4-17 超衝撃! ギルバートの正体とは!?
◆4-17 超衝撃! ギルバートの正体とは!?
そして、途中の街に寄り、水分補給などをしつつ移動を続ける。
太陽が真上を通り過ぎ、西に傾き始めた頃。ギルバートさんは突然、大きな街道を逸れる。
「ここからは迂回路を行く。先行しているレムレストの本隊に追いついてしまう可能性がある」
ここまで来る間も、レムレスト軍の後詰めらしき馬車の一行を追い越していた。本隊に遅れて物資を運ぶ輜重兵ってのだと思う。
横道に逸れて少し歩くと小さな村が。通り過ぎてすぐに林に入る。少しずつ道が上向きになってきた。
なるほど、山越えをして目的地まで向かうのか。
山は慣れている。ここは人の通りがあるであろう山道があるので楽勝だ。マジでガチの山はどこを通れば良いのか分からないくらい木や草が生い茂っていて、攻撃魔法で自ら道を切り開かなければならない。魔法が使えなければ鉈が必須。
ギルバートさんの後ろをついて、ゆっくりとした登山を楽しむ。
岩がゴロゴロしている、傾斜のきついゾーンに差し掛かった。前を行く彼は、自分の身長ほどの高さを軽快に跳び跳び、みるみる登っていく。私も続いた。
難所を抜けると、ギルバートさんは振り返りつつ大きな声を発する。
「ここは難所だ! 登れないようなら――」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえますよ」
彼は真後ろにいる私を見て、ビクリと体を震わせる。まるで、そこにいるなんて予想外だったように。
「……どうやって登ってきた?」
「え、普通に来ましたよ」
「背後から音が聞こえなかった」
「あー、女の子は体重が軽いんで。……ほら、急ぎましょう」
私が急かすと、彼は首を捻りつつも歩みを進めた。
山道を進む。途中から山頂方向から外れ、道が狭くなってくる。
こっちに来る人は少ないのか。いよいよ、秘密の抜け道っぽくなってきた。
わくわくしながら鬱蒼と生い茂った木々を抜けていく。
「おかしい」
「どうしました?」
「動物の気配を感じない。ここは魔物の生息域からも離れている。普段なら小動物の一匹でも見るものだが……鳥の鳴き声すら聞こえない」
彼は不安げに周囲を見回す。
私は違和感を全く覚えなかった。山って普段からこんなもんじゃない? シーンとしている所は魔物のいない場所。物音がしたら魔物がいる。
そう言えば、野生動物に出くわしたことってないかも。魔物がいない場所には鹿やら熊やらの動物も生息しているのに。ドルクネス領の山も同じはずだ。
ギルバートさんは足を止めないまでも、周りを警戒していた。
「こういうときは、強力な魔物が迷い込んでいるときだ。それを恐れ、動物たちが息を潜めている」
「魔物って、すぐに生息域から出てきますよね」
「そこまで頻度は高くないだろう。多くて年に数回だ」
集落一つの単位で見たらそんなもんか。領内の人里近くに魔物が現れたら、すぐに出動する生活を送っているので、感覚が麻痺していた。
そこで、彼は手を上げて私の目を見る。静かにしろってことね。
何かを見つけたらしいギルバートさんは藪をそっとかき分ける。
「……イノシシか」
藪の中にいたのはウリ坊だった。イノシシの子供だ。縞々模様がすごいかわいい。
生のウリ坊は初めて見た。へえ、山ってこういう出会いもあるのか。
ウリ坊たちは私を見た途端、コロリと地面に転がった。あ、兄弟もいた。五匹もいたのか。みんなで転がってかわいい。しかし、お昼寝というよりかは硬直している感じで心配だ。
「下がれ!」
ギルバートさんが鋭く声を上げる。
藪の向こうから、ガサガサガサと、猛スピードで何かが近付いてくる。
現れたのは……大人のイノシシだった。たぶんお母さん。
母イノシシは私たち、というか私を睨みつけてフーフーと鼻息荒く威嚇してくる。
その間に、子供たちは起き上がり、もひゅもひゅ言いながら走り去っていく。集団行動できて偉い。
