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三つの願い

作者: 真夏の雪だるま

私は旅行先で言葉を喋る黒猫に出会った。黒猫はこの国の観光ガイドをしてくれると言う。

その際、この国に起こった信じられない話を聞いた。その内容とは・・・


まだ、未完成です。少しずつ足していきます。

プロローグ - 出会い -


僕と彼女はリゾート観光地で有名なカステリーナ王国に昼を過ぎた頃、辿り着いた。ここに来るまでにはいくつもの飛行機を乗り継いだ。かなり長時間のフライトとなった。長時間、同じ姿勢だったので体が重い。後で宿屋に行ったらマッサージを頼む事としよう。それも出発の前日は突如、嵐が周辺を襲い、飛行機の出発も危ぶまれていた。だから私達は、やきもきしながらニュースを見ていた。正直、諦めかけていた。でも、運よく嵐は過ぎ去りこうして来れたわけだ。


うわぁー、海が綺麗。妻はいつになくはしゃいでいる。まるで子供の様だ。飛行機から外を見た時も思っていたけれど海が綺麗だ。透き通っている。エメラルドグリーンの海。白い砂浜。熱い太陽。海から漂って来る潮風が肌を優しく撫でる。彼女の髪は潮風が吹くたび、乱れた。それもまた妻の艶めく黒髪を引き立てる要素になっていた。今さらながら彼女が魅力的に感じた。南国だけあって気持ちが開放的になっているのかもしれない。実に素晴らしい。まあ、あそこに可愛い猫ちゃんがいるわ。こっちにいらっしゃい。あたしの事かい。わっ、猫が喋った。そんなの当たり前だろ。ははぁ~ん、お客さん、この土地は初めてかい。それならおいらが観光ガイドをしてやるよ。おいらの名前はミーア。見ての通りの黒猫さ。えっ、そんなに人間の言葉を喋る猫が珍しい。でもこの街では、よくよく探せばすぐに見つかるよ。なんせ魔法都市だからね。お客さん、何処から来たの。へえ~そんな遠くから来たんだ。長旅ご苦労様。ようこそ、カステリーナ王国へ。オー、マンマミーア。あっ、これはこの国の挨拶でようこそと言う意味なんだ。この国で観光するなら覚えておくと何かと便利だよ。お客さん、あそこの塔が見えるかい。あれが魔法ギルド、黒猫商会の総本山さ。あそこでは魔法の研究が日々行われているはず。そして、あれがこの王国を代表するカステリーナ城。どうだい美しいだろ。お二人の写真でも撮ろうか。ところでお客さんはこの城に纏わる呪われた伝説を知っている。へえ~、知らないんだ。それならおいらが教えてあげるよ。この城では昔こんな事があったんだ。


事の始まり


ああ、燃えている。我らが築きし魔法ギルド、黒猫商会が。千年にも及び繁栄して来た英知の結晶が。おのれ、カステリーナ王。我らが一体、何をしたと言うのだ。我らはただ純粋に魔法の研究に没頭していただけ。それなのにこの仕打ち。今までどれだけお前達のために魔法技術を提供して来たと思っている。魔法を享受しておきながら、お前にとって都合が悪いものは消す。それがお前のやり口か。あまりにもやり方が汚すぎる。我らが猫族だからか。見た目に判断しおって。そんなに人間は偉いのか。いつの日か必ず復讐してやる。この身が尽き様とも。呪ってやる。お前たちの子孫に至るまで。


第一章 サーヤ


誕生


カステリーナ王国に一人の赤ん坊が産声を上げた。おお、産まれたか。何と可愛いのだ。ほら、あなたも抱いて御覧なさいな。ああ、分かった。おお、何と軽い。まるで羽の様だ。うっかり落としてしまいそうで怖いな。ふふ、何を仰います。ほお、目元はお前に似ているな。でも凛々しい眉はあなたにそっくりですよ。はぁ~、でも希望を言うならば男の方が良かった。このままでは王家の血が絶えてしまう。そんな事は言わないで下さい。この子も私達の大事な娘ですよ。ああ、分かっている。あなた、この子に名前を付けてあげて下さい。そうだな。では月の様に白く美しいから月の妖精を意味するサーヤと名付けよう。おお、サーヤ。お前の名はサーヤだ。キャハハ。そうか嬉しいか。ははは。


ああ、この幼気な少女が後にあんな事件に巻き込まれる事になるとはこの時は知る由もなかった。


王様。何だ。お耳を。あの捕えた男の処分はどうしましょうか。そうだな、地下牢にでも放っておけ。もし、逆らう様であれば最悪、殺しても構わん。だが、決して妃の耳には入れるな。あいつの悲しむ顔は見たくない。承知しました。


地下牢にて これは、これは、我が愚弟、カルロス王子、久しいな。兄上、これはどういうおつもりですか。王族を牢屋に放り込むなど前代未聞だ。何かの間違いではありませんか。戯けた事を申せ。お前が罪人だからに決まっておろう。私のやり方に反対し、民衆を焚きつけ、革命を起こそうとした。これは国家転覆の罪である。お前がこうして牢屋に入っているのはその首謀者がお前だからだ。そんな、信じて下さい。私が兄上に逆らうはずがありません。私もお前が首謀者だとは信じたくはなかったよ。でも、お前が犯人だと多くの大臣が証言している。兄上、聞いて下さい。俺は何者かに嵌められたのだ。聞く耳もたん。もう、お前に会えないと思うと淋しいよ。兄上。さらばだ。おお、神よ。私はどうしたら良いのでしょう。あなたならば私が潔白であるとご存知のはずです。何故にあなたは沈黙を守られるのですか。謂れなき罪を私に被せた大臣たちが憎い。兄上、何故に。


コンコン。誰。私です。カトリーヌです。王妃、なぜ、あなたの様な人がここにいるのです。あなたがこの地下牢に閉じ込められたとメイド長のジョセフィ―ヌから聞きました。彼女は口の堅い女性です。口外される心配はありませんよ。お帰り下さい。ここはあなたが来て良い場所ではない。シー、黙っていて。鍵は彼女から預かっています。今、開けますね。あなたはその様な真似をしてはいけません。王にどの様な仕打ちを受けるか。我が身はどうなっても良いのです。槍で串刺しにされようが、火あぶりにされようが甘んじて受け入れます。ですから早くお帰り下さい。あなたにはまだ輝かしき未来があるのですから。実はあなたに隠していた事があります。・・・それは、我が娘サーヤはあの夜の一度の過ちで出来たあなたと私の子供だと言う事です。あの娘が私の。ですからあなたを見捨てる事など出来ません。さあ、開きましたよ。早く隙を見てお逃げ下さい。さあ、早く。


