4-20 スール君、発動
◆4-20 スール君、発動
「落ち着けい! 秘密兵器の存在を忘れおったか!」
ボリュームが大きすぎて耳がキーンとなった。
声の出どころは、目の前にある天幕。あまりの音圧に、天幕の布がブルブルと震えている。
規格外な声量……間違いなく強者だ。あの中にいることから、レムレストの第一王子だろう。
王族のカリスマが為せる業か、ただ大きな声にビックリしただけか、混乱していた軍勢は静まり返っていた。
天幕から、男が姿を現す。
高い身長に、服の上からでも分かる筋骨隆々の体格。髪が一本も無い頭は自ら剃り上げているのだろうか。レムレストの王子は三十歳くらいだったはずだが、貫禄がありすぎて五十過ぎに見える。
大男には一点だけ奇妙なところがあった。ガスマスクのような物を口に取り付けている。
「これが気になるか! 教えよう! 正式名称“風-三四七号四型”……通称、声が大きくナール君! わしが開発した魔道具だ!」
再びの大音声に思わず耳を塞ぐ。
キャラの濃い人がいなくなったと思ったら、まーたアクの強い人が出てきた。
もう必要ないだろうに、彼は拡声器のような魔道具を付けたままで言う。
「声が大きくナール君の効果が気になるようだな! これは! なんと! 装着者の声を風魔法で拡散する! つまり、声が大きくなるのだ! ふはははは!」
至近距離で大声を聞かされて、ちょっと気持ち悪くなってきた。
というか、何でわざわざ説明したの? 過剰なほど分かりやすい名前が付いてる意味がない。
レムレストの王都で見た銃も似たような名前をしていたし、こういうネーミングが流行っているのだろうか。
王子らしき人に困惑していると、天幕からもう一人出てきた。その男性は大柄の彼とは正反対で、今にも折れてしまいそうなほど細い。肌も不健康に青白く、長らく引きこもっていたみたいだ。
研究者然とした彼は、耳を塞いだままか細い声を出す。
「博士、博士、ナール君はもう取ってください。うるさいです」
「なに!? 聞こえんぞ!? もっと腹から声を出さんか!」
「それと、博士が開発したのは風-三四七号の一型じゃないですか。三型と四型は第二工廠の発明です。使い道のない一型を、ここまで実用化できたのはすごいですよね」
「何だと!? 原典があってこそだろうが! ゼロから一を生み出すのが偉いのだ!」
「……聞こえてるじゃないですか。三四七号って、ダンジョン産の魔道具をコピーしようとして出来たんですよね? 模倣してるのは博士もですよ」
「ぬう…………うるさい!」
「うるさいのは博士です。はーい、ナール君取り外しましょうね」
キャラの濃い騎士が逃げ出したと思ったら、キャラの濃いのが二人に増えた。
それに二人とも、どうやら王子様ではないようだ。博士と助手っぽいやり取りをしている。
ここにいるはずのレムレスト第一王子は何処へ? まさか、この立派な天幕は陽動で、王子本人は目立たない場所にいるのか?
「すみません、第一王子はどこにいますか?」
「王子? 王子は耳元でわしの声を聞いてノビておるわ! ふはははは!」
博士は後ろを指差してあっけらかんと言う。ふははで済ませていいんですか?
