01 レベル99に至るまで
小説家になろうまで来てくださり本当にありがとうございます!
本作はWEB版、小説版、コミカライズ版とストーリーが少しずつ違い、段々コメディ寄りにマイルド(?)になっています。(基本の流れは一緒です)
それを前提にWEB版を楽しんでいただけたら幸いです。
「ドルクネス伯爵家長女、ユミエラ・ドルクネス。……レ、レベル99」
王立学園の大広間、レベルを測定した教師の言葉にその場にいる誰もが言葉を失い私を凝視する。
できるだけ目立たないという目標を早々に諦めざるを得ないと悟った私は、現実逃避をするようにレベル99に至るまでの経緯を思い起こしていた。
私が前世の記憶を思い出し、乙女ゲームの悪役令嬢に転生していると気がついたのは5歳のときである。
自室の鏡に映る自分が幼いことに、違和感を覚えたのがきっかけだった。
鏡に映る顔は人形のように整っており、髪と瞳は前世のそれより遥かに黒々しく、光をすべて吸い込んでいるかのように見えた。癖の無い髪も相まって、着物を着れば日本人形のように見えるかもしれない。
自分の容姿について思考したところで、自分が着物やら日本人形やら、聞いた覚えの無い言葉を知っていることに思い至る。
そこからは芋づる式に前世の記憶を思い出した。
平成の日本に生まれたこと、インドア派の女子大生であったこと、歩道に突っ込んできた車にはねられ恐らく死んでしまったこと。
20数年の記憶が瞬く間に脳裏を駆け巡り、呼吸が激しくなり動悸が高まる。
思わずしゃがみこんだ私は、目をつむり深呼吸をして気持ちが落ち着くまで耐える。
私はある程度落ち着いてから今の自分について考えるが、異常に覚えていることが少ないことが判明した。
ユミエラ・ドルクネスという名前と、5歳であるということ、貴族であるということくらいしか知らない。今いる自分の部屋を出た記憶はほとんど無いし、両親にあった記憶も無い。
メイドは私を避けているようで最低限の世話はしてくれるが会話は少ない。自分の住んでいる国の名前すら分からない状態であった。
記憶や知識が無い無いづくしの私は少しでも情報を求めて自室を見渡す。
部屋の調度品や着ている服は、中世のヨーロッパのようなイメージである。電化製品などの現代機器は一切無く、照明は以前メイドが魔道具と呼んでいた物がある。きらめく鱗粉のようなものを発しながら光り輝くそれは、外見はランタンのようではあるが前世では存在しえない代物に思えた。
以上を踏まえ、ここは地球ではない異世界ではないかと考えた私は情報収集のため行動を起こすことにした。
私が初めにしたのはメイドを質問攻めにすることだった。今まで自分から話をすることが少なかった私が突然饒舌になったので、メイドは驚いたようだが聞いたことにはちゃんと答えてくれた。
この国の名前はバルシャイン王国、私が住んでいるのはドルクネス伯爵領の領主の屋敷、私は伯爵家の長女であった。両親は王都の屋敷に住んでおり、私の生まれる前から領地に戻ってきていないらしい。
私が1人で領地に送られたのは、黒い髪を持つ私が両親に疎まれているかららしい。この国では黒髪は不吉と言われ悪の象徴でもあるという。
ちなみに、メイドからこの部分を聞き出すのには非常に苦労した。直接的な表現を求める私と間接的な表現を多用するメイドとの攻防戦はまたの機会に。
道理で屋敷の使用人達がよそよそしいはずである。黒髪で無口な私は不気味な子供に見えるだろうし、私を嫌っている両親は彼らにとっては雇用主だ。腫れ物を触るように扱うのも無理が無い。
今の状況が分かった私は文字を覚えることにした。メイドに文字を読めるようになりたいと言えば、すぐに家庭教師が手配され授業が始まった。
文字を覚えた私はさっそく屋敷の書庫に入り浸り、絵本から歴史や政治の専門書まで種類を問わず読み進めた。
結果、ここは前世でプレイした乙女ゲームの世界であることを確信した。ゲームのタイトルは「光の魔法と勇者様」通称「ヒカユウ」
剣と魔法の世界で、光属性の魔法が使えるヒロインが庶民ながら王立学園に入学し、攻略対象達と協力して強くなり最後は魔王を倒すという、良く言えば王道で悪く言えばありきたりなストーリーである。
