4-21 悪役令嬢封印脱出RTA
◆4-21 悪役令嬢封印脱出RTA
ふと気がつくと、私は元の場所に立っていた。
目の前に博士と助手がいる。時間はそれほど経っていないようだ。
「あれ?」
「脱出まで十九秒! レポートに記録しておけ! 十九秒だぞ!」
「もう書いてます」
十九秒って言った? 魔王を封印したのと同系統の魔道具を使って、たったの十九秒? 劣化コピーすぎませんか?
体を軽く動かすが、不調などは全く感じられなかった。
自力で脱出できちゃったか。パトリックが助けに来る流れじゃないんかい。
敵さんの秘密兵器も不発に終わったし、このままレムレスト軍を撃滅して……違う違う。負けたフリをしないといけないんだった。
目的を思い出した瞬間、私に天啓が舞い降りた。
この状況……利用できるな。
封印魔道具を即無効化したユミエラであったが、脱出に力を使い過ぎ弱体化、撤退を余儀なくされた……。
完璧な筋書きが出来上がってしまった。私の撤退理由も明白だし、負け具合も丁度よい。
そもそもライナスさんが第一王子派に肩入れする理由は、第二王子派が研究者を軽視しているからだ。ユミエラを弱体化させる魔道具を開発したとなれば、目の前の研究者コンビも一目置かれるだろう。
相変わらず絶好調だけど、弱った演技をしましょうか。「うわー、体力が底をついたから逃げるしかないよー」なんて言っても信用されない。あくまで弱体化に気づくのは向こうが望ましい。
目眩を起こしたかのように、少々大げさによろけてみせる。
どうだ? 博士たちの様子を盗み見た。
「予想よりだいぶ早いですね。長期間の封印は、再現不可能な領域なのでしょうか?」
「わしの発明はダンジョンの叡智に匹敵する。光属性の魔術師を用意できなかったのが原因だ!」
全くこっちを見ていなかった。あの、封印されてもすぐに出てきちゃったユミエラさんですよ? 仕返しが怖いなとか思いません?
仮称助手さんの目がこちらに向く。怖がっている様子は一切見られず、どちらかと言えば無機質な、実験動物を見るかのような視線だった。彼は手元の紙にペンを高速で走らせながら言う。
「ドルクネス伯爵、封印されていた十九秒間の感想をお聞かせください」
「……ほんの一瞬に感じました。体感で一秒も経っていません」
感想聞いちゃうの?
あ、でも弱体化を匂わせられるかも。私は続けて言う。
「封印魔道具も大したことありませんでしたね。封印が解かれた後も体に不調はありません」
調子が悪くなったと馬鹿正直に言ったところで疑われてしまうだろう。だからここは、無理をして大丈夫なふりをしている感じを演出した。聞かれてもいない解除後について、わざわざ言及するところがポイント高い。
どうだ? 助手さん、私が弱体化していると気づいてくれ……。いや、絶好調なんだけど。
「いや、解除後は聞いてないです。人間の主観は当てになりませんので」
「測定装置を持ち込めないのが痛いな! せめて、人間の魔力量を観測できる装置があれば!」
「あれは大きいですからね。希少品ですので、持ち出しの許可も取れないでしょうし」
研究者二人組は私をよそに会話を進める。私の弱体化に気づく素振りすら見せない。いや、ホントは絶好調なんだけど。
この人たち、魔道具にしか興味ないんだろうな。あからさまなくらいが丁度いいのかも。
「魔力が削られたのはそういうことですか。……とは言っても、ほんの少しです。戦闘に問題ない範疇ですね」
どうだ!? 精一杯に強がっている雰囲気が出てない? ユミエラ・ドルクネス、弱体化してます。絶好調だけど。
すると、助手さんが小馬鹿にしたような顔をして言う。
「それはあなたの主観ですよね? 何か、客観性のあるデータがあるんですか?」
私、この人、嫌い。