大将の居場所を答えてくれると思わなかった。何でも言ってくれそうなので、彼らについても聞いておく。
「ではあなたたちは?」
「わしがレムレスト第一魔道具工廠所長、レオナルドである! こいつはわしの助手だ」
「ただの研究者です。博士のお守りを押し付けられてます」
拡声器を外しても声の大きい博士に、背中をバンバンと叩かれて助手さんは迷惑そうにしている。
変なのが出てきて辟易とするが、パニックは収まっていた。彼らが出てこなかったら負ける演技も難しい状況だったはずだ。どうにか二人を利用して、上手いこと負けることができないかな。
すると期待の研究者コンビが動き出す。
「秘密兵器を出せい!」
「持ってるの博士ですよ?」
「……分かっておるわ! 座標指定の補助装置を準備するのだ!」
博士の大声のせいで秘密兵器が秘密でなくなってしまった。秘密兵器とやらには準備はいるようだし、このタイミングで私が攻撃すれば完勝間違いなしだ。
でも私は大人しくして、彼らの様子を窺っていた。秘密兵器を利用すれば、上手く負けられそうだ。
テントに入った助手さんはすぐに戻ってくる。彼は背の丈ほどの棒を四本、肩に担いでいた。細い棒だが重そうにしている。彼に力仕事は人選ミスな気がした。
彼は私に近付いてきて、すぐ近くの地面に棒を刺す。一本、二本、三本、棒は私を取り囲むように地に突き刺される。
邪魔になってはいけないと思い、私は数歩下がった。
「動かないでください! やり直したくないので、ここにいてください」
「あ、すいません」
なんか、助手さんに怒られた。
棒は正方形を描くように配置され、その中心には私がいる。
「もう少し左に移動してください」
「……こうですか?」
「ああっ! 行き過ぎです!」
助手さんの指示に従い、私は正確な中央へと足を動かす。
どうやら秘密兵器は、四本の棒を使って対象の位置を指定しないといけないらしい。とんだ欠陥品だ。
装置の取り付けを、わざわざ動かずに待ってくれる人じゃなきゃ使えない。
こんなのをまともに食らってしまうのは、わざと負けたがっているような人物だけだ。
「博士、座標指定装置の取り付け完了しました」
「ご苦労! では満を持して……スール君の登場だ!」
博士が取り出したのは手のひらに乗るほどの、白いキューブだった。その立方体は、わずかに光を放っているようだ。
「それは……何です?」
「光-九九七号一型、封印スール君。数百年前、バルシャイン王国の魔王と呼ばれた人物は、初代王妃によって封印された。その封印魔道具を再現したものこそが……これだ!」
この人、何でも答えてくれんじゃん。そうか、魔王を封印していた魔道具ね。見た感じ光属性が関わっていそうな物だから、私にも有効だろう。あの彼が数百年も出られなかったくらいだ。私も危ないかもしれない。
……これ、負ける演技とかしてる場合じゃなくない?
自ら死地に飛び込んでいたことを悟り、すぐさま行動を開始する。先ほど前の余裕は一切無くなり、焦りが心を支配していた。
博士が手に持つ装置を奪い取ろうと、地面を蹴った。
すぐに脳天に衝撃が走る。
「いったあ……」
この感覚は前にも味わった。公爵が持ち出したりした、教会の結界魔道具に激突したときと同じ痛みだ。
慌てて周囲に手を伸ばして確認すれば、四本の支柱に沿って真四角の結界が発生していた。
魔道具の本体が駄目なら、補助装置を壊してしまおう。
取り囲む支柱を引き抜こうと、私はその一本を握り――
「あっつい!」
杭に触れた瞬間、手に耐えられない痛みが走り、思わず放してしまう。
「やはり光属性が弱点か。では、封印スール君! 作動!」
キューブは燦然と光り輝き、博士の手から浮き上がる。
杭に導かれ、キューブは私を取り囲むよう螺旋状に移動する。
壮絶な痛みを覚悟したが、それらは全く無かった。光属性の魔力に包まれているのに、心地よい眠りに誘われるような――
上に飛ぶ、地面を掘って下に逃げる。ブラックホールで杭を消す。幾らでも次の策は考えられる。
それらを実行して、脱出しなければいけないのに、心地よさから逃れられない。このまま溶けるように眠りに落ちてしまいたい。
段々と薄れる意識の中、聞こえたのはパトリックの声だった。
「――ユミエラっ!」
家出なんかしてごめん。結婚式をしたくないってワガママ言ってごめん。
こんな所にパトリックがいるはずないのにね。きっと、幻聴だ――
Q魔王の封印って初代聖女がやったんだよね? 光属性の魔法は必要無いの?
A魔道具自体に封印の機能があり、光魔法があれば更に強力な封印ができる……という設定です。オリジナルには及ばない貧弱な性能を、座標指定の杭で補ってようやく発動します。
これだけのために光属性を使える新キャラを出すのも変ですし……あっ、WEB版では死んでますが、書籍版だと光属性で丁度いいのが生きてました。
ということで、来月発売の書籍4巻には幽閉されていた「彼女」が出ます。
発売が近くなりましたら活動報告でもう少し詳しく告知する予定です。





