観取
イネスが質問したことにより、視線が俺に集まる。俺は吐き出しそうになった溜息を我慢して答える。
「俺の性質は魔力を放出してからその場にとどまりやすいものだよー。いわゆる特異性質ってやつー」
無系以外の性質は十把一絡げに属性性質と言われる――無系より属性魔法が得意だから――が、厳密には属性魔法に適していない性質は特異性質と呼ばれる。特異性質は数少ない属性性質よりさらに稀少で千差万別の性質がある。それゆえに応用が利けばいいほうで、使い道のない性質もあったりする。
印持ちの性質もある意味特異性質と言えるかもね。属性性質なのに自身に馴染みやすい性質は。
「たとえば、さっき結界を張ったよね?俺は魔力を出しながら歩いた。で、最後に結界になるように魔力に変化を加えた。まだ魔力が濃く残っている場所から変化が早く始まるから俺の歩いた後を逆走するみたいに展開するって具合ー。あのくらいの範囲の結界って魔道具がないとつらいんだけど、俺の性質のおかげで道具なしでできるんだー」
放出された魔力というのは空中に出された時点で魔素に分解されて霧散し始める。なので、保有者の制御下からすぐに外れてしまう。だから属性魔法使いが魔法を使う時は自身の近くで魔法を発動して制御から外れる前に素早く対象に放つ、という感じになる。結界なんて普通は攻撃を防ぐ一瞬自身の周囲に展開して使うもので、広範囲を覆おうと思えば本来は魔道具を使う。
「俺の通った跡に発動するから跡魔法。適当に名前つけただけだけどねー」
「へー。じゃあさっき俺にしたのも跡魔法って言ってましたけどあれはどういう?」
「あれは弱い麻痺薬を塗ってる感じー。俺以外の性質がすると効果が出る前に消えちゃうだろうねー」
なるほど、と納得するアベル。
俺が今説明した性質は嘘ではない。でも本質でもない。俺の性質の真髄は、自分以外に対して非常に馴染みやすいことだ。侵食すると言い換えてもいい。魔力を放出すると魔素に分解されるまでに、逆に空中の魔素を固めて自らに取り込んでいる。分解される速さには負けるのでいつかは消えてしまうものの、他の性質に比べても断然分解スピードは遅い。それは他者から見れば長時間魔力が分解されずにとどまっているいるように見えるだろう。そして、魔力に非常に馴染みやすいという性質は他人の魔力でも効力は発揮してくれる。先ほどのアベルの強化がある状態でも問題ないとはそういうことだ。魔力で強化防御していようと俺の魔力は防御を貫通できる。自分で使っていて怖い性質だと思うね。
俺の性質を正しく理解しているキールが、そこまで言って大丈夫なのかと目で訴えてくる。俺は小さく頷いて問題ないことを示す。
アベルの実力を確認できたし、ここにいる用もなくなったので解散する流れに持っていこう。
「もう聞きたいことはないかなー?」
「はい!とりあえずないです!」
「じゃあ今日はこれで終わりで明日から本格的に指導始めるからそのつもりでー」
「朝は俺が、昼はカインが見てやる」
「わかりました!」
「明日から頑張ってね!兄さん!」
こうしてこの場で今日はおしまいにすることに成功した。それと嬉しいことがひとつマスターから告げられた。
「カイン。キール」
「はいー?」
「なんですか」
「アベルの面倒を見ている間、朝はいつも通りに来てもらうが帰るのは好きにしていいぞ」
まじか。拘束時間が減れば自由時間が増える。自分であれやこれやできるようになるのはいい。
「あざっすー。これで夜遊びできる時間が増えるっす」
「遊ぶためじゃねぇよ。指導するのが大変だと思ってだ」
「行きつけの女がうるさいんすよー。もっと来いだのなんだのー」
「たかられてんじゃねぇか…」
いやいやたかられてるのは俺の体だよ。コロナを買う金ってコロナが出してるからね?むしろ俺が買われてると言っても差し支えない。俺が用事ない時も俺のために自分を買ってるから来いと、そういうことだ。行かなきゃ行かないで限界を超えると明け方に家に来て盛ってくるし。いや、行ってても来るけど。
