魔力
キールは俺に肩を竦めると腹をさすりながら立ち上がろうとしているアベルを見た。思った以上に歯ごたえなくて肩透かしくらった気分なんだろう。
「剣筋が一辺倒すぎる。速さで押し切ろうとするのもよくない。だが、咄嗟に強化して防御したのはいい判断だった」
振り返るようにキールは瞑目して駄目だしと褒めるべき点を述べた。ちゃんと指導してる。
「まったく歯が立たなかった…キールさん強すぎます」
「そりゃあこのギルドでも指折りの剣士だからな」
自信喪失しているアベルにワハハとマスターがキールの背中を音をさせて叩いて笑っている。叩かれているほうは迷惑そうだ。マスターは加減を知らないから痛かろう。俺も拳骨が痛かった。
マスターの餌食になったキールを憐れみを抱きつつアベルに近寄った。
「打たれたとこ大丈夫ー?」
イネスに支えられているアベルの手はずっと腹に添えられていて強化防御していても相当ダメージを受けたと知れた。イネスも苦痛に顔を歪める兄の顔を心配そうに見ている。
「全然痛みが引いてくれないです」
「んーどうしようかー。俺、癒し魔法使えないんだよねー。マスターとキールも使えないしー」
このあとアベルの魔法も見たかったんだけど、もう少し手加減してほしかったなキール。この様子だとアベルとイネスも癒し魔法使えないようだし。しょうがない、奥の手だ。
「アベル、手をどけてくれるー?」
「?はい」
そっとどけられた手と入れ替わるように手を添える。それなりに鍛えてあるみたいでしっかりした感触が服越しにでも伝わってきた。患部辺りを確認して気づく。痛みから守るためかうっすらと強化してある。戦闘用までではないから触るまでわからなかった。
「強化も解除してくれる?」
「わかりました」
患部を再度確認する。うん、何もない。
「ちょっとだけ変な感じするからね」
真剣だったら胴が真っ二つになっていただろうあとをゆっくりと魔力を流しながら撫でていく。本当はあのくらいの強化の薄さだったら気にしなくてもいいけど、なるべく手の内を明かしたくない。黙っておくほうが何かと都合もよくもある。
「カインのやつ何してんだ?」
「跡魔法ですよ」
「ほう。これもか。初めて見る」
「基本的に結界を作る時にしか使ってませんからね」
マスターは興味津々に、キールは特に何も思ってない顔でこちらを見ている。
患部より広めに魔力を流し終えて手を離す。弱すぎずかといって強すぎずの微妙な塩梅で特殊に変化させた魔力はすぐに効果を見せてくれた。
「うっひゃぁ…」
アベルの体がそわそわし始める。だから変な感じするって言ったのに。自分には効かないからどんな感じかわからないが、キールいわくむずむずびりびりするらしい。気持ち悪そうだ。
患部にすべての魔力が染みこんだのを見て取り、効果が出ているか確かめるため手のひらを握った。
「ちょっ!カインさん待ってください!殴る気ですか!?」
「そんなに元気に叫べるなら大丈夫。いくよー」
「兄さんがんばって!」
全力でいきたいところをぐっとこらえて、小突くくらいの力で腹にこぶしをぶつけた。あまり威力のないそれは力んだ腹筋に簡単に阻まれてしまう。
「いいいいいっっったくない!?」
うるさいなー。近くで叫ばないでよ。
「なんで!?癒し魔法使えないんじゃないんですか!?」
「ただ麻痺させただけだよー。だからギルドに薬草もらって帰ってね?夜には効果が切れるからー」
「こんなことまで!跡魔法すごい…!」
「結界も不思議でしたけどこれも不思議ですね!」
患部をつついて俺の魔法に感動している兄妹に言う。俺が麻痺性を高めていたら最悪死んでいたかもしれないのに呑気なものだね。これがどれだけ強力な魔法か気づかない程、頭はお花畑みたいだ。
「お前そんなこともできたのか」
兄妹と違って頭に花が咲いてないマスターが目を細める。探られるのは気分が悪い。いささか強引でも話題を変えよう。
「俺が何できようとどうでもいいじゃないっすかー。今はアベルがどんなもんか見ましょうよー」
「どうでもよくないが、まあいい。アベル、魔力の性質は?」
「燃えやすいです」
「じゃあ火系が得意なんだねー」
魔力の性質は人それぞれ違う。多いのは無系。どの属性の魔法を使おうと思えば使えるが、無系の性質的問題と、それによってどれも中途半端な性能になるのでこの系統の人間が魔力を使うといえばもっぱら強化だ。無系の特徴としても己の体と馴染みやすいというものがあるから頷ける。そして強化は強化でもアベルの使ったなんちゃって強化の比ではなく強力だ。目にも止まらぬ速さで地を駆け、空気を震わせる一撃は固い岩をも砕く。魔力を強化に全部振り切っているからこそできる超人的な動きは下手な魔獣では足元にも及ばない。
キールやマスターが無系で、この二人の手合わせは属性魔法を使ってないのに周囲を破壊するのでいつも結界を張っている。もしもアベルが強化を使いこなしているなら激しい戦闘になるかと思ったので結界を張った。杞憂に終わったけど。
逆に無系以外の性質――属性性質はそこそこしかいない。俺はこっちの属性性質。無系とは反対に、アベルのように燃えやすい性質、結露させやすい性質、温度を変化させやすい性質などがある。性質によって得意属性が変わり火系、水系、風系などとなっている。一般的に性質まで気にかけることはなく、属性魔法を発動してみて使いやすい使いにくいと判断することになる。だいたいそれで合ってるからいいと思う。
