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蠢動2

 あれから目を覚ますと昼過ぎで、起きるのを見計らったようにマスターが二階から下りてきて仕方なく食事をともにした。最初は外の飯屋に連れて行かれそうになったが断固としてギルドから出たくないと拒否した。

 マスターの愚痴や俺の生活態度の説教を聞き流し、適当な時間で仕事に押し戻してやった。そうして一人になってすることと言えば何もないわけで。だから三人が帰ってくるまでソファに寝そべってだらだら過ごした。一応狼藉を働く者がいないか目を光らせているから、マスターを筆頭にギルド職員たちは俺のだらしない姿を黙認している。

 まあ俺がいようがいまいが寝てようが起きてようが、騒ぎは起こらないと思うけどね。他の街じゃあ冒険者同士のいざこざなんてしょっちゅうらしい。それに比べてここは滅多に騒ぎは起こらない。昨晩の出来事はマスターの不在と酒の力のせいもあって惨劇へと至ってしまったが昼間なんて平和なもんだ。なんてたってここにはこわーいマスターがいるんだもの。


「さて、帰りますかねー」


 最後まで終業処理をしていた職員が帰ったことでやっと自分もお役御免となる。薬草採りに行った三人は予想通り夕方に戻ってきて、少し休んだあとクンツとケルルは家に帰った。今ギルドにいるのは、俺とキールと酒場になったスペースにいる冒険者たち、それに上階にいるマスターだ。その上階にいるマスターに声をかけると仕事の終わりである。


「職員みんな帰ったから俺らもお暇させてもらうっすねー」


 階段上がってすぐの正面。マスターの仕事部屋にノックもせずドアを開けて顔だけ出して部屋の主を見る。キールは背後に待機している。


「おう。お疲れさん」


 厳つい姿形に似合わない事務処理をこなしているおっさんから労いの言葉をいただき、この場を辞する。毎日毎日面倒だ。でも声をかけなければうるさい。多少の手間は我慢するしかない。

 階段を下りギルドのロビーを通り過ぎて外に出ればすっかり日が落ちていて辺りは閑散としていた。冒険者ギルド周辺は主に冒険者向けの店が立ち並んでいるので、夜も更ければ人通りも少なくなる。店主は居住区へ、冒険者も居住区かギルドとは違うところで飲んでいるか。とにかくギルドの受付が閉まればここには用がないから人もこない。

 ぽつぽつとしか人影のない石畳を歩き出した―ところで約束を思い出した。左にいるはずのキールに話しかける。


「キール」

「ん?」

「コロナのとこ行くから先帰っててー」

「わかった」


 俺が住んでいる貸家の隣の部屋がキールの部屋なので必然的にいつも一緒に帰っている。朝も、今日の朝だけ特別というのでもなく毎朝ともにギルドに出向いている。だもんで、よく一緒にいることから他人にキールとできてると言われることもあるが断じて違う。俺もキールもそっちの気はない。俺たちの関係はたとえるなら飼い主と犬だ。飼い主が俺。キールが犬。ついでにクンツとケルルも犬。けどそんな関係も俺が強要したものじゃなくてこいつらが勝手にしていることだ。何が楽しくて餌も与えられないのに俺に付き従っているんだか、当の俺にはわからない。わからないが、三人とも何かと役に立つので助かっている。

 ギルド前の通りから少し進んで十字路になった大通りに出る。直進すれば領主館、左に行けば居住区、右に行けば夜の街に続いている。そこでキールと別れて俺は夜の街に向かう。等間隔に並ぶ蓄光石の街灯を頼りに、喧騒にまみれる酒場の集まる区画を抜けるとやがて街路にたたずむ女たちがちらほら見え始めた。彼女たちは安宿で売りをしている者で通りがかる男に声をかけ、まとわりつき誘い込む。言ってるそばから俺に近づいてくる女がいたが無視して安宿の区画も抜けた。

 先ほどの区画よりも断然に静かでたちんぼはおらず、歩いているのは身なりのいい男が数人。俺の服装は軽鎧なので浮いてしまっている。しかしそんなのお構いなしに突き進んだ。大きな館をひとつ、ふたつ、みっつ過ぎて次の館。この街で一二を争う高級娼館――ラ・トラヴィアータ。ここに目的の人物、コロナがいる。

