表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

そして、獣は舌なめずり

作者: 片桐ゆかり


「なんで?!何がいけないっていうのよお…!」

「はいはい、わかったから声のボリューム下げなよ」


呆れたような声で言われ、しょげながら私はちびちびとまたお酒を口に運ぶ。

安さとおいしさが売りの居酒屋は、私が毎回使うお店だ。顔なじみになりつつある。

そして、今日は私の通算10敗目のフラれた日である。

生まれてから21年。告白してはフラれ、告白されて付き合ってもすぐにフラれる私は勝った記録は未だなしといっていいだろう。

大学3年生になりたての私は、毎度ながらに襲ってくるフラれた悲しみを覚えたてのお酒で晴らしているところだ。


「どうして続かないのかなあ…」

「理想が高いんじゃないのかな」

「うう…自分から告白してもフラれ、相手から告白されて付き合ってもフラれ…最短記録更新しました」

「ギネス記録でも目指したらどう?」


たいして気にしている風もなく、私に淡々と返す声に私はぶすっと頬を膨らませた。

そんな私と向かい合わせに座ってウーロン茶を飲みながら、真ちゃんは涼しい顔をしている。

真ちゃん、は私の一番仲がいい友達だ。中学生の時に部活が一緒で(二人とも手芸部だった)仲良くなり、高校は離れてしまったけれど休みが合えば遊びに行く仲だった私たちは大学が一緒になったことでさらに仲良くなった。

三戸真というのが真ちゃんの名前だ。まこと、と本当は読むのだけれど私はしんちゃん、と呼んでいる。最初私が読み間違えてしまったのが徒名として定着してしまったのである。

真ちゃんはそっちの方がいいと笑ってくれるので私はずっと、真ちゃんと呼び続けている。そして、そう呼んでいるのは私だけである。


「そんなに付き合いたかったの?」

「え…、」

「付き合ってる人がほしいの間違いじゃなくて?」


真ちゃんは、辛辣だ。

私の本心を名前の通り真直ぐな言葉で暴いていく。そして、私は心の奥底を言い当てられて少しずきんと痛むと同時にホッとするのだ。


――付き合ってる人がほしい。

私の想いを言い当てられて、否定も肯定も出来ずにハイボールを煽った。喉に絡みつくアルコールを飲み込んでやり過ごす。

高校が女子高だったからか、男女の付き合いというのに憧れがあった。好きになったのは見た目がいいなあと思う人だったり、バイトで関わった人と話があってだったり。好きになったら一直線にその人しか見れないというのがいけないのだろうとは、思う。

駆け引きなんてできずにストレートに好意を伝えて、そしてフラれる。告白されてもすぐに君じゃない、とフラれてしまうのだ。

フラれた後は毎回、真ちゃんに泣きついて、彼が甘やかすに任せてこうして慰めてもらうということを続けている。

性格に何か問題があるんじゃないかと悩んだ日もあった。

けれど、さっきの言葉で解決だ。私は、恋人がほしくて、あまえられる人が欲しくて思い込みのままに好意を恋愛感情と偽っていたのかも、しれない。告白されたというのも、私を好きになってくれている人ならきっと、という気持ちがあったから。


そんなので、うまくいくはずがないのだ。

ただの飾り物の様にされてしまうというのに、フラれないわけが、ない。告白されたのは2回くらいだけれどその全部とも「私が本当に好きでいてくれるのかわからない」「なんか、違うんだよ」という理由で付き合いは終わった。