幼女期


黒猫を庭で見つけ、可愛がる。王は辞めろと言うので隠れて飼う。メイドにも手伝ってもらう。捨てられたのね。可愛そう。弱っているわ。ミルク、飲めるかしら。ミャー、美味しい。ミャー



少女期


サーヤ様、マーサ様、女の子は皆、眠り姫なのです。悪い魔法使いに呪いを掛けられて、ずっと眠っています。でも、いつの日か白馬に乗った王子様が現れて王子のキスで呪いを解き、目覚めるのです。あなた方二人にも将来、お似合いの王子様が現れる事でしょう。ねえ、お姉様、私達の将来の王子様はどんな方かしら。そうね、身分の差など気にせず、私を強引に連れ去ってくれる人かしら。手に手を取って逃避行するの。そして安息の地で二人仲良く暮らすの。サーヤ様、それは問題発言ですよ。それではマーサ様はどんな方を想像していますか。そうね、相手が来るのをずっと待っているのも退屈なものよ。そうだわ。私の方から相手を探しに行きましょう。私が迎えに行くの。やれやれ二人揃ってお転婆ですね。誰に似たのやら。それでは婆やの望みは何。私の望みはお二人が健やかに成長されて、お二人の結婚式に参列する事で御座います。きっとお二人ともお綺麗でしょう。


鏡よ、鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは誰、・・・なんてね。それはサーヤ姫、あなたで御座います。マーサでしょ。あれっ、バレちゃった、テヘ。上手く声色をかえたのだけどな。悪い冗談だわ。驚いた、ねえ、驚いた。心臓が止まるかと思ったわ。マーサは屈託のない笑顔をサーヤに見せた。若さゆえの過ち。けれど、マーサのあどけない顔を見るとサーヤは叱るに叱れなかった。


婆や、私、早く大人になりたいわ。みんな私の事を子供扱いするんですもの。私が大人になったらお母様の様に綺麗になっていると思うの。化粧をして、綺麗なドレスを着て、こんな風に踊るの。サーヤは一人、ワルツを踊った。そうですね。サーヤ様の場合、早く大人になるためには、食事を好き嫌いせずよく食べ、読書等で教養を身に着け、そして疲れたら十分に睡眠を取る事です。婆やは勉強ばかりさせたがるから私、嫌いよ。嫌いで結構。私はあなたの事を思って厳しく言っているのです。どうでも良いなんて思っていたら叱ったりしませんよ。は~い。良いお返事です。では次はバイオリンのお稽古ですよ。先生の元へ行ってらっしゃい。ああ、私は何時までお嬢様の側にいられるでしょうか。お嬢様の成長と共に私の死期は徐々に近づいていく。まだまだ死神にこの魂をやるわけにはいかない。お嬢様が独り立ちするまでは。絶対に。ああ、私の寿命がそれまで持てばいいが。


お嬢様、今日の夕食はあなたの好きなラム肉のステーキですよ。


淑女期


妹のマーサは恋愛に積極的だった。噂で美形な男性がいると聞けばすぐ、城下町に馬車を走らせ、お供の女性と一緒にこっそり見に行くほどだった。それに比べ、サーヤは、恋愛に臆病だった。心のどこかで昔、婆やから聞いた眠り姫の話の様に、運命の王子様が向こうから現れる事を期待していた。私が恋愛を出来ないのは私が悪いのではない。まだ、私にふさわしい王子が現れないからだと理由を付け言い訳をしていた。

困った王様は王妃と相談し、城で舞踏会を開くことにした。


舞踏会のシーン 一曲、踊って頂けますか。喜んで

リズミカルにステップを踏んだ。ターンをするとドレスの裾が宙に舞った。私に合わせて.



今までいつもの様に城に来ていた彼が来なくなった。手紙を送るが返事がない。彼の事が心配で心が休まらない。気になって。

おお、麗しの君、何故にあなたはそんなに美しいのか。あなたの美しさに比べればあの空の月も霞むだろう。ほら、見てご覧なさい。あなたが見上げた途端、月が雲隠れしました。



若き騎士

ああ、気高き王よ。何故分かって頂けないのか。私の偽りなきサーヤ姫へ愛を。姫が望むのであれば、私は迫りくる地獄の業火の中へもこの身を投じると言うのに。


王妃 

あなた、二人の仲を認めてあげましょうよ。


王様 

ふん、なぜお前の様な下級騎士に私の大事な娘を渡さねばならんのか。絶対に許すものか。


サーヤ姫 

ああ、二人とも私のために争わないで。ああ、私のこの美貌が妬ましい。


サーヤ姫の妹 

私からお姉様を取らないで。お姉様を一番愛しているのは私だけよ。


若き騎士の友人 

ああ、何と言う事だ。君はサーヤ姫に会うために僕を利用したのだね。僕に向けられたあの熱い視線は嘘だったのかい。絶対に君を許さないよ。


大臣 

くくく、王様、あなたの時代はもう終わりです。もうすぐ民衆がクーデターが起こすでしょう。



第二章 リー

誕生

リーが生まれたのはカステリーナ王国の隣国、サザネシアだった。

城下の外れスラム街だった。掃き溜めの街。その場所では皆、職がなくその日の食糧にも困っていた。

だから、犯罪は日常茶飯事だった。小高い丘の上にある教会の鐘の音が聞こえた。


エバ姉さん、何を見ているの。あれよ。エバは夜空を指差した。月を見ているとなんだか癒されるわ。どんな暗闇にも光は差し伸べられる。あの光の先には希望がある気がする。いつかきっと神様が救って下さるわ。

いいや、神はいないね。いるのなら僕達がこんな貧しい生活をしているはずがない。僕たちは神様に見捨てられたんだ。


幼少期

俺はこのスラム街から抜け出してやる。そして良い生活をするんだ。腹一杯食って、雨露を気にせずとも寝れる場所を買う。良いものを着る。



少年期

ほお、小僧。良い目をしている。野心に満ちた目だ。俺の後についてこい。悪いようにはしない。お前がついてくるのであれば、他の奴らにも仕事を紹介してやる。こんな場所から抜け出して這い上がりたいだろ。良い生活がしたいだろ。そうできるかどうかはお前次第だ。伸し上がってみろ。


