番外編08 熱い飲み物と冷たい飲み物は、遠回しでよく似ている
コミカライズ2巻本日発売です!
2巻の描き下ろし漫画がパトリック視点で良かったのでパク……インスパイアを受けて書きました。初めてのパトリック一人称です。
◆ 番外編08 熱い飲み物と冷たい飲み物は、遠回しでよく似ている
用事があり俺は王都に来ている。ユミエラも一緒だ。
そして空いた時間、目についた喫茶店で休憩することになった。
入店した瞬間、洒落た……いわゆるユミエラが嫌いなタイプの喫茶店であることが分かる。
実用性を重視する気風が強いアッシュバトンで生まれ育った俺も、王都特有の価値観には驚いた。そして未だに馴染まないものではあるが、彼女は輪をかけて苦手意識を持っている。
ユミエラも苦手な所に入ってしまったと気がついたようだ。俺の袖をそっとつまんで、不安げに周囲を見回していた。
ダンジョン深層も軽い足取りで進む怖いもの知らずのユミエラと、慣れない場所に緊張する今のユミエラ。まるで別人のようだ。
ユミエラをどうしようもなく好きになってしまったのも、それが原因だ。思考も行動も常軌を逸している彼女が、たまにふと、同年代の少女らしい反応をする。その差異が堪らなく愛おしい。
なんとなしに入った場所ではあるが、珍しいユミエラを見られただけで来たかいがあったな。
待機していた給仕に席へと案内される。黒髪を見てユミエラだと気づいたはずの彼女は、表情一つ変えなかった。
歩きながら、既に袖から手を放していたユミエラにそっと耳打ちをされる。
「気をつけてパトリック。ここは飲食店ではなくて、パンケーキ撮影会場かもしれないわ」
意味は分からなかった。ただ、パンケーキ撮影会場の語感はまあまあ気に入った。後で撮影の意味を聞いてみようかと考えつつ、案内された二人掛けの席に腰かける。
給仕は革張りのメニューを開き差し出し、一番上の文字列を指差して言う。
「こちらのカップル限定ドリンクはいかがでしょうか? 数ヶ月前から出し始めて、今では当店で一番の人気商品です」
「ではそれを」
あまり悩まずに決めた。給仕が変なものを勧めるはずがないし、カップル限定に興味もある。ユミエラも無言で頷く。
給仕の姿が見えなくなってから向かいに腰掛けた彼女が首をかしげる。
「カップル限定ドリンクって何?」
「さあ? 二つセットの飲み物じゃないか?」
「温かいのか冷たいのかも分からないじゃん。パトリックはどっちがいい? 私は冷たいの」
「俺は温かい方だな」
カップル限定ドリンクがどんな代物であれ、どちらかの希望は叶わないことが確定した。
俺とユミエラの嗜好はまるで違う。ここまで綺麗に分かれるかというくらい、好みは違うことが多かった。これからずっと一緒にいることを考えると、少しばかり不安に思う。
逆に共通点はあまり思いつかない。どちらも戦闘が得意ではあるが、戦闘スタイルは全く違う。何事もそんな調子で、共通項に思えても突き詰めれば別物になってしまう。なおさら不安に感じている。
手持ち無沙汰になった時間、ユミエラは手で四角形を作り覗き込んでいる。風景画の画角を思索する画家のような動きだった。
「パンケーキを撮るならこの角度かな」
「小腹が空いているなら追加で何か頼もうか?」
「別にパンケーキが食べたいわけではないよ? ……あ、微妙にパトリックが写り込んでいるとポイント高い」
全く分からない。おそらく彼女が前にいた世界の何かだとは思うのだが……もう慣れた。
重要な事柄であるならユミエラは俺にも分かるように説明するだろうから、これはどうでもいい会話なのだろう。
程なくして給仕が現れる。盆に乗っていたのは恐らくオレンジジュース。贅沢なことに氷がふんだんに浮いている。ストローも珍しい。
