4-26 エピローグ
◆4-26 エピローグ
私の家出に端を発した騒動から数週間。
本格的な冬が近づくドルクネス領の街を、パトリックと二人で歩いている。
朝方は冷え込んでいたが、正午を過ぎた今はポカポカと暖かい。
本当なら朝からデートの予定だったのが、急な来客があり出発が遅れた。そして、昼前には帰ってくる予定だったのが、今の時間になってしまったのだ。
「ライナスさんが来るとは思わなかったよね」
「あの変装は見事だったな」
来客とは、レムレストの諜報員であるライナスさんのことだ。
恰幅の良い商人然とした人物が現れたと思ったら、瞬く間に細身の青年に変身したのには驚いた。顔の割れていない別な人を使いに出せば良いものを、私の身を危険に晒したからと、自らが出向いてくる律儀な御仁だ。
彼は、現在のレムレストについて教えてくれた。
「レムレストがどうなってもあまり関係ないけど、ライナスさんにとって良い方に転んだなら良かったのかな?」
「どうだろう。レムレストの技術力が盤石になったということだから、バルシャイン王国の立場としては何だかな」
ライナスさんを含む、第一王子派は意外とどうにかなっているようなのだ。次代のレムレスト国王は、第一王子でほぼ決まり。当然、魔道具の研究機関である第一工廠も存続を約束されたらしい。
目に見える戦功を挙げて、王位争いを有利に進めることが目的だったはずの彼ら。何も得ずに撤収したはずなのだが、功績をでっち上げたらしい。
「でも破壊神の降臨を阻止したって……もう少し、マシな作り話は無かったのかな?」
何でも、破壊神の降臨をギリギリのところで阻止したとか。破壊神が降臨って……嘘をつくにしても、もう少しマシなものは無かったのかと思う。
しかしレムレスト国内では、第一王子派のプロパガンダは成功しているようだ。偶然発生した自然現象などを利用して信憑性をかさ増しした部分が大きいのだと思う。
二週間前、私がレムレストから帰ってくる直前くらいに、異常気象のようなものがあったらしい。
らしいと言うのは、私は見逃してしまったからだ。珍しい自然現象を見られなかったのは残念。
あれ? 答えが返ってこなかったので隣を確認すれば、パトリックは難しそうな顔をしていた。
「パトリック? どうしたの?」
「……ん、ああ、すまない。何の話だったかな」
「破壊神なんていないって話」
「…………敵国の人間ではあるが、ライナスは信用できる人物だな。レムレストの新鮮な情報は貴重だ」
いや、私は破壊神の話題を振ったんだけど。パトリックとしては、取るに足らない与太話ってことかな。それにしてはライナスさんの話を大真面目に聞いていたような気もするけれど……。
ライナスさんが信用できるというのは私も同意だ。
「でも、都市伝説とか無駄な話もあったよね」
「鍛冶屋に現れた、剣を握りつぶす女の話か?」
「うん、それ。隣の国で流行ってる作り話なんて、聞いてもしょうがないのにね」
彼は無駄な話までしていった。鍛冶屋の件は本筋に関係のないサブエピソードなのに、ご丁寧に教えてくれたのだ。
……まだバレてないはずだ。パトリックはあの場にいなかったのだから、奇怪! 剣握りつぶし女現る! の正体が私だと分からないはず。
「それ、お前だろ?」
「……違います」
「ユミエラの仕出かしたことが噂として広まっているから、ライナスも伝えようと思ったんだろ? ユミエラ以外ありえない。それに時期も合う」
「…………はい、私がやりました」
「国内でやるならまだしも……いや、国内でも駄目か。……どうして外国で目立つようなことをするんだ」
お怒りのパトリックさんには、すいませんとしか言えないです。本当にすいません。
そうか、ライナスさんも噂の正体が私だと分かっていたのか。あ、正体と言えば……。パトリックの小言が続きそうなので、私は話題転換を図る。
「向こうの王都でライナスさんに会ったときにね、ギルバートさんがパトリックのお兄さんだって教えてくれなかったんだよ? それはおかしくない?」
「普通に気が付かないか? ギルバートという名前だし、多少は俺と似ていただろう? ライナスだって、まさか二人が互いの正体を知らないなんて思うわけないだろう」
「あっ、そういうことだったのね。ライナスさんも少し抜けてるとこがあると思ってた」
「抜けているのはユミエラだろう」
「ギルバートさんもじゃない? 私から名乗るまで、私がユミエラだって気づかなかったよ」
「ああ、兄上も相当だ」
そんなギルバートさんは、私たちを誤解したままだ。
世界を滅ぼさんとするユミエラを、弟パトリックが恋人に収まることで食い止めている。……みたいな、てんで見当外れなことを真実だと考えている。
世界を滅ぼしたのは平行世界にいる2号ちゃんの方だ。今ここにいる私は、世界滅亡を企んだことなんて一度たりとも無いのにね。
あーあ。私の人生、他人の誤解に振り回されてばかりだな。
そういう訳で、私とギルバートさんは関係改善どころか関係悪化、ほぼ最悪の域になってしまった。
「でも結婚式には出てくれるんだよね」
「兄上も独断専行が過ぎて、中々に絞られたようだからな」
今回のレムレスト絡みの一件、ギルバートさんは父親から一任されていたようだが、私を巻き込むのはやり過ぎとの判定が下ったようだ。
辺境伯から絞られて、エキセントリックな母にエキセントリックに叱られて、大好きな弟にも文句を言われ……ギルバート氏は血の涙を流しながら私に謝罪し、結婚式への出席を約束したのだ。
彼が不服なことは一目瞭然だが、問題は解決したと言えなくもない……のかな?