青年期

日々、傭兵になるためのあらゆる体術や剣術の特訓に明け暮れた。

クーデターを起こす事になる。


第三章 黒猫ミサ

誕生

子猫期


ゴメンよ。私にはあなたを養っていけるだけの余裕が無いの。自分の食糧を確保するだけで精一杯。せめて良い人に拾われておくれ。母猫は小さい子供のミサを口に銜え、王室の庭に置き去りにした。ミサは街を放浪した。親切な人は僅かばかりのミルクをくれた。でも、そんな人は僅かだった。滅多にいなかった。ほとんどは黒猫を見るだけで嫌がり、嫌悪感を露わにした。しっ、しっ、あっちに行け。悪魔の呪いでも掛けるつもりか。悪霊に祟られる。そんなはずは無い。あんたの連れている白猫と同じニャ。差別するのはおかしいにゃ。私が皆とは違ってちょっと毛髪が黒いだけニャ。

それにしてもお腹減ったニャ。どこかに落ちていないかな。


あら、あなた、どうしたの。お姉様、こんな所に子猫がいますわ。

そんなみすぼらしい格好で外へ出歩くのは辞めて。土足でカーペットの上を歩かないで。

まあ、汚らわしい。新参者のくせに生意気な。姫様の寵愛を一身に受けるなんて。悔しい。妬ましい。どうにかしてやりたい。一泡吹かせたい。猫たちは皆、臍をかんだ。恨みを買った。

我が猫族の名誉を失墜させないで。ここは格式が高い、伝統ある王家の敷地。血統が優れた者しか入れない場所。あなたが簡単に入れる場所ではないわ。

まあ、野蛮だわ。これだから田舎者は。雑種は嫌なの。あらあら、誰かと思ったら

あんたも私と同じ様にゴロゴロしているだけじゃないの。それは違うわ。私の場合、そこにいるだけで気品があるもの。上に上がりたいなら、まず立ち振る舞いやマナーを覚えなさい。礼儀もなっていない。手始めに先輩を敬いなさい。歩き方、一つとっても違うのよ。考え方を変えなさい。改めなさい。私とあなたはそれだけで十分よ。

あなたとは違って修羅場を潜った数が違うのよ。

私は高級猫。あなたは痩せた野良猫。比べるまでもない。階級が違うのよ。

黒は痩せて見える。あなたは分かっていない。黒色は女を美しく見せるの。その色に見合う女性になりなさい。醜いアヒルはやがて白鳥に変わるの。あらゆる国の言葉を覚えなさい。あなたは賢いから出来るわ。それはきっとセールスポイントになる。さあ、優雅に塀の上を歩くの。

これがあんなに醜かった黒猫か。信じられん。

磨けばダイヤモンドの様に輝くわ。

月の見える丘で開かれる猫だけの舞踏会に参加するのです。

ミサは心を改め毎日欠かすことなく修行に没頭した。決められたスケジュールをこなし、さらに今日やったことの復習も怠らなかった。寝る前はお肌のケアをした。健康管理には十分注意した。

一流の女性になるためには猫と言えどもレッスンが必要です。ボイストレーニング、ダンスレッスン、筋力トレーニング、教養。

食事や服装も一流でなければ

颯爽と現れた。


成猫期


あの方は闇を統べる夜の王、ニャ王様だ。秘書のエリザベートが説明した。


ブラックな企業に就職


俺が良い仕事を見つけてやるよ。紹介された仕事場所はブラック企業だった。残業が多くて家に帰れないし、給料も安かった。日払い ああ、私は何て不幸なのだろう。では、この商品を全部売ったら給料をあげてやるよ。本当ですか。ああ。売りましたよ。ノルマ達成です。早く給料を下さい。そんなこと言ったかな。私は倉庫に積みあがっている商品も含めて言ったつもりだけど。ええー。この悪魔、人でなし。そうだよ。私は人ではない、悪魔だからな。あくまでも。



マッチはいかがですか。お安いですよ。

はあ~手が冷たい。籠の中のマッチを売ったら家に帰れるわ。頑張らなきゃ。


後は転落人生だった。インチキ商売にさらにのめり込んでいくのであった。


第四章 運命


陰謀


ああ、我が愛しき息子、リーよ。王の娘、サーヤと結婚するのだ。どんな手段を使っても構わん。上手く王に取り入れば我が一族の繁栄は間違いない。やってくれるな。嫌です、父上。私は権力のために結婚などしたくありません。お前、誰か契りを結んだ娘でもいるのか。いいえ、その様な者は。ならば良いではないか。なあに、少しの間、我慢すればよい。もし、この計画がバレそうになったら、これを使え。これは。媚薬だ。これを使えば女はお前の思うままだ。お前は儂に似て美形だ。女の口を塞ぐのは得意だろ。


出会い


姫様、お命頂戴します。誰か助けて。待て、その者を離せ。誰だ、お前は。知る必要はない。お前たちはここで死ぬからだ。テヤー。大丈夫ですか、姫様。あなたは。名乗る程の者ではありません。さあ、早く逃げるのです。


はぁ~あの素敵な黒騎士は一体、どこの誰だったのかしら。もう一度、会ってお礼がしたいわ。そしてその後は・・・キャッ。恥ずかしい。


戸惑い


第五章 月のオルゴール


聞いてくれ、アリエス。何ですか、父さん。お前に話しておかなければならない事がある。今まで黙っていたが。実はお前には腹違いの妹がいる。お前はサーヤ姫を知っているな。ええ、勿論。この国に住んでいる者であれば誰でも知っています。王女の名ですから。実は彼女こそお前の妹なのだ。王妃と私の間で密かに産まれた娘。もし、その事が国王の耳にでも入ればお前の妹サーヤは王の怒りの刃に散るだろう。だからお前には身分を隠し、城に潜入してもらいたい。その準備は整っている。サーヤを、お前の妹を、兄として襲って来る魔の手から救ってやってくれ。彼女が安心して暮らせる様に。お前は陰から見守るのだ。良いな、アリエス。分かったよ、父さん。すまないな。私が王国から追われる身でなければ私自身が父親としてすべき事なのだろう。でも今は指名手配の身。正体がバレれば即、抹殺されるだろう。娘すら守れない頼りない父親ですまない。後は頼んだぞ。


すまない、僕と別れてくれないか。セリーヌ。どうしてですの。私たちはあれほど愛し合った仲ではありませんか。その通りだ。その通りなのだが。僕も先日まで知らなかったのだ。どうやら僕は生まれながらにして重い十字架を背負っているらしい。それは辛く厳しい道のりになるだろう。ですからあなたとは今後永久に結ばれる事はないのです。あなたにどんな被害が及ぶとも限らない。ああ、そんな事を仰らないで。アリエス。重い十字架であれば私が半分肩代わりしましょう。あなたが負担に感じない様に。そんな、あなたに迷惑を掛けられません。あなたが泣き悲しむ姿など私は見たくないのです。僕の事は忘れてくれ。君の記憶から。いいえ、忘れません。あなたと私が共に築いた思い出はそう簡単に消滅しませんわ。私、いつまでもあなたの事を待ち続けます。私がお婆さんになっても。いつの日かあなたが私の元へ戻ってくる日を信じ、楽しみにお待ちしております。



