5-02 正論パンチ
◆5-02 正論パンチ
「ユミエラさん! こっちですわ!」
手を振りながら駆け寄ってきたのはエレノーラだった。その手は土で真っ黒になっていた。顔にもドレスにも土の汚れが着いている。何事?
「何をしていたんですか?」
「お芋掘りですわ! しかも、ジャガイモではなくて、サツマイモですの!」
「……それは何よりです」
「街から少し離れた所に教会が管理する畑がありまして、そこで作った芋で焼き芋大会をやるんですわ!」
「……楽しそうですね。今からやるんですか?」
「今日はまだですわ。…………本当は内緒ですけれど、ユミエラさんにだけは教えてあげますわ。この後、芋掘りに参加した人だけで焼き芋をしますの。お芋掘りを頑張れば、焼き芋を二回食べられますわ」
すげえ極秘情報を聞いちゃったぜ。
エレノーラの後方、離れた場所には子供が十人ほど固まっていた。みんな手は真っ黒で、抱えている布袋にはサツマイモが入っているのだろう。ちなみにエレノーラが一番汚くなっているように見える。元の姿が綺麗だからか、子供よりもはしゃいで芋掘りに興じたのか、詳細は不明だ。
没落しても幸せそうで嬉しく思いつつ、私は彼女を送り出す。
「後ろの子たちが待ってますよ。行ってあげてください」
「はい! 行ってきますわ!」
とてとてと走り出し、エレノーラは違和感なく子供に混ざる。
エレノーラ様、太古の昔は公爵令嬢であったという伝承が語り継がれているが、今の姿を見るに間違いな気がしてきた。私よりもずっと街の人と、特に子供に馴染んでいる。
彼女と別れ、エレノーラ入れ替わり説を考えながらしばらく歩いていると、またしても名前を呼ばれた。
「ユミエラも帰るのか?」
「パトリックも?」
「俺も終わったところだ。深刻な顔をしていたが……何でもないんだろ?」
「うん、何でもない」
常時無表情の私がシリアスな顔をしていたことに気がつく。+2点。考えていたことは大して重要じゃないと分かる。+3点。
合計でユミエラポイント+5点です。流石パトリック・アッシュバトン、堅実に点を積み上げていく。
絶対に入れ替わってなどいないエレノーラの消えた脳内で、新しい遊びをしてみた。それにも彼は気がついたようで、特に何も言うことなく歩きだしてしまった。
私も足を動かして、パトリックと並び帰路につく。
「今日は……アーキアムだったか?」
「うん、アーキアム領。こんなに太い丸太を往復して運んだの」
「振り返るとき、人にぶつけたりしそうだ」
「言うのが遅い」
「怪我は?」
「ギリギリ当たってないよ」
パトリックは人に当たっていないならと、それ以上言及してくることは無かった。なんか、私に対するハードルが年々下がっているような。そのうち、一日のうちに何も壊さなかっただけで褒められる将来が来るのかもしれない。
「パトリックはまた土魔法で?」
「いいや、今日は柱を立てる手伝いだった。力仕事だな」
今日の私はトラックで、彼はクレーンで、重機カップルの誕生だ。
レベル99のパトリックは、何人もが協力するような作業も軽々とこなしてみせるだろう。とは言え、作業をしている大工さんも高レベルを謳っている。
「あの人じゃ無理だったの? 二十人分の仕事をするっていう」
「彼だけでは、あの重さは難しいと思う」
「やっぱりさ――」
「駄目だ」
話題になっているのは、アーキアム商会から派遣されたレベル20の大工だ。最初に会ったとき「一人で二十人の仕事ができる」と豪語していたので「99人分の仕事に興味はありませんか?」と勧誘をした。その結果、私はそれまで以上に作業現場から遠ざけられるようになった。
前職ではダンジョンで魔石を集めて生計を立てていたというのだから、見込みはあるはずなのに……もったいない。
「レベル20ってそんなに違う? レベル1で筋肉多めな人と誤差くらいじゃない?」
「俺もお前も感覚がおかしくなっているだけで、20は相当の実力者だ」
「じゃあ、何で冒険者を辞めちゃったんだろう? ダンジョンに潜る方が稼げそうだけど」
「結婚を機に危険な仕事を引退しようと考えたところに、アーキット商会にスカウトされたと言っていた」
そんな会話をするくらいに、パトリックと彼が打ち解けているのに驚いた。
パトリックって初対面の人に素っ気ないというか、ぶっきらぼうな感じで接しているように見える。でもすぐに信用されてしまうのは何故だろう。隣で見ているはずなのに、彼のコミュニケーション能力を真似ることはできそうにない。
「あの人って三十代くらいだったよね。大工歴は浅いってこと?」
「どうだろう……話しぶりでは三年くらいの雰囲気だった。それくらいの時期なら、引退を決意する理由もあるしな」
「なんかあったけ?」
「魔石の値段が下がっただろ? 等級の高い物は特に。この数年、冒険者業界は景気が悪いと聞く」
確かに昔に比べて魔石の値段が下がっている。
私が魔石の相場を把握したのは学園に入学してから。それまでは、最低限の物が買えるお小遣いがあれば良かったので、価格なんて気にしていなかった。ダンジョンで魔物を倒して、魔石を拾い集める時間が勿体ないと感じるくらいにレベル上げに一生懸命だったという理由もある。
入学式でレベルがカンストしていると分かってからは、お金があっても困ることはないからと、魔石を拾い集めて売るようになった。買取額は年々下がっていたような。
このまま暴落が続けば、魔石の売却益のみで維持しているドルクネス家の激ヤバ財政が危ういかもしれない。
「どうしてだろ。魔石の需要が減る理由も無いし」
「高い等級の魔石を大量に供給し続けるのが現れたんだろ」
「…………パトリックがレベル99になった弊害ってことね」
「違う、ユミエラが……まあ、俺にも原因はあるか」
パトリックに責任を擦り付けようとしたら、本当に責任を感じてしまった。たぶん、八割くらいは私のせいだよ?
