あいつは天才・乱麻編
あいつ成分は少な目です。
「やっぱり君って天才だよ!」
それがあいつの口癖だ。
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俺はアダム・アンダーセン、人類連邦軍の技術開発部門で働く上席研究員だ。といっても特別に頭がいいわけじゃなく、肩書は便宜上みたいなもんだけどな。
俺の同僚研究員であるあいつは、少し前に新型エンジンを開発した。俺もちょっとだけ手伝ったけどな。重力波エンジンと名付けたそれは画期的なシロモノで、ここ何百年と停滞していた技術を一気に進めるものとして業界内では注目されている。ただし現在、人類連邦は旗色の少々よろしくない戦争中であり、万一にも戦争相手にバレたらまずいことから、当面は一般に対して開発の事実は伏せられることになった。
俺もあいつも発明の功績により昇進したが、昇進自体も機密扱いになった。そんなわけで、俺たちはこれまでと何も変わらない日常を送っている。ただ、仕事場が少し変わっただけだ。
「いや、そこを優先するのはおかしい」
「何を言ってるんだ、これを先にやるのが当たり前だ!」
新たな仕事場が戦場もかくやという喧騒のただ中にあるってのは、少しあれだが。
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俺たちは新型戦艦一番艦の改装計画に駆り出されていた。建造工程のほぼ半分まで進んでいた作業を一旦止め、重力波エンジン、新型の高出力砲、新素材を利用した装甲を取り付けるのだ。
俺たちの報告を聞いた技術開発本部は大騒ぎになったって話だ。新型戦艦は少々旗色のよろしくない宇宙人との戦争を逆転に持ち込む切り札として計画された。それに革新的な火力、防御力、機動力が追加されるっていうんだ。まさにゲームチェンジャーの出現だとみんな興奮したらしい。普段は技術開発本部とあまり仲がよくない兵器生産担当部門、造艦本部も、この時ばかりはノリノリになったという。
「乗るしかない、このビッグウェーブに!」
造艦本部の誰かが叫んだセリフだと聞いている。
俺たちが呼ばれたのは当然だ、なんせこの3点セットを開発したのは俺たち二人ってことになっているからな。俺たちは普段根城にしている工作艦、あいつ専用の研究所から出てきて造艦本部の本拠地に泊まり込んでいる。
新型戦艦の改装計画はのっけから上手くいっていなかった。何せ半分出来上がっていた戦艦をバラして作り直すのだ、上手くいくと思う方がおかしい。
俺たちが一番艦の改装計画チームに着任して6日、会議は毎日紛糾していた。
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会議は3日目だ。こっちに着いてから3日で一番艦建造の兵装、装甲、機関を担当するチームに新技術を説明して、さて何から取り掛かるかって会議が始まったんだが。
一番艦の建造責任者である目つきの悪い技官がこちらを睨んでいた。大昔のお伽噺から取られた技師長という綽名がある。こと技術に関してはこだわりが強い、だが有能な人物だという。
「一番艦用の重力波エンジンはいつ完成するのだ。エンジン全体のサイズが確定しないと機関部の設計変更ができない」
機関部担当者が発言している。
「従って、まず重力波エンジンの設計と機関部の改装を最優先で進めるべきだと考えている」
兵装担当者が反論した。
「それには時間が相当かかる。だから主砲を先にやって、並行して機関部の改装を進めればいいと再三申し上げているんだが」
「すべての資源をまずは重力波エンジンと機関室に投入すべきだと言っているのだ!」
機関部責任者と兵装責任者が言い争っている。装甲責任者は工程的に一番最後なので、この場では暇そうだ。手元の端末で装甲パターンをいろいろ試しているようだ。
建造責任者の目つきはさらに険しくなったが、沈黙を守っている。
「うーん。ここまで出来上がったものを作り直すのは骨が折れそうだなー」
あいつは会議ではいつもは騒々しいぐらい発言する。なのにここ数日珍しく静かにしているのが俺は少し気になってたが、不意にあいつはぽつりとそんなことを言った。そうか、話はわかった。
「皆さん、提案があります」
俺は立ち上がって発言した。
「アンダーセン、何だ」
「今日の会議は一旦打ち切りにしましょう」
「なんだと?」
「各部の意見が食い違いすぎます。このまま続けても時間の無駄です」
だから俺は慌てて話を切り上げ、会議を終わらせた。そうするしかないだろう? あのままだと宇宙人が地球軌道に攻め寄せてくる頃まで、話は終わりそうにない。
