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4-12 愚痴り合い

こんでろーん

◆4-12 愚痴り合い


 お世話になっているギルバートさんの家に戻る。無駄に長く歩き回ったせいで、日も傾き始めている。夕方と言うにはまだ早いくらいかな。

 玄関を開けようとして……ん? この扉、ちょっと重い、ような? エイヤッと一気に引いたら開きそうだけれど。引き戸だと思ったら押戸だったというオチを回避するためにも、一応押してみる。横にスライドしないかも確認。


「ガタガタうるさい。いま開けるから待っていろ!」


 開かずの扉の向こう側から、ギルバートさんの声が聞こえた。

 ほどなくガチャリと鍵の開く音がして、ドアがゆっくりと動く。


「君はドアノッカーを知らないのか?」

「ドアノッカー……? ああ、これですか」


 ドアに引っ付いているこの金属の輪っか、ドアノッカーが正式名称だったのか。今までずっと「ライオンが咥えてる確率が高い輪っか」と呼んでいた。

 あまり使う機会って無いんだよね。私の所への来客は最初に使用人が対応するし、人様の所にお呼ばれしたときも……あまり人の家に行ったことがないので使った記憶が無い。


 ドアノッカーね、覚えたおぼえた。また一つ賢くなってしまった私を見て、ギルバートさんは開いたままのドアを抑えながら鍵を何度もカチャカチャ弄る。


「どうして玄関が開かなかったのかも教えた方が良いだろうか。これは鍵というんだ」

「鍵が掛かっているとは思いませんでした」


 鍵ね、そういう装置もあったね。危うく鍵を壊して侵入するところだった。

 これも貴族特有のアレかもしれない。屋敷には使用人が常駐しているため鍵を掛ける習慣がない。私室は……誤って破壊しないよう鍵はかけないようにしている。

 そんな訳だ。扉の開閉を阻害し、外側からの解除に専用の端子を用いる装置のことなぞ、認識の範囲外だった。

 彼には信じられないものを見る目を向けられる。


「本気で言っているのか?」

「私の住んでる地域って、鍵とかかける家が無いんですよね」

「なるほど、そういう所もあるか」


 ギルバートさんはあっさりと納得してくれた。

 ちなみに、前世の日本における私の居住地はそんなド田舎ではない。都会でもないけれど、流石に鍵はかける。かけない地域も、他所から来た空き巣の標的になるので、今では戸締まりが呼びかけられているらしい。

 虚偽の身分に出身地の田舎度を追加しなければと考えていると、ギルバートさんは背を向けて家の奥へと進んでいく。私も続いて入り、玄関を閉め、しっかり鍵を回すのだった。


 何となしにギルバートさんの後をついて歩く。

 一階を奥へと進んでいき……台所かな? 食材は見当たらないが、魔導具のコンロがある。


 少し後ろから、生活感ゼロの台所を観察していると、彼は振り返らずに言った。


「……まさかとは思うが、昨晩も部屋に鍵をかけていなかったのか?」

「そうですよ」


 すると、ギルバートさんは大きなため息をついてこちらを見て、呆れと優しさが混ざった声色で言う。


「君はもう少し危機感を持った方がいい。見ず知らずの男の家に上がり込む時点で手遅れな気もするが……」

「危機感……と言いますと?」

「僕が悪い男なら、君をどうとでも出来るという話だ。田舎娘」

「なるほど。私って、男性に力で敵うはずのない、か弱い乙女ですからね。危機管理が大事ですよね」

「そういうことだ」


 しっかりと成立した会話だったはずだ。しかし違和感というか、物足りなさがある。それは二人の共通認識のようで、首肯したばかりの彼も首を捻っていた。

 ここに誰かもう一人いればスッキリする気がするけれど……。誰が足りないのだろうか。見ず知らずの人がいても困るし、どちらか片方の知り合いでももう一方が気まずい。私とギルバートさん、共通の知人なんているはずないのに。


 謎の違和感は無視して、キッチンらしき場所を観察する。

 雑に置かれた木箱を覗き込んで見ると、硬そうなパンが紙に包まれ並んでいた。他にも似た箱が数点、蓋が閉じられ中身は見えない。


「もしかして、これって全部保存食ですか?」

「そうだ。好きに食べてくれと……まさか、昨晩から何も食べていないのか?」

「……そうなりますね」


 好きにしろとは言われていたけれど、勝手に人様の冷蔵庫を開けるような真似は出来ない。屋根を突き破った時点で今更だけど。ギルバートさんのいない間に家の中を探検しようとしていたけれど。