確かに私の主観だけでは勘違いなどの可能性もある。実際に嘘だ。魔力は全く減っていないし、減った感覚も無い。
人を突き放すこの姿勢が、研究者としてどこまでも正しいと、その身を持って証明している。
「試験場でないと有意義な実験はできませんね」
「うむ、帰るぞ!」
「荷物は用意してあります。予備の座標指定装置は――」
「置いていく!」
博士は大きく膨れ上がった背嚢を軽く背負い、豪快に走り出す。助手は身軽であったが、博士に追いつけずに息を切らしながら必死に付いて行く。
あまりに手際の良い撤収に、私だけでなくレムレストの兵士たちもポカーンと見つめることしかできなかった。
彼らの影が小さくなっていく。あーあ、行っちゃった。
まあ、いいか。彼らに弱体化を匂わせるのは無理そうだったし。
封印から僅かな時間で脱出した私を見て「もしかしたら脱出で力を使い果たしているかもしれない」と自分に都合の良い希望的観測をするような人が必要だ。
そこで、例の天幕から声が響いた。
「……うん? なぜ俺は気を失っていた!? そうだ、ユミエラだ! まさかユミエラにやられて……」
違います、私じゃないです。博士の大声で気絶したんです。
今度こそ本当の王子だろう。彼は無警戒に天幕の外に出てきた。
「おい、俺が気を失っている間に何が……うわぁ! ユミエラだ!」
今までが変な人だらけだったので、次もアクの強いのが出てくると予想していた。しかし、リアクションは大きいけれど極めて普通の反応であった。「うわぁ! ユミエラだ!」が一般的な反応と認めるのは癪だけれど。
王子らしき人物は、中肉中背で三十代の顔がそこそこ整った人物だ。うーん、普通。着慣れてないことが一目瞭然の軍服姿も、普通さを助長している。
一応、聞いとくか。
「すみません、レムレスト王国の第一王子殿下でお間違いないですか?」
「近衛兵! 俺が危ない! 第一王子が危ないぞ! 早く来てくれ!」
私の質問には答えてくれなかったが、彼は第一王子で間違いないらしい。
近衛はすぐさま動いた。逃げ出した騎士と一緒に天幕の前にいた騎士だ。彼は厳つい顔を強張らせつつも、王子を庇うように立ち剣を引き抜く。
「殿下、お逃げください」
「お前一人か? エマニュエルはどうした?」
「……逃げました。殿下はお逃げください」
王族を置いて逃走した近衛騎士の存在を知り、王子は絶句する。
だが、すぐさま気を取り直して指示を飛ばした。
「魔道具技師! ユミエラ・ドルクネスだ! 例の魔道具を準備しろ!」
「殿下、封印魔道具はもう使用しました。彼女はすぐに出てきたのです」
「……もしかして、ドルクネス伯爵はすごい怒っているのでは? 逃げないと危ないのでは?」
「殿下、何度も言っています通り、お逃げください」
どこまでも普通の反応をする人だなあ……と眺めていると、王子と目が合った。彼は腰が抜けて尻もちをついた。
「もうダメだぁ……俺はここで死ぬんだぁ……」
「殿下、彼女は逃げる者を追いません。恐らくですが、逃げ切れるかと」
「逃げ切れる……のか? 死なずに済む……のか?」
「はい、早くお逃げを」
早く逃げろよ。近衛騎士の人、ちょっとイライラしてきてるぞ。
未だに不格好な体勢で地面に座ったまま、王子はハッとして呟く。
「何故だ……?」
「殿下、早く」
「何故、ユミエラ・ドルクネスは敵を逃がすような真似をした?」
「逃げろよ」
近衛騎士さんが限界だ。前方のユミエラの恐怖より、後方の護衛対象に対する苛つきのが大きくなってきた。
唯一の味方に見捨てられそうだとは露知らず、王子は目を見開いて言う。
「もしや、ユミエラ・ドルクネスは封印の影響で弱体化している?」
なんて都合のいい人なんだ。この王子様大好き。
現実主義の研究者より、謎にポジティブな為政者なんだよなぁ。裏から操りやすいという意味で。