会議室を出た俺は、技師長に声をかけて空いている部屋に誘った。そしてしばらく話をした後、あいつを連れて上司の部屋に向かった。
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俺は上司と向かい合っていた。
「本部長、提案があります」
「アンダーセン、何だ」
「1番艦の改装は取りやめにしてはいかがでしょうか」
「なんだと?」
俺の横に立ってたあいつは、嬉しくてたまらないという笑顔で言った。
「やっばり君って天才だよ!」
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発:生産総本部長
宛:造艦本部長、技術開発本部長、一番艦建造関係者各位、二番艦建造関係者各位
題名:生産総本部決定 一番艦、二番艦の改装および建造方針について
生産総本部は以下のごとく決する。
既に工程の48%まで建造されている新型戦艦一番艦の改装計画は、これを取りやめるものとし、一番艦は規定の設計通りに建造を進めよ。なお建造過程で小変更の必要が明らかになった場合でも、変更対応は行わず、やはり規定の設計通りに建造を進めよ。
代わって二番艦以降の改設計を行うものとし、一番艦の改装計画に配置された要員は、全て二番艦の改設計に充当する。また、従前より一番艦の小変更対応のために確保されていた資材と人員は、二番艦の改設計に充当され、二番艦改設計総責任者の指揮下に入るものとする。
二番艦改設計総責任者にはアダム・アンダーセン技術開発本部第一部担当部長、改設計主務者としてクララ・キャンベル技術開発本部担当本部長を充てるものとする。
なお、生産総本部は、今般開発された諸新型技術の使用を前提とした新たな艦隊建設構想の検討と策定、実艦設計についても急ぎ開始する必要を認める。詳細な検討方針については追って決定されるが、造艦本部はこれに十分留意されたい。
本決定は現時点をもって有効とする。
以 上
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「物事を進めるとき、一番大事なのは大方針を決めてブレないことです」
「そのためには、最優先で実現すべき課題を再定義することから始めます」
「そして、アタマにブレない人間を据えて、その下によく働く人間を配置することが必要です」
俺はそう言って上司を説得した。釈迦に説法だとは分かりきっていたけどな。
新型戦艦はとりあえず10隻の建造予算が承認され、二番艦から五番艦までは資材の調達が進んでいる状況だった。
新型戦艦の建造は喫緊の課題だ。前線で稼働する戦艦数を維持するためにも一番艦の竣工遅延は許されない。だが新技術の発明により、これを導入した艦の早期建造もまた重要になっている。
だけど立ち止まってもう一度考えてみよう。軍としていま最も早急に解決したいお題は何だ?
軍が最優先でやらなきゃいけないのは、一番艦を完成させて前線に出す方だ。今の設計のまま完成させてしまえばいいんだ。もともと一番艦は重力波エンジン装備を想定して設計されていない。既に前線にある、あるいは建造されつつある、一番艦と艦隊を組む予定の他の艦も従来型エンジンを装備している。そこにとんでもない性能の戦艦を1隻だけ放り込んでも、本来のポテンシャルは発揮できない。どうせ他の艦の能力に合わせた行動しか出来ないからだ。一番艦は重力波エンジンを装備しない最後の宇宙戦艦になるだろうが、これまでの宇宙戦艦よりは性能が上がってるんだ、使えないことはない。これを一旦バラして組み直すのは得より失の方が大きい。それにあいつは天才研究者、発明家にありがちなクセがあって、自分でイチからやりたがる。人の手垢がついたものを作り直すのは性格的に向いてない。一番艦はもう半分組み上がってるからな、あいつは食指が動かない。
もちろん重力波エンジンを装備した戦艦も急いで作る必要があるが、それは別に一番艦を改装したものでなくてもいいのだ。重力波エンジンが開発されて浮かれちまった関係者みんな、どこかで勘違いしてしまったが。そして重力波エンジン装備艦は、同じ重力波エンジン装備艦だけで艦隊を組ませる必要がある。戦艦だけに積んではい終わりってわけにはいかない。気づいている人間はほとんどいないらしいが、これから人類連邦軍艦隊は全部作り直ししなきゃならないんだ。
俺は上司に直談判して新型戦艦改装計画の本質を変えてしまった。一番艦の改装はやめる。そのまま完成させて前線に投入する。そして二番艦を作り直すことにして、一番艦の改装に用意された資源は全部二番艦の「改設計」に転用する。だが改設計とは書類上だけ、丸ごと新品、全部やり直しだ。あいつにはこっちをやってもらう。あいつも本気が出せるし、新しいエンジン、新しい武装、新しい装甲を生かした最適な設計ができる。何せその3点セットを開発した本人が設計するんだからな。