でも、魔法を極めようと思えば性質まで知っていたほうがいい。たとえば、同じ火系が得意な燃えやすい性質と熱する性質。前者はとにかく火力に偏った性質。特有の高火力を風系と組み合わせて使えば広範囲を焦土とするのも可能だろう。しかしながら水系との相性は最悪で、この性質の者が水系魔法と合わせて使うとせっかくの燃えやすい性質が台無しになってしまう。
対して後者の熱しやすい性質は燃えやすい性質より火力は下がるが、水系魔法との相性も悪くない。火系魔法を使いながら水魔法を使うことができるので火力頼りの燃えやすい性質より魔法の幅が広がる。
そんな属性性質も強化は使えるのだが無系よりも己の体に魔力が馴染みにくく近接戦において無系には基本的に敵わない。つまるところ、こと戦闘については扱いにくい属性性質より無系が圧倒的に有利である。
また、どちらにも共通していることもある。魔力の量による有利不利だ。個人個人で身に持てる保有量は違い、多ければ多い程よい。当たり前だよね。そのぶん、より長時間強化できてより多く魔法を使えるのだから。
「実は、性質は祝占師に教えてもらったんですけど一度も使ったこともないんですよね、魔法」
「属性魔法なんて普通に生活してたら使わないしねー」
火を起こしたり水を出したりなんて、普及している安価な魔道具でも事足りることをわざわざ魔法でやろうとは思わない。
「でも戦うんなら無系がよかったなー」
「私は属性性質も珍しくていいと思うわよ?」
アベルは残念そうに眉を下げる。そのまま落ち込んでてほしいものだけど、戦闘は無系という既成概念を覆すものがある。印だ。印を持っている者は無系、属性性質にかかわらず魔力が体に馴染みやすい特性がある。この特性のおかげで印持ちは英雄となるのだ。印持ちは必ずと言っていい程なんらかの属性性質があり、無系強化と同じ強化を使える。魔力保有量も多いと聞く。今は雑魚のアベルも順当に育てば理論的には怪物となりうる。なりうるだけで、どれだけのものになるかは本人の資質と努力次第である。
マスターが印持ちの特性についてアベルに教えている。みるみるうちに表情が輝いていく。ぶん殴りたい。
「どっちも極めてみせます!」
「…鼻っ柱叩き折ってやる」
意気込む声にキールが小声で明け透けな感情を吐露するのだから吹き出してしまった。俺しか聞こえていなかったのでキール以外の三人に不審な目で見られた。
「なんでもないよー。それよりちょっとだけ魔法使ってみよう。案外簡単なんだよ」
笑って誤魔化す。ちょうど目線がこちらに向いているので手をアベルのほうへ出して火魔法を使った。魔力を燃やして手のひらサイズの炎を維持する。いそいそとアベルが真似しようとしていた。
「これより小さいのをイメージしてみてー。燃えやすい性質だから控えめにねー」
「はい!」
険しい顔で数秒自身の手を見つめていたが、一向に火が現れる気配がない。魔力の流れを見てみるとてんで不規則で魔法が発動しないのに納得した。それでよく強化が使えたものだ。いや、その素質が印持ちというやつなのかもしれない。
「自分の魔力ってわかるー?」
「なんとなく」
「じゃあ強化する時みたいに手のひらに魔力を持ってく感じでー」
「はい」
よしよし。拙い流れでも魔力が集まっていく。
「それに発火石で火をつけるイメージ。魔力は蝋燭だよー」
発火石となるのも魔力なのだけど余計なことは言わない方がいいだろう。
「はい……おおっ!できた!って、あああ!!くそっ消えた!!」
ぼっと一瞬だけ炎が上がり消滅した。下手くそー。心の中で見下し、自分の火を消して項垂れるアベルを励ますように言う。
「マスターなんか全然魔法使えないから使えるだけましだよー」
「るせーぞ!それ言ったらキールだってそうじゃねーか!」
「少しくらいだったらできますけど」
キールは人差し指の先に火を灯して見せた。さすがキール。無系なのに指先とはいえ造作もなく火を点けたのは結構すごいことだったりする。実は実戦に使用するくらいにさらに威力を上げることも可能だというのは、俺と同じ理由で黙っておこう。
無系の性質の話に戻る。魔力が自身と馴染みやすいというのは裏を返せば他に干渉する力が弱い、ということで属性魔法を使おうと思うとだいぶ苦労する。普通の無系の人間は。
たまにキールに印持ち疑惑が持ち上がるがれっきとした徒人だ。高い身体能力に優れた剣術を操り、巧みな強化でそれらの能力を押し上げ、属性魔法を使い敵を翻弄しようとも、キールに印はない。
「今日お前らの新たな一面を見れた気がするぜ…」
「俺たちの一面を知ってどうするんすか。アベルを見てやってくださいよー」
俺たちを何か言いたげに見られても、わざわざ知られてないことを言うわけがない。
「マスターは放っておこう。今後のアベルについてなんだけど…」
「剣術については、それよりまず体づくりからしてもらう。鍛えているみたいだけど、ただ鍛えてるだけだから体をうまく動かせるようにな」
「はい!」
「俺からは魔法を教えるねー。こっちも基礎の基礎からやってもらうからそのつもりでー」
「はい!二人ともよろしくお願いします!」
あらかじめ分担を決めていた通りにそれぞれ指導する。かなりのひよっこなのでどちらも基礎作りからとなった。もう少しできるやつなら簡単な依頼を受けつつ、冒険者のイロハを教えるだけでよかったけど無理そうだった。
長時間、アベルといるはめになりそうなことに憂鬱に思っているとイネスが口を開いた。
「ところで気になったんですけど、カインさんの性質ってどのようなものなんですか?魔法を教えてくさださるので無系ではないですよね?」
「あーそれは」
いい感じに触れられなかったからこのまま言わずにすむと思ったのに。そう甘くはいかないか。