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桟橋の先に

お久しぶりです。なんとか復帰して小説書けました。よろしくお願いします。

この章はだいぶ分量が多くなりましたので、予定にはありませんでしたが、新設しました。また、いささか多くなったので分割する事にして、二回に分ける事にしました。

 六月のある日、四時間目が終わった時に緊急の職員会議が午後あると言う事が告げられ、早めに授業が終わる事になった。学級委員がその知らせをもたらすと、学生たちは口々にはしゃいだ声を上げた。ほどなく昼食を済ませて解散となって、治と遥は荷物を鞄に入れ片付けると、足早に学校を後にした。

 校舎から外へ出ると、薄日が射していて、それが意外に熱気を持ってアスファルトの路上をあぶっていた。湿気のひどい日だった。肌にまとわりつくしっとりとした感じがあり、躑躅の植え込みの横を過ぎると、植物の匂いが強くした。

 二人は横須賀中央の方へ歩いた。せっかくだから、治と遥はデパートへ寄り道をしていくことにしたのだった。


 市庁舎前の交差点を渡り、公園を横切り大通りまで来ると、通りをデモが行進していた。デモは大勢がいて、大きなものだった。この市では基地の存在からデモに出くわす事が多い。

 デモの参加者たちは経済的な行き詰まりと軍事費の増大を批判して、声をあげていた。いささか力のないシュプレヒコールだったが、少し上ずったトーンの低い声音は芝居がかった声ではなく、何かを訴える響きを持っていて、デモはある種の真摯さを感じさせるものを持っていた。それは前いた世界のおもちゃのようなデモとは明らかに感じが違っていた。参加者の少なくない人々がごく普通の人たちだった事もだった。もちろん、労組やら政治的なことに関心の深いと目される人々も目に付いたが。治は元の世界のデモを知っていたのでそれを不思議に感じた。


 旗を担いだり、何かが書いてあるプラカードを持った人々、交差点にいた治の前に参加者たちがくると、治はそのデモの一人と偶然に視線を交わした。中年になりかかったくらいのジーンズにブラウスを着たラフな女性が、その人は敵意とまでは行かないが、尖った視線を治に向けた、しかし、すぐにそれは不安のある瞳に変った。瞬間、治はその人に何かを言うべきだという衝動を感じた。その不安は治の感性に何かを働きかけてきたからだ。「あなたの不安は何?何を感じているの?」と、しかし、デモの人波は流れのように、その女性と治を分け、どこにいるのかをわからなくしてしまったのだった。治は諦め、なぜか遥を離していてはいけないと、手を握ったのだった。突然に治がそんな事をしたので遥は驚いた表情を見せたが、治を押し返してきてうれしそうに笑った。

 そんな事があったが治と遥はデモが過ぎてしまうと、大通りを渡り、セントラルホテルの横を通り、駅の横にあるデパートへ行った。遥はサーティーワンのアイスクリームを食べたがったので、治は珍しく買ってあげた。治は抹茶、遥はチョコミントのフレーバーにした。


「男の子って抹茶とか地味なの食べたがるよね」と遥がジト目で言った。

「まあ、人がどれを食べたって良いだろ」

「まあね。これからどっか行く?」

「本屋を見に行く、色々と新刊が出ているからそれを見てくるよ」

「ふーん、じゃあ私は何か飲んで座っているよ」

「二階のスターバックスか?」

「いや、交差点のところのマックにいるよ」

「うん、分った。そう待たすことは無いから、すぐにマックに行くよ」

「いい、いい。ゆっくりいって来なよ」

「うん、じゃあ後で」

「後で」


 ***


 治は本屋で新刊やら、文庫本を眺めたりしたがどれも何か気乗りしないので、購入することは無かった。久しぶりに何かライトノベルでも、買ってみようかと思ったが、家には読み始めた泉鏡花の「草迷宮」があったので、それに集中しようと思ったのだ。

 治はデパートの建物を出て、京浜急行の白く塗られたガードをくぐり、交差点を諏訪神社の方へわたり、マクドナルドへ入り治はカウンターでコーヒーを頼んだ。

 たぶん遥は二階に居ると思う。コーヒーを持ち、階段を登った。途中で同級生にあって、適当な挨拶を交わした。

 二階の窓際で遥は、テーブルに頬杖をついてノートに何かを一生懸命書いていていた。


「遥、待ったか」

「いやそんなに待ってないよ。もう良いの?」

「もう良い。たいしたものは無かったよ」

「治はコーヒー?それおいしい?」

「まあまあだよ、遥はバニラシェイク?それ甘すぎない」

「そうね、あまあまだよ」

「まあね・・・・・・、何書いていたの?」

「いつもの作詞をしているのよ、頭に浮かんだ時に書き留めておかないと流れてしまうから」


「ああ、確かにね」

「ちょっとまっていて、すぐに書き留めるから」

「大丈夫、コーヒーはゆっくりと飲むから」

 そんなやり取りをして、マクドナルドを出ると、すでに三時を過ぎていた。

「一駅だけど乗って帰るか」

「そうだね」遥は頷いた。

 たぶん今日もかなでが来るから急いで帰らなくてはならなかった。

 遥と治は改札をくぐり、電車を待った。しばらくして、金沢文庫行きの普通がやってきた。


「最近、横浜へ行っていないね」と遥が出し抜けに言った。

「確かに、遥が行ってみたいのなら、今度の休みにでも行ってみるか」

「横浜って、西口じゃないよ。海のほうだよ」

 遥が言ったのはターミナルである横浜駅の西口でなく、港町である。みなとみらいや大桟橋の方の事なのだ。西口はこの近辺の人たちにとって馴染みの遊び場だが、海は遠い。

「ああ、あっちか、別にかまわないよ。でも、何しに行くの?」

「特に行ってみたいだけだよ。船をみたり、のんびりと歩いてみたりしてみたいだけ」

「なるほど」


 そんなことを話していると、電車が目の前で停車した。乗り込み、一つだけトンネルをくぐると、汐入に着いた。

 改札をくぐると、治の家に向かった。そろそろ、かなでが帰ってくるからだ。最近は良くこうして三人で一緒にいることが多い。駅のロータリーに出て、プラットホームの下をくぐり、まだ静かなヒデヨシの前を通り、坂を上がって高台の方へ向かう。

