12 ドラゴン退治
学園1年目も終盤となり春の長期休暇が目前となった頃、私は多くの生徒からお茶会やらパーティーやらに誘われていた。
恐る恐るといった様子で私に声を掛ける彼らは、実家から私を誘うように言われているのだろう。私が断ると、安堵に少しだけ残念さを混ぜた複雑な表情をする。
もちろん私の実家からも帰ってくるように言われている。素敵な人を紹介するからという目的を隠す気のないお誘いであった。そもそも、一度も会ったことがない人が住んでいる、一度も行ったことの無い家に行くことを「帰る」とは言わないだろう。
私はこの春休みにどうしても行きたい場所があった。誘われなかったら勝手に行く所存だが、できることなら誘われた方が良いだろう。
そんな気持ちが通じたのか休暇まで後1週間というギリギリで、待ちわびた彼女が私に話しかけてきた。
「ユ、ユミエラ様、お話があるのですが」
「はい、大丈夫ですよジェシカさん。あと、様づけはやめて頂けると」
私が誘われることを待ちわびていた彼女はジェシカ・モンフォード。
ゲームではアリシアの友人ポジションであったが、アリシアの攻略対象への接近が早かったため、彼女たちに付き合いは無い。
「じゃあ、ユミエラ……さん 長期休暇にご予定は……ありますよね?」
「一切ありません、白紙です」
だからあなたのお家に私を招待しておくれ。
「あの、私の実家のあるモンフォード領に最近ドラゴンが出没しまして。今は家畜しか被害に遭ってないのですが、いつ人が襲われるかわからない状況なんです。
人的被害がないと中央の軍も動いてくれなくて、ユミエラさんなら何とかできるのではと思ったのですが。やっぱりだめ……ですよね?」
「行きましょう、ドラゴン退治」
もちろん即決である。こんなに上手く話が進むとは思わなかった。
これはゲームにおける重要イベントだ。自領の危機にジェシカが、友人であるアリシアに助けを求めるというのが本来のシナリオだった。
しかし私というイレギュラーの影響か、彼女たちは友達になることは無かった。そこでジェシカは、藁にも縋る思いで私に声を掛けてきた訳だ。
もちろん依頼を引き受けたのには理由がある。このイベントの報酬はとても魅力的なのだ。
「えっと、本当にいいんですか?」
ジェシカは話が上手く進み過ぎて戸惑っているようだ。喜んで良いんですよ? 私もあなたが話しかけてくれて喜んでますから。
1年生最後の日も何事もなく終わり、長期休暇に入った私はモンフォード領に来ていた。
私を怖がっていたジェシカも、道中に馬車の中で慣れたのか普通に会話できるくらいにはなっていた。
モンフォード男爵領は自然が溢れる素朴な場所だった。あ、田舎ってことです。この規模の領でドラゴンが出たとなれば大騒ぎになるのも納得だろう。
「ただいまー、ドラゴンに勝てそうな人に来てもらったよー」
男爵邸の前でジェシカが大声で帰りを告げると、使用人たちが次々と出てきて彼女の帰りを喜んだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お友達の方も良くいらっしゃいました」
えへへ、お友達だって。害獣駆除マシンの間違いですよ。
屋敷の中に通された私達はジェシカの父、つまりモンフォード男爵と対面した。
「お招き頂きありがとうございます。ユミエラ・ドルクネスです」
「よく来てくれたね。ただ、この領にはドラゴンが出没していてね。あまり歓待はできないかもしれないんだ」
申し訳なさそうに言うモンフォード男爵。はて? 手紙で話は通っているはずだが?
