蠢動1
ハンターギルドは一般的に冒険者ギルドとも呼ばれている。危険な場所へ赴き、魔獣の素材や珍しい薬草の採取、遺跡に眠る財宝の発見などを生活の糧にしている人々を一元管理するのが主な仕事だ。遺跡の探索や各地を放浪する人々もハンターギルドに所属するため、ハンターよりも冒険者のイメージが浸透している。ゆえに冒険者ギルドと親しまれているのだ。
そんな冒険者ギルドに俺はギルド付きの冒険者として所属している。ギルド付きとは、ようはパシリである。昨晩のようにマスターが職員の帰った時間にギルドを空ける際の留守番だとか、誰もやらない低級魔獣の駆除とか、それらをギルドから依頼されて請け負うのが仕事である。依頼がないときは自由行動も可能。ギルドにきた依頼を請けてもいいし、惰眠を貪るのもあり。ただしギルドから召喚がかかれば赴かなければならないので各地を旅することはできない。しかしギルドの許可が出れば数日程度ならギルド付きとしての依頼を断ることもできるので、がちがちに拘束されているというわけでもない。
そしてギルドから給金が出るのだから小遣い稼ぎにはもってこいだ。特段、生活費には困ってないが金はあって困るものじゃない。怠け者の俺のための仕事といえよう。
「寝ながら歩くな」
「ぐぇっ」
うつらうつらしながら歩いていると服の後ろ首辺りを引っ張られて意識が若干覚醒…しなかったのだが苦しかったので恨みがましく左隣にいる人物を見やる。俺より少し上にある黒茶色のきりっとした目は簡単に俺の視線を受け流した。
髪は黒くて目の色と合わさって異国風な外見のなかなかに顔の整った野郎だ。先祖に異国の血が混じっているらしいこいつは俺の幼馴染になる。名をキールという。キールも俺と同じくギルド付きだったりする。
「何すんだよー」
「人とぶつかりそうになってただろうが」
「避けさせればいいじゃん」
「は?何様だよ」
「カイン様ー?」
「自分で言っちゃう?」
「おう。苦しゅうない」
「なんだそれ」
いつものように他愛ない会話と昨晩の話をしながらギルド前に着くと緊張した面持ちで三人の男が立ち竦んでいた。なんだありゃ。まあ関係ないことだから無視して中に入ろう。
そう思って近づけば、男のうちの一人と目が合った。すると、緊張状態にあった顔がさらに強張っていきなんとも不細工な表情になっていった。
「あっ…あっ…」
え?何?きもいんだけど。なんでいきなり喘いでんの?なんかそういうプレイ?でもごめん。俺、男の趣味ないし付き合う気もないから。他の二人もぷるぷると何かに耐えるように震えている。隣のキールをうかがうとゴミを見る目で三人組を見ていた。
視界に収めるのが嫌で内心ゲロを吐きつつ、ノータッチで今度こそギルドに入ろうと足に力を込める。
「あああああああの!!!」
声を震わせてかなりどもった声が動き出そうとした俺たちを引きとめた。プレイ中の男だ。
「あ、あの、あひゅ、その、」
あうあうと言葉にならない言葉をしゃべり続ける男など一体どこに需要があるんだ?
冷えた目でどもっている男を射抜くと一層体を震わせた。とうとう音が出なくなった口はぱくぱくと開閉するだけになる。
うざいだけだから呼びとめられたけどいいや行こう、と思い至ったところで次はキールが俺の行動をとめた。
「お前に謝りたいんじゃね?」
「は?謝られるようなことされてないけどー」
わけわからんことで足踏みさせられたことでイラついたのが声音に出てしまう。一段低い声のセリフでまた男たちを縮こまらせた。そもそもなんもしてねぇのにびくびくしやがって。んな怖いなら話しかけんなっつの。
「昨日、暴れたやつらの中にいたんじゃないかってこと」
キールの言うことに全力首肯する男三人。
ああ…そんなこと。さすがの俺もあれしきのことで怒らないって。今までだって多少迷惑かけられたことはあるけど、一度だってキレたことはないはずだ。こいつらの中の俺のイメージってどうなってるんだろうな?