それを見たユミエラが小声で言う。
「グラスに果物が刺さってると高級な感じするよね」
ジュースの原料であるオレンジを切ったものより、氷やストローの方がずっと値段が張るものだと思う。微妙にズレた金銭感覚を指摘しようとしたのだが、俺の目は出されたグラスに釘付けになった。
二人分の飲み物を頼んだはずなのに出てきたグラスは一つ。ストローだけが二本。
絡み合ったストローを見つめて、ようやく俺はカップル限定ドリンクの意味を理解する。実物を見れば簡単なものだが、発明した人物のひらめきは尊敬に値する。
給仕が「ごゆっくり」と言い捌けてから、ユミエラはため息をついた。
「はぁ、こういうやつね。ありきたりすぎ」
「俺は初めて見た」
「私も実物を見るのは初めてだけど……ちょっと味見してみるね」
ユミエラがストローを咥える。
俺も今からこれを飲むのか。俺とユミエラの方に突き出されているストローは、グラスの外周をわずかにはみ出るほどの長さしかなかった。必然的に顔は近くなり――
ズゾッ! ズズッゾゾゾッ! ズズズズ……。
閑静で甘い雰囲気の店内が、品の無い音で台無しになる。
オレンジ色だったはずのカップル限定ドリンクは、グラスと氷で半透明になっていた。
「……量が少なくない?」
一瞬で全てを飲み干した彼女は、悪びれる様子もなくそう言う。確認すれば、ユミエラを見ても眉一つ動かさなかった給仕が目を見開いていた。
ユミエラは店内を見回してその給仕を見つけると、軽く手を上げる。
「すみません、これもう一つお願いします」
追加を頼んだのだからユミエラにもやり直す意思はあるはずだ。
先ほどの出来事は夢だと思い、今から出てくるものを二人で飲もう。俺はそう思い直したのだが、二杯目が来てからのユミエラの一言に心が砕かれた。
「ごめんね。私ひとりで飲んじゃって。これパトリックの分」
「俺だけで飲めと?」
「あ、のど乾いてなかった? 残しちゃったときは私が飲むから大丈夫」
カップル専用ドリンク考案者の思惑にユミエラは意地でも乗らないつもりだ。ひとたびこうなってしまった彼女は手強い。明らかに二人用を想定しているこれを俺ひとりで飲み干すのか……。
意気消沈している俺をよそにして、ユミエラはタイミングを見計らうように何度も、長い黒髪を耳にかける。そして、緊張した様子でグラスに口を近づけた。
「パトリックが残したときを見越して、私は待機しておく」
そう言ってストローを口に含む。オレンジジュースの量に変化は無い。本当に待機しているだけ、ストローを咥えているだけ。
これはつまり、そういうことだ。顔が一気に熱くなるのを感じた。
熱くなった顔に冷たいオレンジジュースは丁度いい。だが熱い飲み物が良いと言った手前、ゆっくり時間をかけて飲もう…………変に理由を練って遠回しな表現をするあたり、俺とユミエラは似た者同士なのかもしれないと思いながら、俺はストローに顔を近づけた。
コミカライズ2巻発売です。通常版に加えてドラマCD付特装版もあります。
ページ下部にのこみ先生の告知ツイートのリンクを貼っています↓↓↓
多分このツイートでしか見られないイラストもありますので是非。パトリックが右手に持ってるやつ、私も欲しいです。
特典サンプルも一覧で見られます。セーラー服とか水着とかサンタとか巫女とか。どれも綺麗でかわいらしく、笑えるのも混じっています。
コミカライズ連載の11月分はエレノーラ回。ホラーな天井張り付きや、カッコいい着地をするユミエラも出てきます。
ウエディングドレスの試着で揉めたりする本編5章も執筆中です。
小説も漫画も、悪役令嬢レベル99はまだまだ続きますのでよろしくお願いいたします!