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異世界の『ガラスの靴』の物語

作者: 時満


『足萎え姫とガラスの靴』



 昔々、なかなか子供に恵まれなかった王様とお妃様がいらっしゃいました。あちこちから高名なお医者様や賢者様、果ては怪し気な魔女までもを呼び寄せ、なんとかお子を授かろうとしましたが、一向にその兆しはありません。

 そんなある日、狩りに出かけた王様は見事な牝鹿を見つけました。

「なんと見事な牝鹿だ。これは必ず仕留めなければ」

 王様の射た矢は真っすぐに飛んで、牝鹿の足を貫きました。倒れた牝鹿に止めを刺そうとしたところ、その牝鹿の前に精霊が姿を現して言いました。

「待て。この牝鹿は私の妻だ」

 王様は大層驚きましたが、頭を振って言いました。

「ここは王家の狩り場。この狩り場にいる鹿はたとえあなたの妻といえども譲れぬ」

「傲慢な人間の王よ、それならお前の願いを一つ叶えてやろう。お前は子が出来ずに困っていたな。必ず子が授かる霊薬と、我が妻の命と引き換えだ」

 精霊の申し出に王様は喜んで応じ、約束通り霊薬を貰いました。

 こうして王様とお妃様の間に待望の女の子が生まれました。小さな姫君は王様に似た空色の瞳と、王妃様に似た黄金色の髪を持ったそれは愛らしい方でした。ただ、足が異様に細く、年を重ねても全く歩けるようにはなりませんでした。

 実は、あの霊薬は本物でしたが、妻の足を傷つけた王様を恨んだ精霊が呪いも掛けていたのです。王様とお妃様はどうにか姫君の足を治そうと、高名なお医者様や賢者様、果ては怪し気な魔女までもを呼び寄せました。しかし、皆一様にこの呪いは解く事が出来ませんと言います。そんな中、一人の魔女が進み出ました。

「私には呪いを解く事は出来ませんが、姫君が幸せになれる鍵を贈りましょう」

 そう言って、魔女はガラスで出来た靴を献上しました。

「姫が十六歳になったら、枕元にこのガラスの靴を置いて下さい。きっと姫の呪いを呪いでなくしてくれる方が現れます」

 王様とお妃様は半信半疑でしたが、言われた通りに姫が十六歳になった夜に枕元にガラスの靴を置かせました。

 

 同じ頃、海を越えた国の末の王子が憂鬱な溜め息を吐いていました。末の王子は十八になったばかり。王子妃選びの舞踏会が連夜行われておりました。二人の兄王子は既にお妃を決めました。ですが、今まで末の王子の心を動かした乙女はおりませんでした。ある者は美貌で王子妃に相応しいと言い、ある者はその知識が王子妃に相応しいと言い、ある者はその莫大な持参金が王子妃に相応しいと言いました。しかし、そのどれも王子の心を動かしませんでした。

「私の運命の姫君は、どこにいるのだろうか」

 今夜も早々に舞踏会から庭園に逃げ込んでいました。そして、そこで末の王子は運命の姫君に出会ったのです。

 その人の月の光に照らされた姿は細く儚く、途方に暮れたように佇んでいました。

「君は誰? 一体どうして此処に」

 寝間着姿の乙女は王子に声を掛けられて驚いた顔をしています。

「分からないわ。気がついたら此処にいたの」

 怯えたような表情をする乙女に王子はゆっくり近付きます。乙女の髪は月の光を浴びてキラキラ輝く黄金色、瞳は空色の大変愛らしい顔をしていました。

「怖がらなくても大丈夫だよ。こっちにおいで。温かい飲み物でも用意させよう」

 王子は手を差し出しましたが、何故か乙女はその場から動きません。

「どうしたの?」

「私、歩いた事がないの。立ったのも初めてよ」

 乙女は途方に暮れて長い寝間着の裾を持ち上げました。あまりにも細いその両足には、ガラスの靴がきらきらと輝いていました。

「それなら僕につかまって」

 王子は乙女の手を取り、支えながら東屋に導きます。今にも折れそうな細い両足を震わせて、乙女は王子に必死に縋りながら産まれて初めて歩きました。王子はその余りの儚い風情に驚きながらも、間近に見た乙女の美しさに胸を高鳴らせます。

