4-15 ウマ(に怖がられる)娘
◆4-15 ウマ(に怖がられる)娘
ライナスが去って、しばしの沈黙が生まれる。
ギルバートさんはバルシャイン王国の人らしくて、ライナスと共謀して何かやろうとしている。部外者の私としては聞かなかったことにして帰りたいのだが、ライナスが置き土産を残していった。
私に計画の全貌を伝えるように、ギルバート氏に進言したのだ。なぜ私に? という疑問は、ライナスが有無を言わさぬ様子で封殺してしまった。
コイツは何者だという視線に耐えられず、私から会話を切り出す。
「ギルバートさんはバルシャインの方だったのですね」
「そう言う君は、どこの国の人間だろうか。ライナスを知っているということはレムレスト? しかし……」
同国の出身だと分かったのだから、彼に正体を明かしても良いじゃないか……などと考えてはいけない。私の悪評は隣国のみならず、自国でも轟いているのだから。
流石に、ナマハゲ扱いはされていないと思うけれど、闇魔法をところ構わずぶっ放すやばいヤツと思われていたりは日常茶飯事だ。
ということで、不要の混乱を避けるために私は以降も身分を隠匿する。
「私のことなんて、どうでもいいじゃないですか。国という枠組みに囚われない……妖精のようなものと思っていただいて差し支えないです」
「差し支える」
「差し支えますか」
差し支えるってさ。
今みたいなやり取り、どこかでやった気がする。既視感の正体を探ってギルバートさんを見つめると、彼にパトリックの面影が浮かんできた。
パトリック成分が欠乏してきて、とりあえず灰色の髪の男性ならいいやっていう状態になっているのかもしれない。
「ライナスがあれほど言うくらいだ。君には計画を教えるべきなのだろう」
「あ、別に知りたくないのでいいです」
「でも僕は、君を信用しきれない」
「だから聞きたくないですって」
現在の私がやるべきことは、アッシュバトン領へと向かっている軍隊を追っ払うことだけだ。早めに辺境伯領に駆けつけたい。
もう一言も喋ることなく解散して各自行動が良い。そんな私の言葉を聞かずに彼は話を続けた。
「折衷案として、道中で伝えることにしようと思う」
「道中……というのは?」
「僕は明日、アッシュバトン辺境伯領まで行く。その道中でライナスの言付け通り、計画について話そう。仮に君が、僕たちの意に反することを考えても、計画にイレギュラーな行動は取れないだろう」
ライナスの言葉と、信用しきれない私。その二つをいい感じに織り交ぜた発案だ。
行き先が同じなら、一緒に行動してもいいかな。おおよその方角が分かるだけなので、アッシュバトン領まで迷わず行けるか心配だったし。
修学旅行生を見れば分かる通り、大人数を移動させるのは想像以上の時間がかかる。明日の出発でも、例の軍隊より先に国境線まで移動はできるはずだ。
話を聞いた限り、ギルバートさんもレムレスト軍に先回りするつもりみたいだし、同行させてもらうのが良さそうだ。
「分かりました。明日の、いつくらいに出発ですか?」
「日が昇ると同時に出る。今日は早めに寝ておくといい」
そう言い残して、ギルバートさんは二階へと行ってしまった。
成り行きに身を任せていたら、予定より早く帰ることになってしまった。もう暗くなった外を見て、帰宅後のことを考える。
結婚式やる羽目になるのかなあ。結婚式という催し自体が嫌だというのは本当だけど、パトリックのお兄さんが来てくれないというのも地味に嫌だ。会ったこともない彼に、どうにかして会わないといけない。
こればかりは成り行きではどうにもならないだろう。いつの間にか会っていて、いつの間にか私に対する悪いイメージが払拭されていたなんて、奇跡みたいなことは起こらない。
規模を縮小傾向にするなら結婚式は受け入れるとして……ここで考えても仕方ないか。
特にやることも無い。私も二階に上がり、充てがわれた部屋まで移動する。
ベッドに横になり目を瞑るが眠れそうにない。目を開けて、天井を眺めながら、色々と考えてしまう。
パトリックのお兄さんはなぜ私を毛嫌しているのか。心当たりはありすぎるくらいだけれど……ああ、いけない。ここで考えても仕方ないと思ったばかりじゃないか。
パトリック兄はさておき、別のことを考えよう。ギルバートさんについてとか。
ライナスが来たことで彼の所属は分かったのだが、未だに不明なことが幾つかある。明日の道中で聞かせてもらえるらしい「計画」とやらについてだ。
あーあー、聞きたくなーい……と表向きは興味ないフリをしていたが、実際は気になる。私が知ってしまうことで、計画に巻き込まれるのは嫌なのであって、外野で観戦できるのなら興味はある。
引っかかっているのは、レムレストの第一王子派が軍を挙げているという点だ。その情報を第一派のライナスが流していて……ん? 逆か? 裏切っているのはライナスではなくギルバートさんの方か?