 しかし、そこまで空腹というわけでもない。前のご飯から丸一日経っているわけでもない。レベルが上がれば基礎代謝は増えそうなものだけれど、むしろ渇きや飢えに対する耐性が出来ている状態だ。

 そういう訳で、別に美味しくはない保存食を食べるつもりはなかった。あーあ、私が手作りすればとても美味しい物が食べられるのにな。


「遠慮することはないのだがね」

「遠慮とかではなく、ただお腹が空かないので……」

「……分かった。僕もこれから夕食にする。一緒に食べるならどうだ?」


 申し訳ない、無駄に気を使わせてしまった。というか、大概この人も優しいな。

 断るのも気まずいので、ご同伴させていただくことにしよう。

 準備を手伝おうと思っていると、彼は平べったい木の皿を二つ取り出し、片方を私に突き出した。


「これに食べる分だけ取り分けてくれ」


 ここまでテンションの上がらないバイキングも珍しい。

 ギルバートさんに倣って、貯蔵された食材を自分の皿に乗せていく。

 カッチカチのパン、匂いで既に酸っぱすぎる瓶詰めピクルス、またしても硬そうな干し肉。以上の三品です。よりどりみどりな三品を、私もギルバートさんも全種類制覇する。


 食卓に椅子は四脚、一般的な家庭にありそうなのが不釣り合いに思える。そこに向かい合って腰を下ろす。

 コップと水差しも置かれたテーブルに二人分の保存食が置かれている。まだ夕方には早い中途半端な時間、照明を付けるほどではないが微妙に暗い室内、とても楽しいお食事会が始まる雰囲気ではない。


「いただきます」


 まずは硬いパンを一口。パンというか、甘くないビスケットというか、乾パンというか……。日本にあった乾パンはとても美味しかったのだと実感できる。パッケージにバグパイプを吹く人がいて、金平糖が入っているアレが懐かしい。

 少量を噛みちぎって口の中でふやかしつつ食べる。噛めば噛むほど口の中の水分が奪われていき、堪らず水を飲んだ。


 ふと見ると、ギルバートさんは黙々とパンを口に運んでいた。


「……美味しいですか?」

「普通。君はどうだ?」


 素直に不味いですと言うのもな……。美味しいとは口が裂けても言えないし、普通とも言い難い。イマイチな物を美味しそうに言い換える食レポセンスが試される。


「小さい頃にですね、洞窟を見つけたことがありまして、中に入ってみたんです。夏だったんですけども、ひんやりと涼しくて。過ごしやすかったので、でろーんと横になったんですよ。岩の上をゴロゴロ転がっていたら、水たまりになった窪んだ所に突っ込んじゃって、服が泥だらけになって……。その服を川で洗っていたとき……みたいな味です」


 あれ? 私って食レポ上手くない? 隠されていた自分の才能に恐れ慄いていると、ギルバートさんは真顔でしばらく考え込んでから言った。


「それは……不味い、という意味で間違いないだろうか」

「美味しい部分を説明したんですけど……分かりません?」


 彼はまた黙って考え込んだ。その間も、私たちはモシャモシャと口を動かしてパンを咀嚼している。

 しばらく無言の時間が続き、ギルバート氏はようやく口を開く。


「君は……家出をして来たと言っていたな」


 露骨に話題を逸らされた。まあ、いいか、ある程度ぼかしてなら事情を説明するのも問題ないだろう。

 そして、普通の世間話が始まった。


「家出は本当ですよ。婚約者と喧嘩というか、結婚式のことで言い合いになりまして」

「君のような女性が屋根伝いに移動するほどだ。並々ならぬ事情があると思ったら……痴話喧嘩か」


 くだらないとギルバートさんは吐き捨てる。いや、痴話喧嘩とも違うと思うけれど……傍から見たらそうなのかな?