しかし、義理の兄が出席しようとしまいと、結婚式が面倒この上ない儀式であることは変わらない。ウエディングケーキが存在しないことも、つい先日に証明したばかりだ。
パトリックもそういう畏まった式典は好まないはずだけど、どうしてそんなに強行するのだろうか。
常識とか世間体とか。そういう理由だと勝手に決めつけていたけれど、他にも結婚式に拘る理由があるのかもしれない。
「パトリックは、どうしてそんなに結婚式をやりたがるの? あなたにとって何か良いことってある?」
「良いこと……。ユミエラと結婚できるのは嬉しいから……では駄目か?」
「式をしなくても婚姻関係にはなれます」
「じゃあ…………ユミエラのウエディングドレス姿が見られる」
ウエディングドレス。
衣服とは、体毛を退化させた人類が体温調節や皮膚の保護のために作りだした物だ。気候によって求められる性質に差はあれど、動きやすさも重要な要素であることは間違いない。
機動性という点においてウエディングドレスは最悪の部類に入る。衣服を名乗るのが烏滸がましいほどで、分類としては拘束具に近しい物である。
そんなウエディングドレスを見たいなんて、パトリックは変わっている。
「……あ、そういうことか」
「また変なことを思いついたな」
パトリックは呆れ声を上げるが、私は真実を見つけたのだ。
美少女が出てくるソーシャルゲームにおいて、季節限定のイベントガチャなるものが存在する。夏であれば水着、冬であればサンタ、学園イベントや和装イベントなるものも良く見かける。既存のキャラが様々なコスチュームになり、場合によってはオリジナルより性能が上がった状態で登場する。
この、服装が変わるという点が重要だ。つまり世の男性陣は、女の子がいつもと違う服装であることを喜ぶ習性を持っている。
そんなフェティシズムにおいて、パトリックはいわゆるウエディングドレス萌えというヤツなのだ。
「パトリックさんに質問します」
「急にどうした?」
「私が着て嬉しい服装を、以下の選択肢から回答してください。セーラー服、水着、サンタ服、巫女服、ウエディングドレス……さあ、どれ!」
「半分くらい知らない服だった」
実物を見せられないので説明が難しいけれど、説明力には自信がある。
言語のみで、おおよそ正しい認識を持ってもらうことなど容易いだろう。
「セーラー服は、元は水兵の制服で、船上で互いの声を聞くために、襟を頭の後ろに広げて使うの」
「大きな襟巻きが付いているのか? そんな奇抜な服は着てほしくない」
「サンタ服は、サンタが着てる服ね。サンタっていうのは、私が大嫌いな行事に合わせて子供の家に忍び込むお爺さん。それで全身が真っ赤」
「なぜ赤い!? 怖い話か?」
「巫女服は和服っぽい感じ。左前……襟を重ねる順番を逆にすると死ぬ。私はどっちが左前か分かってない」
「何の呪いだ。半々で死ぬ服はまずいだろう」
「水着とウエディングドレスは分かるよね?」
「それは分かるが……残りが全部、ヤバい服すぎないか?」
セーラー服も巫女服も、そこまでヤバい服ではないと思うけれど……。
私はちゃんと説明したので、認識の相違ができているとしたらパトリックの読解力の方が問題だ。
私が改めて選択肢を上げ、どれを着てほしいかを聞くと、彼は当たり前のように答えた。
「その中なら、普通に考えてウエディングドレスじゃないか?」
「やっぱり。そういうことね」
「どういうことだ?」
コアな性癖を晒しているというのに、パトリックは理解していない様子だった。
そうか、彼はウエディングドレス好きか。期間限定ユミエラ(花嫁衣装)星5みたいなキャラが出れば破産するまでガチャに突っ込むタイプか。
いいよ、あなたがそこまで言うなら、確定演出だ。
「パトリックにウエディングドレスを見せないといけないから、結婚式はやらないとね」
「それは嬉しいんだが、何か思い違いをしていないか?」
「してないって」
ウエディングドレスを着た私に、彼はどんな反応をするのだろうか。愛が大きくなりすぎて、とんでもないことになるかもしれない。具体的には……きゃー、恥ずかしー。などと考えているうちに私自身も結婚式が少し楽しみになってきた。
