだけでもありがたいよ」
「ヒルローズ公爵家が取り潰されてからは目立った動きを避けているようだ。中央貴族だが領地には一年に数回の頻度で赴いている。領地の税率も良心的……だが浪費が激しいという噂がある」
「過激派貴族でもそういう人いるんだ」
中央貴族でもないのに領地に全く寄り付かず、税金を限界まで絞り上げ、それでいて浪費もしまくる……という最悪の事例を知っているばかりに、アーキアム伯爵は優良寄りの貴族だと感じる。
最後の浪費の部分だけ気になるが、王都で暮らす貴族ってみんなそういうもんだしね。
「屋敷から茶菓子に至るまで、何をするにも同格の貴族以上でなければ気がすまない質らしい」
「あー、それは中々……。お金足りてるの?」
好きな物だけこだわる分にはいいけどさ。全部を周りより良い物で揃えたらお金がいくらあっても足りないって。
気になる財政状況について、パトリックは手元の紙を斜め読みして探す。
「……あった、これか。借金に悩まされている、という噂があるが真偽は不明」
「負債まみれでしょ。他のところよりも支出は多いのに、収入は平均くらいだよね?」
「だろうな。領地の規模もそれなりだし……材木の産地で有名なくらいか」
「いまお世話になってる建築の、アーキット商会が儲かってる分で税収が潤ってるとかは?」
「領主が立ち上げた事業であれば儲かるとは思うが……」
「あー、そっか。たぶん名前が似てるだけの別物だろうね」
私は丸太を運びに赴いたアーキアム領を思い出して納得する。例の商会がある以外はそこまで栄えている様子は見られなかった。
領主が管理する鉱山とかあればすごいお金持ちなんだけど、そういう物も無いらしい。
今のところのアーキアム伯爵の評価は、悪い人でもないけれど見栄っ張りな中央貴族って感じ。借金に困っている点だけが気がかりだ。
伯爵個人のパーソナルな情報は全くない。あ、エレノーラは面識があるはずだ。
向かいに座るパトリックから、隣の彼女へと視線を移して私は言う。
「エレノーラ様は会ったことありますよね? アーキアム伯爵ってどんな方ですか?」
「ドロシアさんも含めて、あそこの家の方々は趣味に一生懸命ですわ。ドロシアさんは可愛らしいお人形を沢山持っていますの」
人形ってドールみたいなやつかな? この世界でも高価な物なので、金遣いの荒い貴族一家という印象が強くなっただけだった。
お金貸してと言われることは……無いと思うけれどなあ。私に頼るのって、向こうからしても相当な最終手段だろうから。
どのような厄介事が出てくるのやら。正面に顔を向けると、パトリックが「俺も分からない」と首を横に降った。
パトリックは不安げにしているが、そこまで心配する理由も分からない。
エレノーラが友達に会いたい関係でアーキアム伯爵の所に行くことになったが、初対面の伯爵に気を使う道理は無い。親身に相談に乗る必要もなければ、依頼を請け負う義理もない。
「たぶん大丈夫でしょ。何を言われても断ればいいのよ」
「本当に断れるのか?」
パトリックはそう言って視線を横にずらす。エレノーラがどうかしたのかと確認すると、彼女が馬車の窓から頭を突き出す瞬間だった。プチ危ない。
「着きましたわ!」
馬車が緩やかに停止する。
既に伯爵邸に到着していた。昨日は閉ざされたままであった門は開放され、私たちを迎え入れる態勢だ。過激派貴族の邸宅に私は招き入れられた。
◆ ◆ ◆
アーキアム伯爵家の家令ケヴィンに出迎えられ、私たちは邸宅の廊下を歩く。前を行くお爺さんに聞こえないように、私はパトリックに耳打ちした。
「朝に来たのはあの人」
「彼が大声でエレノーラ嬢を?」
「うん。物静かそうだけど気をつけて」
屋敷の中に入って分かった。アーキアム伯爵の見栄っ張りは相当なものだ。
外から見たときは、伯爵にしては大きめな屋敷を所有していると思ったくらいだった。しかし内部はとんでもない。
アーキアム邸の廊下は美術館だ。数え切れぬ絵画、骨董品の壺、舶来の民芸品、美麗な飾り皿、あとこれは……この屋敷の模型か。
高密度で並べられた品々だけでは飽き足らず、照明からドアノブに至るまでに過剰な装飾が施されている。王城や今はなきエレノーラ宅も相当だったが、ここまでではなかった。
貴族的な感覚でも装飾過多だと思う。パトリックも辟易とした様子でそれらを眺めていた。
廊下を歩き、階段の前に差し掛かったタイミングでケヴィンは立ち止まる。二階へ向かう階段の前にはメイドが一人控えていた。
「エレノーラ様はこちらへ。ドロシア様がお待ちです」
伯爵の話を聞くのは私とパトリックだけで大丈夫か。エレノーラは友達に会いに来たのだから、ここからは別行動でいいかな。
言われるがままに行動するエレノーラの背中を見守っていると、パトリックが小声で言う。
