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ミシマユキヲ 続

 港が一望できる場所に来ると、治はちょっと足を止め足元の汐入の街を見た。街の様子が気になったからだ。

 眼下に商店や飲食店が立ち並んでいるのが見え、京浜急行の汐入駅にトンネルを抜けて赤い列車が走りこんでくるのが見えた。急な小山と小山の狭間にある僅かな平地に、電子基盤上の部品のように所狭しに家が立ち並んでいる。


 陽光がそれらを柔らかく照らしていた。


 治は坂を下り、その街の中へ降りていく、そこに治はすぐに変化を見出した。いつも見ている風景が少しずつ変っているのだ。例えば、自販機のゴミ箱の位置(色も違う)空き地、庭木など、治はそこに昨日まで家があったと記憶しているが、別の建物に変わっている。ただ、汐入の駅や、横にある高層のホテルは変わっていない。


 奇妙な気分だった。同じ横須賀のはずなのに、何かが違っていた。しかし、全てが違っているわけではない。微妙に違っているのだ。


 とある数学者がルイス・キャロルの名で書いた小説の、あのアリスはこんな気持ちを感じたのだろうかと思った。いや、アリスは幻想の世界へ迷いこみ、治は少し変った現実にいるだけでだいぶ違う。しかし、こんな事が起こって良いのかと治は歩きながら思った。


***


 治はホテルの前へ出て、国道十六号にそって歩いた。

 歩いていると徐々に気持ちが落ち着いてきた。


 治の学校は、日露戦争の記念艦三笠のある海岸縁にある。どういうこともない普通の私立学校だ。ミッション系だという以外に特色はあまりない。

 ただ、一応、私立なので服装のチェックや何かはそれなりに言われる。治のようなサボりがちの生徒には居心地が良い訳がない。


 治が学校に最後に登校したのは、先週の木曜日だった。久しぶりにこの道を歩いていると、いかに自分の気持ちが学校に向いていないのか分る。治は学校に関心を全く持っていないのだから、成績も悪かった。治が二年生に進級できたのは、前の担任教師が尽力してくれたお陰だった。だから、このまま、無気力にサボっていると、三年に進級出来ないことは、明らかだった。かなでの心配はもっともな事だったのだ。


 治は気の進まない気持ちを抱えて道路沿いを歩いていく。


 それはそうだ、格好が付かないからだ。治は放課後にあの担任教師に呼び出されて色々と云われる事は間違いない。だが、それよりも、治にとっては、同級生や知り合いと久々に顔を合わすことの方がよっぽど苦痛だった。


 治はベース(米海軍横須賀基地ゲート)の前を通り、歯科大学のある三笠公園の方に歩いていった。

 歯科大学の前までくると、生徒たちが、たくさん歩いていた。見知った顔、去年の同級生もいた。いきなり、肩をたたかれた。振り向くと、増田司だった。

 治は一瞬、司を見つめてしまった。

 司は不思議そうな表情を浮かべた。


「よう、久々だね。オサ、自宅警備は忙しかったか?」

「おう、司か。まあな・・・・・・、本と映画鑑賞にゲームで忙しかったよ」

「なんか新しいゲーム買ったのか?」


 司はゲームというところに反応した彼はゲーム好きなのだ。

「いや、ここ最近は買ってない」

「なんだ。久々にお前の家行ってやろうかと思ったけどやめた」


 軽口を叩く。司は小中学校が同じで、気を使う必要なのない友だちだった。治はこのタイミングで声をかけてきてくれた司に、ありがたさを感じた。

 それと、司に変化がなかったことにも安心を感じた。治は、異変が周囲の人にも、人間関係にも及んでいるのではないかと考え始めた所だったのだ。

「そういや理子はどうした」と治は司に尋ねた。


 司と理子は付き合っている。もちろんかなでも知っている。ただ、前からいつも二人は自然体すぎて、本当に恋人同士なのか治にはよく分らないカップルだ。でも、中学の時に自分たちは付き合っていると言われたからそれを知っているのだ。


 司はかなでと治が付き合っていると思っているようだった。まあ、治とかなでこそ良くわからない関係なのだが。ただ、それはたぶん一言で変ってしまうだろう。

「理子?ああ、理子とは先週の日曜日に映画に行ったきりだな。あいつ部活忙しいらしくてな、平日は会えないんだ」


 治は違和感を感じた。理子は部活に入っていなかったはずだと。理子は金沢文庫の予備校に通っているはずだった。

「理子が部活だって、あいつは確か予備校だろう」

「おいおい、理子は予備校なんて行っていないぞ」

「えっ、だって、俺と理子は同じクラスで」

「オサ、お前なんだ、おかしくなったのか?理子は今野と一緒にフェリスに行ってるだろ」

「えっ、理子がフェリスに行っている?ええっ」

「うん、なんだ。オサ、お前、ホントに頭大丈夫か?」


 治はまためまいを感じた。治の知っている事実では理子はかなでと一緒に中学受験をしたものの、受験シーズンが始まってすぐに体調を崩して全敗したのだった。それに理子のメンタルが豆腐みたいに弱いのにも原因はあった。


