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5-06 エレノーラの学友は今

◆5-06 エレノーラの学友は今


 嫌で嫌で仕方なかったウエディングドレスの試着も終わり、私たちは徒歩で帰路についていた。

 貴族街の近くにある服飾店から、王都のドルクネス邸までの短い道のりだ。


 隣をスローなペースで歩くエレノーラは、周囲を物珍しそうに見回していた。


「この辺りは私より詳しいですよね?」

「歩いて通ることは無かったので新鮮ですわ。知っている景色のはずなのに、知らないものがたくさん感じられます」


 彼女がドルクネス領で暮らすようになって数ヶ月。エレノーラの適応ぶりは凄まじく、靴もヒールの低い物を履くようになった。

 トレードマークのすごい派手なドレスがなんと、派手なドレスに様変わりした。たぶん、彼女視点では動きやすさ重視の簡素なドレスなのだと思う。

 王都は人の目も多い。馬車で移動したほうが良いのだろうかとも考えたが、楽しそうに歩く彼女を見て、不要だと思い直した。


「わたくし、王都に久しぶりに来たのも不思議な感覚ですわ。ずっとここで暮らしていましたから」

「里帰りとも違いますけど、こちらの滞在を延長しますか?」


 彼女を一人で王都に置いていくのは危ない。目を離すと危なっかしい御仁というのはもちろんあるが、エレノーラは身分的に色々と面倒な状況にある。


 ヒルローズ公爵はドルクネス領にて魔物に囲まれ自滅。唯一の肉親であった娘も行方が分からず生死すら不明……というのが公式発表だ。

 我が家の居候、今も隣を歩いているエレノーラは、エレノーラ・ヒルローズとは赤の他人だ。もし似ているなら偶然。このエレノーラと、反逆した公爵の娘は全くの無関係である。……などというドルクネス伯爵公式見解を信じる人はいない。

 ヒルローズ公爵の生存は私たちと王国上層部の数名のみに隠匿されているが、エレノーラに関してはみんな知っている。


 祭り上げられるにしろ、公爵家に対する恨みを向けられるにしろ、私とパトリックの目の届く範囲にいて欲しい。数年もして公爵反乱のほとぼりも冷めるまでの間だけ。

 彼女はずっと王都にいたいのだろうが、滞在期間を伸ばすのが限界だ。一週の予定を二、三週に伸ばすくらいだったら問題ないはず。

 ドルクネス領に置いてきた仕事を思い出していると、エレノーラから意外な返答が返ってきた。


「いえ、予定通り戻りますわ」

「少しくらいなら大丈夫ですよ? お買い物とかもしたいでしょう?」

「……お買い物は、予定の期間内に行けますわ」


 明らかに動揺している。やっぱり王都で色々見たいんじゃん。

 エレノーラちゃんは一文無しだが、私はいくらでもお小遣いをあげちゃう。私はエレノーラのパパみたいなものだから。パパと呼ばせるようにして、マジなパパの旧ヒルローズ公爵に自慢しよう。

 束の間、頭を悩ませた彼女は、不安そうに言い淀みつつ口を開く。


「あの、お買い物に行くときに……その、お願いしたいことがありますわ」

「いいですよ。何でも言ってください」

「ユミエラさんも、ご一緒にお店を回りませんか?」

「長くなりそうなので嫌です」


 エレノーラの買い物は長い。学生時代に何度か付き合わされたので良く知っている。

 時計の時間も長いし、体感時間でも長い。絶対と相対、二つの時間の監獄に囚われた思い出は、私のトラウマになっている。つい、反射的に断ってしまった。


 一瞬で言うことを翻した私に、エレノーラは拗ねたようにそっぽを向く。


「ユミエラさんがお買い物嫌いなのは知ってますわ」

「嫌いではなく……性に合わない? あー、興味がない……というか」


 買い物アンチではないと言おうとして、余計に墓穴を掘ってしまった。

 好きなものを否定されてエレノーラは怒っているだろうか。恐る恐る様子を確認すると、あちらに顔を向けて沈黙したままだ。すごい怒っていらっしゃる?

 そしてついには立ち止まってしまった。


「あの、エレノーラ様?」


 私の呼びかけには答えず、彼女は一点を凝視していた。視線を辿ると、どこぞの貴族の邸宅が。誰の家かは分からない。うちより大きいから伯爵以上だとは思う。

 特に変わった点も無い屋敷を見ていたエレノーラは、首を捻って言う。


「あれってアーキアム家のお屋敷かしら? 馬車からの景色と違って良く分かりませんわ」


 知らんうちにショッピングの話が終わっていた。

 都合の悪い話題が逸れたのだが、アーキアム伯爵家は更に都合が悪い。

 アーキアム家。王国の東部に領地を所有しており、材木の産地としても有名だ。そう、アーキアム領は先日私が丸太を取りに行った所だ。記憶に新しいので貴族事情に疎い私もすぐに思い出すことができた。


 その当主である伯爵様と家族は、王都で暮らしているはずだ。私の両親と違い、ちゃんとした中央貴族なので王国中枢に関わる何かしらの役職に就いているのだろう。役職名までは知らない。

 王都のドロドロ政争に興味の無い私が、アーキアム家について幾らか知っているのは、そこの娘さんと面識があるからだ。直接の会話をした記憶は無いが、彼女の顔を見る機会は多かった。学園で同級生だったし、そして何より……。