一番艦には新設計につきもののトラブルや手戻り対応を見越して、あらかじめ予備人員と資材が建造計画に積まれていた。予備といっても全体の25%にもなる。これを二番艦の改設計に投入し、作業を促進する。一番艦は結果として必要工数ギリギリの資源しか持たずに建造されることになるが、竣工を最優先にして不具合が出たら後で直す。俺はまず「技師長」に、一番艦の建造責任者に話を持っていった。予備を失うと聞いた技師長は頭を掻きむしって怒り狂い、俺はひたすら頭を下げて謝ったもんだが、大方針には賛同してくれた。彼も同じことを考えていたらしい。もし本当にヤバい、竣工できないレベルの不具合が出たらどっか別の建造計画から資源を剥いできて直すよう努力すると約束しておいた。ま、半分口約束だがな。あいつは本部長のお気に入りだ、つまり実質的には俺の後ろに本部長がいるのも同然だ。使えるもんなら上司でも使えって言うだろう、人や予算が足りなきゃ上司に取ってきてもらうし、それで抵抗されて矢が飛んで来たら盾にもなってもらうつもりだ。
一番艦以外の中型艦、小型艦の新設計についても、あいつの二番艦設計が進む都度フィードバックして進める必要がある、ああ格闘機も必要だな。だがそれは俺たちの責任範囲じゃない。すごく大きな絵図を描くことになる、話の範囲がデカすぎる。そいつは総本部長と造艦本部長が考えて、誰か別の連中にやらせればいいことだ。俺たちにできることは、頑張ってくださいね、と言ってあげるぐらいだな。
俺がトップに座るのは、この大方針をブレさせないためだ。
それともう一つは、あいつが改設計に集中できるようにするためだ。改設計以外の雑務は俺が全部引き受ける。あいつに人員配置の検討、トラブルの仲裁や金の算段をさせるのはそれこそ天才の無駄使いというものだからな。なに、いつもと同じってことだ。
俺は念には念を入れて、秘密扱いだった俺たちの昇進を公式のものにしてもらった。重力波エンジンのことは既に部内限りとはいえ知れ渡っていた。俺たちはどちらもお互い一人の部下も持たないが、もともとランクだけなら結構高かった。今回あいつは「担当本部長」、俺は「担当部長」ってことになり、席次でいうとさらに結構上に、「偉い」ことになった。あいつなんか順番は上から数えた方が早いぐらいだ。肩書を嵩に着るのは好きじゃないが、肩書も時には大事だ。仕事をスムーズに進めるためには、な。
上司は動いてくれた、すぐに上司のそのまた上司、軍の兵器開発と製造すべてを預かる生産総本部長に話をしに行き、俺の計画変更案はその日のうちに総本部の決定となって通知された。持つべきものは物分かりがよくてフットワークのいい上司だ。人類連邦軍は風通しがよくて決定が早いので気に入ってる。
そして、俺たちは改めて仕事を始めた。
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新品のお題を与えられたあいつは嬉々として二番艦の「改設計」に取り組んだ。細かな部分は他の連中がやる。当然いろんな箇所でいくつもの食い違いが出てくる。俺は毎日現場から上がってくる小さな揉めごとの対応に追われる毎日になった。
だけど計画は止まらなかった。あいつは大枠の設計だけもの凄い速さできっちり仕上げてしまい、他の連中が細部に至る全体の改設計を進めている間、重力波エンジンの製造施設の面倒を見始めた。とはいえ俺たちは1000年後に転移した時に一度、まさに重力波エンジン製造施設の立ち上げから稼働までいわば予行演習したことがあるわけで、あいつには大した手間ではなかった。その間俺は引き続き現場の調整と、あいつの身の回りの世話に専念していた。な、いつもと同じ日常ってわけだ。
二番艦の改設計が完了し、船体が半分組みあがったころに重力波エンジンはドックに搬入され、スムーズに据え付けられた。これで二番艦の成功は半分約束されたようなものだった。
そうだ、二番艦に搭載された重力波エンジンがCC/AA-101号機関として公式に型番登録されたのもこの時だったな。せめて記号はCCだけにしませんかと抵抗したんだが、俺たちの上司は首を縦に振らなかった。だから俺は慌てて話を切り上げ、上司の部屋から逃げ出した。そうするしかないだろう? あのままだと、お前はどうしてそんなに歴史に名前を残すのを嫌がるんだと、上司から突っ込みが入りかねない。
