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番外編07 肉じゃがを追放されたがもう遅い

来週コミカライズ2巻が発売です。ドラマCD付き特装版も出ます!

◆番外編07 肉じゃがを追放されたがもう遅い


「肉じゃがを作ります」

「師匠! また来ました!」


 見習いコックの声が厨房に響く。まるで、食材を毒物に変える妖怪が出たかのような騒ぎぶりだ。


 先日、プリンを作ろうとして玉子焼きと茶碗蒸しが出来た一件で思いついたことがある。私の料理の腕は、正直良いとは言い難い。しかし、この世界に存在しない料理を知っているのだから、アイディアだけを提供すれば素晴らしいものが完成するはずなのだ。


 プリンのときは、作り方を知らないものを再現しようとしたせいで失敗してしまった。ならば、レシピを知っているものを作れば良いのだ。


「肉じゃがを作ってください」

「うわっ、また来た」


 お弟子さんの悲鳴を聞きつけて、料理長が顔を出す。私を見て、嫌そうな顔を隠そうともしない。

 私と彼は、お弟子さんを挟んで会話する。


「新しいレシピを思いつきました」

「プリンは面白いアイディアでしたけれど……」

「その料理の呼称は茶碗蒸しにしてください。私の脳が混乱します。……それはさておき、肉じゃがです」

「またお菓子ですか? 甘味に関しては素人に毛が生えた程度ですよ?」

「いえ、今回は煮込む料理です」

「はぁ……ユミエラ様は食材にも器具にも、触れないでくださいね」


 お触り禁止令は出たものの、最終的には彼が折れてくれた。

 ゆくゆくは私もここで腕を振るう予定だが、今はアイディアの提供のみで我慢しよう。今回の肉じゃがを始めとした、異世界料理シリーズを通して、私の料理下手キャラを払拭していく予定だ。


 料理長とお弟子さん、四つの目に厳戒の監視をされつつ私は調理場に入る。


 今日のレシピは肉じゃがだ。なぜ肉じゃがをチョイスしたのか……それは、肉じゃがが作れると料理が上手なイメージがあるからである。


 料理の難易度と女子力には相関性がある。カップ麺は難易度も低ければ女子力も低い。本格的なフランス料理は難易度も女子力もバカみたいに高い。

 ……と、難易度と女子力は比例しているように見える。しかし、難易度と比較して過剰に女子力が高く設定されている料理も存在する。それこそが肉じゃがだ。

 肉じゃがは特段難しい料理ではないけれど、肉じゃがが得意と言えば家庭的な女子だと誤認される。


 これは現実世界におけるバグだ。設定を間違えて、クリア報酬を高くし過ぎてしまったダンジョンのようなもの。修正パッチが入るまでは鬼のように周回するのがゲーマーだ。


 余談。肉じゃがの逆、つまりは難しいのに女子力が低いと目算されてしまう料理も存在すると思う。んーと……豚の丸焼きとか? 合コンで、内臓を取り除いてから香草を詰めるの! とか言ったらドン引かれるに違いない。


 更に余談。私は以前、肉じゃがバグの原因について考察したことがある。完全に私個人の想像だが、肉じゃがは味の好みが出やすい料理なのだ。

 濃いか薄いか、しょっぱいか甘いか、好きな味付けは人によって異なる。醤油と砂糖をいい感じで調合しなければいけない肉じゃがを、気になる異性に作ってもらえば、舌の価値観が合うか合わないかを判別可能なのだ。

 ……という推論を導き出した私は、母……前世の方の母に披露した。すると「そんなこと考えている暇があったら、肉じゃがの一つでも作れるようになって、彼氏に振る舞ったら?」と、ありがたいお言葉を受け賜った。

 両者の味覚を確かめることが目的なのだから、男側が作っても問題ないはずです。母は論点のすり替えを行いました! 卑劣な手法です!


 長くなったが、ともあれ肉じゃがだ。肉じゃがを作ります。

 作ったことは無いけれど、材料も調味料も分かっている。調理方法も、とりあえず煮込めばいいんでしょ?