◆ ◆ ◆
日の出前の薄明かりで目を覚ます。ちゃんと起きられるかの不安は杞憂に終わった。
体を伸ばして、慣れないベッドから体を起こす。
もうここに戻ってくることはない。シーツを整えてから、部屋を見回して忘れ物が無いかを確認する。
一階に下りると、既にギルバートさんは起きていた。昨日も食べた保存食をモソモソと口に運んでいる。
「おはようございます」
「起きたか。そろそろ起こしに行こうと思ったところだ」
彼は口に入っている物を水で流し込んで、すぐに立ち上がる。
そして、隣の椅子に掛けられていた外套を手に取る。二つあった茶色いそれの片方を、私に突き出した。
「すぐに出る。強行軍になるぞ」
受け取った外套を羽織る間もなく、彼は動き出す。
長旅用と思しき外套は丈が長く、普通に着用すれば裾を引きずってしまいそうだ。取り敢えず帽子だけ被って髪を隠す。外套は丸めて小脇に抱えて、彼の背中を追った。
外に出てもギルバートさんの歩みは止まらないので、外套を羽織ることは諦め、横に並んで歩く。
「朝食はどこかの屋台で買ってやる」
「ありがとうございます。……いまはどこに向かって?」
どうも進む方向がおかしい。まずは王都の外に出るべきなのに中心部に向かっている。
くしゃくしゃに丸めたせいで、上下が分からなくなってしまった外套を回しながら会話を続ける。
「ライナスが伝手をつけた商会がある。そこで馬を借りる……乗馬経験は?」
「無いです。あ、でも、馬以外ならいつも乗っていますよ」
「馬とロバでは勝手が違うが……進めと止まれの指示だけ覚えれば道に沿って走ってくれる」
ロバじゃなくてドラゴンなんだけど……。可愛らしくて愛嬌いっぱいの動物という点では似たようなものか。
そうかあ、馬に乗るのかぁ……。馬に乗れそうな機会は何度かあったけれど、お馬さん側の調子が悪かったりで、騎馬ユミエラが実現することはなかった。
……誤魔化すのは止めよう。乗馬経験が無い本当の理由は、私が馬に怖がられることが原因だ。今回も、私が近づいた途端に馬が暴れだして、結局乗れず仕舞いに終わるはずだ。賭けてもいい。
「馬に乗れなかったときはどうします?」
「仕方ないが、僕の後ろに乗って貰うしかないだろう。馬車では間に合わないし、不都合が多い」
二人乗りは魅力的かもしれない。でも私が馬を乗りこなせなかったときではなく、馬が私を拒絶した場合のことを聞いたんだよね。
きっと馬は暴れるだろう。どんな名馬でも、私を怖がるだろう。
結果は見えている。異国の馬であろうとも、きっと――
「すみません。いつもは大人しいヤツなんですが……」
商会の隣に建てられた馬屋。馬のいななきと、謝る厩舎の方の声が響く。
私が来た段階で、馬たちは少し落ち着かないくらいだった。好きな子を選んで良いと言われて、私が可愛らしいお馬さんたちを舐め回すように見始めた途端にコレだ。
いつもは大丈夫だろうと思って、実際は駄目な流れだった。逆に駄目だろうと考えれば実際は……と考えていたが、無意味な足掻きだったようだ。
立派な馬たちは「嫌だ嫌だ、ユミエラを乗せるのは怖い」とでも言うように騒ぎ、繋がれた紐を引きちぎる勢いで暴れている。
彼らのことを誰よりも理解しているであろう世話係の人は、唖然とした様子だ。
「おい、お前らどうしたんだ!? すみません、何かに怯えているみたいで……」
彼は馬屋を見回して異常を探す。異常は私です。動物にやたらと怖がられているんです。身の回りで虫を一匹も見ないくらいなんです。
心の中で謝罪しつつ、隣を確認するとギルバートさんは呆然と立ち尽くしていた。
「何が起こっている……?」
「もう走っていきましょう。馬で間に合うなら、走っても間に合いますよ」
街道を行く馬の姿は見たことがある。一日中移動し続けるのだから、競馬場の馬のように全力疾走はしていなかった。人が歩くよりはずっと速いけれど、小走りというか軽く流している感じというか。
ある程度レベルを上げた人間であれば、馬と同じ距離を稼ぐことは難しくない。レベル20とか30とかあれば大丈夫なはず。
「僕は自分の足でも間に合うだろうが、君は……そうか、レベル13だったか。多少の不安はあるが……」
「大丈夫ですよ。元々の体力がありますから」
「仕方ない。いざとなれば担いで行こう」
しょうがないと、彼はため息をついた。