 大きな門をくぐり、手入れされた庭園を横目にエントランスに入る。


「いらっしゃいませ」


 すぐさまやってきた従業員の男が頭を下げたあと俺を確認すると、後ろに控えていた別の従業員に目配せし俺にはラウンジで待つよう言ってきた。数分後、目配せされていた従業員が呼びにきて館内に通される。赤白金を基調とした上品な装飾のなされた廊下を進み、三階一番奥の部屋で止まった。


「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 貴族相手のような深いお辞儀をして従業員は去った。目の前には美しい蝶が彫られた木製のドア。ノッカーを二度叩いて少し待つ。物音ひとつしない静謐な廊下にドアノブを捻る音がやけに響いた。開いていくドアの隙間から生白い細腕が伸びて、無抵抗の俺を思いっきり中へ引きこんだ。明るい廊下から間接照明しか灯されていない場所にいきなりきたから視界が慣れずに暗い。肩口から甘い匂い、体の正面は温かく柔らかなものに包まれる。


「コロナー」


 唐突な行動にたしなめるために名前を呼ぶ。でも本人は聞こえないのか肩に頬ずりしながらうわ言のように俺の名を呟くばかり。


「カイン、カイン、」


 主人の帰りを心待ちにしていた猫みたい。ただでさえ体を密着させているのにさらに押しつけてくるものだから、閉じられた背後のドアに身を預ける。薄い夜着だけをまとった体の体温が上昇し、恥じらいもなく股を太ももに擦りつけてくるさまはいかにも卑しい娼婦だ。このまま眺めるのも一興だけど、今回はとめさせてもらう。


「コロナ。いい加減離れろ」


 発情猫と化したコロナに普通に声をかけたところで聞いてないので、耳元でいつもより強い口調で言う。途端に体を震わせ、恐る恐るといった体で見上げてきた。部屋の奥からの逆光のせいでせっかくの菫色の瞳はただの暗い色にしか見えない。それが一瞬怯えを見せただけでまたとろんと溶ける。もうなんなのこの発情猫。


「あうぅっやっぱりガマンできないわぁ。ねえ?先に一回やっときましょうよ」

「少しくらい我慢しなよー」

「私はずっとガマンしてるわ!だからね?お願い、しましょ?」

「いやですー…ってちょっとーどこ触ってんのー」


  手早くベルトが緩められてするりと手が入り込んできた。下着の上から手が刺激してくる。


「その気にさせるためよ、でもなんかちょっと腹が立つわね。私だけ興奮して、あなたはまったくなのね」

「逆切れとかやめてよねー」


 いちいちこのくらいのことで興奮なんかしないって。してたらコロナに精根吸い尽くされる。他の男はどうか知らないけど、俺はもっとすごいのじゃないとやる気が起きない。


「そうだな…せめて指くらい切ってくれれば今すぐ犯してやるけどー?お前は顔がきれいだからね、いい顔するんだろうなぁ」


 侵入していた手を左手で掴んで、右の人差し指と親指でとりあえず細く伸びた中指を摘まむ。細いくせに弾力があった。この皮膚の下に肉があり血管があり骨がある。力を加えていけば千切れる。またはナイフがあれば切り落とせるだろう。そうすればきっと、美しい顔が苦痛に歪んでくれる。


「…あぁ、でも駄目だ。コロナはそんなことしても喜んじゃうか。それに商品を傷つけるとさすがにまずい」


 ちょっと想像してみたけど現実的に考えたらすっと冷めた。やっぱりコロナ相手にコロナ並みに発情するのは無理だ。興奮しかけてすぐ冷静になったからコロナが不満そうに口を曲げた。


「カインのことは好きだけど、そういうところは嫌いよ」


 もういいわ、と言わんばかりに不機嫌そうに体を離された。勝手に盛ってきてそれをあしらえば、こっちが悪者扱いされても困る。せっかくきたんだから最終的にはやるにはやるけどすぐではない。

 二人に間ができたことで、コロナの装いがはっきりわかる。七分袖の大きく胸元が開いた白いネグリジェ。飾り気のないそれは豊満な胸に押し上げられ、そのいただきもまた小さく盛り上がっているのが見てとれる。視線を下にやれば先ほどまで擦りつけていたために、スカートが内股に貼りついて局部の線を浮き立たせていた。明るい場所なら薄い生地、地肌の色まで透けたと思われるがあいにくここは薄暗い。残念。