そんな会話をしているうちに屋敷が近づいてきた。
最近は一人で出かけて一人で帰ってくることが多かったので、こうして誰かと一緒に歩くのが楽しい。
「そう言えばさ、どうして今日は一緒に来てくれたの? パトリックはもうこれ以上レベルが上がらないんだし、ダンジョンに行く意味が無いじゃない?」
「何だか嫌な予感がしてな……今日の様子を見るに杞憂だったようだが」
「なにそれ?」
ここ二週間ほど、私は毎日のようにダンジョンに通っていた。またレベルのことしか考えないで……と怒られそうな案件だが、これはパトリックから勧められたものなのだ。
今日はデート……つまり二人でダンジョンに出向いたのだった。
パトリックは、私のレベル下二桁を90台にするべきだと主張している。事情を知らない人が私を見ても、弱いと思われないくらいの数字があった方が良いらしい。
私自身、下二桁は13だろうが99だろうがどちらでも良いと考えている。でもまあ、大手を振ってダンジョン通いの日々を送れるのだから、これを逃す理由はない。
「レベルは毎日測っているんだろう? 90台まで、後どれくらいだ?」
「……ん。そろそろかな」
パトリックの予感も当たるものだと戦々恐々しながら、私は平然と言う。
違和感は持たれなかったようで、彼は普通に会話を続けた。
「そうなったら領主の仕事に戻らないとだな」
「そうだね。異常気象の影響も調べないといけないし」
「あー、アレかぁ」
レムレストの第一王子がプロパガンダに使った、二週間前の異常気象はとても興味深い。
空一面に黒い模様が広がったとか。世界規模で見られた現象のようで、私は日食のような天体イベントであると考えている。
日食であったりハレー彗星であったり、そういうイベントには終末論が付き物で……。世界終焉の始まりであるとか、邪悪な存在が降臨した余波であるとか、オカルト的な言説が広まっている。
ああ、見逃したのが悔やまれる。話を聞く限り、土星の輪っかのような模様が空にあったらしい。
「パトリックは見られたんだっけ? いいなあ、もう一度起きないかな」
「俺は二度と起こってほしくない」
確かに農作物などへの影響が無いとも言い切れない。だからこそ調査が必要な訳で……。
世界規模の現象らしいから、私がわざわざ調べなくても自然と情報は入ってきそうではある。だからと何もしないのも違う気がする。
でも、どんな調査をすれば良いのか皆目見当がつかない。頭を悩ませているうちに領主の屋敷に到着した。
「俺は剣の手入れだけしてくる」
「うん」
帰宅してパトリックと別れた後も、私は謎の自然現象について考えていた。
また発生しないものかと思い、私は窓辺に立って空を見上げる。すると後ろからエレノーラに声を掛けられた。
「ユミエラさんどういたしましたの? お空に何か見えます?」
「エレノーラ様も見られたんでしたっけ? この前のがもう一度出てこないかなあ……と」
「え!? またやる気ですの!?」
「また? ……あ、家出の話じゃなくて、空に浮かび上がった黒い縞模様ですよ」
悔しいかな、例の現象を見ていないのは私くらいなのだ。みんな見ているのに、私だけ話題に取り残されてしまった。
私が悲しんでいると、エレノーラは頬を膨らませて怒り出す。
「もうアレは見たくありませんわ。わたくし、すごい心配したんですのよ!」
「発生の原因は何でしょうね? みんな見てるのに私だけ見られなくて、蚊帳の外にいる感覚なんですよ」
「蚊帳の外というか、中心というか……ユミエラさんがアレを見るのは難しいと思いますわ」
「……あれ? この前パトリックにも似たようなことを言われたような。私が観測するのは無理だとか。どうしてですか?」
「あー、自分の寝顔を見るのは無理……みたいなことだと思いますわ」
カメラの無い世界で、自分の寝姿の観測は不可能だ。それは、つまり、どういうこと?
この件について、近しい人に色々と話を聞いているが、全員が何か隠し事をしている雰囲気がある。
薄々と感じてはいたが、例の現象の発生源って……私?