 彼はふつふつと怒りを滲ませて続けた。


「僕の身内にもいる。結婚式が中断になったことを、いつまでもいつまでも蒸し返して――」

「え!? 中断したんですか! いいですね!」


 結婚式を中断する方法は是非とも知りたい。そして実践したい。

 私は満面の笑みで目をキラキラ輝かせる。……あ、表面上はほぼ無表情のままだ。最近は忘れそうになるが、私の表情筋は相変わらず死んだまま。主観では普通に表情を変えているのと、パトリックやエレノーラが変化に気がつくので忘れそうになる。


「うん? 結婚式で揉めた内容を聞かせてくれ」

「私は中止ないしは小規模でと提案して、婚約者は盛大にやると言って聞かなくて……」

「……そうか、君のような女性もいるのか。すまない、勘違いしていた」


 ギルバートさんはバツが悪そうに言う。ああ、逆パターンだと思っていたのか。結婚式に強いこだわりを持つのは女の人が多いイメージだもんね。


「身内の方の結婚式が中断したのは何故ですか? 後学のために聞きたいです」

「式の最中に招かれざる客が、大勢で押しかけて来たんだ。僕が生まれる前の話だ」


 招かれざる客が大勢か……。恣意的に再現するのは難しそうだな。

 仮に来たとしても、ドルクネス家の使用人一同が全力で追い返してしまうだろう。私やパトリックが出張らなければいけないような団体さん……軍隊とか? 魔物も良さそうだ。

 結婚のお祝いと称して笛を吹いて……うーん、前にヒルローズ公爵が使ったような物を用意しないと成功しそうにない。一般サイズの魔物呼びの笛を街で使っても、魔物が現れないからね。


「ありがとうございます。参考にしますね」

「しかし……どうしてそこまで結婚式を嫌がる?」


 そりゃあ面倒くさいからに決まって……と口を開きかけて留まる。

 つい先日まで、私は結婚式の強行中止なんて考えていなかったはずだ。きっかけとなったのは確か……。


「婚約者にお兄さんがいるのですが、結婚式に出ないと言っているようで……」

「何だそれは。弟の門出を祝わないなんて、兄としてどうなんだ?」


 ギルバートさんは僅かに語気を強めた。そう言えば、彼には弟がいるとか。同じ兄として、パトリックのお兄さんが許せなかったのだろう。


「義理の兄になる人なんですけど、あまり私のことを良く思ってないみたいで」

「彼といざこざでもあったのか?」

「一切無いです。会ったこともありません。ただ、私の悪い噂を耳にしたようで……」

「噂を鵜呑みにするとは、その兄は碌でもない人物のようだ。どんな噂を流されているのかは知らないが、君に直接会えば嘘だと分かるだろうに」


 まるで自分のことのように、彼は静かに憤る。

 悪い噂としか言っていないのに、それを嘘だと断定するくらいに私を信用してくれているのも嬉しい。


 話が盛り上がってしまった。あまり喋りすぎて口を滑らせてもいけないので、食事に戻る。

 まだパンを数口食べただけだ。この味のない小麦粉の塊を食べ続けるのも苦痛なので、干し肉を手に取る。

 干し肉とは言うが、ジャーキーに近いものだ。想像の数倍は硬い干し肉を顎の力で噛み切る。しょっぱい……を通り越して塩辛い。肉の旨味などは全く感じられず、岩塩が丸々と口の中にあるのではと錯覚するほどだ。

 それに硬い。これも口の中でふやかさなければ飲み込めない。塩分の過剰摂取で喉が猛烈に乾いた。二杯目になる水を飲む。


「顎の力がすごいな」

「……都会の人みたいに柔らかい物ばかり食べていませんので」


 あぶなっ。噛む力でユミエラバレの可能性があるなんて。田舎出身の設定を活かし、上手い言い訳ができて良かった。

 あ、一応ご馳走になっているのだし、味の感想を言うのが礼儀か。食レポスタート。


「これは、あれですね、木の上の味がします」

「ん?」

「こう見えて私はいいとこの令嬢なので、木登りをしたことがあります。あの木は確か……楓でした。木の枝に登ったところで、頭の中に記号が浮かんで――」

「分かった。もう食べた物の感想は言わなくていい」


 まあ、そうだよね。現実の保存食は不味いのだから、どれだけ食欲をそそる感想でも聞きたくはないはずだ。

 食事に戻る。しばし無言の時間が続いた。黙々と、口を動かして硬い保存食を処理していく。

 そして、沈黙を破ったのはギルバートさんだった。


「僕も、僕がここにいるのも家出のようなものだ。親族の婚姻が原因だ」


 彼は明らかに怪しい。だからこそ、自身のことを自ら切り出すとは思わなかった。

 この家の不可解さなどを考えれば、ただ家出してきたというだけではないのだろう。しかし、ここで嘘のエピソードを話す必要性も無い。きっと、私の事情に共感してくれて口が緩んだのだと思う。