あの研究者コンビはいなくなって良かったよ。もしいたら、弱体化なぞあり得ないと即座に否定されていた。
あ、でも彼らならレベル測定の魔道具について詳しかったかも。
現状の水晶はレベルを下二桁までしか表示できず、私の正確なレベルが不明な状況になっている。彼らなら三桁四桁、もしくはそれ以上のレベルに対応した魔道具について、何か知っているかもしれない。聞けなかったのが心残りだ。
……ああ、そうだ。レベル測定。
日課であるレベル測定を忘れていた。早朝からギルバートさんと移動していたので頭からすっぽり抜け落ちていた。
下二桁しか分からないけれど、ちゃんと1ずつ上がっていく数字を見るのは楽しいものだ。魔物を倒していないから昨日や一昨日とレベルは変わらないだろう。でもやる。日課だから。
私は例の水晶を取り出す。すると王子が騒ぎ出したが無視。
「うわぁ! 何か取り出すぞ!? 俺は死ぬんだぁ!」
私はしゃがみ込み、水晶を地面に設置する。そして上に手を置いて、向こう側に表示された数字を覗き込んだ。
図らずも、正面にいる王子や近衛騎士にレベルを見せびらかす形になった。腰を抜かしたままの王子は、特に良く見えたであろう。
もちろんレベルは変わらずに13だ。あくまで下二桁、百と13かもしれないし、千と13かもしれない。
「13……だと?」
王子がスッと立ち上がる。恐怖に歪んでいた顔は、自信と希望に満ち溢れていた。
「13! あのユミエラ・ドルクネスがレベル13! 勝てる、勝てるぞ」
いやいや、私はレベル99の上限を突破していて……そうか、普通はただのレベル13だと思うのか。これ以上無いほどに弱体化しているように見える。
まさか、この水晶が役に立つとは。持ち歩くのはおかしいと言ったパトリックやギルバートさんは先見の明が無いですね。
今こそ畳み掛けるとき! 私はわざとらしさ全開で言う。
「ああ、なんてこと。封印の影響でレベルが下がってしまった! ここは撤退して鍛え直すしかないじゃない」
本当に研究者コンビがいなくて良かった。封印でレベルは下がらないと論理的に説明される危機だったね。というかレベルって下がることあるの? あるなら、その原因を根絶やしにしておきたい。
さて、もう作戦は完了したも同然だ。私が尻尾を巻いて逃げれば、レムレストはユミエラを弱体化して撃退したという戦果を得られる。無理にアッシュバトンに侵攻したりはしないだろう。
あまり素早く逃げても弱くなったと見られないかも。ちょっと緩慢な動きで退場しようかな。
撤退方法を考えていると、王子は私に近づきながら、捲し立てるように言う。
「俺たちがどれだけお前を警戒していたか分かるか? バルシャインの外交官がお前の存在をチラつかせるたび、俺がどれだけ苦労をしたか分かるか?」
まあ、好きに言わせておこう。
外交官の件は申し訳ない。王家の意を汲んで他国に行ったりはしないけれど、向こうの人は分からないもんね。あまり国同士の交渉材料にしないように、後で釘を刺さないと。
私が沈黙で返すと、彼は更に続ける。
「あのユミエラがレベル13! 哀れなものだ! 唯一の取り柄を失った気分はどうだ?」
自分のレベルが13ではないと、私はちゃんと理解している。
こんな程度の低い煽りで、冷静さを欠いたりはしないのだ。
「惨めだなぁ! 三流以下に成り下がるとは!」
我慢だ。ここは抑えろ私。
私は強いので、こんな弱そうなヤツを真面目に相手したりはしないのだ。彼が強い言葉を使うほど、どんどん彼自身の弱さが露呈している。
私は強い。私は強い。私は強い。わたたたたたっつよよよおよよよ――
「弱い! 俺でも勝てるぞ! 本当に弱すぎる! この雑魚が!」
「ぐぎがぎががががが」
言い忘れてました。4章は過去最高に世界の危機です。