「私、また何かやっちゃいました?」
「そんなわけありませんわ! ユミエラさんは翼を出せないでしょう!」
「翼……というのは初耳です」
「……リューの翼は立派ですわよね」
「ですね! 頑張って動かしているところが最高に可愛いですよね!」
畳んでいても可愛いリューの翼であるが、ばさばさしているときも可愛らしい。
……はて? 何の話だったっけ? えっと、確か、黒い……黒いのはリューの翼か。
そこでエレノーラに腕を引かれて、記憶を遡る作業が中断されてしまう。
「リタが紅茶とケーキを用意していますわ。一緒に食べましょう」
「行きます」
「帰ってきてから、ずっと忙しそうにしているんですもの。レベルを90くらいにするんでしたっけ? あとどれくらいですの?」
パトリックには隠していたけれど、エレノーラには言っちゃっていいかな。
「昨日、水晶で確認したら98でした」
「え!? あの、ユミエラさん? 99の次は1に戻るのでしたわよね?」
「1じゃなくて0ですよ。99の次の数字は100でしょう?」
「あわわわ……どえらいことになりましたわ」
最近はこころなしか言葉遣いが乱れてきたエレノーラ様は、口元に手を当て動揺を隠さない。
そうだ。今日はダンジョンから帰ってきてレベルを測っていない。習慣化を目指しているのだが生来のだらしなさからか、どうにも忘れてしまう。私はサッと水晶を取り出した。
「今日は99になっているはずです」
限界突破して以来、本格的にレベル上げを始めたわけだがレベルアップの速度はそこまで変わっていない。レベルが上がれば上がるほど必要経験値が増えるのはお約束だけれども、当てはまらないパターンのようだ。
この数週間でレベル13から98まで持っていったのは自画自賛したくなるほどの速さだ。
久しぶりにレベル99……に見えるユミエラが登場するのだけれど、エレノーラは水晶を目にした途端、私の手を放して廊下を走りだす。
「パトリック様! どこにいますの! 大変なことになりますわ!」
エレノーラちゃんは相変わらず騒がしいなあ。
騒がしくはあるが不愉快ではない。むしろ平和を実感できる。
今日も、そして明日も、平和な日々が続きますように。そう願いを込めて、手にした水晶を覗き込む。
表示されたのは、00の数字。
「パトリック様! 大変ですわ!」
「何があった!? ユミエラは何をしでかした!?」
「レベルが一周しそうですわ! 昨日でもう98と言ってましたわ!」
「早すぎるっ!」
00の数字を見つめる。へー、0じゃなくて00の表記なのか。エレノーラとかは01って表示されるから予想は可能だった。でもレベル0の人っていないから、これを見たのは人類史上で私は初めてかもしれない。
貴重な場面を、みんなにも見せてあげよう。
顔を上げてみれば、パトリックとエレノーラが私の前にいた。
「ユミエラは強い。俺は知っているから。レベル上限が無くなっているから、これはゼロじゃないんだ。分かるだろう?」
「ユミエラさんは最強ですわ!」
二人ともどうしたんだろう? 最強って連呼されるのは、先日の一件でお腹いっぱいになってるから辞めてほしい。
ああ、それより00だ。
「ねね、見てみて! これって珍しくない?」
「え?」
パトリックたちは拍子抜けした様子で00を見る。やっぱり00ってカッコいいな。ダブルオーって読むと余計にカッコいい。
ポカーンとしている二人だが、先程まで慌てていたのは何故だろうか? 不思議に思っているとパトリックが説明してくれた。
「レベルがゼロになったと思ったら、ユミエラがまた暴……ショックを受けるんじゃないかと。無用な心配だったな」
「パトリックは、この数字が99付近の方がいいと思ってるんだっけ?」
「まあ、人前でレベル測定の魔道具を使うことを考えれば、90台にした方が良いのだろうが……もう一度上げ直すのは大変だからな……」
ああ、やっぱり見かけ上のレベルが低いのはよろしくないのか。じゃあ仕方ない。
パトリックに昨日時点でのレベルを隠してまで成し遂げた真の目的だ。口を釣り上げてて言う。
「大丈夫。また上げ直すから!」
「お前……まさか、わざと――」
「本当にユミエラさんは……」
全ては私の手のひらだと気がついた彼は、愕然と目を見開く。
エレノーラは呆れ顔でため息をついていた。
「リタが紅茶を淹れてくれるんだって、二人とも行きましょう」
今度も一周しゼロに戻ってしまっても……そのときはまた、レベルを上げ直せばいいだけだ。
私のレベル上げはまだまだこれからだ――
悪役令嬢レベル99~私は裏ボスですが魔王ではありません~ 第4章 完
ご愛読ありがとうございました。七夕先生の次回作にご期待ください。
今週末に書籍4巻が発売です。
クライマックスの最終形態ユミエラも挿絵になっていますので是非お買い求めください。
詳細は活動報告にて(著者マイページから行けます)。書き下ろし箇所も紹介しています。
まだ続くよ?