「お父さん、このユミエラさんがドラゴンを退治してくれるのよ」
「彼女がジェシカの言っていた魔王並に強い人なのかい?」
ジェシカが説明すると男爵は訝しげな顔をする。というかジェシカよ、手紙に魔王並みに強いと書いたのか。私が横目で睨むと彼女は慌てて説明を始めた。
「ユミエラさんはレベルが99もあるのよ。あと、魔王並じゃなくて魔王を倒せるくらいに強いって私は書いたの」
未だに疑惑の表情を浮かべる男爵を見て、この感じ久しぶりだなと私は思った。
翌日の朝、早速私はドラゴン退治に山へと向かうことにした。道案内役として2人の兵士が同行する。
気を遣ったジェシカが付いてくると申し出たが、戦力になりそうにないので丁重に断った。
「おい、なんで貴族のお嬢さんの我儘に付き合わなければならんのだ」
「しょうがないだろ、領主様の命令なんだから」
兵士2人の中での私はドラゴンを見たがる我儘娘らしい。私は小声で言い合いをする彼らに構うこと無く山を早足で歩き始める。
山の中腹に木々が開けている場所を見つけたので、そこでドラゴンを待ち構えることとする。
「ここで少し休憩しましょう」
息を切らしながらも私に付いてきた彼らは地べたに座り込む。
「はぁはぁ、お嬢ちゃん、言い忘れたがドラゴンが出たらすぐ逃げるからな。貴族の道楽も程々にしておけよ」
まだ勘違いしているのか。ここまで来ても息一つ切らさない私に違和感を持っても良いはずだが。
来た、私は兵士の言葉に返答すること無く空の一点を睨み付ける。
「な、何だ? あの影は……ド、ドラゴン?」
私の様子を不思議に思った彼らが空を見ると、1つの影を見つける。その影はこちらに近づきだんだんと大きくなり、ドラゴンだと目で分かる距離まで来る。
「隠れろ! やり過ごすぞ!」
兵士たちは慌てて近くにあった岩の陰に身を隠す。
「もう見つかっているみたいですよ」
私が隠れても無駄だと伝えた通り、ドラゴンは私達の周囲を旋回していた。縄張りに侵入した人間を警戒しているのだろうか。
現れたドラゴンは事前に聞いていた通り火属性の種類だった。口の端から炎を漏らすそれは、今にもブレスを撃つぞと警告しているかに見える。
私は上空を眺めながらドラゴンを仕留める方法を思案する。できれば死体は完全な状態で殺したい。
私の遠距離魔法は死体を残さず消してしまうものが多い。部分的に攻撃できる魔法は対象の影から発動するので、空を飛ぶ敵には使えない。
「も、もう終わりだ……俺はアイツに食われるんだ」
諦め早いな、兵隊さんだろ? 私の付き添い2人の精神状態がよろしくないので、貴重な素材を丸々手に入れることは諦めることにした。
「ブラックホール」
私が魔法を発動するとドラゴンの左翼が闇に包まれ、翼は闇ごと消滅する。片翼を失ったドラゴンは錐揉み回転しながら地面に衝突した。
すぐさま止めを刺そうとしたが、墜落したことですでに絶命しているようだ。弱いな、ドラゴン。
「や、やった! すごいな嬢ちゃん!」
手のひらを一瞬で返した彼らは感動のあまり涙を流し始める。そこまで感動しますか、ドラゴンは私が対処すると道中で再三言っていたのだが。
「喜んでいるところ悪いのですが、まだ終わってませんよ」
そうだ、火属性のドラゴンは倒したがまだ終わりではない。この山に棲み着いたドラゴンはつがいである。
ゲームではボスは火属性だと言われるので、水属性の武器や火耐性の防具で固めたプレイヤーが多かったことだろう。しかし、火属性のドラゴンを倒した後に風属性のドラゴンと連戦することとなる。
もちろん2体目の方が強いので、本当は風属性対策をしなければいけない罠イベントなのだ。
突如、山全体に咆哮が響き渡る。妻を殺された怒りだろうか。あ、夫かもしれない。
山頂付近の森から空に飛び出した風属性のドラゴンは、こちらに向かって一直線に突っ込んでくる。さすが風属性、先程のとは速さが違う。
「あ、危ない!」
私に突撃するドラゴンを見て、兵士が悲鳴を上げるが問題はない。
ドラゴンは私の眼の前で動きを止めていた。
「シャドウランス」
奴の敗因は私の影が伸びている方から襲ってきたことだ。ドラゴンは私の影から突き出た無数の槍で、空中に体を縫い付けられ絶命していた。
死を覚悟してから生還する感情のジェットコースターに2回乗った兵士は一回り歳を取ったように見えた。
そんな彼らをドラゴンを運ぶために、人を連れて来るよう下山させた私は山頂まで来ていた。今回の目的の品物を手に入れるためである。
なぜ、突然この山につがいのドラゴンが出没したのか。それは子供を育てるためである。家畜を襲っていたのも、魔物を狩る手間さえ惜しかったからだ。
2体目のドラゴンが飛び出してきた付近を探すとすぐに巣を発見することができた。上手く事が運びすぎてニヤケ顔になってしまう。
巣の中には目当ての品、ドラゴンの卵が鎮座していた。





