5-01 丸太は持ったな!
おまたせしました。5章はじまります。エレノーラ回です。
◆5-01 丸太は持ったな!
今日は寒い。雪はまず降らないし、学園の制服が年を通して同じなくらいな気候だが、寒い日は普通にある。下に一枚着込んだりすれば大丈夫なくらいの寒さ、前世では雪国……とは言えないけれど、雪が積もるくらいの地域に住んでいた私なので、あまり気にならなかった。
少し前まで秋だと思っていたのに、もう冬だ。
ドルクネス領は秋の収穫を無事に終え、数週間後の建国祭に向けての準備が始まっている。建国祭の最中には年が変わり、年明け二ヶ月ほどで私たちの結婚式だ。
式を挙げるにあたり、一番の懸案事項であったパトリックの兄ギルバート氏の参加も取り付けることができた。
結婚式の準備は着々と進んでいる。というか、いつの間にか進んでいた。知らない間に招待状が送られていたし、私とパトリックの衣装なんかも発注済み。
それ以外にも式に必要なものは多岐にわたり、大きな物では建物の新築もしている。式場だったり、来賓用の宿泊施設だったり。その中に入れる家具やら絨毯やらの手配も進んでいるらしい。
建築ラッシュのドルクネスの街は、既にお祭りムードというかお祝いムードみたいになっている。かくいう私は財源確保のため、それを横目に見ながら毎日ダンジョンに通っていた。
建築関連で。基礎の土台を整備するのにパトリックの土属性魔法が大活躍しているようだ。
私もバリバリ頑張るぞーと建築現場に突撃してみたものの、危ないから駄目だと周囲に止められたりもしている。ちなみに、危ないのは私ではなくて、未完成の建物の方だ。みんな、私が解体屋になることを危険視していた。ユミエラ不在確認、ヨシ!
ガソリンで発動機が動くように、ダイナマイトで邪魔な巨岩が砕けるように、核爆弾で巨大隕石を爆破するように、危険物にも役立つ場面は必ず存在する。何がキッカケになって世界を滅ぼすか分からないと評されたユミエラでも、必ず輝ける舞台があるはずだ。
そして今、私は最高の舞台に立っている。主演の前には大量の丸太があった。
「運んでいいのってどれですか?」
「ここにある分は全てお願いします」
「分かりました。パパッと運んじゃいますね」
ここはアーキアム領。ドルクネス領と王都の中間くらいにある場所だ。
王都からドルクネス領に向かうときにも通過する。王国を東西に横断する街道沿いにアーキアム領があり、そこから枝分かれして北へ進めばドルクネス領に到着だ。
現在のドルクネス領は結婚式関連での新築が増えており、材木が不足している。そこで、良質な木材で有名なアーキアム領に来ているわけだ。
向こうの商会……名前は忘れた。その担当者さんが、ズラッと並ぶ丸太を見渡して言う。
「あの……今になって言うのも申し訳ないのですが、人力で運ぶのは無理がありますよね? 現地での買い付けとお話を伺って用意いたしましたが、アーキット商会では材木の運搬も請け負っています」
「大丈夫です。時間がちょっと厳しいみたいなので、私が運んじゃいます」
思い出した。アーキアム領のアーキット商会だ。地名から社名を決めたのか、似ていてややこしい。
元は建築業がメインの商会らしい。高レベルで力持ちの大工や、土属性の魔法使いを複数抱えており、お金はかかるが工期はすごい短縮できるとか。
それに加えて、建材の調達から運搬、果ては家具まで作っているようだ。一から十までを関連会社でやって儲けを出すというビジネスモデルっぽいので、本当は輸送もお任せするのが良いのだろう。でも時間が足りないのでごめんなさい。
「ドルクネス領までは陸路で輸送になり時間はかかりますが、伯爵様には別部門もお世話になっております。費用面は赤字覚悟でお見積もりを――」
「すみません、本当に大丈夫です」
「しかし、いくら伯爵様が怪力とはいえ、これをドルクネスまで運ぶのはいささか……」
え? この人、私のパワーを心配してたの?
