5-03 見え透いた餌にあるだけ食いつく
◆5-03 見え透いた餌にあるだけ食いつく
肌寒い日に温かな紅茶が美味しい。スコーンも温めてあり、白いクリームと赤いジャムが乗っている。
甘すぎる物を好まないパトリックは、お菓子に手を付けることなく紅茶だけ飲んでいた。
私はティーカップを置いて言う。
「やっぱりリタが淹れてくれる紅茶が一番美味しいね」
「そうだな」
「いま、コイツに味の違いなんて分からないって思ったでしょ?」
素っ気ない返事を聞いて、彼の思考を読み取る。私だって紅茶の良し悪しくらい分かるからね。一般人の致死量を遥かに超えた毒を入れられたときだって、ちゃんと違和感があった。
カップから口を離したパトリックは、ウンザリした表情で否定する。
「思ってない」
「そう? でも、また面倒な絡み方をしてきたなって思ったでしょ?」
「それは思った」
そんな、中身のない会話を、穏やかなひとときを満喫しているうちに……スコーンが全て無くなった。
「いま、コイツ食べすぎだろって思ったでしょ?」
「それも思った」
パトリックは当然のことであるかのように言う。
驚いた。自分が面倒だという自覚はあったが、食いしん坊だとは自認していなかった。甘い物は好きだけど、常にペロペロキャンディーを片手に持っているくらいの「強さ」は無い。
どう思われているのか気になったので質問してみる。
「私ってそんなに食い意地張ってる?」
「食い意地、ではないと思う。ユミエラは何というか……あったらあっただけ食べるだけだから」
なんか、犬みたいに思われていた。彼らは満腹であろうと、ドックフードを出されたらとりあえず食べる。
いや、残さないだけだから。もったいない精神を忘れていないだけだから。
あったらあっただけ食べるって表現、パトリックに悪意は無いのだろうけどジワジワ効いてくるな。彼以外からもそう認識されていると思うと辛い。傷口を広げたくないので会話を帰宅途中まで戻す。
「私が食べ物を無駄にしないって話はいいの。歩きながら話してた大工さん、レベル20は低すぎないかなと思って」
「レベルに関してはユミエラの感覚がおかしい」
予想通りの返答ありがとうございます。私が言いたいのはそういう意味じゃない。レベルを上げるハードルが、私と世間一般とで相当乖離しているという前提で、なお不可解だ。
「アーキット商会は高レベルの職人を抱えているから工期を短縮できるんでしょ。でも聞いた限りでは、元冒険者でレベル20の人が一番みたいじゃない。他の人はレベル10も無いくらい? そりゃあ普通の人に比べて力持ちだろうけど、劇的に変わるほどではないと思ったの」
「そういう意味か。あの商会は高レベルを謳ってはいるが、魔物との戦闘経験が無い人も多い。あそこが短期間で屋敷を建ててしまうのはそれ以外の要因が大きいみたいだな」
魔物と戦ったことがないって、レベル1じゃん。何が高レベルだ。私が馳せ参じて、過剰宣伝を過剰宣伝じゃなくしてやろうか。
とはいえ、高レベルと同程度に効果を発揮する他要因というのが気になる。パトリックの話に私は耳を傾けた。
「まずは魔法使い。土魔法が扱える人材は一人いるだけで全く違うらしい。他には……ん? 模型を見せられたとき、ユミエラもいなかったか?」
「模型?」
模型って何だ? 1/700の艦船模型か、はたまた1/144のロボットか。灰色塗料を複数種類所持していたら1/700出身の人で、何彼構わず塗装前にサフを吹く人がいたら1/144だ。
しかしパトリックの意図する模型の意味が分からない。記憶を探っているとパトリックが言う。
「建築予定の屋敷の模型だ。普通の作り方と、独自の作り方。柱が少なく作業が簡略化されているが、どちらも強度は変わらないという実演を見せられて……ああ、あのときユミエラはいなかったな」
「私も見てみたかったかも。知らされてたっけ?」
「あの日、ユミエラはダンジョンに行っていた」
「ごめん」
時系列的に2号と会って上限突破する前だろうから、不要不急のダンジョン探索だったはずだ。
私のダメさ加減はさておき、家が早く完成するカラクリは理解した。なるほどね、柱が少ないのね。柱が少ないと分かって、気になるのは一点だけだ。