 それから王子と乙女は星が空に輝く間中、様々に語り合い、乙女の方も王子に恋をしました。

 しかし、やがてやってきた朝の最初の光と共に突然乙女は姿を消しました。

 残されたのは、乙女が履いていたガラスの靴のみでした。

 

 さて、舞踏会半ばで姿を消した末の王子に父王は大変腹を立てていました。

 しかし、末の王子が運命の姫君を見つけたと言うと途端に大喜びして言いました。

「今すぐにその娘を連れて来なさい」

「今すぐには無理です。大変慎み深い姫なので、名前を知る事も出来ませんでした。ですが、必ず探し出します」

 末の王子がそう言うと、父王は百人の騎士と百人の召使いと百の贈り物を末の王子に与えました。

「必ずやその娘を連れて帰れ」

「はい、必ずや」

 父王の言葉に固く誓い、末の王子は旅立ちました。

 

 唯一の手がかりのガラスの靴を携え、末の王子は様々な国を巡りました。

 砂漠の国、森深き国、鉱山の国、万年雪に閉ざされた国。

 足の小さな娘がいると聞けば、どこへでも探しに向かいました。

 しかし、あの乙女は見つかりません。

 どの国の足の一番小さな娘がガラスの靴を試しても、入らなかったのです。

 つまり、どの国にもあの乙女はいないということ。

 今度こそと向かった世界の果ての国でも、やっぱり見つかりませんでした。

 そんな時失意の王子に、果ての国の王様が言いました。

「我が国の商人は果てから果てへ旅をする。彼らに聞けば、何か分かるかも知れない」

 王子は王様にお礼を言って、その国一番の商人に会う事にしました。

 王子がガラスの靴を見せると、商人は顔をしかめて言います。

「そんな小さな靴、足萎え姫でもなければ入らないよ」

「足萎え姫とはどんな方ですか?」

「呪いのせいで生まれつき歩けない気の毒なお姫様さ。足が異様に細くてね。それで足萎え姫と呼ばれている。そういえば、今その姫の婿選びをしているよ」

「その話は初めて聞きました。きっとその方が私の探している姫君に違いありません。婿選びに遅れてはいけない」

 王子は喜び、慌てて教えて貰った足萎え姫の国に向かいました。



 その頃、足萎え姫の国では王様とお妃様が姫君の婿選びに悩んでおりました。

 というのも姫が十六になった翌朝、枕元にあったはずのガラスの靴が消え、あの魔女が再び現れて言ったのです。

「今から百日以内に姫君に素晴らしい婿君が現れます。その方は消えたガラスの靴を持っています」

 そこで、王様はお触れを出しました。

『姫の婿に我こそはと思う者は、ガラスの靴を持って王城へ来られたし』

 国の内外から沢山の若者が詰めかけましたが、消えたガラスの靴である本物を持って来た者は一人も居ませんでした。

 そして今日がその百日目なのです。

 百日目の太陽も沈み、もうすぐお城の時計が夜中の十二時を指します。

 王様とお妃様は悲しみに沈んでおりました。


 とうとう十二時の鐘が鳴り始めます。


ボーン


 厳かに鳴り響く一つ目の鐘。

 その時、城門に白馬に乗った美しい若者が現れました。


ボーン、ボーン


 若者の後から凛々しい百人の騎士達が現れました。


ボーン、ボーン、ボーン


 騎士達の後から百人の忠実な召使いが現れました。


ボーン、ボーン、ボーン、ボーン


 召使いの後から百の美しい馬車が贈り物を載せて現れました。


ボーン


 美しい行列が王様と王妃の前に到着し、王子が跪きます。


ボーーーン


 最後の鐘の音が響き終わった時、その王子の両手には小さなガラスの靴の一対がありました。


「私はこの靴がぴったりの姫君を探し求めて旅をしています。どうかこの靴を足萎え姫に」


 王様とお妃様は立派な王子の様子に驚き、王子の持って来たガラスの靴を姫君の元へ運ばせました。

 するとどうでしょう、ガラスの靴は姫君の小さな足にぴったりとはまったではありませんか。

