5-12 不穏な使者
◆5-12 不穏な使者
おはようございます。昨晩は寝るのが遅くなったもののコンディションは完璧です。
本日はお日柄も良く、私専用の装備を作るに相応しいでしょう。出かける準備を早々に済まして朝からソワソワと屋敷を歩き回っていると、使用人の一人が私を探していた。
「ユミエラ様おはようございます。こちらにおられましたか」
「おはよう、何かあった?」
「朝から申し訳ありません。アーキアム伯爵家から使いが来ております」
アーキアム伯爵……ああ、昨日エレノーラと行ったところか。ドロシアからエレノーラ宛ての手紙が来たのだろう。公爵派が壊滅しているだけでも大変なのに私たちが襲来したら大変だと、慌ててお断りの手紙を書いたのかな。思ったよりも早かった。
「手紙だけ受け取って貰えれば大丈夫」
「いえ、それがユミエラ様ご本人にご用事があるようです。日を改めるようにお伝えしても、いつまでも待つと申しております」
私に会いたがる貴族は結構多い。面会の申し込みがあったり、パーティーやお茶会への招待が来たりする。どうせ世界最強パワーが目当てなので大体はお断りしていた。
しかし、何の用事だろう? 目立った行動を出来ないアーキアム伯爵が私と会いたがるとも思えない。
用件は不明であるが、エレノーラのこともある。ドロシアからの手紙を催促だけでもしようと思い、私は応接間に向かうと決めた。
応接室に向かうと、お爺さんが緊張した様子で座っていた。間違いなく老人と呼べる年齢だが、キッチリとした服装のせいかそこまで年老いた様子はない。どことなくデイモンと同じ雰囲気を放っている人だ。
彼は私の姿を確認するや、慌てて立ち上がる。
「突然の訪問、大変失礼致しました。私はアーキアム家の家令ケヴィンであります。アーキアム伯爵家の当主ダーレンより、ドルクネス伯爵に折り入ってお願いがございます」
必死すぎてちょっと引いた。もう部屋に入っちゃったけれど、数歩後ずさって扉を閉めてしまいたい衝動にかられる。
絶対にとんでもないことを頼まれるじゃん。エレノーラ宛ての手紙だけ受け取って、さっさと帰って貰おう。
「ようこそいらっしゃいました。ユミエラ・ドルクネスです。お話の前に、ドロシア様からの手紙を受け取らせてください」
「ありません」
「え?」
「アーキアム伯爵家のご息女! ドロシア様!! からの手紙は預かっていません」
変な箇所で声を張り上げながら、彼は悪びれもせずに言う。顔立ちや雰囲気は静かそうな人なのに、謎に声が大きいのも不思議だ。
それより手紙が無いってどういうこと? エレノーラちゃんが旧友に会えないことに納得しないよ。
「門番から伝わっていますよね? このままだと、エレノーラ様と一緒にお伺いすることになりますよ?」
昨日は門番にした脅し文句を再利用すると、彼は声のボリュームを更に上げて言う。
「ドルクネス伯爵様とエレノーラ様が、ドロシア様!! のおられるアーキアム伯爵家にいらっしゃる……ということでしょうか」
そして喉を押さえて数度咳き込む。お爺ちゃん無理するから……。大声だすのに慣れてないじゃん。
家令と名乗っているけれど彼、大丈夫かな? すごい変な人が来ちゃったなあと辟易していると、応接室の外からこちらに向かう足音が聞こえてきた。
そりゃあ、こんな大声を出したら何事かと思って人が……待てよ? 彼は全体的に大声だったが、特に声を張り上げていたのはドロシアの名前を呼ぶときだった。
この屋敷に滞在していて、ドロシアの名に反応する唯一の人物が応接室に入ってくる。
「ドロシアさんのお名前が聞こえましたわ! もしかして、いらっしゃってる?」
彼の狙いはエレノーラだ。はっとして見れば、首尾よくいったと薄ら笑いを浮かべるアーキアム家の家令がいた。大声を出す変な人なんかじゃない、厄介な相手だと気がついたがもう遅い。彼は余裕に溢れた柔和な笑顔をして、穏やかな声色で言う。
