5-07 エレノーラのやるべきこと
◆5-07 エレノーラのやるべきこと
アーキアム邸から立ち去った私たちは並んで歩く。
「……私から強くお願いすれば、会えるとは思います」
「ドルクネス領での日々が楽しくて、忘れていましたわ。ヒルローズ家は無くなっていたのでしたわね」
エレノーラは公爵家が取り潰しになったことを、全く悲観していない。以前と比べれば慎ましい生活になったことも楽しんでいる。舞踏会が無くとも新たな楽しみを自分で見つけられる。
しかし貴族位剥奪は、エレノーラから友達すらも奪ってしまった。
前々から絶対に言わないでおこうと考えていたことを、私は簡単に口に出す。
「貴族に戻る方法は幾らでもありますよ」
これは本当だ。ドルクネス家の養子にするのが一番簡単。新たな貴族家の創設になると難しいが、やろうと思えばどうとでもなるだろう。
どちらにしろ手順が面倒すぎるので、エレノーラが本当に耐えられないときを除いて、私からは言うまいと思っていた。
彼女は私の提案には乗らず、
「公爵家だった頃のわたくしと、今のわたくしと…………何が違うのか分かりませんわ」
何も違わない。どちらもエレノーラだ。
友人から早々に縁切りされた彼女に、そんな綺麗事を言う気は起きなかった。
しかし、だからと言って、どう答えるのが正解なのか分からない。分からないときは、誤魔化したり知ってるふりをしてしまう私だが、今ばかりは偽りなき本心を伝えるべきだと思った。
今と昔のエレノーラについて、私は嘘偽りなき真実を口にする。
「今は好きですけれど、昔のエレノーラ様はそんなに好きじゃなかったですよ。学園では一切口を利かないで過ごせないかと考えていました。嫌いとも少し違って……苦手? はい、苦手でした」
「え? え!?」
エレノーラは立ち止まり、私の顔を見ながら混乱していた。
「それは……自分で分からないだけで、わたくしが、変わったからですの?」
「全く変わってないです。最初の印象とは変わりましたけれど、学園一年目が終わるくらい、そこからの印象は今と変わりません」
学園にて、エドウィン王子から手を引けという見当違い甚だしい警告をされたときから、今に至るまで、彼女の内面は変わっていないと感じる。でも私は、彼女と親密になるのを良しとしなかった。
話しているうちに考えがまとまってきた。私は、エレノーラの嫌いだった部分を本人に告げる。
「ヒルローズ公爵家のご令嬢だったからです。政治的に面倒なところには近づきたくなかったので、私はエレノーラ様を避けていました。問答無用でグイグイ来るので、段々と諦めるようになって、今に至ります」
「わたくしが公爵令嬢だったから? 今は違うから、嫌いじゃないということですの?」
「あー、政争に巻き込まれるという意味では今の方が危ないような? 立場関係なしに、私たちは今の関係になっていたと思いますよ」
ちょっと言葉足らずに思えたので、私は更に続ける。
「今ではもう中身が大好きなので、公爵令嬢だろうと庶民だろうと、エレノーラ様がどれだけ面倒な立場になっても友達でいたいです」
どれだけいい人でも、ヒルローズ家の人間と親しくなりたくないと、当時の私は考えていた。……今もか。エレノーラは例外にして、今も貴族絡みの面倒事に巻き込まれそうな人には近づきたくないと考えている。
つまるところ、保身のためにエレノーラを疎ましく感じていた。というのを本人に暴露してしまった。
現在は仲良しだし、エレノーラちゃんは優しいしで、許してくれると思う。でもちょっとは怒るかな? 様子を伺うと、彼女はホッとしたように笑っていた。
「良かったですわ。ユミエラさんに嫌われてしまったらどうしようかと……」
「まあ、それだけ公爵令嬢という肩書の影響力が強いということです。本人の人柄よりも肩書が先に目に入りますからね」
やったぜ許された。
長らく立ち話をしてしまった。会話もいい感じに着地したところで、屋敷に帰ろう。
そういえばこの先は、私の事情で通れない道があるのだった。迂回すると伝えるべく、歩み出した足を止め、再びエレノーラに向き直る。
すると彼女は、悲しげに目尻を下げていた。
「ユミエラさんのお話を聞いて確信いたしましたわ。ドロシアさんは、わたくしが公爵令嬢でなくなったから、わたくしと会いたくありませんのね」
「……それは、本人に聞いてみないと分かりませんね」
「あ、肩書が影響するのは最初でしたわね。じゃあドロシアさんは、わたくしが公爵令嬢だったから、わたくしとお友達になろうと……?」
今度こそ、何も言えなかった。
貴族なら誰しもが、家柄で付き合う相手を決める。そんな、当たり前の常識として受け入れていたことが、とても残酷な事実に感じられた。
どうしよう。私に出来るのは、力技でどうにかなることだけだ。
「これからどうします? ひとまずアーキアム邸に突撃ですか? 手堅く貴族位ゲットですか?」
「どちらも結構ですわ。ドロシアさんにご迷惑はかけたくありませんし、貴族に戻りたいとも思いませんわ」