あちらの女性は誰ですか。ああ、あのお方は我がカステリーナ王国の第一王女サーヤ姫だ。お前の様な下賤な吟遊詩人には手の届かぬ高嶺の花だ。無駄な努力は考えず諦めろ。サーヤ姫。何と美しい名だ。ああ、せめて一度で良い、あなたと話す事が出来ないものか。お兄さん、お困りの様ですね。お前は。見ての通り猫です。ただし、そこら辺にいる猫とは一味違う。黒猫商会の営業部長、ミサで御座います。以後、お見知りおきを。そんなお前が私に何の用だ。くくく、焦らずとも良い。私どもは様々な魔道具を取り扱っております。お客様にはこちらの商品が宜しいかと。これは。月のオルゴール。蓋を開ければ月の聖霊が現れ、願いを叶えてくれます。真か、それは素晴らしい。これを頂くよ。有難うございます。ニヤリ。馬鹿な奴だ。欠陥品と知らずに。月の聖霊は治癒と死を司る者。扱いを誤ればとんでもない事になると言うのに。まあ、お蔭で商品が完売できた。


ほお、あの者の手に月のオルゴールが渡ったか。運命の悪戯とは本当に恐ろしいものだ。因縁の相手に渡ってしまうのだからな。それにしても神は罪な事をする。ふっ、まあ、神にとって人間など戯れに作った玩具に過ぎぬのだろう。いくら救いを求めても結局は、生かすも殺すも神の御心次第。我ら闇に生きし者が言うのも憚るが神の無邪気さは時に吐き気がする。それに比べれば我らが崇拝し、魔王様の何と優しき事か。我らに堕落と言う果実を与え給う。我らが欲するは知識。日々、知識を満たす事こそ我が糧となる。知識は追求すればするほど奥深い。創造の領域を格段に展開してくれる。この世の未知を解き明かす事こそ我が宿願。神の言う無欲な世界など退屈過ぎて欠伸が出るわ。それでお前はこの後、どうするつもりだ。はっ、黒猫商会としましてはこのまま傍観を決め込もうかと。あれは必ずや争いの種になります。放っておけば綺麗な死の花を咲かせる事でしょう。


王様、お願いです。姫を私の妻に下さい。駄目だ。何故、大切な娘をお前の様な吟遊詩人に渡さねばならん。出ていけ。出て行きません。姫を手にするまでは。強情な奴だ。王様は私の良さを分かっていない。ならば、姫への愛をこの調べに乗せて歌いましょう。そんな事をせずとも良い。それでは姫を頂けるので。駄目だ。だが、条件を出そう。お前は吟遊詩人だったね。今日から千日、私の前で物語を語っておくれ。それが出来たならば娘をお前にやろう。有難うございます。はぁ~王様はああ言っていたが千日も話す物語など私にあるはずがない。そうだ、吟遊詩人はふと閃き、懐からオルゴールを取り出した。気高き月の精霊よ、私の願いを聞いておくれ。吟遊詩人が願うと月の精霊は吟遊詩人そっくりの姿になり、王様の御前で歴代の英雄譚をその癒しの声で歌うように語った。すると王様はぐっすり眠ってしまった。しめた。姫様、今からそちらに行きます。待っていてくれ。


ああ、あなたはいつぞや、私の命を助けて下さった黒騎士。なぜ、この様な場所に。それはこっちが言いたい。姫様、なぜ、この様な危険な場所に来たのです。あなたの命をまた狙う者がいるかもしれないのに。私は怪しい者が城から出て行くのを見かけたので、こっそり追いかけて来ただけです。ああ、あなたと言う人は何て無茶な事をするのだ。早くお帰りなさい。近くにいる衛兵を連れて来ます。待って、私、あの時のお礼をまだ、あなたにしていないわ。何でも仰って。父上に叶えて貰うわ。その様な物、要りませぬ。騎士として当然の事をしたまでです。まあ、真面目な方。ならば、せめて、あなたの名を教えて頂戴。申し訳ない。姫様に名乗れる様な誇れる名は持ち合わせおりませぬ。黒騎士とでも呼ぶが良かろう。まあ、黒騎士。良き名ですね。はて、この香り、何処かで嗅いだ事があった様な。ははは、それはきっとあなたの思い過ごしですよ。ありふれた香りですから。


ああ、気高き月の聖霊よ。その麗しき癒しの声で私の魂を静めておくれ。聖霊は王女サーヤのためにその清らかな声で鎮魂歌を歌った。ああ、有難う。今日もぐっすり眠れるわ。コンコン。誰。私です。あなたを世界で一番愛する男、リーです。まあ、リー、会いたかったわ。どうして最近、会いに来て下さらなかったの。申し訳ありません。戦が長引きました。けれどあなたをお慕いする気持ちは少しも変わっておりませぬ。まあ。はて、そちらの者は。ああ、月の聖霊です。私のために鎮魂の歌を歌ってくれるのよ。聞いてみますか。ほお、素晴らしい。心が洗われる様だ。実に美しい方だ。リー、浮気は駄目よ。彼女はあくまでも聖霊。決して結ばれる事が叶わぬもの。それにあなたが愛しているのは私でしょ。失礼しました。分かれば良いのよ。おお、神よ。あなたは何と残酷な事をなさる。もう少し早くあの聖霊に会わせてくれたならばこの様な政略結婚などしなかったものを。それにどこかエルザ姉さんに面影が似ている様な・・・。ふっ、気のせいか。


待ちなさい。私に何か御用ですか、第二王女、マーサ姫。あなた、黒騎士でしょ。そうなのでしょ。本当の事を仰って。何を申します。私は見ての通り一介の吟遊詩人。その様な豪傑な騎士では御座いません。私に出来る事はこの竪琴の調べに乗せ、歴代の英雄譚を歌い語る事のみ。ほら、御覧なさい。この細い腕で馬に跨り剣を振るえるとお思いですか。それは。でもお姉様の目は騙せても私の目は騙せませんわ。あなた、なぜ、正体を隠しておいでなの。私にも話せない事なのですか。姫、人には誰にも言えない暗い過去の一つや二つあるのですよ。姫はその秘密を無理やりこじ開けようとするのですか。詮索も程々にお願いします。そうか、分かったわ。お姉様のためね。ねえ、そうなのでしょ。さて何の事でしょう。真実を知りたければ神に聞くが良かろう。彼らは常に誠実だ。誤魔化さないで。