 ギルバートさんはゆっくりと語りだす。


「僕には弟がいる。優秀な弟だ。そんな弟が近いうちに結婚することになったんだ」

「おめでたい事では……ないみたいですね」

「ああ、弟の結婚相手が問題だ。酷く暴力的で、思考回路が常人とかけ離れている」


 暴力的で思考がおかしいって……。控えめに言って家庭を持って良い人ではない。

 鬱憤が溜まっていたであろう彼は、堰を切ったように続けて言う。


「物事の一切を殴り合いで解決するような女だ。魔物を呼び寄せたり、人をダンジョンの奥に置き去りにしたりも、平然とする」

「それは……親族総出で反対されませんか?」


 殺人未遂みたいなエピソードが出てきた。何でも話し合いでの解決を試みる平和的な私からすると、信じられないくらいに酷い女性だ。

 普通なら家族全員が弟さんを引き止めると思うけれど、兄の家出という結論から察するに違うのだろう。


「父も母も結婚に賛成している。特に母が乗り気で……」

「その、弟さんの結婚相手って本当におかしい人なんですか?」

「僕も思ったさ。弟も両親も賛成で僕だけ反対、おかしいのは僕の方なのではと。しかし、客観的に見て、あの女はおかしいんだ。アイツの異常性については弟も認めている。それでもなお、愛しているから結婚したいと……ふざけるな」


 うーん、その女性の異常さが分からないので何とも言えないけれども、そういう話ってたまに聞く。男女問わず、容姿が良く内面も優秀な人が「え? あの完璧超人がどうしてこの人と?」みたいな相手と結婚するのはあるあるなのかも。


「あー、言いづらいんですけれど……弟さんって女性の趣味が……」

「そうだな。良く出来た弟だと思っていたが、女の趣味は最悪らしい」

「それは……ご愁傷様です」


 恨むべきは、弟さんの趣味の悪さだ。あと、優秀らしい弟さんに言い寄った女性だ。

 家庭内で一人、意見が孤立してしまったギルバートさんは家に居づらくなったというわけか。


「優秀な弟なんだ。捻くれた僕と違って真っ直ぐで……。昔は、にーさま、にーさまと言って僕の後を追いかけてきたのに……今では兄上だ。ああ、また、にーさまと呼んでほしい」


 ギルバートさんも溜まっていたようだ。堰が切れたように嘆きを口に出す彼は……少しばかり気持ち悪かった。

 この人もこの人でブラコン気味だな。どんな女性であれ、結婚を素直に祝福はしなかった気がする。


「……弟さんが大事なんですね」

「当たり前だ。血を分けた唯一の兄弟なのだから……いや、兄弟でなくとも気に入っていたと思う。君も弟に会えば良さが分かるはずだ」

「はあ……」


 呆れて生返事をしてしまう。弟のこと好きすぎな彼は、私にまで布教してきた。私はパトリック一筋なんで、ご紹介は結構です。


 その後、ギルバートさんに弟の素晴らしさについて聞かされているうちに食事が終わる。

 幾つかの昔話には既視感があった。パトリックから前に似たような内容を聞いたことがある。どこの男二人兄弟も、似ているものだなと思った。


 満足感ゼロの食事というか栄養素の摂取を終えたところに、金属を打ち付ける音が響いた。

 これは、先ほど名前を覚えたばかりのドアノッカーの音だ。

前回のお話が99話だったみたいです。

お祝いのコメントありがとうございます! 章ごとに話数を分けているので気が付きませんでした。

個別に返信できず申し訳ありません。いつもコメントや誤字報告などありがとうございます! 全て読んで、やる気を貰っています。


なろう99話記念は逃してしまいましたので、書籍99巻では忘れずにお祝いをやる予定です。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ユミエラちゃんはすれ違いのプロですね!
[良い点] この見事なすれ違いっぷりよ
[一言] サンリツのカンパンの。缶入りは三種類あって、一番大きい缶には金平糖が入っていると生まれて半世紀以上経った今知った。 氷砂糖だけじゃなかったんだ。
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