 司と理子、治は地元の公立中学へ通い。今はこの私立高校へ通っている筈だったのだ。そして、理子は成績を上げるために予備校に通っているはずだった。

「ははっはあ、ああ、そうなのか。そうだったな。いや、ちょっとボケてたよ」

「おい、しっかりしろよ。そんなんだから、今野が心配するんだぞ」


 司は少しいぶかしそうに言った。

「ああ、すまん」

「俺に謝ったってしたがないよ。それよりも毎日学校へ来いよ」


「そうだな。お前の言う事ももっともだ」

「ああ、なんだかなー。オサって年寄り臭いよな。俺たちは若いんだからもっと覇気を持とうぜ」


 治は身の回りの人間にも異変が及んでる事に愕然としていた。

「まあ、元気を持たなくてな、そろそろ時間だ急ごうぜ」

「あっ、本当だ」


***


 司と別れ、教室に着くと、中はいつものように喧騒に満ちていた。治の席は窓側の一番後ろだった。治が席に着くと、横の窓が開け放たれていた。

 治は教室のどこに視線をあわせて良いか分からず。仕方なく開け放たれた窓の外を眺めた。どうにも居心地が悪かった。


 理子の席には誰がいるんだろうかとみて見ると、そこにはまるで知らない女の子が座っていた。

 前の席には、かなでのことを聞いてきた、例の不良を気どりも来ていて、仲間と大きな声で、誰のそれの尻が大きいだとか、相変わらず馬鹿っぽい話をしていた。


 治はそれを見て、とにかく、自分は目の前にある出来事をまず、一つ一つ確かめなければならないと思った。確かに良くわからない異変が起こっている。しかし、それを確かめて自分のが知っている事実とつき合わせることで、リアリズムを取り戻さなければならないと思いなおしたのだ。

 予鈴がなり、大体の生徒たちが着席した。


***


 担任教師がやってきた。三十代の数学教師で鴻巣という名で、変わらず、柔らかな物腰の男だった。この高校の卒業生と言う話だ。治は鴻巣が苦手だ。

「おはようございます。今日の伝達事項だけど、平常どおりだから。あと先生、今日は研修があるから、帰りのホームルームは別の先生が来ます。それと、今日から加わる学友を紹介します」


 転入生、治はこの時期に珍しいと思った。

 鴻巣に促されて、一人の少女が教室に入ってきた。なんとそれは西遥だった。治は口を開け、それを見ているしかなかった。


「西遥です。今日からこちらの学校に通うことになりました。みなさんよろしくお願いします」と遥は挨拶をした。間違いないすこし勝気な遥の声だった。

 治は立ち上がって、遥の傍に行き、思い切り彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。


 ざわざわと皆が囁きあっていた。例の不良が「おーっ」と大きな声を出した。

 鴻巣が「斉田お前騒がしいから、静かにな」と注意した。

 治は不良モドキが斉田という名前だとはじめて知った。


 遥は、なんど思い返したか分らないその姿は、大きな猫目に、小顔で、小さな口、茶色の髪を両側で留め、背丈はそれほど高くはないが、バランスのとれた体型をしている。遥は成長しているようだった。治が最後に会ったときよりも背が大きくなっていた。


 遥は治に気が付くと、手を振った。治の心臓が跳ねた。同級生たちがこちらを見ていた。

 遥は鴻巣に促されると、廊下側の席に着いた。


 治は嬉しさを感じていた。それは今まで感じたこともないようなものだった。遥が実際に存在していて、そこにいるのだ。憂鬱な気分などすべてどっかへ行ってしまった。

 やはりきのう見た遥は本当の遥だったのだ。


 横須賀港の水面に浮かんだ月の異変から、現実は変容し始めたのだった。治は遥の横顔を見ながら、自分は、夢の世界にいるのではと思った。

 しかし、自分がいる世界が夢なのか確かめようがなかった。治は遥のいなかった世界を思い返した。もしかしたらあの世界こそ夢だったのではないか、いまの目の前に写る世界こそ現実なのではないだろうかと治は感じた。


 奇妙な倒錯だった。


 治はかなでのことを思った。そうだ、かなでがいる。あいつは自分と同じで、明らかに異変を感じていた。そうだこの世界はやはり治がもともといた現実ではないのだ。

 鴻巣が出て行くと、治は立ち上がり、遥の所へ行った。治は遥の手をとり、教室の外へ出た。治は他の生徒の前で目立ちたくはなかったが、すぐにでも遥と話をしたかったのだ。

また、来週!

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