見た限りでは杉か何かを伐採して邪魔な枝だけ落としたものだけど、すごい重いのかもしれない。
念の為に確認しておこう。私は並んだ丸太の一つを、両手で掴んで持ち上げた。端を持ったせいで、木材は柔軟性を発揮し、弓のようにしなっている。
「あ、これくらいなら問題ありませんよ」
「……話には聞いていましたが、これほどとは」
彼は心の底から驚いている様子だった。情報としては知っていても、実際に目撃するのは違うのかな。
この持ち方では運びづらいので、丸太を地面に下ろしてから持ち直す。真ん中らへんを肩に担ぐのが良さそうだ。左右に一本ずつ……いや、二本ずつイケる。重さは関係なく、腕で抑えられるかの問題だ。
一度に四本。十回以上の往復が必要だけど、走ればすぐ終わる。
右肩に二つ担ぐ。次は左。持ち上げるときの姿勢は辛いが……よしっ、大丈夫だ。計画通り四本で行こう。
後はドルクネスに向かって走るのみだが、担当者さんに最後の挨拶をしておこう。
しかし、丸太で左右の視界が塞がっていて彼が見えない。どこだろうかと体ごと右を向いてみる。
すると、ブオンと丸太が風を切り裂く音が響いた。わずかに遅れて彼の悲鳴。
「うわぁ!」
「あっ! すいません」
私は常識的な速度で向きを変えた。しかし、剣は手元よりも先端の方が速くなるように、丸太の先端も相当な速度になっていたようだ。重量も相まって非常識な威力が出ていると思う。直撃したら危ない。私は振り返るだけで殺人を犯せる状態になっていた。
「大丈夫です。何とか避けられました」
良かった。彼の声は後ろから聞こえた。
逆を向いてしまったのかと思いつつ、改めて謝罪をせねばと私は振り返った。
「体の向きを変えるときは周囲にうわあぁ!」
「あ」
危機回避のための忠告は少し遅かった。立ち上がりかけていた彼の頭上を掠める丸太が、今度は私にもハッキリと見えた。これ強いな、吸血鬼も倒せそう。
本当に申し訳ない。一歩間違えれば怪我では済まなかったのだ、誠心誠意の謝罪をしよう。
私は深々と頭を下げる。連動して四本二列の丸太が、彼の両側に轟音を立てて叩きつけられた。
「申し訳ありませんでした」
「ひっ!?」
頭上ギリギリを二回、その後は左右同時に。私は災害か?
これ以上、アーキット商会の担当者様を危ない目に遭わせてはいけない。私は体を一切動かさずに言った。
「逃げてください。丸太の攻撃範囲から脱出してください。私が動かない今のうちです」
「は、はいいっ!」
彼は勢いよく立ち上がり、脱兎のごとく駆ける。
なんか、自分の意思と関係なく能力が暴走しちゃう系キャラみたいなセリフを吐いてしまった。危ないから離れてください、で十分だったのにね。遅れて恥ずかしくなる。
それから、必要以上に距離を取る彼に謝罪とお礼をした私は移動を始めた。隊商の列を薙ぎ払う事件を起こさないよう、特に方向転換には気を使いながら走る。
今回のお仕事はユミエラのイメージチェンジになると思っていた。戦闘マシーンが運送業で大活躍! みたいになるはずだったのに、結局は戦闘マシーンみたいになってしまった。
運び屋と言うと非合法な香りがするので、伝説の配達人とか、運搬マンとか、良さげな称号まで考えていたのがお蔵入りになりそうだ。
◆ ◆ ◆
丸太数十本を所定の位置に納品するお使いクエストは、最初以外トラブル無く遂行できた。
ドルクネス領にいる担当者さん、この人もアーキット商会の人、彼に指定された位置に最後の丸太を下ろした。
「これで最後です」
「ありがとうございます。助かりました。ところで、向こうの者に失礼は無かったでしょうか?」
三回くらい丸太攻撃をしたのは失礼に入るだろうか……と少し考えて、私が失礼なことを言われなかったのかを確認しているのだと気がついた。
「いえ。むしろ私が、向こうの方を危険にさらしたくらいです」
「あー…………想像できました。ともあれ、お疲れさまです。これで工期も間に合いそうです」
「力仕事でしたらもっとできますよ」
「ありがたいですが、もうお力をお借りすることは無いと思います。他の建材、特に大きな物はドルクネス領と周辺で調達できますので」