「一人で行かせるのは危なくないか? エレノーラ嬢が何を言われるか……」
確かにちょっと気にかかる。
エレノーラちゃんはメンタルが無敵だ。学園時代どれだけ私が塩対応を繰り返しても、彼女は自分が好かれていると疑わずにグイグイと迫ってきた。
でもやっぱり心配だ。私も一緒に行こう。
「私も行きます」
私が名乗り出ると、エレノーラは振り返って嬉しそうに言う。
「はい! ドロシアさんのお人形は素敵ですから、ユミエラさんも来てください」
伯爵は少し待たせてしまうことになるが、別に構わないだろう。
確認のため顔を向けると、ケヴィンはニコニコしたまま頷いた。
「ドロシアお嬢様も喜びます。ただ、あまり長居は……」
「分かってます。アーキアム伯爵の話も聞きますから」
その後、淑女の集まりだからとパトリックは二階行きを辞退し、私とエレノーラはドロシアの待つ部屋へと案内される。
屋敷の二階へ向かう階段を上りきる直前、少女の声が降ってきた。
「エレノーラ様が来てるって本当!?」
「お嬢様――」
「どんな顔をして会えば――」
「お嬢様! もういらしています」
あー。階段が死角になって、私たちを先導するメイドさんしか見えてなかったのか。
声だけではピンと来ないけれど、たぶんドロシアなのだろう。声を聞いたエレノーラはメイドを追い越して階段を上りきる。私も続いた。
「ドロシアさん! お元気そうで良かったですわ。お久しぶりです」
「エレノーラ様もお変わりないようで……良かった、です」
気まずそうにうつむくドロシアを見て、だんだんと思い出してきた。
学園の頃は二つに結っていた長い髪は、肩のあたりで切り揃えられスッキリしている。でも自信なさげというか、オドオドした雰囲気は変わっておらず人物としての印象は変わらなかった。
エレノーラの取り巻き四番目くらいである彼女について、まだマシな人というイメージを私は持っていた。自分の有利になるようエレノーラをコントロールする令嬢連中に比べれば、わりかし善良という意味だ。
ドロシアは口数の少ない人だった。エレノーラに何か吹き込むわけでもなく、意見するわけでもなく、周りに同調同意をする。悪意も無ければ、善意も無い。いてもいなくても変化が無い。
「お人形の部屋でいいですわよね」
エレノーラは何度も来たことがあるのだろう。慣れた調子で進もうとするが、ドロシアは制止した。
「ユミエラ様もいらっしゃいますから、あの……」
「大丈夫ですわ!」
「……はい」
おや、人形の部屋とやらにドロシアは行きたくない様子だ。私をしきりにチラチラと見て気にしている。
趣味の部屋に人を連れ込みたくない心理は分かるけど、エレノーラちゃんの前にそんな理屈は通用しない。
エレノーラが先頭になり進み、一つの扉の前で止まった。そして、先に入るようドロシアに顔を向ける。
彼女も観念したようで、私に一言だけ言ってドアに手をかけた。
「驚くと思います」
何が待ち受けているのだろうか。ドロシアの趣味部屋を覗き込んで……悲鳴が出そうになったのを根性で抑える。
「すごい……ですね」
「そうですわよね! お顔もお洋服もみんな可愛らしくて、わたくしも大好きですわ」
薄暗い部屋には人形が並んでいた。ドールって言うのかな? 西洋人形とかアンティークドールといったテイストの人形だ。
それだけなら女の子らしくて可愛らしいものだが。数が尋常ではない。壁際にある背の高いショウケースには、四段分びっしりドールが並んでいる。
そして、昼なのにカーテンが閉め切られている。
「カーテンは開けないんですか?」
「日光で傷んでしまうので閉め切っています」
ドロシアは、さも当然のようにそう言って部屋の中に入っていく。楽しそうにしながらエレノーラも続いた。
私もホラーゲームに登場しそうな部屋に踏み込む。
机の上には四肢が外れた人形があるし、一つの椅子に大きめの方がちょこんと物言わず座っていた。完全に人形専用の部屋だ。
人形が動き出すのではないかとドキドキしていると、ドロシアが頭を下げる。
「ごめんなさい。ビックリさせちゃいましたよね?」
「いえ、そんなことは。バラバラなのは……修理中ですか?」
「作っている途中の物です」
「ドロシアさんは、お人形を自作していますのよ」
エレノーラの補足説明を聞いて驚いた。これって作れるものなのか。
感心してバラバラ人形を良く見ると、目が片方無かった。あの窪みにガラス球のような眼球をはめ込むのだろうけど……やっぱ怖い。
本気過ぎる趣味に若干引き気味になりつつ言う。
「へえ……自作、ですか」
「人形だけこんなに沢山あって。自作までして、やっぱり気持ち悪いですよね?」
そう言って、ドロシアは顔に影を落とす。
今も楽しそうに部屋を見回しているエレノーラは希少種だ。普通は私みたいな反応をされるから、入れたくなかったのか。