私の気持ちも知らないくせに。私がどれだけあなたの事を愛しているか。マーサ様。


マーサ様、今から話す事はご内密にお願いします。これは偶然、私が酒場で聞いた話です。何でもこの城の中には王家の者を抹殺し、我が物にしようとする輩がいるらしいのです。それが誰なのか、どれほどの数なのか、詳細が掴めていません。ですから、今、ここで私が黒騎士である事を明かす訳にはいかないのです。私の事は秘密にして下さい。分かったわ。有難う。君なら分かってくれると信じていたよ。その代わり、お願いを聞いてくれますか。何だい。私の額に誓いの証を下さい。えっ。勿論、分かっています。あなたが心からお慕いしているのはサーヤ姉様だと言う事は。仮初でも良いのです。私にあなたの誠意を見せて下さい。分かった。さあ、目を瞑って。チュッ。黒騎士様、あなたとの約束は絶対守ります。ああ、なぜ、あなたの心はそんなにまでお姉様一途なの。少しくらい心変わりしてくれても良いのに。今生が駄目でも来世ではあなたの妃としてお会いしたいわ。



姫、私は知っていますよ。あなたは心優しき人であると。確かに王女と言う立場上、周りから少し傲慢で高飛車に見えるかもしれません。でも、あなたはその名が示す通り、心根は月の妖精の様に純真無垢なのです。ですから人の噂など気に病むことはありません。あなたはあなたが信じる道を歩み下さい。ナターシャ。それから姫は私たちが常に付き従う事を嫌がりますね。けれどあなたは王家に咲く一輪の薔薇。薔薇を美しく咲かせるには多くの愛情と手間暇が掛かります。皆、あなたに悪い虫が付かない様に気を使っているのです。あなたはそんな人達が近づいたからと言ってその茨の棘で傷つけるおつもりですか。茨の棘は身を守るためにあるのではありません。御身を美しく引き立てるためにあるのです。薔薇は棘があるほど美しい。あっ、でも眉間に皺を寄せる癖は辞めた方が良いですよ。綺麗な顔が台無しです。あなたには敵わないわね。今度はお手柔らかに願いたいわ。


リー様、何ですか、サーヤ様に関してご相談とは。何かあったのですか。そんなに慌てなくても良い。まあ、落ち着き給え。さあ、これでも飲んで。はあ。リーはこっそり仕込んでおいた媚薬入りの飲み物をメイドのナターシャに薦めた。あら、何だか気分が高揚してきましたわ。体が火照ってきた様な。まるで夢心地。これには何が入っているのです。さあ、何だろうね。ニヤリ。リーはいきなりナターシャの手をギュッと握り、耳元で囁いた。実を言うと前から君の事が気になっていたのだ。そんな、私なんて。傲慢な態度のサーヤ姫に付き合うのはもう疲れた。それに比べたら君は何て魅力的なんだ。お辞めになって。サーヤ様をその様に言うのは。誰かが来たらどうします。リーは彼女の唇を己の唇で覆い、空いた手で彼女の体を抱き寄せた。おお、ナターシャ。二人はベッドの中で身も心も一つになった。君には少し頼みたい事がある。聞いてくれるよね。ええ、勿論ですとも。


ナターシャは愛する騎士リーのため、王室に忍び込み、サーヤの部屋を物色した。一体、どこにあるの。見つからないわ。あっ。彼女は戸棚に置かれた月のオルゴールを手にした。これを彼に渡せば、またあの方の寵愛を受ける事が出来る。彼女は愛の奴隷へと変貌した。いや、傍から見れば傀儡人形の様だったかもしれない。彼の思惑通りに操られているとも知らずに。探していたのはこれ。ああ、これだよ。ありがとう、嬉しいよ。良かった。さあ、祝杯だ。一緒に飲もう。二人の新たな門出に乾杯。二人はグラスを天高く掲げた。グフッ。彼女の口から大量の血が滴る。リー様、なぜっ。分からないのかい。君のそのグラスには毒が入っていたからさ。もうお前は用済みだ。私が欲しいのはこの月のオルゴール。お前など最初から眼中になど無かったのだ。短い間だったが良い夢が見れただろ。次は安息の眠りが待っているぞ。まあ、死んでしまったのでは夢は見れないか。ははは。


城からメイドが一人消えた。その名はナターシャ。その事は城下に怪奇な噂が広まるには十分な材料だった。城としても懸命に行方を捜索した。彼女が発見されたのは、しばらく経ってからの事である。彼女は城から遠く離れた川の中から死体として発見された。釣り人が見つけた時には、その姿は肢体に水を多く含み、ブヨブヨに膨張していた。許せない。こんな無残な姿にするなんて。彼女は自分が疲れている時も私のためを思い、日々、身を削ってくれる娘でした。私、決めましたわ。私が彼女のためにもその犯人を捕まえます。君にそんな事をさせるわけにはいかない。危険な仕事は私の領分だ。君は関わってはいけない。いいね。リーは地面に片膝をつき、忠誠を誓った。御身は、私があなたの剣となり、盾となり、お守り致します。この剣に誓って。まあ、頼もしい。それではお願いするわ。ふう、これでうやむやにできる。コロッ。それは月のオルゴール。なぜ、あなたが。


リー。それを返しなさい。それが何なのか知っているのですか。それは月のオルゴール。月の聖霊が宿りし神器。そんな物を城から持ち出してあなたはどうするつもりです。まさかそれを手にするためだけに私を慕ってくれたナターシャを暗殺したのですか。それを売り払って金にでもするつもりだったのですか。ははは、僕がそんな事をするはずがない。僕はこの月の聖霊に魅了されたのさ。この美しき姿、奥ゆかしき立ち振る舞い、そしてこの全ての者を癒すその透き通った声。全てにおいて僕の理想通りだ。今を逃せば金輪際、この様な素晴らしき女性に巡り合えないだろう。そう、僕は人間と聖霊、種族の垣根を越えて愛してしまったのだ。何ですって。これは神が私に与えたもうた試練。この試練を乗り越えた時、僕と彼女は種族の垣根を越え永遠に結ばれる。これは僕が今まで神に懇願してきたものだ。神は僕の願いを聞き入れ、今、こうして彼女を僕の元へ遣わしたのだ。