聞いたところでどうでもいいか。とにかくこの場から去りたい。
「別にどうも思ってないからさー。もう行っていい?」
「はっはい!!ほんとすいやせんっした!!」
矢面に立った男に続いてあとの二人も頭を下げた。
さすがに気が済んだだろうからさっさと男たちを視界から消して、やっとギルドに入ることができた。スウィングドアの隙間からこちらの様子をうかがっていたやつは慌てて目をそらしたりその場を離れたりしだす。昨晩暴れたうちの人間だろう何人かが、外の男同様頭を下げてきた。なんも思ってねーって言ったのに本当うっざいやつら。
舌打ちしたいのをこらえて足早に定位置であるソファに向かう。ギルド入り口から左右に広がる大きなロビーがあり、入って右側に受付の窓口とギルドにきた依頼を張り出す掲示板。左側に昼は軽食屋として夜は酒場になる空間がある。昨日の事件現場だ。右側しか見えない俺の視界には、冒険者たちが依頼を確認するためにごった返しているのが映っている。
ソファは入り口真正面、上階にあがるための階段の近くに置かれている。ギルドに入ってすぐ目につくので嫌なのだがロビーを見渡せること、マスターのもとにすぐ行けるなどからこの場に設置された。
そこには先客が二人いて俺が入るなり嬉しそうにしているのがわかった。金髪の爽やかな男とフードを深くまで被った怪しい男は今にも飛びつかんばかりに俺を待っている。
「おはよーございます!!」
「…よぉございますぅ」
近寄れば周囲の喧騒をものともせず大きな声で金髪男ことクンツが挨拶してきた。続いてケルルもフードからわずかに瞳をのぞかせて小さく挨拶してくる。それに適当に返事をし、ソファに身を沈める。視界の左右が反転して、テーブルに地図を広げながら相談している冒険者たちが見える。受注した依頼の難度や内容によってはパーティー内で話し合う必要があるのでよく見る光景だ。今日も存分に励んでこいよ。
「今日は何するんスか!!」
爽やかな見た目を裏切り、やや馬鹿っぽくうるさいと感じる声量でクンツが前のめりに問うてきた。ちなみに俺が座った時点でこいつらも座っている。床に。
「カインさんと、ならぁどこでもぉ何してもぉ楽しいからぁ、なんでもぉいいですよぉ」
ケルルがねちっこいしゃべり方でニヤついている。
「そうだねぇ…ケルルでもイジメてみよっかー?」
何しても楽しいとぬかすから冗談で言ってみる。ついでにつま先で隠された額をコンコンとつついてみた。
「ぐふっ…いいですよぉボクぅどっちかっていうとぉ責める方がぁ好き、ですけどぉカインさんならぁ全然きてぇくださいぃ」
えぇ…本気にしちゃったよ。目がマジだよ。隣のクンツも引いてるよ。
「冗談だから。真に受けないでよねー」
あからさまに落胆した様子のケルル。知ってたけど難儀な質だな。人のことは言えないけど。
「喜ぶ相手イジメても楽しくないでしょ?」
「やっぱそうっスよね!嫌がる顔!絶望していく姿は最高っス!」
俺に賛同したクンツの爽やかスマイルから吐かれた言葉はおおよそ爽やかではなかった。そのギャップに笑う。ケルルもがっかりしているが、クンツの言うことに首を縦に振っている。クンツもケルルもどうしようもねーやつ。もちろん俺も。
よくこんな人間が同じ場所に集まったものだとある意味感心していれば、俺がソファに座ってから離れていたキールがマグカップ片手に帰ってきた。夜のおやっさんとは別に、昼間はおばちゃんが軽食屋を仕切っている。そこのはちみつジンジャーを飲むことから俺の一日が始まるといっても過言ではない。寒い日はあったかく、暑い日は冷たくしてあるので年中愛飲している。
渡されたマグカップから一口流し込む。うまい。
「こんなとこで物騒な話すんな」
「聞こえてた?」
「いんや。顔でわかった」
「あー、悪いこと考えてるカインさんってめっちゃ顔に出るっスよねー」
「そうかなー?」
自分ではいまいちわからない。見えないからね。