私自身が人に理解されづらい趣味を持っているからこそ、他人の趣味を否定したくない。理解できない趣味だと引いてしまった自分が情けなかった。
「そんなことありません。私も、こういうの自作したりしていました」
「人形を!?」
「人型ですけど、ここにある物とはちょっとだけ違う感じです」
日本での話。私にはそういう趣味もあった。プラスチック製だけど、基本は人型だったし、人形と言っても差し支えないはずだ。人型機動兵器のプラモデルは、実質人形。
私を同好の士と誤認したドロシアは急に距離を詰めてくる。
「ホントですか! 学園の頃に分かっていれば良かったです。どんなお人形を作っていたんですか?」
「宇宙世紀がメインです」
「お洋服は着せていましたか?」
「外観は緑とか、赤とか。すみません、そんな本格的にやっていたわけじゃなくて……塗装もマーカーでしたし」
本当は塗料をエアブラシで吹くのが良いけれど、そこまでやる気にはなれなかった。赤い機体のキャンディ塗装とか憧れたけど、手間と技術がかかりすぎる。最近のキットは素組みでも十分なクオリティだし……いや、そうじゃなくて、プラモデルで乗り切ろうとしているので質問攻めにされても困る。
明らかに会話は噛み合っていないし、ドロシア側も私の話を理解していないはずなのだが、なぜか会話は続く。
「作っていると色々大変なことありますよね。ユミエラ様は何か困ったりしました?」
「飾るときに自立させるのが大変で」
「スタンド無しで自立ですか!? すごい!」
「台座とかスタンドが無いと、後ろに倒れがちで」
「そうですね。バランスを取るのは難しくて」
「色々と豪華になるほど難しいですよね」
「分かります!」
あれ? 会話成立してる?
ゴテゴテした武装を背負っていると、後ろに倒れちゃうよねって話をしているはずなのに……。
学園では見たことのないテンションになってしまったドロシアは、作りかけの人形を指差す。
「この子、この子の名前がまだ決まってないんです。つけてあげてください」
「えっと、ナイチンゲールとか?」
「ナイチンゲール。いい名前ですね。素敵です」
採用されちゃった。まだ人の名前に聞こえるからマシな方かな。
プラモデルと考えると普通に受け入れられるな。たくさん集めて並べたくなるのも頷ける。
許可を取ってから、胴体に取り付け前の腕を触る。この球体関節なんか、プラモの股関節みたいなものだ。一つの方向にしか動かない肘などと違って、自由にグリグリ動かせるのは画期的だと思う。
あまり触りすぎると壊しちゃいそうなので、そっと机に腕を戻す。
静かなエレノーラを見てみると、並んだドールを一つずつじっくりと眺めていた。視線を動かすと、ドロシアと目が合った。
「今まではエレノーラ様だけだったんです。ユミエラ様は二人目です。エレノーラ様が大丈夫と仰ったのでもしかして、と思っていたらその通りで」
この趣味に理解を示してくれる人はエレノーラしかいなかったらしい。何事もフラットに受け入れるのは彼女のすごいところだ。
私を入れても大丈夫だと言ったのは……何も考えてないからな気がする。
はえー、と言いそうな顔をしながら人形に夢中になっているエレノーラを見守りつつ、私は言う。
「エレノーラ様の良さ、分かってますね」
「素敵な方です。小さい頃からずっと、エレノーラ様のことが大好きでした」
「あ、今は一緒に住んでるんですよ」
「ありがとうございます」
あれ? エレノーラちゃんとの同居生活を自慢したらお礼を言われた。
ドロシアはまた顔をうつむかせて、悲しそうに続ける。
「エレノーラ様には良くしてもらったのに、私は何も返せませんでした。小さい頃も学園にいた頃も、いいように扱われるエレノーラ様に、何も出来ませんでした」
「それは、まあ、私も同罪なんで」
エレノーラの置かれた状況を分かりつつ放置していたのは、私も同じだ。ヒルローズ公爵の起こした騒動に巻き込まれてなし崩し的にエレノーラを引き取ることになっただけ。
何も出来なったと言うドロシアを責める気にはなれなかった。
「そんなことはありません。学園でユミエラ様と会ってから、エレノーラ様は変わりました」
「学園時代は、特に何もしてないと思いますけど」
「……あれで何もしていないは、無理がありますよ」
学園の頃は目立たないように大人しくしていたつもりなんだけどな。エレノーラに付きまとわれていたときも同様だ。公爵家のご令嬢と角が立たないように気を使っていた。
さて、アーキアム伯爵家はともかくとして、ドロシア自体に全く警戒は必要ない。エレノーラと二人になっても大丈夫そうだ。
早めに呼び出された要件を聞いて、断るだけ断ってさっさと帰ろう。
残る二人に一声かけて、私は部屋を出る。
小説だからナイチンゲール
装備作製の顛末は次回語られます