元々、私はあなたとの結婚には乗り気ではなかったのです。それではなぜ、私と結婚したのです。単純な事です。あなたが私の求めている権力、財力をその手に持っていたからですよ。俺が上へ伸し上がるためにはそれがどうしても必要だった。まあ、正直に言えば親の命令に従ったのです。言うなれば私自身が我が国から国王への同盟と忠誠を示す貢ぎ物だった訳です。私も結局は捨て駒の一つです。でも、これはこれで便利でしたよ。あなたを上手く操縦すれば私の望みが大抵、叶いますからね。そんな理由でもない限り誰が好き好んであなたの様な傲慢な女性と結婚などするでしょうか。まさか、あなたの元に白馬の王子でも現れたとでも思っていましたか。あれは全てあなたを欺くための芝居だったのです。そうそう、あの時、あなたを襲った輩も私が金で雇いました。あなたはそんな事も気付かず私を側に置いたのです。滑稽ですね。だからあなたは世間知らずだと言うのです。


ははは、言ったでしょ。私が偽りの黒騎士を演じていたと。あなたはそんな事にも気付かず長い間、私に騙されていたのです。私はあなたの事を信じていたのに。信じる。ははは、これは愉快。君が信じていたのは僕のうわべの部分だけさ。僕が作り上げた勇敢な騎士と言う肩書をね。やはり、あなたには僕が心の底で何を考えているかまでは見抜けなかった様だ。私とは違って王室と言う空間で甘やかされて育ったあなたには気付きようが無かっただろうがね。それにしても寝言で少女の様に黒騎士様、黒騎士様と言っているのを聞いた時は噴き出して笑ってしまいそうでした。おのれ、言わせておけば。私を侮辱するのですか。その言動は国家への反逆と見なしますよ。ははは、あなたは知らないようだ。その頼みの綱の王が今、どうなっているのか。今頃は城中でクーデターが起こっているはずです。見えませんか、城に火の手が上がっているのが。


ああ、人は愛する者のためにここまで化物になれるものなのか。ああ、無常。これがあの時と同じ人間だとは信じられぬ。まるで何かに憑依された様だ。覚悟。辞めなさい。あなたと戦うつもりは・・・。グサッ。もみ合った際に振るったサーヤの短剣がリーの心蔵にめがけて刺さる。御免なさい。わ、私、そんなつもりではなかったの。こんなはずでは。姫様、見ましたよ。とんでもない事をしでかしましたな。大臣。一国の王女がこんな事をしでかしたと知られれば某国との同盟は決裂、国の崩壊も時間の問題。他国から攻め入られるきっかけを作ってしまわれるとは。誰かに口外するのですか。まさか、とんでもない。ただ条件を飲んで頂ければ。何です。なあに、あなたにとってたいした事ではありません。この秘密を黙っている代わりにちょっと私のお願いを聞いて欲しいのです。勿論、この男の処理は私にお任せ下さい。叶えてくれますよね。無理にとは言いませんが。


おお、神よ、罪深き私をお許し下さい。全ては私が悪いのです。そう、こんな美貌と美声で生まれて来てしまった私が。ああ、なぜ男どもは私を取りあい喧嘩をするのか。私が願うのは平穏な日々だと言うのに。こんな所に居りましたか、サーヤ姫。あなたは大臣。何の用ですか。私は貴方の要求通り、願いを叶えたはずです。約束したはずですよ。もう、あの事で脅迫しないと。ええ、確かにしましたね。そんな約束。爵位も頂きました。でも、私が本当に欲しいのはあなたなのですよ。やめて、離して。良いではないですか。お前など死んでしまえば良い。ヒュッ、ガシャーン。ああ、何と言う事。私があんな事を願ったばかりに大臣はシャンデリアの下敷きに。でも、元はと言えば大臣が悪いのです。人を脅迫し、私の操を奪おうとするから。ああ、私は不幸を呼ぶ女。私が願えば周りで誰かが死んでしまう。何と恐ろしい事か。神よ。あなたは私に何と言う試練を与えるのですか。


お姉様、どうしたのです。そんな深刻な顔をなさって。たいした事ではないのです。ええ、たいした事では。まさか、あの事を気に病んでいるのですか。あれは事故ですよ。そう、大臣が亡くなったのは偶然の事故。呪いなどと言う物がこの世にあるはずがありません。いいえ、そんなことはありませんよ、マーサ。お父様はこれまでに大勢の人間を殺めて来ました。これは彼らが死の間際に残した呪い。その証拠に私の周りでは次々に誰かが亡くなっていく。この城にはもうその身を呈して私を守護する者などおりません。皆、私を恐れているのです。口では敬愛する振りをしているが心の中ではどう思っているやら。所詮、私はお飾りの姫。お父様が亡き後は私など・・。そんな事はありませんわ、だってお姉様には・・。マーサ、私には何だと言うのです。いいえ、何でもありません。そう。ああ、神よ。何故にこのような仕打ちを。お姉様が一体、何をしたと言うのでしょう。




第六章 眠り姫


月のオルゴール。その音は癒しの音色。傷付き破れた心の裂け目を優しく埋め、繕ってくれる。月のオルゴール。その音は死の音色。言うなれば人を魅了するセイレーンの歌声。聞いたものを虜にし、魂を喰らう。ああ、気高き月の聖霊よ。我が願いを叶えておくれ。どのような望みですか。私はあの人に会いたい。あの人がいないこの様な世界など、もうどうでも良いのです。お願いです。あの人を生き返らせて。お願い。それは冥界の王に直接、ご相談ください。月の聖霊がそう言うと、サーヤの魂は月のオルゴールの中に吸い込まれた。そして冥界へ。兄さん、見たかい。ああ、見たよ、弟よ。ケケケ、馬鹿な娘だ。生きた人間が冥界に行ったらどうなるか知らないのか。知るはずないよ、兄さん。だって彼女は人間だもの。僕達みたいにあの世とこの世を行き来したりしない。この後どうなるかな。それは冥界の王次第さ。でも、今まで冥界から帰って来た人間はいないけどね。


天使と悪魔の声 愛、それは人を幸せにするもの。(いいえ、あなたを不幸にしているわ。)愛、それは人を救ってくれるもの。(いいえ、あなたは今でも溺れている)愛、それは人を癒してくれるもの。(いいえ、あなたは傷つけられてばかり)愛、それは二人で未来を誓い結ぶもの。(いいえ、人は破るわ。そして捨てられるの)愛、それは皆に分け与えるもの。(いいえ、あなたは周りに奪われてばかり)愛、それは人を優しく包み込み、守り続けるもの。(いいえ、あなたはもうすでに諦めている)愛、それは美しき花。優しさで蕾は花開く。(いいえ、あなたの花はもう萎れている)愛、それは希望の光。もうすぐ私を照らしてくれる。(いいえ、あなたは暗闇で一人待ち続けるの)愛、それは大河。雄々しく流れ止めどもない。(いいえ、その川はもう枯れたわ。一滴も流れていない)愛、それは夢。(いいえ、あなたが見るのは悪夢ばかり)ねえ、あなたにとって愛とは何。