ウリ坊たちの音が遠くに行ってから、母イノシシも踵を返して走っていってしまった。
子供を守らなきゃいけないから、お母さんは気が立っていたんだね。どちらも敵意は無いので、戦わずに済んで良かった。
私は素敵な親子に和んでいるが、ギルバートさんだけ未だに険しい顔をしていた。彼の視線はイノシシが去った反対側、私の後ろだ。
「あのイノシシは僕と目を合わせなかった。人間なんて脅威の外だとでも言うように、僕の後ろを睨みつけていた。例の魔物は、向こうにいる」
彼はそう言って、私の後ろを指差す。
いやいや、イノシシママが見ていたのは私だよ。前に出ていたギルバートさんより、私の方が危ないと思って……あ、そういうことか。
静かすぎる森。私にとってはいつも通り。
イノシシが、この森の動物たちが恐れているのは、間違いなく私だ。私にビビって静まり返っているのだ。
「……魔物は出てこない気がします。先に進みましょう」
根拠は言えないので、ギルバートさんは半信半疑のまま道を行く。
当然ながら強い魔物に出くわすこともなく、目的地に到着した。
視界が急に開けると、そこは崖の上。下に広がる草原を一望することができた。
この場所には見覚えがある。前にリューと着陸した地、アッシュバトンとレムレストの軍が睨み合っていた場所だ。
レムレスト側には既に本隊が到着していた。後ろの方で天幕を張る作業をしていた。
アッシュバトン側は無人。少し離れた場所にある砦にいるのだろう。ご丁寧に打って出る必要はない。あのとき睨み合っていたのはパフォーマンスだったと今ならよく分かる。
「どうにか僕たちは間に合ったな。一日掛けて進軍、本格的に動き出すのは明日から、いつもの流れだ。あとは彼女の到着が何時になるか……」
「確かレムレストの進軍が予定より早まっていましたね。例の女性はアッシュバトンにいるのですよね?」
「いいや。バルシャインの東側だ。昨日には伝令が行っているはずだが……」
東側!? アッシュバトンが西の端で、王都を挟んだ更に向こう?
絶対に間に合わない。あーあ、何故か進軍が早まったせいで計画が台無しだ。
「間に合いそうにないですね。ちなみに、西側のどこら辺ですか?」
「……もう言っていいか」
バルシャイン西側は、我がドルクネス領が位置することもあり、多少の土地勘はある。領の名前は大体憶えているし、言われれば場所も分かるだろう。
そして、彼が口にしたのは非常に聞き馴染みのある地名だった。
「ドルクネス領だ」
「ドルクネス……え?」
「あの忌々しきドルクネス領から、あの女はドラゴンに乗ってやってくるだろう」
え? え? ドルクネス領でドラゴンに乗ってる人って一人しか知らない。
「あの、もしかして……」
「そうだ。僕の名前はギルバート・アッシュバトン。弟パトリックの婚約者はユミエラ・ドルクネスだ。ここまで言えば、彼女一人にやらせる意味も分かるだろう」
なるほど! 軍の指揮を渡さないまま、一般女性が軍隊に負けたふりをする理由が分かりました。あのユミエラ・ドルクネスなら一人でも軍隊並の戦力だもんね!
計画の核心部分が分かってスッキリ…………しているどころではない!
え、でも、パトリックのお兄さんの名前はギルバートで、あ、ギルバートか。
私の脳みそのポンコツ具合に呆れる。バルシャイン王国内でギルバートという人物に会ったらパトリック兄だと思えとインプットしたはずなのに……ああ、国外だったからか。それにしてもポンコツだけど。AIももうちょっと融通を利かすぞ。
じゃあ、彼の言っていた頭のおかしい婚約者って私のこと? じゃあじゃあ、女性の趣味が悪い弟さんってパトリックのこと? じゃあじゃあじゃあ、ギルバートさんって私の義理の兄ってこと?
誰も予想していなかった衝撃の展開に、脳内が混乱を極める。
しばらく固まって思考を巡らせ、情報を整理する。
……ん? 最悪の事態と思われたが、意外と良い状況なのでは?
