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Cerberus  作者:
1/3

満月の夜

 多くの人が行き交う大通り、周囲の喧騒が耳を抜ける。

 昼間の日照りとは打って変わって、日の落ちた今は少々肌寒い。

 

 やけにくっきりと浮かび上がる満月が、まだ日が落ちて浅い街を見下ろしている。


 人々の波に抗うことなく流れながらも、男の視線はある一点を捉えていた。

「はは、案外粘るんだ?」

 男は薄く笑い、ひとりでに呟いた。

 誰に言ったわけでもない、単なる独り言に他ならない。現に、その呟きは大衆の喧騒に押しつぶされた。


 けれど、男の視線の先の人影だけは別であった。

 ゆらゆらと歩いていたはずが、男の呟きによって弾かれたように消えた。


「あ、こんにゃろ…」

 見失った、というよりは、本当に消えた。



「―――こんばんはデス」

「え、あ、ウルじゃないか。どうしたんだい?」

 肩に、とん、と手が乗る。聞き慣れた声に男は振り向き、ぱっと表情を明るくした。


「どうしたんだい、と言われましても。まあ強いて言うなら、先輩が”目標”を取り逃したみたいなので、耳を抓ってこいと言われましたデス」

「え、マジで?いやいや、落ち着いてよ、取り逃したわけじゃ―――いっでぇッ」

 ウル、と呼ばれた青年は、すっと素早く手を伸ばして男の耳を強く抓る。深く被った真っ黒のフードの下から、今日の満月のような金色(こんじき)の瞳が、男を見据えた。


 フードで隠しているものの、長くて収まり切っていない真っ白な髪は、この街中では少々目立っていた。

 周囲の視線が、集まり始めている。この、ウルという青年は少しばかり浮世離れした独特の雰囲気を身に纏う。


 袖がない、ぶかぶかの真っ黒なパーカー。露わになった肩から腕、そして指先までは、息を呑むほど細く、そして白い。元々線の細い彼は、性格上か、日の下に出るのを極力嫌っている。よって、彼が外に出て活動を始めるのは、日が落ちたこの時間帯から。日に焼けることもなく、不健康に見えるほどに白かった。


 男は口を尖らせながら抓られた耳を摩った。痛みが走り、熱を持っている。

「ウル、君…こうやって見ると本当にお化けみたいだね」

「ほんとデスか、嬉しいデス」

 ぎこちなさを含んだ彼の喋り方も、ある意味では気味の悪さを漂わせる。


「褒めてるわけではないんだけどね」

 男は苦笑し、自らの金髪の頭を掻いた。



「―――彼は、”堕ちた”んだね」


 男の声が、低く沈んだ。周囲のざわめきにかき消されることなく、ウルの耳に届く。

 ウルはこくん、と頷くと、フードを深く被り直した。

「はいデス」

「そうか…」


 男は、視線を落とした。自ら発した質問ではあったが、気分が落ちた。


「ウル」

「はいデス?」

「僕は別に、彼を取り逃がしたわけではないんだよ。彼には、まだ”仲間”がいる。僕が追い込めば、彼は必ずそちらに行く。泳がせてるんだ」



 同情してはならない、相手を人間として見てはならない。

 

 見下せ、踏みつぶせ。



 何故なら、彼らは―――化け物と化してしまったのだから。




「知ってますデス」

「…え、じゃあなんで抓ったの?」

「…」

「黙秘ッ!?」



 同情してはならない、相手を人間として見てはならない。


 見下せ、踏みつぶせ。



 それが、”サーベラス”の役目である。




「…にしても、わざわざ先輩が出る幕なのデスか?」

「んー?」


 身長の高い、金髪の黒縁眼鏡の男。

 そして、袖のない真っ黒なパーカーと白い髪、金色の瞳が特徴の青年。


 どちらもそれなりに目立つ容姿であるため、大通りを逸れて人通りの少ない道を歩く。


 ビルとビルの隙間であるその道は、苔が生え、時折鼠が二人の足元を横切る。視線を脇に移してみると、ゴミが所々に捨て置かれ、薄汚い。


 湿気た空気の中で、二人は歩みを進める。



三大頭(さんだいがしら)の一人である先輩が、直々に動く必要ありますデスか」


 ひょいっと散らばったゴミを軽く飛び越えたウルは、納得のいかないように口を尖らせる。

 男はウルと同じようにゴミを飛び越え、ウルの隣に立つと笑った。



「それが、あるんだよねぇ」

「?」

「動き出したんだよ。もう何年も音沙汰なかったのに、いきなり、ね」

「動き出した、デスか?」


「…10年前の事件、知ってるよね?」


「”うち”の人間が、大勢一気に殺された事件のことデス?」

「そう。僕たちにとって、とてもとても、大きな痛手となった。恐らく、史上最悪の出来事だろうね」



 男は、瞼を下ろした―――脳裏に浮かぶのは、10年前の惨状。



―――


 悲鳴、怒号、轟音。


 逃げ惑う者、地面に座り込んでしまった者、立ち呆けている者。

 かつてない混乱に人々は皆闘争心を折られ、冷静さを失っていた。


 暴走する”化け物”に囲まれ、為す(すべ)もないまま殺された。

 抵抗も、無力に等しかった。


 多くの人間が、何もできずに命を落とした。所詮、”サーベラス”と言えども人間である。恐怖に支配されれば、体は動かない。

 辛うじて闘いに応じた者も、相手の人数に圧倒されて苦戦を強いられた。


 そして、己の最も親しかった親友さえ、その戦いの犠牲者となった。


 

 過去の、悪夢のような事件である。


―――


 ゆっくりと目を開けた男は、眉を顰め、息をついた。

「近々、戦争が起きる。”あれ”同等か、”あれ”以上の…ね」


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