1000年後に転移した時、あいつが有り物の解析なのに気が乗ってたのも不思議じゃない、もとはといえば自分が作ったものの匂いがどこかにしたんだろう。やっぱり歴史のパラドックスを起こしちまったな。
こうして新型戦艦二番艦、非公式には新・新型戦艦初号艦と呼ばれた宇宙戦艦は、当初の計画期日から8週遅れたが、一番艦とは全く違う宇宙戦艦として竣工した。ちなみに一番艦は、当初の計画から1週だけ遅延してとっくに竣工し、訓練を終えて艦隊に引き渡され、前線に向かっていた。技師長もきっちり仕事をしたってことだ。
二番艦の竣工を見届けたことで仕事を終えた俺たちは、やれやれとばかりに工作艦に戻った。あいつはすぐに次の研究ネタを思いついてわけのわからないことを話しだした。いつもの日常さ。
俺があいつの話に付き合ってたころ、初号艦に以降の新・新型戦艦、さらにこれと艦隊を組むべく新設計された重力波エンジン搭載中型艦、小型艦が続々と竣工・就役し、やはり重力波エンジン装備の格闘機を搭載して宇宙人との戦闘が続く前線に出ていった。
彼女達は期待通りの威力を発揮した。宇宙人は短期間で太陽系と近傍星系から一掃され、人類連邦は息を吹き返した。
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就役からずっと前線に投入されていた一番艦は、新・新型を中核に据えた艦隊の数が揃ったあたりで太陽系を防衛する二線級艦隊の旗艦任務に就けられた。宇宙人の脅威が太陽系から遠ざかると、乗組員は新たに就役する新・新型戦艦の後続艦に配置転換された。無理をして完成させたため、やはり細部に使いづらいところがあったという彼女はやがて前線を離れ、軍学校の実習艦に使用されることになった。それは戦局逆転の切り札として作られた戦艦としては寂しい運命の流転だったのかもしれない。だが、彼女は大きく姿を変えた妹達の多くより長く生き延びた。
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そしてあれから何年か経った今も。
「あれ、一番艦だよ!」
彼女は軍港の片隅に、静かに佇んでいた。予備艦として。
俺たちは記念艦として保存されることになった新・新型戦艦九番艦、予算上では新型戦艦最終十番艦の式典に出席するため軍港に来ていた。そして久しぶりに彼女を見かけたってわけだ。
「あの時俺が本部長に直談判したことで、彼女はまだここにいる。何が良いのか悪いのかなんて簡単には言えないが、彼女にとっちゃ、これで良かったのかもな」
改設計された新・新型と後続の艦はどれもこれも傑作艦の評価を得て戦場で縦横に活躍した。元を正せば、あいつの開発した重力波エンジンがとんでもない性能で、それと高出力砲、新装甲の活用に最適化された戦艦としてあいつが新・新型を設計したからだ。彼女たちにしても、それはそれで良かったと思う。彼女たちの少なからぬ数が戦場から戻ってはこなかったとしても。ただそのせいで、俺たちは軍から絶賛されてさらに昇進し、今に至ってはちょいと重い肩書を付けさせられている。今日ここにを訪れているのもそのせいだ。不自由で仕方がない。
俺と腕を組んで彼女を見ていたあいつは、振り返るとそのまま上目遣いに俺を見つめて、くすっと笑った。
「その通りさ、やっぱり君って天才だよ、アダム・アンダーセン! 僕の大事な旦那さま」
何を言ってやがるんだか。
「天才はお前だよ、クララ・キャンベル」
「礼装は汗かいちゃうなー。帰ったらお風呂一緒に入ろうね」
遠くから式典担当官が声をかけてきた。
「本部長、本部長代理、そろそろお時間です」
俺はあいつを引っ張りながら歩き出した。
「まずは式典が終わってから、話はそれからだ」
お読みいただきありがとうございます。
今回のテーマは変更管理です。プロジェクトにはさまざまなリスクがあります。リスクとはネガティブな影響を与えるものだけではなく、このお話のように画期的な新技術の開発もまた、当初の計画に影響を与えるという意味では、それがポジティブな影響を与える場合であっても、やはりリスクです。そしてリスクは往々にして顕在化し、プロジェクトは実際に変更を余儀なくされるものです。そうした場合は、何が、いつまでに、本当に必要なのかということを再度確認すべきです。
裏のテーマは、すぐおわかりになった方も多いと思いますが、「波動エンジンを積まなかったヤマト」と「ずっと早く建造されたアンドロメダ」の、ありえたかもしれないストーリーです。これが原作より正しい選択と主張するつもりは毛頭ありません。このお話の人類連邦は2199年の地球ほど差し迫った状況にないため、違った対応を選択することができたに過ぎません。あと、RSBCの尾張の修理話も下敷きにしています。