「お久しぶりです、エレノーラ様。覚えていらっしゃいますか? アーキアム家の家令を務めておりますケヴィンです。ドロシア様より、エレノーラ様をお誘いするよう言付けされて参りました」
「もちろん覚えておりますわよ。ドロシアさんはお元気? お手紙を出してもお返事が無いから、心配しておりましたわ」
「……はい、ドロシア様はお変わりありません」
ケヴィンは居心地が悪そうにしながら、心の底からドロシアの身を案じているエレノーラにぎこちない笑みを見せる。
腹黒いことをするなら、最後まで腹黒キャラを演じてよ。本気で排除しづらくなる。私はため息をついて彼にチクリと針を刺す。
「罪悪感があるなら、騙すような真似は止めて下さい」
「申し訳ありません。道化に徹しようとしたのですが、この歳になって慣れないことをするものではありませんね」
「じゃ、エレノーラ様はそちらにお邪魔しますのでよろしくお願いします。私は行きませんから」
「ドロシア様はユミエラ様にも来ていただけると嬉しいと」
罪悪感あるのも演技なんじゃないか? 舌打ちを抑えていると、いつの間にやら私の隣に鎮座していたエレノーラが、想像通りのことを言い出す。
「ユミエラさんも一緒に行きましょう!」
絶対に拒否する私は諦め、エレノーラを行かせる気にするあたり、彼の老獪さが垣間見える。そうか、私が目的か。
「これが目的ですか」
「無理にとは言いません。主人からは伯爵様をお連れするよう厳命されておりますが、エレノーラ様だけでも十分であると、私個人は考えております」
「それだけなら、エレノーラ様にお誘いの手紙を出すだけでいいんじゃないですか?」
「書簡は途中で紛失する恐れがありますので」
貴族同士の手紙は、送り人側の人間が責任を持って最後まで届ける。国を跨ぐと怪しくとも、王都内では郵便事故なぞ起こるものではない。要するに彼は、私が握りつぶすだろうと言っているのだ。
エレノーラ宛ての手紙を無かったことにするなんて……あー、するかも。今回は直接エレノーラに渡しちゃうと思うけれど、不審な気配を察したら中身を見ちゃうし内容によっては握り潰す。
彼の心配はもっともだった。私本人の前で言うのは兎も角として。
「行きますわよね? ドロシアさんは綺麗なお人形をたくさん持っていますのよ」
「行きます、行きますよ」
ソワソワとするエレノーラに私は即答した。粘れば、私だけは行かないで済むかもしれないけれど、こんなキナ臭い貴族家に彼女を一人で行かせるのは心配だ。
「それで、いつ行けばいいんですか? こちらも忙しいんですよ」
「今日か明日はいかがでしょうか? 朝でも夜でも、ご都合の良いときに来ていただければ……いかなるときでもアーキアム家は歓迎の準備を致しております」
アーキアム伯爵家が、危険を冒してまで私に接触しなきゃいけないくらい切羽詰まった状況なのは何となく分かっていた。でもそこまで? 明後日くらいにはヤバいところまで行っちゃうような状況なの?
さらにキナ臭くなってきて顔をしかめる私であったが、エレノーラは嬉しそうであった。
「今日……は、ユミエラさんの装備を作りに行く日でしたわね。それが終わってからでは遅くなってしまうかしら?」
「一日がかりになると思います。たぶん明日になりますね。……アーキアム伯爵とドロシア様にはそうお伝え下さい」
「畏まりました。予定が前倒しになりましたら、ぜひ本日お越しください」
「明日です」
狡猾なお爺さんに唆されて、私は明日アーキアム邸への訪問が決まった。ただお茶を飲んで帰れるはずがない、何が待ち受けているのか今から憂鬱だ。
何はともあれ、今日は私専用の装備作りに専念しよう。一日がかりで取り組んで、アーキアム対策はその後でいい。パトリックに相談すれば上手い解決法も出てくるかもしれない。
今日だけは全力で楽しもう。私の欲望を注ぎ込んだ、最高の装備品の数々を作るんだ!