 王様とお妃様は大喜びで王子を姫君の元へと案内しました。

「やっと会えましたね、私の姫君。どうか私と結婚して下さい」

 王子の言葉に、姫君は涙を零します。

「ガラスの靴が見せてくれた夢と違って、私は歩くことはおろか立つことさえも出来ません。それでも私を妻に望んでくれますか?」

「私があなたの足になりましょう。あなたが行きたいところへは何処へでも私が抱えて行きましょう。夫婦は寄り添うもの。どんな問題がありましょうか?」


 こうして姫君は王子と結ばれることになりました。

 結婚式には王子の父王も招かれ、盛大に行われました。

 式では常に王子が花嫁を抱き上げて歩き、それはそれは仲睦まじい様子で誰もが二人を祝福しました。

 そして魔女の予言通り王子は素晴らしい婿となり、王位を継いでからは素晴らしい王となり、姫君は呪いが解けずとも末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。




 ガラスの靴といえばシンデレラですが、もしも異世界だったらシンデレラのお話はないわけで、ガラスの靴といえば連想する童話も違うはず。

 というわけで、こんなお話を書いてみました。

 このお話を書こうと思ったそもそもの切っ掛けは、シンデレラのストーリーに対する不満からでした。シンデレラの靴は元々ガラスの靴じゃないのです。グリムの初版では銀の靴、金の靴で、ガラスの靴は微塵も出てきません。勿論、シンデレラの話は各地に似たような話があるので絶対無いとは言い切れないですが、その内の一つに出て来るリス皮の靴が翻訳の過程で誤訳されたのではないかというのが割と有力らしいです。というか、今でこそ強化ガラスとかあるものの、当時ガラスといえば非常に脆いものでどう考えても踊るにはおろか歩くのだって無理。下手したら割れて刺さって大惨事。ここからテーマ1が出来ました。


テーマ1:ガラスの靴は元から履いて歩くことを前提に作られていない。


 そして、不満その2は何で唯一の手がかりのガラスの靴を他人においそれと預けて嫁を探させるんだ馬鹿王子がという私の勝手な憤りです。お触れを出して、ガラスの靴を持った王子様の使者が家々を回って靴にぴったりな女性を捜すわけですが。そもそも無理矢理でかい足をガラスの靴に突っ込もうとしたら割れます。一度ならともかく、何十人何百人とやったら高確率で割れる。それで唯一の手がかりを失くしたらどうするんだよという。それに健康でダンスができる成人女性の足がどんなに小さくてもたかが知れてます。常識的に同じ位の大きさの足の女性が一人しかいないとかあり得ない。というわけで、テーマ2と3です。


テーマ2:王子は使者任せにせず、自力で惚れた女くらい探し出せ

テーマ3:足が超絶ちっちゃい無理のない理由付け


 以上三つのテーマから創作してみました。シンデレラとはかけ離れて玉の輿サクセスストーリーでもないですが、とりあえず満足。

 異世界でこの物語がメジャーだと仮定すると女の子が産まれたらお祝いにガラスの靴を贈る習慣がありそうです。どんな災いも福と転ずるお守り的な。

 ちなみに、王子様はヤンデレだと思います。歩けないという要素が魅力的と感じる嫉妬深い支配型。相手に依存させて自分無しでは生きて行けない何も出来ない何も考えられないという状況が理想。健常者を妻にした場合、監禁するような危ない人です。むしろ、脚の腱を切って歩けなくするくらいはしそう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シンデレラの足の大きさへの違和感は私も感じていたことなので、『足萎え姫』の設定はとても納得がいきました。 そこに至る経緯も素晴らしいです。 そのうち、纏足とか流行りそう(笑) [一言] …
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