「そぉですよぉその顔がぁまたぁ結構、ぐふっいぃんです、よぉ」
「誰だよ、ケルルを旅立たせたのは」
「カインさんっス!」
どうしてくれんだコレ、と半眼のキールが無言で語ってくる。確かにケルルが今の状態――俺たちは旅立つと呼んでいる状態になるとなかなか戻ってこない。意思疎通はできるけど、いつも以上に危ない人になって相手するのが厄介なのだ。
「なっちゃったもんはしょーがない。そのまま薬草採りに行ってこーい」
「カインさんは行かないんスか!?」
ケルルがそんなだから行くわけないじゃーん。相手するのめんどくさいんだよー。という気持ちを込めてしっしっと手を払う。ま、ケルルが正常でも行くつもりはなかったけど。
ぶーぶー文句を言うクンツを尻目にぐいっとはちみつジンジャーを飲み干す。すかさず左から伸びてきた手に渡してごろんとソファに寝転んだ。
「俺は?」
「一緒に行ってきてー。マスターが薬草採り誰もやんないってグチってたから多めにほしいかなー」
「了解」
薬草があらねば魔力薬が作れない。傷薬や風邪薬など、一般に広く使用されている薬は薬師ギルドが栽培し、自家精製している。対して魔力薬のもとになる薬草は自然にしかない。栽培を試みたもののどれもうまくいかなかったそうだ。
そんな薬草から作られる魔力薬とは魔法を使って減ってしまった体内の魔力を経口摂取で回復するもので、冒険者ならばよくお世話になっていることだろう。しかし栽培はできないが採取が簡単な薬草は、常に薬師ギルドから依頼が出ているものの駆け出し冒険者以外見向きもされない依頼なのである。必要なものなのに誰もやらない。だからこうして俺にやれと、そのお鉢がたびたび回ってくる。
幸いなことに栽培はできないが保存はできるので多めに採ってきておいたほうが、また採りに行く手間も省けるというもの。三人で行けば効率も採取量も上がってひと月くらいは持つ量が得られるはずだ。
三人を送り出し俺は何をするかというと、とりあえず寝る。帰るのが遅かったからそんなに寝てない。できれば午前は家で寝ていたかったけど、毎朝きちんと顔出ししなければマスターが家まで急襲をしかけてくるのでこうして足を運んでいた。顔こそ見せないが今日も俺がちゃんと来たのを気配で察知していると思う。粗野なくせに有能なおっさんで気持ち悪い。
俺がマスターに失礼な感想を心のうちで漏らしているとくいくいっと袖を引かれる。同時にケルルが口を開いた。
「カインさぁん」
「なにー?」
寝転ぶ俺と同じくらいの高さにあるため見えやすくなった灰色の目は正気を取り戻したようで、理知の光が灯っている。どこかうきうきした空気を漂わせていた。
「アレぇ、どぉでしたぁ?」
ケルルは両手の人差し指で自分の耳をつつきながら首を傾げる。間違いなく俺が留守番の時にしていた耳栓のこと。あれはケルルからもらったものだった。
「すごいねーアレ。遮音効果もあったから周りがうるさいの気にならなかったよ」
「くふっ!作るのがぁ難しぃかった、ですけどぉそぉ言ってぇもらえてぇよかったですぅ」
「ケルルだけ褒められてずりぃ!」
嬉しそうにくふくふ笑うケルルにぶーぶー文句を言っていたはずのクンツが今度はずるいずるいと騒ぎだす。なんなんだよお前は。親に褒められたい子どもか?俺はお前の父ちゃんじゃねぇぞ。
「お前ら、さっさと行くぞ」
「っス!」
「はぁい」
マグカップを返してきたキールが騒がしい二人に声をかける。座っていた二人が立ち上がった。右半身を下にして寝ているから三人の足しか見えなくなった。見上げるのも億劫でそのまま手を振る。
「いってらっしゃーい」
薬草が採れる場所は街から少し距離がある。今から準備を整えて出発すれば夕方に帰ってくるかな。と、帰還の時間にあたりをつける。
三人の意識が俺から離れたことで、ふわぁと自然とあくびが漏れた。そして遠ざかる三人の足音を聞きながら眠りについたのだった。