 実際に作るのは私ではなく、歴戦の猛者たる料理長だ。ニュアンスを伝えれば、後はいい感じにしてくれるはず。

 頼みの綱である彼は、いささか面倒くさそうに言った。


「まずは、肉じゃがとやらの材料を教えて下さい」

「肉とじゃがいも。あ、肉は牛でも豚でも大丈夫」

「ああ、そこはそのままなんですね。変な物が不要で安心しました」


 ごくごく一般的な食材を二つ並べたところ、彼はほっと胸をなでおろした。

 あ、肉じゃがは、日本語で肉じゃがと発声したわけでなく、この世界の言葉で肉とじゃがいもを合体させた造語だ。だからこそ料理長は「そのままだ」と言った。


 もちろん、名前からは除外された名脇役たちも覚えている。彼が心配したように、思いつきで変な物を入れるのはやめておこう。

 目指すは平均的な普通の肉じゃがだ。


「あとは……ニンジンと玉ねぎかな」

「どちらも新鮮なのがありますよ」

「良かった。それと……白滝があれば完璧ね」

「しらたき?」

「あー、白い滝」

「白い滝?」


 うん、ごめん。白い滝とか言っても伝わらないよね。

 料理長視点では、聞き馴染みのない謎の単語を提示され、それをホワイトフォールと説明された状態だ。意味不明が過ぎる。

 しかし、白滝が無いのは寂しい。アレって正体は何だ?

 要するに細長いコンニャクで……あっ! わたし知ってる。コンニャクの原料は芋だ。コンニャク芋ってやつ。


「白滝はね、芋」

「……じゃがいもとは別で?」


 本当だ。じゃがいもと白滝とで、芋が被ってしまったぞ。

 どちらかを解雇しよう。肉じゃがパーティーに貢献していない方を、追い出そう。


「じゃあ白滝はいいや。いらない」

「無くても大丈夫ですか? どういう物か分からないので我々じゃ判断できませんよ?」

「いらないよ。無くても大丈夫。いなくなっても、あまり困らないかな」


 白滝の泣き呻く怨嗟の声が耳に入るが、無視して聞き流す。

 我が最強チームは牛肉やじゃがいものような、種族値が優秀なメンバーだけに絞る方針だ。白滝のような地味なのを、真の仲間と認めることはできない。

 白滝を追放したことで、料理長はホッとした顔をした。良く分からないのがメンバーにいたら嫌だもんね。


「肉は牛肉を使いますね。後はじゃがいもとニンジンと玉ねぎ……じゃがいもは添え物じゃないですよね?」

「肉とじゃがいも両方がメインになる感じ」

「では、全部を一口大に切りましょう」

「じゃあ、切るのは私も手伝えるから――」

「いえ! その後の調理法を聞いておきたいです!」


 急に声が大きくなった彼に、続きの調理について質問された。

 作業を進めるのは全体像が分かってからの方が良いか。材料を切るところまでは説明したから――


「後は鍋で煮て、味付けするだけ」

「なるほど。煮る前に肉から順に軽く炒めた方が良さそうですね。特にじゃがいもは、あまり煮込みすぎると形が崩れてしまいますから」


 あ! そうだ。グツグツ煮込む前に炒めるんだっけ。

 忘れていた部分の作り方すらも当ててしまうなんて、やっぱりプロはすごい。

 私が感心していると、美味しそうな香りが漂ってきた。ジュージューと何かを炒める音もする。


「これは何の――」

「はい! ではレシピを確認します。材料は牛肉、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ……

それらを適量一口大に切る。熱したフライパンに油をしいて、まずは肉、その後に野菜を入れて炒める」

「え、うん」

「そうしてできた物が……どうだ? 終わったか?」


 料理番組のようになってしまったシェフに驚き、視線が釘付けになってしまう。

 視界の外、先程から何やら料理が進んでいる様子の方から、大きめの鉄製フライパンが差し出された。


「そうして、できた物が……こちらになります」


 肩で息を切らし、酷く疲れた雰囲気のお弟子さんだった。彼が手にするフライパンを覗いてみれば、程よい大きさに切られた肉じゃがの材料たちが、これまた程よく炒められている。

 なにこれ? 口頭の説明だけで過程を省略する料理番組みたいな、そういうシステムなの?