「ヒルローズ公爵家を復活……は無理でも、それに近いことなら頑張れば何とかなります」
「ユミエラさんが無茶をする必要ありませんわ。わたくしは、ドルクネス領での暮らしが大好きですもの」
確かにドルクネス領では楽しそうに毎日を過ごしている。でもそれは、強メンタルのエレノーラが、どこでも自分の楽しみを見つけられるからかもしれない。楽しい好きだ、と言ってはいるが、昔よりという前置きが付いたことは一度もないと記憶している。
ドルクネス領も好きだけれど、王都はもっと好きだという思いが、心の底に隠れていても何らおかしくはない。エレノーラの言葉は本心なのか、気を使っているのか。彼女自身も分かっていない気がした。
それと、彼女が好きだったのは王都だけではない。エレノーラが大好きな彼について、ずっと触れずにいたがこの機会に聞いてしまおう。
「王都にいれば、エドウィン殿下と会えますよ」
ドルクネス領に来てからも、王子との思い出話を聞かされることはあった。あるにはあるのだが、その頻度は明らかに下がっている。聞き流していても暗記してしまうくらい同じ内容を繰り返すエレノーラだ。新しい話題が入荷しないなんて理由ではあるまい。
「貴族でなくなったわたくしは、エドウィン様と結婚するわけにはいきませんわ」
「……え?」
エレノーラはサラッと重大な発言をしたが、私は驚きすぎてこれ以上掘り下げることができなかった。
呆然としていると、彼女は私に「行きましょう」と声をかけてから歩き出した。そして、王都の街並みを眺めながら言う。
「このまま王都に留まるなんて、できるわけ、ありませんわ。わたくしにはドルクネス領でやり残したことがありますもの」
やり残したのは真剣な事柄で、決して遊びなどではないと、彼女の横顔は語っていた。エレノーラは、柔らかな拳を、固く握りしめて続ける。
「失った物を取り戻すまで……わたくしは、プッタラで戦い続けなければいけませんわ」
「はい? プッタラ……ですか?」
全く聞き覚えのないワードが出てきて、思考がまた止まる。注意深くエレノーラの言葉を聞いていたから、しっかりプッタラと聞き取れたが、耳に馴染まない不思議な響きだ。普段だったらプ……なに? となっていたはずだ。
単語を知らないだけで、その概念は知っているかもしれない。ああ、日本語で言うアレね……と時間差で理解する現象は、この世界で生活して相当経ってもしばしある。
文脈からして、平和的な言葉ではないだろう。私の知らないところでエレノーラはどんな戦いに身をやつしているのか、エレノーラが始めたプッタラの説明を聞き入る。
「プッタラは板の奪い合いですわ。これくらいの木の薄い板を地面に置いて……あ、木じゃなくて焼いた粘土を使っている所もあって、えっと、板を置いて、そこに対戦相手が……あ、普通は二人でやりますわ。大人数でやって混戦になるのも、わたくしは好きですわ。どこまでお話ししましたっけ……ああ、板を置いて、それを自分の板でひっくり返したら勝ちですの。板をえいって叩きつけるとフワッとなってクルッとなりますわ。ひっくり返した板は自分のものにできますの。いけない、言い忘れていましたわ、板には絵が書いてあったりして、上手な絵の物を集めるのも楽しみの一つですわ」
要領を得ないエレノーラの説明を、一言一句聞き逃さず理解に努める。…………メンコか? メンコだよね? メンコだったのか。
子供の遊びに交ざる、かつては王家についで権力のある家の娘さんを想像して、体の力が抜けるのを感じた。そういえば芋掘りもしてましたね。
そういう、遊びに夢中になるのは、あれじゃん……私の役回りじゃん。
ああ、いけない。エレノーラへの心配メーターがゼロになるところだった。旧友から拒絶された彼女は、当然ながら傷ついている。それらと同時に、ドルクネス領でメンコ遊びに興じることも楽しみにしているのだ。
「楽しそうで何よりです」
「ユミエラさんも一緒にプッタラチャンピオンを目指しません? わたくしたちが協力すれば、打倒カイ君も夢じゃありませんわ」
「遠慮しておきます。チャンピオンはエレノーラ様一人の力で目指してください。応援には行きますから」
パワーが桁違いの私が参加しては、ゲームを滅茶苦茶にしてしまう。子供たちの遊びを台無しにするのはよしておこう。
興味を押し殺して、極めて大人的な考えができるくらいには、私は気力が削がれていた。エレノーラよりも私の方がメンタルに影響が出てしまっている。
プッタラ? と呼ばれるメンコみたいな遊びについて、更に話しながら歩く。英気溢れるエレノーラは、私の半歩前を先導するように道を進んでいた。ドルクネス邸に向かって、最短ルートを。
初めに察知したのはエレノーラだった。メンコの話に一区切りを付け、変わらぬ調子で言う。
「この通りに来るのも久しぶりですわね」
「あっ、しまった!」
帰路では迂回すると伝えるのをすっかり忘れていた。最短の道を進んだせいで、私たちは迷い込んでしまったのだ。王都一の危険地帯「キラキラストリート毒沼」に。