攻略対象との親密度を上げる学園パートと、攻略対象と協力して魔物を倒すRPGパートを交互に繰り返してストーリーが進んでいく。
自分の名前や国名からもしやとは思っていたが、こんなことが現実に起こるとは……
ヒカユウにおいて私、ユミエラ・ドルクネスは悪役令嬢である。学園パートでたまに出没し、ちょっとした嫌がらせでヒロインの邪魔をする脇役だ。ストーリーが進むにつれて出番が少なくなり、復活した魔王との戦いの旅に出るころにはプレイヤーには忘れ去られている。
しかし、ユミエラはそれでは終わらない。
ヒカユウはおまけ要素としてエンディング後、もう一度魔王城に向かうと裏ボスが現れる。裏ボスの姿を見たプレイヤーは「裏ボスってお前かよ!」と突っ込んだであろう。そう、裏ボスの正体は私ことユミエラ・ドルクネスである。
裏ボスというだけあって、もちろん魔王よりも強い。魔王をギリギリ倒せたパーティーで挑むも、ボコボコにされて逃げ帰るというのはほとんどのプレイヤーが通る道だろう。
闇耐性の装備と光魔法で闇魔法を軽減するという、魔王に有効だった戦法を取っても物理で殴られ死ぬ。逆に物理攻撃の対策を厚くすれば高火力の闇魔法で死ぬ。
ヒカユウは乙女ゲームにしては珍しく、RPG部分のバランスがよく出来ている。敵には物理や魔法、属性などの弱点がありそこをうまく突けるかが攻略のカギである。が、裏ボスユミエラに限ってはレベルを上げてゴリ押す以外の攻略法が無い。
プレイヤーにバランスブレイカーと称される理不尽の権化である。
製作スタッフいわく、「ゲーム完成後、悪役令嬢の出番が少なかったので追加した。一応、最後の敵なのでレベルをカンストするくらいじゃないと倒せない強さにした」とのことである。ちなみに魔王戦の適正レベルは約70である。
ゲーム内での裏ボスとして登場した理由も「攻略対象達と仲良くしているヒロインへの憎悪のあまり闇魔法に目覚めたから」である。深い理由も何も無い、まあ後付けのおまけ要素だしスタッフもそこまで考えていないのだろう。
前世の私はレベル上げ作業が好きだったこともあり、一応はクリアした。レベル99の勇者パーティ4人と対等に渡り合うユミエラは、悪役令嬢では無い別の何かではあったが。
自分がバランスブレイカーの裏ボスだと、しかもゲームでは敵キャラしか使えなかった闇属性の魔法が使えるかもしれないと分かった私は、ゲーマーの血が騒いだ。
レベル上げをしなければ。
私は書庫にあった魔法の教本を読み、本の手順の通りに魔力を感じることから練習を始めた。
30分後、闇魔法が使えた。
まさかこんなに簡単にいくとは思わなかった。やはりユミエラには闇魔法の才能があるのだろう。ヒロインへの憎悪とかは関係なかったらしい。
翌日の朝食後、私は屋敷を抜け出すことにした。広い場所で魔法の練習をするためだ。
昨夜、メイドにそれとなく外に出てみたいと言ったところ、父より屋敷の外には一切出ないよう命じられていることが分かった。よっぽど黒髪の娘がいることを隠しておきたいらしい。
朝食を食べ終わった私はいつものように書庫に行くふりをして、屋敷の外に出る。屋敷の敷地を囲む塀は難なく乗り越えられた。どうやら私は身体能力も異常に高いらしい。レベル1でこれか、バランスブレイカーの名は伊達じゃない。
用意していた帽子で髪を隠した私は、街の外へと向かう。街の周りに防壁などは無いので、簡単に外に出ることが出来た。手近な雑木林に入り、書庫では試せなかった大き目の魔法を次々と発動していく。
夢中になって魔法を放っていた私だが、空腹になっていることに気がつく。昼食の時間までには屋敷に帰らねばと、空を見上げるときれいな夕焼け空が見えた。
魔法の練習を始めたのが大体9時くらいなので、今が17時として8時間近く魔法を放っていたことになる。
延々と魔法を使い続ける集中力もそうだが、魔力切れを起こさないことに驚きだ。確かにボスは魔力切れにはならないが、まさか魔力が無尽蔵とは。レベル1でこのスペックとは流石裏ボス、我ながら末恐ろしい。