 なぜ料理番組のようにしたのかは分からないが、私が説明したそばから超スピードで調理をしていたということだろう。

 あーあ、食材に斬撃を食らわせる作業くらいは手伝おうと思ったのにな。

 私は若干の不満があるが、料理長は満足げであった。


「よしっ! よくやった!」

「はい、師匠が時間を稼いでくださったお陰です」

「うぅ……お前も成長したなぁ」


 師弟が演じる感動の場面だと思う。思うけれど、なぜ高速調理を始めたのかとか事前情報が無いので、私は全く感情移入できなかった。なんだこれ。


「ありがとう、続きは私が――」

「コイツの努力を無駄にするつもりですか!!」

「……すいません」


 師匠にめっちゃ怒られた。

 すいません。私も多少は役に立とうと思っただけなんです。


 気を取り直して続きの工程に入る。私は手を出しませんよ。出しませんから、鍋と私の間に入って、身を挺してユミエラ介入阻止の構えは止めてください。


 炒めた具材を鍋に移し替え、少しだけ水を入れる。足りなかったら後から追加できる。


 ここからが正念場、味付けだ。肉じゃがが女子力の代名詞となる根拠の部分。すごい大事。

 私は手を出せないので、料理人2人の味覚に頼るところが大きい。未知の料理すらも美味しくできると、私は彼らを信頼している。


「調味料の説明をするね。まずは醤油と――」

「しょうゆ?」

「……詰んだ」


 はい。詰みです。負けです。絶望です。進行不能バグです。

 醤油が無い。醤油の元になる味噌も無い。味噌の原料である大豆はある。

 大豆はあるが、味噌や醤油の作り方は全くわからない。現代人にドンと大豆を出して「はい、醤油を作ってください」と言っても出来る人なんている訳がない。


 待て、落ち着け私。代用品だ。代用品を考えるんだ。

 醤油が存在しない世界であろうとも、一流の料理人の知恵を借りれば醤油の代わりくらい幾らでもあるはずだ。

 私は絶対に思いつかないので、説明だけして、料理長に希望を託す。


「あの……黒くて、しょっぱいの」

「うーん……一応、他の調味料も聞いておきたいです」

「醤油の他は砂糖が入っていたはず」


 醤油の説明だけでは正解に辿り着けないと判断した彼は、他の調味料から逆算するつもりなんだ!

 しばしの黙考の後、彼は言う。


「あー……デミグラスソースでいいですか?」

「いやいや」

「ちょうど、昨日から仕込んどいたのがありますよ」

「デミグラスソースは……ちょっと違うような」

「でも、この材料に合いますよ? 甘くなりすぎるので砂糖は入れない方がいいでしょう」


 まあ、あなたがそう言うのなら……。

 んー、デミグラスソースと醤油は別物だ。……しかし、醤油プラス砂糖と考えると、しょっぱさと甘さのバランス的にはデミグラスに近いような?

 砂糖醤油はデミグラスソースだった? 餅にデミグラスソースを付けて、海苔で巻いて食べる想像をする…………まあ、食べられなくはないかな?


「うん、イケる! デミグラスソースは砂糖と醤油!」

「はい、美味しくできそうですよ」


 良かった良かった。醤油問題が完全に解決できた。

 あと必要なのは……あ、すっかり忘れていた。みりんだ。


 みりん。原料は謎。単体で飲んだことがないので味も謎。

 謎が多いし影も薄いみりんであるが、結構大事みたいな話を聞いたことがある。たぶん、バンドにおけるベースみたいなものだ。冒険者パーティーで言う支援職みたいなものだ。

 それ自体の存在感は無くとも、無くなると明らかに物足りなくなってしまう。

 ベース・支援職・みりんのような、縁の下の力持ち的な存在を追放してしまい、後から酷い目に遭うというのはよくある話。


 みりんは大事だ。ただ、みりんの正体が全く分からない。酢とも違うし、どちらかと言えば料理酒に近いのかな?

 あ、そう言えば! コンビニでみりんを買おうとしたら年齢確認のボタンが出たというのをネットで見た気がする。そうか、酒か!