きっと、私が悲しい思いをした以上に悲しかったのだろうなと、思う。それでも好きだと思えるような気がしたことや、いいなと思ったことは嘘じゃない。


「亜希、飲みすぎ」

「真ちゃん、わたしってダメなやつです…」

「酔っぱらってるねえ」

「だって、好きだと思ったんだよ」

「でも、違った?」

「……うん、違った。私の勝手な自己満足に、付き合ってもらってただけだった」


無性に悲しくなって、それを意識したと同時に堤防が壊れて私の目から涙があふれ出てきた。

ぼとぼと、と可愛くない泣き顔をさらしながら泣く。真ちゃんがそっと手を伸ばして私の目元をぬぐってくれた。

穏やかで優しい真ちゃんは、かすかに笑いながら私をずっと慰めてくれる。

こんなに良い友達を持てる私は、なんて幸せなんだろうと、余計に涙があふれてきて止まらなくなってしまった。


「何が悲しいの」

「いやもう、真ちゃんがいてくれて嬉しくて泣いてる」

「……傷は浅かったみたいでよかったけど」


そっと手が離れて、真ちゃんは残っている自分のウーロン茶を飲み干した。

そして店員さんを呼んでお会計を済ませる。なんてスマートな。もたもたせずにお会計できるってすごいと思う。

ふらふらしている私の腕を支えながら、ゆっくりと歩いてくれるペースに甘えて私は何も考えずに足を進めた。


「亜希、そんなに恋人がほしい?」

「んー…こわいよ」

「怖い?」

「どうせフラれちゃうって、思うの」


腕を支えてもらってるから、大丈夫だと私は上を見上げながら歩く。

真ちゃんは何も言わずに私の言葉を待っている。


「怖いのかも。好きになっちゃった人が、私のことを好きになってくれないかもしれないってことが。好きな人が好きになってくれる可能性って、結構低いでしょう?」

「それで適当に見繕ってても幸せになれるとは限らないよ」

「うん…今日、真ちゃんに言われて目が覚めた感じ」

「そっか。なら、早く俺にしなよ」

「…………ん?」


真面目な声で言われた言葉をかみ砕いて理解しようとして、できずに首をかしげる。

今、この隣の人はなんて言ったんだろう。

外の冷たい空気に冷やされた顔は、けれど頭の中までは冷やしてはくれない。


「亜希は、優しい友達と思ってるみたいだけど。俺はそんなに優しくないし、甘やかしてるのも亜希だからだよ」

「え、や…うん?」

「付き合ってる、だの告白してフラれただの。聞いてる俺の気持ち知らなかったろ。嫉妬で焼き切れるかと思った」

「しっと、ですか」

「お前ねえ、俺のことただのオトモダチだと思ってないか?違うよ、お前が知らなかっただけでそれこそずっと、お前を女の子だと思ってる」


歩きながら真ちゃんは私にそういって、腕を離して私の手を絡め取って握った。

横顔も口調も何も変わらない真ちゃんは、けれどどの言葉も本心だとわかる真面目な声だった。そして私が好きになった誰よりも、私を好きだと言ってくれた人たちよりも、ずっと真摯に私のことを考えてくれているように見えた。そう、見えてしまった。


「ずっとって、いつから?」

「中学卒業したあたり、かな」

「ご、ごめんねえええええ!なんかごめん…!」

「ちょっと、それは何に対して謝ってんの」

「だってそんなに長く…?私絶対傷付けてきたでしょ?」

「自惚れんなバーカ、お前相手のことを本気で好きになってなかったしすぐフラれてたからいいんだよ。むしろお前、理解してる?いつでも付け入るスキがあるって俺に教えてくれてたってこと」

「う…きつい…言葉が重い」

「でも、そんなとこも好きだと思ったから」


そっと、笑うように優しく言った真ちゃんが、私の手をぎゅうと力を込めて握った。


「亜希の、馬鹿なところも浅はかなとこもどうしようもない所も、俺は周りより知ってるはずだ。でも、それを知ってもお前への好意は消えなかったよ」

「…真ちゃん、」

「だから、早く俺の方に落ちて来いよ」


きゅう、と胸がうずいた。

初めての感覚に戸惑いながら言葉を探していると、真ちゃんは少しだけ早足になってそして私の家を通り過ぎた。

独り暮らしのアパートを見ながら真ちゃんについて歩いていく。どこいくの、と出した声はいつもより頼りなく聞こえた。


「どこがいい?このままだと俺の家だけど」

「…何度もいってるから、知ってる」

「いいの?意味が解らないほど子供じゃないよね」


こくん、とうなずいてしまった。

私が感じている真ちゃんが特別だという感情は、真ちゃんと同じ好きなのかはわからないけれど。でも今この手を離してしまったら、私は真ちゃんとこのままで終わってしまう予感がして。

そして興味があるのだ。

私はこの人の隣でどうなるんだろう、真ちゃんとそういう仲になってどうなっていくんだろうという。


「いいように受け取るよ」

「ん、いいよ」

「後悔しない?」

「…そうなったら、後悔するの」

「させないし、しないよ」


そういって笑った真ちゃんの顔は、私が一番好きな笑顔だったから。

そしてその笑顔を一番隣で見ていたいかもしれないと思ってしまえたから、私は自分から真ちゃんの大きく骨ばった手を握った。


そして、真ちゃんのアパートに連れ込まれた私はそのまま口付けを交わしてベッドに倒れこんだ。

優しい顔とは裏腹に性急に求められる。キスの合間に見上げた顔はいつもの穏やかな表情とは打って変わって、熱を帯びていて男の人だということを改めて知った。考えようともしていなかった、それ。私は初めて真ちゃんを男の人だと意識して、私の鼓動はどんどん早く鳴りだした。


「亜希、こっちみて」

「ん、も…くるし、」

「好きだよ、ずっと好きだ」


こうしている真ちゃんはまるで別人みたいだ、と他人事のように思いながら私は、生まれて初めて自分からキスをした。

まるで初めて見たいになってしまうのは、きっと、私が真ちゃんを愛おしいと思い始めているからなんだと思う。

――そうして、私から顔を離して上から見下ろした真ちゃんはまるで狙った獲物を前にした獣みたいに唇を舌でちろ、と舐めて笑った。


「全部、もらうよ」

「名前、呼んでくれる?」

「何度でも。嫌だって言ってもやめないからね」


そうして本当に、いやだといっても止めてくれずにそれこそ一晩中、私たちは――というよりむしろ私は、一方的に愛を囁かれてでろでろに溶かされた。





ロールキャベツ男子を目指して、撃沈しました。むずかしい…、ロールキャベツ…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