「それ、大丈夫なの?」
「そんなスカスカになるわけじゃない。大きな屋敷と普通の家は、建築方法もが全く違う。特に貴族の屋敷は城塞建築の流れを汲んでいるから、必要以上の強度があるらしい」
「丈夫に越したことはないんじゃない?」
「城に求められる攻城兵器に対しての強さと、地震や嵐のような自然災害に関しての強さは別物らしい。災害に対しては十分な強度があるというのを模型の実演を踏まえて説明されたんだ。自分たちの工法は完璧だと」
模型は見ていないけれど、その説明には聞き覚えがある。投石機と地震、どちらの対策を万全にするか問われて私は確か……。
「思い出した。早く安く済む方で、って言った」
「結婚式には間に合わせないといけないからな。仕方ない」
仕方ないと口にする彼であったが、私同様に関心が少なくどちらでも良いと感じている様子だった。
適当に決めちゃったけど、私だけじゃなくて彼も住む家だからね。パトリックが納得しているのか、大丈夫だとは思うが心配になる。改めて彼の顔を確認すると、何か深く悩んでいるような表情をしていた。そして、真剣な面持ちで口を開く。
「結婚式と言えばだな――」
「あ、屋敷のことじゃなくてそっち?」
「ドレスの準備について」
「心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと採寸して、着られればオッケーって注文も出したから。王都まで行くのも面倒だし」
「……では、それはそれとして」
「えぇ?」
ウエディングドレスの話、終わり?話題の切り出し方が不自然過ぎる。困惑しつつも話の続きを聞き逃さないよう、私は口を閉ざした。
「その、なんだ、装備を作らないか? 防具とか、そういう意味での装備だ」
「いらない。強度が足りないもん」
私もフルプレートの鎧の購入を検討した時期があった。でも、あれって見た目ほど硬くないし、柔軟性が無いので本気で動いたら内側から壊れちゃう。金属鎧は拘束具に近い代物だ。革製の防具もあるが、普通に考えて皮膚の方が硬い。
だから装備はいらない。多分、似たような理由でパトリックも鎧を使わないわけだし、今更おすすめしてきた理由が不明だ。
「防御力は上がらなくていいんだ。例えば、その……戦闘が有利になる機能を付けるとか」
「ワイヤーを射出して移動してもいいってこと?」
「技術的に可能なら」
「近接用のパイルバンカーを肘の部分に仕込んでもいいってこと?」
「技術的に可能なら」
「パージ機能を付けてもいいってこと?」
「技術的に可能なら」
え、待って、色々ありすぎて思考が追いつかない。まずワイヤーは必須として、どこに仕込もう。腰か腕か、左右非対称に配置するのもいいかも。背中に予備のパーツを懸架できるようするのも……ああ、夢が広がりすぎて止まらない。
どこに何を付けようか。実際に腕などを動かして、体の可動域と確認を取り合う。
最高に楽しい時間を過ごしていると、パトリックがサラッと恐ろしい発言をする。
「やめておくか?」
「やめない!」
「防具を作るには採寸をしなければいけないだろ? ユミエラ採寸が嫌いだから――」
「するから! 採寸くらい、幾らでもするから!」
採寸が嫌だろうから装備はナシって……そんな、善意で不幸を撒き散らすような真似させてたまるか。
パトリックは他にも気になることがあるようで、次々と確認を取ってくる。
「もうサイズは分かっているから、採寸は必要ないとか――」
「言わない!」
「試着は意味がないとか――」
「言わない!」
「王都に行きたくないとか――」
「言わない! 王都も行くし、採寸も試着もおとなしくします」
全部、普段の私が言いそうなことだ。彼が心配するのも無理はない。
私が必死に否定を連発してようやく、パトリックは首を縦に振った。
「じゃあ行こうか。王都に馬車で行って、採寸も試着もする。そのあと、技術的に可能な範囲で装備を作る」
「ありがとう、パトリック!」
最高だ。こんなに幸せなことがあって良いのだろうか。
いつの間にか馬車という交通手段まで決められていたが、それくらい構うもんか。