噂をしてればなんとやら、来そうだからこの話はよそう。
「俺とあいつは本気の仲っすからご心配なくー」
「夢を見るのはいいがほどほどにな」
俺は本気ではないがコロナは本気だ。あんなに情熱的なんだ。夢ではなかろう。
そう思うも、コロナが発情猫だなんてさすがに言えるはずもなくマスターの可哀想なものを見る目を受けるしかない。
「カインさんって意外とあれなんですね…」
「あわわわわ」
アベル、あれとはなんだよ。イネスはなんで慌ててんの。兄妹でマスターと同じ目で見るんじゃないよ。
その視線を煩わしく感じていると、キールが声を上げた。
「お前も行ってみるか?いい女揃ってるぞ」
「娼館に誘うな!」
「だってやりたい年頃ですよ。行ったっていいじゃないですか。マスターもついでにどうです?まだまだ元気でしょ」
「余計なお世話だ!」
コロナの娼館はキールの家が経営してたりする。奔放してるのにしっかり家の客引きをするキールは偉いねぇ。こんなだから家族はキールの少々のわがままを聞いてあげるんだろう。俺といるのもわがままのひとつだったはず。
それにしてもアベルは年頃の男だけど、妹の前ですること?
「おおおお俺も結構です!まっ間に合ってます!」
アベルがどもりながらぶんぶん首を横に振っている。そんなに拒否しなくてもいいのに。コロナはああだけど、娼館の女って癒されていいものだ。必死に媚びを売る様が惨めでね。
娼館のよさについて語ってやろうかと思案していると、顔を赤くするアベルの横、イネスが若干複雑な表情をしているのが目についた。下世話な会話を聞きたくなかっただけかもと思うも、妙にひっかかる。
「そうか…街に来たばかりなのにもう女を繕ったのか。でもな…」
ああ、そうか。このキールの言葉に閃いた。確信するものはない。でも、これは当たりだと直感が告げる。アベルは街に来る前から女がいた。それもとても近しい存在みたい。
自然と頬が緩んでいく。未来の英雄殿は実の妹と愛し合っていると。禁断の愛ってやつだね。
「カインさんも笑ってないでキールさん止めてくださいよ!なんでこんなに誘ってくるんですか!?」
「行ってみればー?いろんな女食えるしー」
「食えっ!?カインさん!」
「一人だと飽きない?」
「飽きません!!」
「でもでも、抱き心地ってみんな違うから楽しいよー」
「カインさん~~っ!!」
「お前ら女の子がいるとこでやめろ!」
「いてっ!」
イネスの反応を見るためにキールに便乗したらマスターに本日二度目の拳骨をもらった。なぜ俺だけ。
当のイネスはというと、どこかほっとした様子だった。兄が娼館にまったく興味を示さなかったのがそうさせたようだ。
「興味がないならしょうがないねー。諦めようよ、キール」
「行きたくなったらいつでも言え。紹介してやる」
「結構です!」
さてと。無駄話はこれくらいにして、マスターのお許しが出たことだから帰ろうかな。
「それじゃ、マスターに甘えて帰りまーす」
「まだ早い時間だが…いいか。いつも遅くまでいてもらってるしな」
「さっすがマスター。話が通じるー。じゃあまた明日ー」
にっこり笑ってマスターと兄妹に背中を向けた。キールは当然のように俺の左側についてきている。三人に聞こえない声量で話しかけてきた。
「何笑ってたんだよ」
「恋には障害がつきものってやつー?」
「まだそのネタ言ってんのか」
言いたくもなるよ。キールには今伝えてもいいけど、帰って寝るのもいいけど、今からケルルたちのところに行こうと思ってるんだ。その時に二人と一緒に教えてあげる。
「あとで教えるから楽しみにしててよ」
何度考えても面白い事実に腹から湧き出る笑いを噛み殺してギルドのロビーに戻る。俺を見た何人かは顔を青くしてさっとうつむいているのをよそに、ケルルたちがいると思われる場所に向かった。