5-10 夜にふたり。当然……
◆5-10 夜にふたり。当然……
王都のドルクネス邸に到着。パトリックが出迎えてくれた。
「おかえり……その、どうだった?」
どうにも彼は気まずそうにしている。……あ、忘れてた! 私は騙されてウエディングドレスの採寸をやらされたのだった。どうりで後ろめたそうな様子で私の顔色をうかがっているわけだよ。
騙されたのも私の素行を考えれば納得できるし、あのドレスもそこまで悪しき物ではなかった。悪しき物というか、むしろ良い物というか、いや、しかし、えへへ、ドレスを気に入ったと事実無根な勘違いをされても困るし……。
それら諸々を加味して、サプライズを用意してくれたパトリックを…………絶対に許さない。
「その様子だと、無事に採寸は終わったみたいだな」
「一生許さない」
「悪かった」
「私が息絶えるときは、この件の恨み言を吐きながら死ぬし、パトリックを看取るときは耳元でこの件を呟き続ける」
彼の表情が凍る。私がここまで怒るのは想定外だったらしい。実際そこまで怒ってないです。
しかし、ユミエラ・ドルクネスを舐めるなよ。ウエディングドレスを無理やり着せた恨みは大きいぞ。死ぬまで引きずるぞ。夫婦喧嘩のたびに蒸し返して、最後は「あなたはいつもそう!」と叫んで締めくくるぞ。……というテンションに無理やり自分を持っていった。
レベル上限を突破している私と、レベル99のパトリック。世界最強格の二人がぶつかり合うかと思えたそのとき、最弱クラスのお嬢様が口を開く。
「聞いてくださいパトリック様! ユミエラさんったら、ドレスを見て嬉しそうにしていましたのよ。鏡に映る自分を見つめて、それは幸せそうにしていましたわ」
「……何かの勘違いでは?」
私が否定する前にパトリックが言った。
彼は良く分かっている。この私がドレスを着て喜ぶはずない。ましてや鏡を長時間見つめたり、彼にベールを上げてもらう場面を想像して夢心地になったり、これを着られるなんて幸せだなあと思ったりするわけがない。ありえない。
エレノーラは自分に都合の良い解釈をしているだけだ。私も合わせて訂正する。
「散々、嫌がって抵抗したじゃないですか」
「でもでも、着た後は鏡の前で……」
「エレノーラ嬢、ユミエラに限ってそんなことはありえない。大変な役割を押し付けて申し訳ない」
「ユミエラさんの晴れ姿を一足先に見られたのですから、わたくしも行って良かったですわ」
パトリックはエレノーラに謝り、彼女は気にしていないと言った。……はあ? 謝罪する相手が違うのではないですか?
無意識のうちに歯を噛み締めてしまう。ギャリィイイと爆音が轟いた。
「すまん。そこまで嫌がるとは思わなかった」
「試着が必要だったのは理解できるけどさ。騙し討ちする必要はなかったんじゃない?」
「では前もって伝えていたら、ユミエラは素直に王都まで来たのか?」
いえ、行きたくないと駄々をこねて、意地でもドルクネス領に引きこもっていました。などと正直に言ってはパトリックの思惑通りだ。
私はしばらく無表情で沈黙して反撃方法を考える。
「…………論点をずらさないで! パトリックは私を信用していなかったのね? それだけ答えてよ」
我ながら見事な返しだった。
信用していると言えば騙したことと矛盾するし、信用していないと言えば恋人に対して不義理になる。自分に有利な論点で戦い、不都合な二択を相手に押し付ける。私は議論バトルでも最強なのだ。
どちらを選んでも地獄、さあ彼はどう答える。
「ユミエラのことは信用している」
「だったら、どうして――」
「絶対に嫌がって、意地でもドルクネス領から出ないと言い出すはずだと、心の底から信用していた」
「……そう」
これは私が負けた……ってコト!?
会話は相手を言い負かすバトルではないのに、自分から勝負を仕掛けて惨敗した。バトルと認識しているのは私だけで、パトリックにそんな気は一切無いんだろうな。
パトリックが私に嘘をついた……ではなくて、彼が嘘をつかざるをえない状況に私が追い込んだ、というのが真実に近いのかな。しかしだ、自分の間違いを突きつけられて素直に納得できる人類ばかりなら、世界は争いで溢れていない。私もちっぽけな一人の人間、つまり当面は不機嫌になる。
例のわんこも、動物病院から帰ってきた後、しばらくカーテンに隠れて拗ねていた。それと同じだ。
新装備を撒き餌にして、嫌な場所に連れ出した彼は宥めるような声色で言った。
「明日は装備を作りに行こう。オーダーメイドを作る所をちゃんと調べているし、技術の許す範囲でならユミエラの希望通りにすればいい」
「いいの!? 嘘じゃなかったの!? ワイヤーもパイルバンカーもパージ機能も、全部盛りでいいの!?」
「技術的に可能なら」
やった! 私の時代が遂にきちゃ!