 次にエレノーラが言い出すことを予想して、早めに手を打っておく。


「私も詳しくないので分からないです。帰ってから調べましょうか」

「聞いてみれば分かりますわ。しばらくドロシアさんにも会っていませんもの」


 想像通りのエレノーラの言葉に、私は内心でため息をつく。

 ドロシア・アーキアムか。名前が分かって、彼女の顔も一緒に浮かんだ。

 私がドロシアを知っているのは、学園で彼女はいつもエレノーラの隣にいたからだ。アーキアム伯爵家は、過激派貴族、つまりはヒルローズ公爵の派閥であった。


 数ヶ月前の公爵反乱騒動で、公爵派の貴族家は多くが取り潰しになった。ヒルローズ公爵の大掃除計画を知らずに、打倒王家の決起会を開催し、まとめてお縄になったと聞いている。

 もちろん、全ての貴族家が無くなったわけではない。慎重だったり、偶然だったり、自領にいて行けなかったり、半数ほどの過激派貴族は難を逃れている。

 結構残ったようにも思える。しかし頭数が半分でも、派閥のパワーは半減どころではない。絶対的なリーダーであったヒルローズ公爵と、主要メンバーを失った派閥は、今では力のほとんどを失っている。


 王都から離れていたので空気感は分からないけれど、残った過激派の人たちはあまり目立つ行動を取れない状況だと思う。公爵の反乱計画なんて知らなかったと言ったところで誰も信じないだろう。集まるだけであらぬ疑いをかけられるだろうから、これからどうするか会議もおちおち開けない。


 だから、かつての親玉の娘に会うなんて、絶対に拒絶するはずだ。エレノーラがショックを受けないように、面会拒否だと断言される状況は避けたい。


「突然訪問してはご迷惑ですから、事前に連絡してから行きましょう」

「ドルクネス領から何度かお手紙を出しているのですが、全くお返事が無くて……心配ですわ」


 何の心配もいらないぞ。無視されてるだけだと思う。

 私の懸念とは裏腹に、エレノーラはアーキアム邸への突撃を決心したようだ。ズンズンと屋敷の門に向かって歩いていく。

 これは直接断られるまで諦めないやつだろうなあ。渋々ながら、私も彼女に続いた。


 門の前には守衛が一人。予定にない来客は、余程の大物でない限り通してくれないはずだ。

 エレノーラが門番に話しかける。彼もヒルローズ公爵の娘さんの顔は知っていたようで、危険なのが来たと顔を強張らせる。


「失礼いたします。わたくしはエレノーラ・ヒル……エレノーラですわ。ドロシアさんはいらっしゃるかしら?」

「ドロシア様はご多忙でいらっしゃいます。予定にない方をお取次ぎはできませんので、ご容赦ください」


 普通はそうなるよねって感じの、事務的な対応だ。

 門番さんがエレノーラに臆したりせずに、無難な返答をしてくれて良かった。このまま彼女を連れて帰れそうだと考えつつ、私も遅れて門の前に到着。


「駄目そうですね。また今度、来てみましょうか」


 門番は、そこで私の存在に気がついたようだ。エレノーラのとき以上に顔を強張らせて、肌寒いのにも関わらず額に汗が浮かんでいる。

 あー、ユミエラが通せと言い出したらどうしようか考えているのか。私が強行突破を選んだら止めるのは無理だけどさ、そんなことしないって。


 押し入る意思が無いと彼にも伝わるように、私は再び言った。


「無理に入るわけにもいきません。ドロシアさんもお体に障りは無いようですから、ここは帰りましょう」


 これでエレノーラは大人しく引き下がるだろうか。

 ドロシアと会えずとも、無事が分かれば最低条件はクリアだと思う。彼女は割と本気で、返事のない友人のことを気にかけているのだ。

 エレノーラが返事をする間もなく、私は続けた。


「エレノーラ様が来たことは伝わりますから、王都滞在中にドロシアさんの方から会いに来るかもしれませんよ。会うのは無理でもお手紙くらいなら――」


 ――もし手紙すら来なかったら、また押しかけるかもしれないぞ。

 口には出さない続きの言葉を、門番の彼はしっかり読み取ってくれたようで、何度も首を縦に振る。当たり障りがなく、しかし対面することは断る内容の手紙が、数日後のドルクネス邸に届くはずだ。

 息が詰まりそうになりつつ待っていると、エレノーラが言った。


「そう、ですわね。突然の来訪失礼いたしました。どうか、ドロシアさんによろしくお伝えください」


 華麗な所作で一礼をして、彼女は門の前から退く。まるで公爵令嬢のようだった。

 そしてエレノーラは、貴族街の石畳を自分の足で進む。見慣れたはずの光景に、哀愁を感じた。

あけましておめでとうございます!

新年なのに暗めのエピソードから再開になっちゃいました。

コミカライズ担当ののこみ先生が、Twitterで振袖ユミエラを描いてくださっています。そちらを見てお正月気分に戻ってください。振袖ユミエラめっちゃかわいいのでぜひ。ジャージじゃなくて良かった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] エレノーラさん…ここから幸せになると信じてるから…ユミエラ!あなたの力はなんのためにあるの!?そう、愛する人を幸せにする為よ!!
[良い点] ユミエラさんがなんかそこはかとなく少しだけ ほのかに有能な感じがする気がしますわ!
[一言] 門番さん、ユミエラにビビってばっかいないで 間を置いて落ち着いたら一連の出来事を振り返って ユミエラが割と常識的で気を使える子だって 理解してくれるといいなぁ。
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