10 変わる学園生活とゲームの私
「へえ、闇属性にも回復魔法ってあったんだ」
「はい、腕の1本くらいなら生えてきますよ」
私は野外実習の翌日、またしてもロナルド学園長に呼び出しを受けていた。
魔物呼びの笛を吹いたことでお小言を貰ったが、昨日に散々パトリックから説教をされたので勘弁してほしい。
「腕が生えるってのは……経験談?」
「はい、ここからズバーとやられまして」
私が肩口を指しながら言うとロナルド学園長は珍しく表情を変え、いつもの笑顔を引きつらせた。
あのときは危機一髪だったと思い出す。少しズレていたら無くなっていたのは腕ではなく頭だったかもしれない。
「まあ、私の昔の話はいいですから。殿下たちの方はどうでしたか」
私は王子たち中央貴族組の野外実習の成果について聞いた。
「エドウィン殿下とウィリアム君、オズワルド君はまあまあ順調だと思うよ」
「ああ、彼らしか魔物を倒していないってことですか」
中央貴族はレベル上げに熱心ではないので、それも仕方のないことだろう。しかし、アリシアの名前が出ないのはどういうことなのだろうか。彼女の光魔法は魔王と戦う上で欠かせないものだ。
「出てきた魔物は全て彼らが倒してしまったようでね。あまり良いことではないのだが、周りも彼らを褒め称えるばかりでね」
「それは良いのですけれど、アリシアさんは何をしていたのですか?」
彼女は庶民ながら光魔法の才を見込まれて、王立学園への入学を許されたのだ。光魔法を鍛える、つまりレベル上げを怠るのはあってはならないことだろう。
「他の人と同じで1匹も魔物を倒してはいないよ。殿下たちがそうするように言ったみたいでね」
「彼女自身にやる気はありそうですか?」
「うーん、アリシアさんも殿下たちに守られて満更でもない感じだったみたいだよ」
私は学園長の話を聞きため息が出た。
学園でのアリシアは攻略対象たちと常にべったりだ。このままではアリシアが自発的に戦うことはないかもしれない。
「学園にいるときと一緒ですか。彼女には負けないと宣言されたのですが、どういうつもりなんでしょうね?」
「さあね、とにかくアリシアさんには強くなってもらわないと困る。君にサポートを頼むことになるかもしれないから、覚悟しておいてね」
よし、もしそのときが来たなら闇属性のダンジョンに放り込んでやろう。自分に有利な魔物しか出ないぞ、喜べ。
野外実習の日以降、私のぼっち生活は少し変わった。パトリックがちょくちょく話しかけてくれるようになったのだ。
授業でペアを作るときも、仕方ないと言った様子であぶれた私と組んでくれる。
「パトリックさん、ごめんなさい。あなたもお友達がいるでしょう?」
「気にするな、お前には借りがあるからな」
借りとは怪我を治したことだろうか? 何とも律儀な人だ。
「それこそ気にしないでください。どうせポーションもあったでしょうし」
「そうか、では俺は別の誰かと組むとしよう」
「あ、やっぱり気にしてください。あなたの怪我を治したのは私ですよ」
「その原因を呼び寄せたのもお前だがな」
彼とはこのように軽口を言い合うくらいには打ち解けている。私がこの世界に生まれてから、1番仲が良くなった人かもしれない。
今は剣術の授業なので、お互いに木剣を持ち向かい合う。
パトリックの剣筋は素人目ながら、無駄が一切無いように見えて美しい。効率を追究したものは美しくなるのだろうか。合わない言葉かもしれないが、実習での彼の指揮も美しいと形容できた。
それらとは打って変わって、私のレベル上げは醜く泥臭いものだっただろう。それは効率重視の成れの果てのはずなのにも関わらず。
「はぁはぁ、参った」
無駄なことを考えながら剣をいなしているうちに、彼は弾かれた木剣を取り落としてしまったようだ。
「お相手、ありがとうございました」
乱れた息を整えたパトリックは私に話しかけてくる。
「俺では相手にならないだろうか」
「いえ、そんなことはありません。パトリックさんの剣技は参考になります。技術という面では私は足元にも及びません」
私は高レベルの反応速度と力に任せているだけなのだから、そんなに悔しそうな顔をしないで欲しい。
「剣の技術も学ぶ気でいるのか? お前は何と戦う気なんだ?」
そう言われてみれば…… 私は現状でも魔王に勝てるだろう。これ以上強くなる意味は無いのでは?