五十層クラスの最難ダンジョン、そこのボスが落とす巨大な魔石が供給過多で値下がりしているのは理解していた。安定して入手可能なのは私とパトリックくらいだから、市場に影響が出るのも納得だ。でもまさか、普通サイズの魔石すら供給過多になるとは想像もしていなかった。
これ、対策しないと本格的にヤバイやつでは?
真面目に心配になってきたので、私の発する声は若干小さくなっていた。
「大丈夫……かな?」
「魔石が安くなって、魔道具を使う人も増えたようだから――」
「魔道具に使う魔石の消費量も増えて、魔石の相場も安定するってこと? どこまでも安くなって石ころ同然になる事態は避けられそうだね」
「え?」
「安くなればみんな買うし、みんな買えば高くなるし。市場って反発する力が働くものだから……。供給に合わせて需要も増えれば、均衡価格は変わらないもんね」
ある程度の減収は覚悟しないといけないが、絶望的ではない。
良かったねと彼の顔を見上げると、パトリックは目を丸くしてこちらを注視していた。
「え、なに? どうしたの?」
「本当にユミエラか?」
「……バレては仕方ない。本物のユミエラは我輩の胃の中だ」
「ああ、そのノリは本物のユミエラだ」
「どういう本人確認の仕方? というか、どこで偽物だと思ったの?」
「前に財務担当の官吏たちと話し合って、魔石の価値がある程度で落ち着くと判断したんだ。さわりの部分だけ聞いて、すぐさま結論まで到達したから……今日のユミエラは冴えているなと」
すごい褒められた。大したことは言っていないと思うけれど、珍しい高評価は嬉しい。
これくらいの経済学は中学の公民でも習うし……ああ、私はかつて経済を専門とする学府に通っていたのだった。
私は賢いっぽい雰囲気で……賢いっぽい雰囲気って言葉回しが、まず頭悪いな。まあ、そういう感じで言う。
「私はこれでも、大学の経済学部に通っていたからね」
「大学……最高級の教育を受けられる学校か。……ん? 前にユミエラ、広く浅く学べるけれど専門的な知識は身につかないと言っていなかったか?」
私のエコノミストへの道を阻んだのは、過去の私でした。
だって、そうじゃん。まだ一年生だったし。そこまで本気で経済について学ぶ気が無かったし。領主になった今となっては勉強しておけば良かったとつくづく思うが手遅れだ。
頭脳派路線はもう諦めて、素直に白状する。
「言った。でもね、私が不真面目な学生だったわけじゃないの。経済学部の大学生の八割は経済学に興味が無いからね」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「一年生だったから入門部分をちょっとやっただけなの。もちろん真面目な人もいたよ? 入るゼミも決めてて、教授に質問しに行ってて」
「それが真面目な学生なら、ユミエラは不真面目だったんじゃ?」
それはねパトリックさん、揚げ足取りってやつですぜ。
私たちの間には真面目と不真面目に関する認識の違いがあるようだ。彼に一般的な大学生の何たるかを提示しておこう。
「ちゃんと授業に出て、ノートを取って、試験前だけ勉強すれば、真面目な大学生に分類されるの」
「それは……当たり前じゃないか?」
「ロンとかツモとか良く分からない単語を連発するボードゲームとか、鍋と洗剤の販売業とか、そういうのにドハマリして学校に来なくなっちゃう人もいるから」
「理解しかねる」
パトリックが首を捻った。専門的な知識を得られる機会を逃してしまうのは意味が分からないらしい。
ちゃんと出席していたとはいえ、私も学習に意欲的だったとは言い難い。マクロ経済など死ぬまで無関係だとは考えないで、本気で勉強していれば良かった。領主をやるに当たって知っているのといないのでは違っていたはずだ。
「私もね、こうやって異世界に来ると分かっていれば本気で勉強したよ。こっちなら役に立つから」
「人間社会で暮らす以上、経済学が役立たないことはあるのか? どんな仕事をするにしろ知識の有無で視点が変わってくる……と思う」
「……さてはパトリック、仕事が辛いって愚痴をこぼす人に、転職とか待遇改善とかの話をするタイプね?」
「すまん。ユミエラがいた世界を良く知らないでいて、想像で言ってしまった」
核心を突いていたパトリックであったが、すぐに主張を引っ込めてくれた。ド正論パンチ痛いです。
だいぶ話が脱線してしまった。どうしてこんな話になったんだっけ?
順番に記憶をさかのぼる。経済の話に突入したのは……魔石の相場が下がっている話だったか。それが原因で冒険者界隈が不景気になり、レベル20の大工さんが登場したのだった。おかしいな。
レベル20に引っかかり、新たな疑問が出てきた。
しかしそこで屋敷に到着。そのまま二人でお茶の時間に突入する。
 