さあ、冥界の王よ。私の魂を喰らえ。その代わりに私の望みを叶えておくれ。もう一度、あの人に会わせて。私が世界で一番愛した男、そして私が殺めた男、リーに。ほお、何と傲慢な。それではお前に問う。お前にとって愛とは何だ。私にとって愛は全て。愛を得られるのであれば私は何でもする。例え、周りから罵られようとも。何と強欲な。面白い、面白いぞ、小娘。良いだろう。お前の望みを叶えよう。今からお前の見る夢は現実に。現実は夢に変わるだろう。僅かな間だけだがな。さあ、お前の望む悦楽の夢に酔いしれるが良い。やあ、起きたかい、サーヤ。あっ、あなた。何か良い夢でも見ていたのかい。いいえ、むしろ悪夢だったわ。ねえ、お願い。ずっと私の側にいて。この手を決して離さないで。どうしたんだい、サーヤ。今日は妙に積極的じゃないか。ああ、これは夢、幻。それとも現実。もうそんな事どうでも良い。もう一度、私は彼とやり直すの。二人で一緒に。



第七章 冥界の王


サーヤは気を失い倒れた。そして目が覚めた時、彼女の人格は変わっていた。ああ、最近の姫は変わられた。まるで死神の様。この白い雪の台地を血の色に染めて行く。その己が剣で。迫りくる敵を次々に剥ぎ払い、通った跡には屍の山が築かれる。一体、姫に何があったのか。姫様、どうしたと言うのです。昔の様に心優しい姫に戻って下さい。以前の様に明るい笑顔を。私に意見しようと言うのですか。あの目は。今の姫は常闇の魔法をかけられている。一体、何処で掛けられたのか。あの魔法は国王が遠い昔に消滅させたはず。なぜ、今頃になって。まさか、あの魔法ギルド黒猫商会がまだ存続しているとでも。常闇の魔法、それは魂を糧に成長する、薔薇を生む魔法。魂に植え付けられた茨の種は徐々に魂の生気を吸い取り、芽になり、弦になり、やがては蕾を付ける。魂を吸い尽くし、薔薇の花が咲いた時、それは姫の死を意味する。おお、神よ。どうか姫をお救い下さい。


おお、神よ。お教え下さい。姫に掛けられたあの邪悪な呪いを解くにはどうすれば良いのでしょうか。そして姫は以前の様に戻られますか。ああ、執事、セバスチャンよ、私にはその呪いを解くための心当たりがある。私にご命令下さい。そちがか、もう誰でも良い。姫の呪いを解いてくれるのであれば、なりふり構ってはいられない。吟遊詩人アーサは街に出て以前に出会った、黒猫のミサを探した。やあ、久しぶりニャ、元気してたかにゃ。のこのこ向こうから大手を振って笑顔でやって来た。いや~お久しぶりです。ミサ先生。ちょっと相談があるのですが。今日は何の用にゃ。これでも私、忙しいニャ。それで相談とは。月のオルゴールの秘密を教えろ。さて、何の事かにゃ。知らないニャ。人違いならぬ、猫違いではないかにゃ。黒猫のミサは踵を返し、惚けた。お前以外に人間の様に言葉を喋る猫が何処にいると言うのだ。まして魔道具を売りつけている黒猫となれば尚更だ。


月のオルゴールの秘密を教えろ。言わんとどうなるか。言うにゃ、言うにゃ。そんな怖い顔しないでよ。ついでにその短剣も収めてくれると嬉しいニャ。いいだろう。ふー、白状するニャ。あの月のオルゴールが願い事を叶えてくれるのはお前も知っているな。ああ、勿論。あれにはもう一つ秘密が隠されているニャ。あの月のオルゴールは願い事をした人間の魂も喰らうにゃ。小さい願い事をしている分にはそれほど影響はないが、大きな願い事をすると魂をごっそり持っていかれるにゃ。

そんな物を俺に売りつけたのか。ちょっと魔が刺しただけニャ。それでそんな事聞いてどうするつもりにゃ。知人があれを使って別人の様に変わってしまったのだ。あちゃー、やらかしたね。もう、手遅れ、諦めるにゃ。そう言う訳にはいかない。何としても助けたい。手だてを教えろ。もう、しょうがないな。どうなっても知らないよ。なら、月の聖霊に相談して見な。冥界の王に会えるから。


アリエス様、これをお使い下さい。吟遊詩人がアリエスに自分の持っていた月のオルゴールを渡した。これは月のオルゴール。何でも望みが叶えてくれます。街で怪しげな魔道具を売っている猫から買いました。ちなみに、それがこいつです。ニャー。何、猫を被っている。ちょっとしたジョークにゃ。ほう、喋る猫か。珍しい。この猫を白状させて大体の事は聞きました。この月のオルゴールにサーヤ様を元に戻してくれと月の聖霊に頼めば冥界に連れて行ってくれるそうです。ただし、冥界の王の質問に対して明確な答えを言わないともう現世には戻れない。やりますか。勿論。今、サーヤ様の置かれている状況は、現実が夢、夢が現実になっています。だから現実のサーヤは死にません。けれど夢の中で死ねば、即、死を意味します。冥界に魂がとらわれている間は仮の魂が抜け殻の肉体に入ります。今、サーヤの肉体にいるのは悪霊のたぐいでしょう。


よく、月のオルゴールがサーヤの人格に影響を与えたと分かったな。それは・・・姫が月のオルゴールを使う瞬間を遠くで見ていたからです。初めは何が起こったのか分かりませんでした。けれど時間が経つごとにあれが原因ではないかと思ったのです。アリエス様、分かっているとは思いますが、冥界に魂がとらわれている間は仮の魂が抜け殻の肉体に入ります。ですが、あなた肉体が悪霊に乗っ取られ、暴れられて敵いません。ですから魂が抜けた後は暴れない様に拘束をさせて貰います。なんせ不死の体を持つ戦士と戦おうにも私にはあなたを止められませんから。アリエスは聖霊を呼出し、声、高々に叫んだ。さあ、気高き月の聖霊よ。私をサーヤの元に連れて行け。我こそはサーヤの義兄、アリエスである。アリエスはサーヤと同様に月のオルゴールの中に吸い込まれ、冥界の王の元へ送られた。