 いつもの坂を上り、振り返ると、いつものように横須賀の街がたたずんでいた。波止場には、灰色の護衛艦が並んでいた。少し靄がかかって、海の色も、その前にある公園の木々の緑も彩度が下がって見え、どんよりとした印象をもたらした。

 しかし、ふと治が目をとめたのは、入り江の反対側の波止場から潜水艦が、灰色の煙を上げながら離れつつあった事だった。白い制服を着た、海上自衛隊の隊員たちが真っ黒で狭い鯨の背中の上に幾人も出て、忙しそうに歩き回っていた。潜水艦の出航は見たことが無いわけではなかったが、稀な光景だった。


 ***


 足早に帰り着き、遥と家に入ろうとすると、鍵がかかっていた。純一郎はまたどこかへ出かけたようだった。遥は自分の靴を脱ぐと、庭の芝生に向かって拍手を打つようにして泥を払った。

 古い日本家屋は湿った初夏の大気で様々な匂いがしていた。

 居間に入りテレビをつけると、二時間ドラマの再放送をやっていた。

「治くん」と玄関から元気な声がした。

 息を切らして、かなでがやってきた。ここまで駆けて来たようだ。


「時間通りだね」

「まあ、いつも通りにこないとね」

「コーヒーはいつものところにあるよ」

「ええ、ありがとう」

「かなでおかえり」

「ああ、遥、ごきげんよう」

「それお嬢様みたいだね。あの学校ではそんな風に挨拶をするの?」

「いや冗談よ遥。みんな普通に挨拶しているわ」


 遥と冗談を言いあい、かなではコーヒーを入れてくると、いつものテーブルの席に腰を下ろした。

「今日は蒸し暑いだろう」

「確かに、まあ、でもこの季節だからね。蒸し暑くなってくるのよ」

「クーラーでも入れるか?」

「それほどでもないわよ。クーラーなんか入れたら、寒くなるでしょ」

「冗談だよ」

「かなで怒った?」と遥が言った。

「ふう、怒るわけないでしょうが。じゃあ、いいわクーラーをかけましょう。潜水艦では常時クーラーがかかっているんだって、いつか父が言っていたから」とかなでが呆れたように言った。


「ここは潜水艦ではなくて、僕の部屋だけど、それに潜水艦って常時クーラーがかかっているの?」

「さあ、潜水艦だよ。かかっているんじゃないの」と遥はどうでも良いといった感じで、応じた。

「まあ、僕は逆にヒーターが必要だと思うんだけど。何しろ深いところを潜るだろう。深い海の底は寒いと思うんだ」

「クーラーとヒーター両方じゃないの」とかなでが言った。

「実際はそうだろうね。潜水艦は浮上もするし、寒いところでも活動もする」

 そこで「潜水艦はロックだね。イエローサブマリン、やあ」と遥がおどけて言ったが、治とかなではスルーした。遥は昔から意味も無い事を突然言うので、そういう時は相手にしない事にしているのだ。


 かなでと治は話を続けた。

「きわめて専門性が高い兵器だから、潜水艦の乗員しか分らないことも多いと純さんが言っていたよ。それに潜水艦乗務員は志願と適正で選ばれた人たちだから、イルカの徽章に誇りを持っている」

「なるほど、彼らは一種の選民なわけね。でも、私はぞっとするわ。狭いところで大変そうだし、海の底っていうのがね」かなでは顔をしかめた。かなでは閉所恐怖症気味なのだ。

「そうだね、海自でも米海軍でもサブマリナーは選ばれた人たちさ」

「治君は潜水艦について、ずいぶん詳しいようだけど、まさか潜水艦乗務員になりたいの?」

「いや、それはないけど、でもすごいなとは思うけど」

「私としては絶対にやめてほしいんだけどな」とかなでははっきりと言った。

「大丈夫だよ今の所はそういう気はないから。ところで少佐は潜水艦に乗った事はあるの?米軍の?」

「いいえ、ないと思うけど、聞いた事も無いわ」


「うん、でもたとえ乗ったって自分からは言わないと思うよ」

「なんで?」

「それは潜水艦のほとんどの事が隠されているからだよ。作戦に関することは誰にもしゃべってはいけないんだ」

「ほんとに?」

「ああ、だから、かなでが何も聞いてなくても不思議じゃないよ」

「そうね」

「それにしても、なんで潜水艦の話になったんだ?」

「さっきここに来る坂の途中で、潜水艦が出航しようとしていたのを見たから言ってみただけよ」

「ああ、そうか、それは僕も見た」

「出て行くのを見るのは珍しいね」

「私たちの見た潜水艦はいったいどこへ行くの治君?」

「さあ?どこへ行くんだろうね」

「それはもちろん秘密だよ」と遥が笑った。


お読みいただきありがとうございました。

だいぶ見直しましたがおかしな点があればお知らせください。

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