しかし、この世界は広い。ゲームの地図の外にも世界は広がっている。私より強い者がいても何ら不思議ではない……と思う。
「魔王とかじゃないですかね?」
「魔王? 2年後に復活するという話は本当なのか?」
「知りません。エドウィン殿下の妄想か、国王陛下が隠しているかのどちらかでしょうね」
嘘です、本当は知っています。
「どちらも無い話とは言い切れないな」
魔王復活はエドウィン王子の妄想、それを嘘と言い切れないほどに最近の王子は酷い。
学園で所構わずアリシアとイチャついている。最近は中庭でケーキの食べさせ合いをしていた話が学園中を駆け巡った。
その様子に、魔王復活は王子の妄言では? という声も出てきている。私が魔王だという噂は全く下火にならないが。野外実習の件で再燃してきたようにも思える。
「パトリックさんは、私が魔王だとは思わないのですか?」
「そもそも魔王は男ではないのか? それと、根拠の1つに黒髪だからと言われているのが気に入らん」
語気を少し強めたパトリックを見つめると、彼はそれに気がついたようで話を始めた。
「俺は小さい頃、髪の色が黒に近いことを気にしていたんだ。親戚に黒っぽいと言われたのが切っ掛けでな。家族は気にすることは無いと言ってくれたが、俺はずっとこの黒っぽい髪が嫌いだった」
パトリックはそう言いながら自分の灰色の髪を触る。その灰色はどちらかと言えば白に近いと思うのだが。
「私は白っぽいと思いますけれど」
「そうか、白か。ユミエラと比べればそうだろうな。
だからこそ俺は、真っ黒な髪でありながら堂々としているお前を尊敬している。髪の色を理由に嫌ったり蔑んだりしないことを誓おう」
私の目を見つめながらそう言い切ったパトリック。私は恥ずかしくなり目を逸してしまう。
何か告白っぽいなと思ってしまった。全くそんな話では無いのに。
「あ、ありがとうございます。パトリックさんの灰色の髪は素敵だと思いますよ」
「ありがとう、お前の黒い髪も綺麗だと俺は思うぞ」
そのやり取りで恥ずかしさが限界に達した私は、会話を切り上げるべく彼を模擬戦に誘う。
「あ、あの、もう1戦やりませんか?」
「ああ、構わない」
平常心を失った私が力加減を間違えた結果、パトリックは空を飛ぶこととなった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
回復魔法を使いながら必死に謝る私。またやったのかという周囲の目が痛い。
パトリックはすぐに目を開き起き上がった。良かった、気も失っていないようで安心する。
「大丈夫だ、痛みも無くなった。前も思ったが回復魔法は心地いいな」
「見た目は悪いですけれどね」
自分の肉が膨れ上がり傷が治る様子を思い出したのか彼は苦い顔をする。
「ユミエラはすごいな、闇魔法を使える」
「運が良かっただけですよ」
使える魔法の属性は生まれたときにほぼ決まる。そう彼の言葉を否定すると、パトリックはそうではないと首を振った。
「そうでは無い。俺だったら闇魔法が使えたとしても、それを隠してしまうかもしれないと思ったんだ。
髪のこともそうだが、ユミエラは自分自身を否定しない。それは中々できることではない」
そんな彼の話を聞き、私は1つ思い当たることがあった。
「ユミエラは生まれたときから闇魔法が使えた?」
ユミエラは闇堕ちして闇魔法が使えるようになった、とゲームでは説明されていたが真実は違うのかもしれない。
ゲームのユミエラは学園にいる間、闇魔法が使えることを隠していた。もしそうなら、堂々と光魔法を使い周りから愛されるヒロインのことがさぞ憎かったことだろう。
「ん? ユミエラは闇魔法が使えるだろう?」
不思議そうに聞き返してくるパトリックに、何でも無いから気にしないでくれと言いながら、私はゲームの私について考え込んでしまった。