あらゆる場面に対応できるように、様々な装備を換装できるようにするのもいいかも。互換性がある物を作ると良さそうだ。規格を統一すると様々なメリットがある。一番のメリットは、規格外の物を無理やり接続できることだ。最高。
いっそのこと全部を詰め込んで、設計思想を全部乗せラーメンにしてしまうのも素敵だと思う。
「換装と全部乗せ、パトリックはどっちがいいと思う?」
「……ユミエラの好きにすればいいと思う」
「そうだね。私の装備だもんね。あ、結構立ち話しちゃったね。早く中に入ろう」
玄関を入ってすぐの所から、私は上機嫌で移動する。
注射を打たれて不機嫌だった飼い犬は、ジャーキーを見せた途端に笑顔で尻尾を振っていたことを思い出したが、余計なことなので深く考えずに新装備について考えを深めた。
◆ ◆ ◆
エレノーラにパージ機能の説明をして「外して捨てるくらいなら最初から持たないほうが良い」というロマンの欠片もない感想を聞いたりしているうちに、夜に。
夕食を取って、お風呂にも入って、さあ寝るぞとベッドに横になる。
学園を卒業して寮を引き払って以降は、王都に数えるほどしか来ていない。この寝室……一応、私の部屋なんだけど他所にお泊りしている感覚はまだ抜けていなかった。
明日は私のロマンを詰め込んだ装備を作りに行くんだ。備えて早く寝てしまおう。
「…………全然眠れない」
どんな機構を搭載するか考えていると目が冴えてしまって眠れそうにない。
やはりビームは標準で付けるべきだよね。どこがいいかな? 胸の真ん中に一門だと威力が高い感じがして良いし、腕に付けて取り回し重視も捨てがたい。別な場所に付けてトリッキーな立ち回りを可能にする選択肢もある。
腕に付けるとしても、どの部分にどの方向で付けるかが悩ましいし……一人で決められそうにないな。明日になったらパトリックに相談してみよう。
「…………待てないわ」
この悶々とした感情をどうにかしないことには、今夜は安心して熟睡できない。
私はベッドから跳ね起きて、パトリックの部屋に向かう。まだ起きてるといいな。もし眠っていたら、無理やり起こさなければいけない。
暗い廊下を歩き、彼が使用している部屋の前まで来た。まずは控えめにノック。
「誰だ?」
よし、起きてた。
許可を取らずに扉を開けると、パトリックは寝床から体を起こして、眠そうに目を擦っていた。あ、ノックで起こしちゃったかな? でもいいや、いま起きているなら話は早い。
「ユミエラか。何かあったか? もう寝たいんだが」
私の思いを無視して、一人で安眠する気か?
逃げられてはたまらない。私はパトリックのベッドに一直線に向かい、彼の膝のあたりにシーツの上から跨った。肩を掴んで押し倒し、絶対に逃げられない体勢に移行する。
「おい!? ユミエラ!? どうした!?」
布団の外側ってひんやりし過ぎてて、ちょっと寒いな。
明日は万全のコンディションで臨まねばならない。風邪を引いたことはないけれど、念には念を入れて暖かくしておこう。
布団に潜り込み、中からパトリックを抑える。
「な、な……」
パトリックは驚いた様子で固まっていた。あ、説明も無しに来たら混乱するよね。
彼にちゃんと相談に乗ってもらうためにも、私は事態の深刻さを説明する。
「あのねパトリック……私、興奮が抑えられなくて」
「あ……ああ、そうか」
「一人でどうにかしようとしたんだけど、全然収まらなかったの」
パトリックは枕に頭を預け、硬直したまま私の目を見つめていた。
暗い室内、更に暗い布団の中、彼の体温と心音がストレートに伝わってくる。パトリックはビーム装置の取り付け位置を、真面目に取り合ってくれるだろうか。「すごいどっちでもいい」みたいな素っ気ない反応をされないかな?