おお、お前が冥界の王か。噂通り不気味な姿だ。先刻承知と思うが、我が妹、サーヤを元に戻してくれ。それはお前の答え次第だ。それではお前に問う。お前にとって愛とは何だ。あの小娘は愛が全てだと申したぞ。お前にとって愛とは何だ。私にとって愛とは、どんな危険な状況であろうと、大切な妹を守るのが兄としての無償の愛。騎士道とは、愛する者を必ず守り抜く事だ。他人の痛みを自分の痛みの様に感じとり、その痛みを共有し、分かち合える物、それこそが愛。つまらん、実につまらん。まるで神の様な御託を言う。人間の分際で思い上がるな。若造。冥界の王よ。お前もさっきから偉そうな事を言うがお前にとって愛とは何だ。私にとって愛とは、愛とは、ふむ、一体、何であろうな。それが答えだ。愛とは分からないものだ。目の前に確かにあるが見えぬもの。見えぬのに与えられたと感じるもの。それこそが愛。ふむ、面白い。興味深い考えだ。今後の参考にしよう。



第八章 目覚めの時


サーヤの目の前に白馬に乗った黒騎士が現れた。そんな、あの男は死んだはず。事故だったとはいえ、私の懐剣で心蔵を貫き、確かに刺し殺した。だとすればあの黒騎士は別人と言う事になる。ならば一体、誰があの中に入っている。単身で城内に乗り込んで来るとはいい度胸です。あなたは何者です。さあ、早く仰い。黒騎士は何も言わず、馬の踵を返すと別の方向へと駆けた。逃げたぞ、追え、追え。黒騎士は並みいる衛兵を掻き分け、城内へと馬を走らせる。サーヤも近くにいる馬の背中に跨り、馬の手綱をギュッと握って走らせた。そして同時に思考を巡らせる。まさかリーが生きていた。いや、そんなはずはないわ。でも、どうやって。黒騎士は次第に袋小路へと誘い込まれた。ふふ、追い詰めたわ。もうあなたには逃げ場はない。さあ、その黒い兜を脱いで正体を見せなさい。黒騎士は覚悟を決めたと見え、馬からゆっくり降り、その黒い兜を脱いだ。あなたは・・・。


黒騎士の正体は私です、お姉様。まさか、マーサが。黙っていてごめんなさい。嘘でしょ。あの噂の黒騎士があなただったなんて。信じられない。私の知っているあなたはもっと清楚で可憐な女性であったはず。まして自ら進んで争いごとに参入するなど。一体、あなたは誰を庇っているのですか。(アリエス様、私があなたの身代わりをしている今のうちに早く遠くへお逃げて下さい。今ならば衛兵もこちらに集中し、警備も手薄なはずです)私は妹と言えど容赦はしませんよ。待て、その者を離せ。私が本物の黒騎士だ。ああ、なぜ、戻って来たのです。君をそのままにして逃げる事など僕には到底出来ないよ。言っただろ。死ぬ時は君と一緒だと。ああ、何と言う・・・。それに比べ、神よ、あなたは何と残酷なのでしょう。腹違いと言え、兄弟同士で殺し合わねばならぬとは。あなたは一体何をお考えで。血の生贄を欲するのであれば私が代わりましょう。何故に彼らなのですか。


ああ、やっぱりあなたは天に召されたのですね。私、心の底では少しだけ期待していました。もしかしてどこかで生きているのではないかって。確かにあなたは私を裏切り、別の女性に心変わりしたかもしれません。でも、もし、あなたが他に好きな人が出来たと正直に言って下されば私はあなたの恋の応援をしたでしょう。そんな野心に満ち溢れ、向上していくあなたを側で見守るのが好きでした。何故に私はあなたの命を奪ってしまったのでしょう。どうして彼の思いに気付いてあげられなかったのか。生きてさえいてくれれば、またどこかで会えたのに。私、あなたに初めてあった時の事を今でも覚えているわ。一生忘れられない。これはあなたを慕う私の愛。あなたは私にいろんな事を与えてくれました。例え、腹心に企みがあったとしても。私はそれを全て受け入れ、あなたに寛容になれたでしょう。私の望みは純粋にあなたの側にいられれば良かった。ええ、ただそれだけ。




ああ、あなたはまるで氷の檻に閉ざされた茨の姫。近づく者を皆、凍らせ、容赦なくその茨の棘で傷付ける。あなたは心の底では死を恐れている。だからあなたは誰も近づけようとしない。触れれば誰かを傷付けてしまうから。私がそんなあなたに掛けられた呪いを解きましょう。そうすればあなたはこの悪夢から目覚められる。私があなたの氷の茨を溶かす太陽になるのです。呪いが解ければあなたはまた皆の前に綺麗な薔薇の花を咲かせられる。御身は王家に咲く美しき一輪の薔薇。傷付くことを恐れてはいけません。ああ、そうだ、私は夢から目覚める事を恐れていた。目覚めればもっとひどい現実が待っているから。私は幸せが得られるチャンスを逃しているのかもしれない。でも私、夢を見ていたわ。愛が全てだと。神は許し給うと。私、どこかであの人の事を待ち続けていたわ。あの人の帰りを。愚かな幻。あの人はもう二度と帰らない。


第九章 後悔


体調はどうですか、お嬢様。すこぶる良好よ。有難う、婆や。それは良うございました。ねえ、お兄様。何だい。もしかしてリーも月のオルゴールの呪いで冥界の王に魂を拘束されていたのかしら。現実にいたのは悪霊に乗っ取られた抜け殻の肉体。だとしたらあの人の言葉は本当に真実を述べていたのかしら。もしかして悪霊に言わせられた偽りの言葉。虚言だったりして。どっちだったと思いますか。分からないよ、サーヤ。もう真実は藪の中だからね。胸に秘めた思いは誰にも分からない。心の底に蓋をして閉じ込めていた物がちょっとしたきっかけで溢れ出たのかも。懺悔の気持ち、後悔の思い、疚しい気持ち、そんなものが心の中でごちゃ混ぜになって自分でも、どうしようもなかったのだろうね。正直、本当に分からない。ねえ、天国にいるあなた、教えて。あの時のあなたが言った言葉はどこまでが本心だったの。あれは自分に私を近づけないための嘘だったの。それとも。


第十章 エピローグ


あれ以降、王室と黒猫商会、双方の誤解は解け、今は相互に知識を共有するシステムを構築した。そして、黒猫のミサは王室の手助けをしたとして丁重に扱われるようになった。良き友人、相談役として。その証拠に王家の紋章に猫を象った幾何学模様が刻まれている。えっへん。どうだい、面白い話だろ。えっ、その後、どうなったかって。その答えは神のみぞ知るかな。





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