私の悩みであり家出の原因でもある、パトリックのお兄さんが私に会ってくれない問題。これは解決している。既に会って会話もしている。
そしてパトリック兄が私のことを嫌いすぎる問題。これも解決。ギルバートさんの私に対する印象は悪くない。
最後に結婚式に出てくれない問題。これも簡単だ。今からレムレスト軍に突撃して「やーらーれーたー」と一芝居打てば良い。
お? 知らない間に諸問題が解決していたじゃないか。
しばらく固まっている私に、ギルバートさんが痺れを切らして肩を揺すってくる。
「大丈夫か? アイツの名前にトラウマでもあるのか? いや、無理はない」
「ギルバートさん、質問です。私のこと、どう思ってますか?」
「……どういう意図か分からなければ答えようがない」
「失礼しました。私が弟さんの婚約者に名乗りを上げたとして、どう思われますか?」
「君が? ユミエラと比べれば雲泥の差だ。僕としては君を推したいが……」
よし、貰った!
ここで私が正体を明かせば、ギルバートさんは「ええっ! 君がユミエラだったのか! 是非ともパトリックと結婚してくれ! 僕も祝福しよう」と言うはずだ。
この幸福な結末は、私が家出をすると言い出して月に向かったからこそ。大気圏外からの落下の先で、偶然が積み重なり、ハッピーエンドを迎えることができた。
「私の名前、エレノーラというのは偽名です」
「それは知っている」
「本当の名前はユミエラ、ユミエラ・ドルクネスが私の名です。お義兄さん」
今度はお義兄さんが固まる番だった。
「……ユミエラ? 君が?」
「はい。闇魔法を見せますね」
ユミエラであることを証明するため、影から黒い腕を伸ばしてみせる。闇魔法ダークバインドだ。
これで信じてくれるだろう。黒い髪だけでは分からないけれど、闇属性を扱えるとなれば私で確定だ。
彼は口元に手を当ててぶつぶつと呟く。
「その魔法に黒髪……エレノーラが偽名だとは分かっていたが……ライナスが計画を教えろと言ったのも、そういうことか」
今思い返すと、ライナスは私たちが互いの素性を知っていると思っていたのだろう。まさか私と彼が、相手を見知らぬ人と認識しているとは考えまい。
私がユミエラであると、彼は受け入れたようだ。ギルバートさんは私の目を見て言う。
「そうか。君はユミエラ・ドルクネスだったのか」
そしてギルバートさんの目から光が失われていく。
無表情になりしばし。段々と顔に生気が戻ってきて、憤怒の形相へ。……あれ?
「お前がユミエラか! よくも騙してくれたな! パトリックとの結婚は絶対に許さないからな!」
「え!? 私がパトリックの婚約者に相応しいって言ったじゃないですか! 酷いですよお義兄さん」
「二度と僕を兄と呼ぶな! 初めからおかしいと思っていたんだ。人の家の屋根を突き破って現れる!? そんな非常識なやつを親族にしてなるものか!」
「ちょっと待ってください! 私の境遇を話したとき、会いもしないで判断する婚約者の兄は酷いって、お義兄さん言いましたよね!? あれ、お義兄さんのことですよ!」
「兄と呼ぶなと言ってるだろう! 何もかもがおかしかった! 何だ、あの常軌を逸した保存食の感想は! 馬鹿げた体力にも納得だ! どうせ、森の動物もお前を怖がっていたんだろう!?」
裏切られた。ここまで見事に手のひらを返されるとは思わなかった。
お互いが前のめりになり、至近距離での言い合いは続く。
「へー、私がユミエラだと分かった瞬間、そこまで意見を翻しますか! そもそも、人を見る目がないんじゃないですか? 会いもせず伝聞だけで人となりを判断するだけありますね!」
「お前の異常さは伝聞だけでも分かる! パトリックの女の趣味が悪いと言ったのも君自身だぞ!」
「パトリックの趣味やセンスは優れています!」
「そうだ! 僕の弟は完璧だ! 恋人選び以外はな!」
もうこの人嫌い。ギルバートさんの接した私は、猫を被った状態だったのにこの評価になってしまうのか。もう正攻法で、会話をして仲良くなって、結婚を認めてもらうのは無理だろう。
じゃあ、もう、例の計画を実行するしかない。
「お義兄さん言いましたよね? 私が上手く負けられたら、結婚を認めるって」
「言ったさ! ほら! さっさと負けてこい!」
売り言葉に買い言葉。事前の段取りとかをすっ飛ばして、計画は実行に移される。
今にも取っ組み合いになりそうな距離。私たちは同時に舌打ちをしてから離れた。
「じゃあ行ってきますぅ」
「さっさと行け」
私はギルバートにメンチを切りながら、後ろ向きに崖を飛び降りた。
目指すはレムレスト軍の本陣。