真面目な話なんだよ。黙り込んでいる彼の耳元で、私は囁く。
「お願い、パトリック」
すると、パトリックは私を乱暴に抱き込んで、体を反転させた。上下が入れ替わり、私が彼を見上げることになる。肩は強い力でベッドに抑え込まれ、顔は鼻同士が触れそうなほど近くにある。
しばらく無言だった彼は、唾を飲み込んでから言った。
「本当に、いいのか?」
許可を取るのはどちらかと言えば私の方では?
まあ、いいや。彼は真面目に、ビームの相談を取り合ってくれるようなので、私も早速説明に入る。
「ビームの取り付け位置をどこにしようか悩んでてね。あ、腕に一個は付けたいんだけど、その場所と方向が決まらないの」
「は?」
「ここに付けるか、ここに付けるか……あ、このままだと説明しづらいね」
私はパトリックをポンと突き飛ばし、ベッドから出て立ち上がる。
そして、自分の体を指し示しながら言った。
「ここ、手首と肘の間の部分に付けるか、肘と肩の間に付けるかで悩んでるの。あ、腕と平行にビームが出るイメージね。それと方向、こっち向きに出るか逆側から出るか」
「……すごいどっちでもいい」
パトリックは布団に包まったまま、生気の抜けた顔で返答する。
酷い。さっきまでは真剣だったじゃん。いつになく目が怖い感じになってたじゃん。
興味ゼロな反応をした彼であったが、ため息をついてから私の腕を指差す。手首と肘の中間だ。
「こっちの方が扱いやすいんじゃないか?」
「向きは?」
「普通に考えて、この向きじゃないか」
パトリックは手の先端方向に指で矢印を作って言った。
いわゆる、腕を真っ直ぐに伸ばす射撃体勢だ。ロケットパンチと同じ姿勢。
「私は逆もアリじゃないかと思ってるのよね」
「逆? どう撃つんだ?」
私の案は、手首と肘のあいだに装置を取り付けて、肘の方向にビームが出るものだ。
手を肩の所まで持ってきて、肘を上向きに突き出して実演して見せる。
「こう」
「いや、扱いづらいだろ」
「おやおや。ロマンが分からないのですね、パトリック」
「メリットが無い」
実用的なメリットは……何だろう? ロマンを先行し過ぎたかな。こういう自分に無い視点が見つかるので、彼に相談して本当に良かった。
メリットか……あ、そうだ!
「こっち側にはワイヤーの射出装置を付けるの! ワイヤーは手の先端方向に出ないと使用が難しいでしょ? だからビームは肘の方向に取り付けざるを得ないのよね」
「いま思いついただろ」
二人がアイディアを出し合ったことで、素晴らしい計画が完成した。感激でプルプルと体が震える。素晴らしい、素晴らしい……!
ふぅ、テンションが上がりすぎだ、落ち着こう。
私がベッドに腰掛けると、彼も起き上がって隣に座る。
「ユミエラの言っているビームというのは、ドラゴンのブレスみたいなモノだろう?」
「そうだよ」
「取り付け位置で悩むのはいいが、そんな代物は……あー、明日になれば分かるか」
忘れていた。私の理想がそのまま完成するわけではないんだ。
防具や魔道具について私はただの素人だ。その道のプロが決めた設計にはそれなりの理由があるはずで、中途半端に口を出すのは辞めたほうが無難だと思う。最初に大まかな要望を伝えるだけにして、絶対に変えた方がカッコいいと思っても心の内に留めておこう。
機能美から来るロマンの黄金比が、私の意見で崩壊してしまう可能性を排するのだ。
「明日は本当に楽しみ」
「……期待外れの結果になるのは覚悟しておけよ?」
「私の期待は、想像上でしか存在しないふんわりした物だから、ガッカリはしちゃうかも。それでも長く使えば愛着が湧いてくると思う。もしかしたら、想像以上の物が完成するかもしれないし」
「完成……するといいな」
あ、分かった。パトリックが心配しているのは製作期間か。もちろん特注の装備が一朝一夕で完成するとは思っていない。体に馴染む物を作るため、精密な採寸も必要だろうし、試験的に装着してのチューニングも大事だ。
私は採寸と試着を苦にしたりしないので、どこまでもこだわって作って欲しい。
……採寸と試着と言えば、昼間のドレスは最悪だったな。ウエディングドレス自体は、まあ、そこまで悪いものでもないような、気がしないでもないこともなかった。
ただ動かないように指示されて、意義のわからない作業に付き合わされたのは嫌だった。ノギスと溶接機で整備されていれば最高の時間だったのに、使用された道具は巻き尺とまち針だった。
まだ許してないからな。しかも私を置き去りにして、パトリックさんは一人で……何してたんだろう?
R-18にはならないです。RX-78にはなるかもしれません。