他の重いものと言うと……レンガとか石とか? 領内で賄えるのなら、それに越したことはない。
領地の産業が活発になることは、私としては嬉しい。でもアーキット商会は旨味が無いはずだ。彼らには良くしてもらっていると代官のデイモンも言っていたし、あまり利益を受けるのも考えものだ。
「他の物も、向こうから仕入れた方が良かったりします?」
「お気になさらないでください。私たちの本分はあくまで建築です。材木も近場に良い物があれば、そちらを使いました」
私の気にしすぎだったか。
あの丸太を普通に運ぶのは大変だしね。アーキアムからドルクネスだと水上輸送ができないので、私が通ったのと同じ街道で陸運しなければならない。小さな丸太を並べて、コロコロ転がして運ぶのは骨が折れそうだ。緩やかな上り坂も多いし。
じゃあ、木材もドルクネス領で取れれば都合が良かったのかな? 山だらけのドルクネス領、木なんて幾らでもある。
「ここら辺にある木は使えなかったんですか?」
「ドルクネス領の山林は広葉樹が多いので難しいです。それに、山で木を切り出すのは労力ばかりかかります」
そうか、杉とかヒノキみたいな針葉樹が必要なのか。言われてみれば、冬山は視界が良くなっていいなあ……と思っていたのも広葉樹の葉が落ちているからだ。山では林業がやりづらいというのも納得だ。平地で杉を切るのが楽でいいよね。
山だらけなのに、木材が不足するとは思わなかった。今は大きな屋敷に使うような木が無いというだけで問題は少ないが、ドルクネス領が発展したら普通の家に使う木すら無いという事態になりかねない。庶民の家すらも石造りにするのは大変だ。
数十年か数百年後かの未来が心配になってきた。ちょうど話し相手がその道のプロだし、ちょっと聞いてみよう。
「すごい先の話ですけど、植林とかってした方がいいんですかね?」
「素晴らしいと思います。将来的には木材が不足するかもしれません。伐採に手間がかかりますが、山に植林も良いでしょう。きっと、お子様やお孫様の世代に感謝されますよ」
「そうですか? じゃあ、落ち着いたらやってみますね」
そこまで手放しで賛成されるとは思わなかった。
数十年後に訪れる深刻な材木不足、それを救ったのは隠居した前領主だった……みたいな感じだ。名君として語り継がれちゃったりして。
私、未来のために杉とヒノキを植えまくります!
「……あれ?」
「いかがされました?」
「いえ、何でもないです。アドバイスありがとうございました」
「これくらいでしたら幾らでも。苗木の手配が必要になりましたら、アーキット商会をよろしくお願いします」
内心で首を捻りながら、商会の担当者さんと別れた。
屋敷への帰り道。ゆっくりと歩きながら、脳内に現れた彼女について思案する。
未来のために植林事業に着手すると決断したとき、脳裏に前世の友人が浮かんできたのだ。脳内友人は必死に訴えかけてくるが、私は彼女が何を伝えようとしているのか全く分からなかった。
マスクをつけて、普段はコンタクトなのに眼鏡をして、頻繁に目薬を差して……風邪かな?
完璧に理解した! 風邪には気をつけるね! それはそれとして、杉ヒノキを植えまくるね!
私が力強くうなずくも、頭の中の彼女は姿を消さない。分かったって、手洗いうがいはちゃんとやるってば。
なかなか脳内から出ていかない友人に四苦八苦していたが、現実世界で声を掛けられたことで即消えた。足を止めて声の主を見る。
「ユミエラさん! こっちですわ!」
12/24の悪役令嬢ニュース個人的2選!
・「ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん」がアニメ化企画進行中!
・「悪役令嬢レベル99」のボイスコミックが公開!
今日ってただの平日だと思ってたんですけど、もしかして悪役令嬢の日かなんかですか?
レベル99のボイスコミックはYoutebeにて公開中。漫画が音声付きで動いて、ほぼアニメみたいな仕上がりになっていますので是非ご覧ください!
ファイルーズあいさん演じるユミエラと、内田雄馬さん演じるパトリックの掛け合いも見られます。この下にリンクを貼っていますので、そちらからご覧ください! ↓↓↓
 