 みりんの正体は判明したが、この世界には恐らくみりんが無い。それっぽい代用品があれば良いのだけれど。

 ここまでの肉じゃが作りは完璧なので、みりんが無いばかりに台無しになるのは避けたい。頼む、今まで私のフワフワした要望に答えてくれた料理長なら、きっとみりんの代わりを提案してくれるはずだ。


「みりん……お酒っぽいやつも入れたいんだけど」

「赤ワインはもともと入れるつもりでしたが……」

「それ!」


 すごいな、我が家のシェフは。

 肉じゃがの完成系を予想して、みりんが不足していることが分かってしまうなんて。


「これで終わりなんだけど、大丈夫そう?」

「もちろんです! 美味しい肉じゃが? が完成ですよ」


 グツグツ煮える鍋で、ワインの瓶をぐるりと回しながら彼は言う。

 良かった。肉じゃがが、完璧な手順を踏んで完成した。

 材料よし。白滝は追放処分。醤油とみりんは無かったが、デミグラスソースと赤ワインで代用することができた。

 これを食べたら、みんな驚くだろうな。失敗すると思われたところからの逆転勝利。日本海海戦クラスの大逆転だ。


 食欲そそる匂いが漂う厨房に、お弟子さんの小さな声が混じる。


「これ、ビーフシ――」

「肉じゃが完成! 夕食でお出ししますので、ユミエラ様はお楽しみにしていてください!」


 ん? 何か言おうとしていなかった?

 お弟子さんのか細い声は、師匠の威勢のよい声で完全にかき消されてしまった。まあ、いいか。肉じゃがが完成したと、プロのお墨付きをもらえたのだから。


       ◆ ◆ ◆


「どうぞ、私考案の料理です」


 夕食時。パトリックとエレノーラは、私に促されるまま臆することなく肉じゃがを口に運ぶ。

 そして端的な感想を言った。


「ビーフシチューだな」

「ビーフシチューですわよね?」

「え?」


 そんなわけないだろ! 確かめるべく、私も肉じゃがを一口食べる。すごい美味しい。でも――


「ビーフシチューだ!」


 味はビーフシチューだった。よく見れば外見もビーフシチューだし、香りもビーフシチューだった。肉じゃがではなかった。

 パトリックが困惑した様子で言う。


「これがユミエラの考えた料理なのか?」

「ううん。これはビーフシチュー。肉じゃがのことは忘れて」


 ビーフシチューを考えたのは私です! と名乗れるほど私の神経は太くなかった。いや、肉じゃがも発明してないけど、この世界は元からビーフシチューあるし。普通に嘘だと分かる。


「肉じゃがの核は白滝だったかぁ」


 私はほぼ完璧な肉じゃがのレシピを言えたはずだ。無かった醤油も、ちゃんとデミグラスソースで代用した。

 ただ白滝だけは不要だと思い追放してしまった。つまり肉じゃがを肉じゃがたらしめていたのは白滝だったというわけだ。酷いことを言って追い出した白滝の、嘲り笑う声が聞こえる。

 今ごろ白滝は、別の所で大成功しているのだろう。えっと……おでんとか?


 これはこれで美味しいビーフシチューを食べながら、今回分かった新事実は書き記しておこうと決めた。


 肉じゃがに白滝を入れないとビーフシチューになる。

東郷平八郎が西洋で食べたビーフシチューを日本の料理人に作らせたら肉じゃがになった、というのは作り話みたいです。

コミカライズ2巻の話は作り話じゃないです。ホントです。


2巻とドラマCDについては活動報告で詳しく紹介しています。

ページ下部にも視聴版へのリンクを貼っています↓↓↓


発売当日にも改めてお知らせする予定です。

本編5章はもうちょっとお待ち下さい。王都が舞台のエレノーラ回になる予定です。

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― 新着の感想 ―
他の転生モノで、色んな料理出来るどころか、食材づくり・加工食品作りまでしだす主人公って結構いるけど、普通こうだよね。
[一言] aがパーティ追放されてからみるみる成績を落としていくパーティだけど成績が落ちた理由はaではなかったというざまあ小説にしては珍しいパターン
[一言] こんにゃく芋(毒抜きしないと猛毒、触っただけで爛れる)をぜひ入れてほしかったw
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