「なんで今そういう目で見てくるのよ。さっきその目をしてほしかったわ」

「さっきって、コロナがくっついてて見えなかったしー」

「んっ」


 言いながらいたずらに胸の粒をつねると艶のある声が漏れた。期待の混じる視線を受けて、手を離す。垂れた目尻が非難がましくつり上がっていく。


「あとでね」


 頭の中がやることで支配されているコロナに苦笑する。薬でも飲んでるのかと疑いたくなる色ボケっぷりだ。

 色狂いはほっといて体が解放されたので緩められたベルトを締めなおして部屋の奥に進む。窓際に二人掛けのソファとテーブル。右手に二人で使ってもまだ余裕があるベッド。ベッド脇には小さなチェストがあり、まあアレな道具が入っている。ベッドのさらに奥には体を清める浴室。

 俺は二人掛けのソファに座り、テーブルにあるクローシュを取っ払って置いてあるサンドイッチに手をつけた。俺が来る時はいつも用意してもらっている。夕食を食べずにここに来るためだ。

 高級娼館だけあって、出てくる料理の素材もこだわっているようでパンは柔らかいし具材も新鮮でおいしい。慌てて食べなる必要もないのでゆっくり咀嚼しながら立ったまま不貞腐れるコロナを見た。

 手招きするとむすっとした顔のまま、開けていた右隣に収まってきた。そのまま右腕に絡みつかれる。座ってもいいけど食べてるからやめてほしい。でも、それを言うと無理やり襲われそうなので黙っておく。仕方なく左手で食事を再開する。たまにコロナの口元に持っていけば素直にかじってくる。

 あとのことを考えて腹いっぱいになる前に手をとめた。満腹で運動するのは体が重くなる。水差しからグラスに水を注いで一口飲む。


「コロナ」

「…なによ」


 自由な左手で、コロナの側頭部から触り心地のいい髪を楽しんでから頬に手を添えてこちらを向かせる。近くにある照明が入り口では暗いだけだった菫色をきれいに見せていた。この宝石みたいな瞳を舌で愛撫してあげたい、そのままえぐりたい、潰したい、などというあまりにも不純な衝動は見ないふり。このくらいの煩悩は我慢できるけど、隠さない。


「俺が来ない間、誰が来た?」


 コロナ相手だから隠すつもりのない欲望がわかったのだろう、コロナは一瞬身を固くしてそっと口を開いた。身を固くしたのは怖いから?期待したから?本人じゃないのでわからない。


「領主の補佐が来たわ。あとは、金だけは持ってるやつらだけよ」

「ふーん…じゃあ、何か聞けた?」


 無意識に動く親指がコロナの右目付近をうろつく。合わせて菫の瞳も動くのだから面白い。

 ぽつぽつと語られるのは、コロナが領主補佐から聞き出した情報は知っていることもあれば知らないこともあった。


「なるほどねー」


 一通り聞き終わって頷く。コロナが覗き込んできた。


「やるの?」

「さあね。会ってみないとなんともー」


 これ以上考えても答えなんか出ない。聞きたいことも聞けたし、ならここですることはあとひとつ。コロナを右腕から引きはがしてベッドに移動する。軽鎧を脱ぎ捨てて肌着だけになる。


「情緒のかけらもないわね」

「盛ってきた女に言われたくないね」


 後を追ってきたコロナが言葉とは裏腹に嬉しそうに言う。それに言い返してその体をベッドに沈めた。もう逃がさないとばかりに背中に腕を回される。


「他の男に抱かれた分だけして」

「無茶言うなよー。俺の限界超えるっつーの」

「カインがあんまり来てくれないからじゃない」

「万年発情猫にはここがお似合いだよー」

「カインだけのものにしてくれるなら会うたび発情しな…」


 雰囲気もへったくれもなく至近距離で言い合いが始まりそうだったので、まだ何か言いそうだったコロナの唇を塞ぐ。開いていたから舌も突っ込んでおいた。俺の性格的に言い合いが始まれば相手が黙るまでやめない。コロナも似たような性格だから先に進まない気がしたので強硬手段だ。

 何も感じないと勘違いされがちだが、俺だって性行為は普通に気持ちいい。時折漏れるコロナの苦しげな声と口から伝わるぬるぬるした感触が体を高ぶらせていく。

 気分が乗ればあとは欲望に任せて行動すればいい。壊してしまわないよう、少しの理性を残して。コロナはもう快楽に溺れていて。コロナが音を上げる夜更けまでしっかり可愛がってあげた。

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