慌てて屋敷に戻りながら、この後のことを考える。流石に屋敷を抜け出したことを誤魔化すのは無理かと思いつつ走り、塀を飛び越え屋敷に入り書庫に戻る。書庫には用意された昼食がそのまま放置されていた。空腹に耐えられなかった私は冷めた食事を夢中で食べる。
食事を食べ終わってすぐ、メイドが入室してきて夕食の用意ができたと言い、食器を下げていく。メイドはいつもと変わらない様子であり、抜け出したことを知っているようには見えない。そういえば書庫にこもりだしてからの私は昼食を運んできてもらうようにしていた。
まさか、昼食を運ぶ時間にたまたま書庫にいなかっただけでそれ以外はずっとここにいたと思われていた? 使用人達が私との接触をできるだけ避けることにこのときばかりは感謝した。
翌日からは書庫に誰も入って欲しくないからと弁当を用意してもらい、屋敷を抜け出す日々が続いた。ドルクネスの街近くの山で魔物を倒しレベル上げにいそしむ。魔物の素材を売ったお金で汚れてもいい服なども用意した。素材の売却では商人には相当買い叩かれたと思うが、傍から見れば怪しい子供なので仕方ない。
7歳になるころからは週に3回家庭教師からマナーや歴史などの授業を受けるようになった。屋敷を出られる時間は減ったので、私は効率のいいレベル上げを意識するようになった。
そんなレベル上げな日々を過ごし15歳になった頃、父から手紙が届いた。15年の生涯の中で初めての親からのメッセージである。内容は要約すると「王立学園に通え。学園ではできるだけ高位の貴族の令息と懇意になれ。婿入りさせて家を継がせるので嫡男でなくても構わない」というものだった。娘を何だと思っているのか、いや貴族とはこういうものなのだろうが。でも高位の貴族に嫁がせたいなら、放置せずに社交界慣れさせておくべきではないだろうか。
ということで私は馬車で王都に向かうことになった。公式には屋敷を出るのは初めてのことなので、周りを珍しがる演技でもしたほうがいいだろうか。
それにしても馬車は遅いし揺れるしで乗り心地が悪い。走ったほうがずっと速いし。
2日かけて王都に到着した私はドルクネス家の屋敷には寄らず、直接学園の寮に向かうこととなった。それでいいのか両親よ、私はあなた達の顔すら知らないんだぞ。
王立学園は15歳からの3年間、すべての貴族の子供が通うことになっている。勉強よりも戦闘に力を入れているのが特徴だ。魔王を倒した勇者と聖女によって興されたという、この国の成り立ちが関係している。ゆえにこの国では有事の際は貴族が先頭に立って戦うことが推奨される。まあ、だいぶ形骸化しているようだが。
私が学園に着いたのはギリギリだったようで、翌日には入学式であった。
新しい制服を身にまとい会場に向かうが、やたらと視線を感じる。マナーは笑われないくらいには身についているはずだし、成長して少しキツめの顔にはなったがそこまで凶悪ではない。
少しして周りの視線が私の頭に集中していることが分かり、黒髪が原因かと納得する。あからさまに嫌悪感を示す者もおり、これからの学園生活が不安になった。
私は学園では目立たないよう力を隠し、ヒロインや攻略者とはなるべく関わらず過ごそうと画策していた。ストーリー通りにヒロイン達には魔王を倒してもらう予定だ。それが失敗したら仕方ないので魔王は私が瞬殺する。
入学式はつつがなく進行し、最後に新入生の自己紹介を兼ねてレベル測定が始まる。聞いてない、そんなものがあったのか、私は目の前が真っ暗になった。
次々と新入生たちが前に出て、魔道具に手を置きレベルを測っていくが、大体がレベル1桁でレベル10を超える者は1人しかいない。私は自分のレベルが分からない。計測したことは無いし、レベル1から強かったので見当も付けづらい。
無情にも私の番が回ってきたので前に出るが、魔道具の前で固まってしまう。おじいちゃんな学園長に、入学時はレベル1でも恥ずかしくないと優しく声をかけられる。違うそうじゃない。
覚悟を決めた私は、魔道具が誤作動を起こすというご都合主義を願い魔道具の上に手を置く。
しかし、願いは叶わず、事態は冒頭に戻るのである……