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春の匂い

作者: 春生 春
掲載日:2013/02/02

さらさらさらと風が泳いでいくと、みどりは楽しくなります。

それは、風にのってとても小さな声が聞こえてくるからです。

『一丁目の木蓮さん、もうすぐ花が咲くそうですよ』

『あらあら、お隣の紅梅さんも満開なんですよね』

風や木々や道に生えている草花の声が、みどりには昔からよく聞こえていました。

みどりの大好きなおばあちゃんは、それはすごく素敵で特別なことだと言います。

他の人には聞こえないのよ、羨ましいわ、と笑っていたおばあちゃんは、一年前に起きた大きな地震のせいで今は病院に入院しています。

お見舞いに行くのはみどりの日課です。

みどりは病院に向かいながら、一丁目の木蓮が植えられている家の前を通ってみようと思い立ちました。

一丁目の木蓮はとても立派な木です。

「わぁ・・・」

一丁目の木蓮の前についたみどりは、思わず声をもらしてしまいました。

真っ白の花がもう半分以上咲いていたからです。

まだ咲いていないつぼみが、はずかしそうにしているのもかわいらしくて、みどりは小さな声でこんにちはとあいさつをしました。

『こんにちは、みどり』

「みんなとってもきれいね」

『ええ、今年もいっぱい栄養をもらったからきれいに咲けるわ』

木蓮は、満開になったらまたおいで、と言ってくれました。

みどりが歩きはじめると、今度はお隣の家の紅梅が声をかけてきました。

『ねぇみどり、今日もおばあさんのお見舞いにいくの?』

そうよ、と答えると紅梅は枝をざわざわと揺らしました。

『だったら、下の方の枝が折れた花をお見舞いに持っていらっしゃい』

見ると、確かに木の下の方には折れてぶらぶらと揺れている梅の枝があります。

みどりは、他の枝を傷つけてしまわないようにその枝を取り、また歩き出しました。

「とってもいい匂い」

梅の花は甘くてとてもいい匂いがしています。

きっと、おばあちゃんもこれを見たら元気になってくれるはずです。

みどりが病院に向かっていると、今度は別の声が聞こえてきました。

『今年は春が来るのが遅かったわね』

『去年大きな地震があったでしょう?』

『ああ、そのせいで春の精さんが遅れたのね』

みどりは驚きました。

去年のあの大きな地震のせいで春の精が遅刻してしまったことを初めて知ったからです。

春の精はとても優しいお兄さんです。

「それは本当?春さんは大丈夫なの?」

思わずみどりが会話に入っていくと、おしゃべりをしていた春風とタンポポは、あらみどり、と嬉しそうに答えました。

『大丈夫ですよ、今日は病院の庭の桜に息吹を届けにいくと言っていたわよ』

それを聞いたみどりは急いで病院に向かいました。

病院の中庭にはとても立派な桜の木が植えられています。

その木の根元に、ひょろりと背の高い男の人が立っていました。

「春さん!」

みどりが駆け寄ると、男の人は振り返りにっこりと笑って手を振りました。

『やぁみどり、久しぶりだね』

「今年は春の精さんが来るのが遅れたって聞いたの」

『ああ、日本の季節が少し遅れてしまったんだ。でももう大丈夫だよ』

春の精に頭をなでてもらったみどりはホッと一安心しました。

『みどりは地震でケガをしなかった?』

みどりは、おばあちゃんがケガをしたことを春の精に話しました。

すると春の精はとても辛そうな顔で痛かったねと言ってくれました。

みどりは痛い痛いと言って泣いていたおばあちゃんのことを思い出しました。

おばあちゃんのお友達もたくさん死んでしまったと言っていました。

「次にまた地震がおきたら、夏さんは怖くてこの町に来てくれないかもしれないわ」

みどりがそう言うと、春の精はにっこりと笑ってこう言いました。

『大丈夫だよ。何があっても明日はやってくるし、春だって夏だってちゃんとやってくるよ。だってみどりがこの町で待っていてくれるって知っているからね』

春の精の言葉に嬉しくなったみどりは、手に持っていた紅梅の枝を、背の高い春の精に差し出しました。

花をくんくんと嗅いだ春の精はにっこり。

『春の匂いだね』

さぁ、今度はおばあちゃんを笑顔にするために、春を届けにいきましょう。




終わり。


東日本大震災で大切な人や大切なものを失ってしまった方々に、ほんの少しでも暖かい気持ちになっていただけたら、と思いながら書いたお話です。

どんなに苦しくても悲しくても明日は来るし、季節は巡る。

ありきたりな言葉かもしれませんが、そうやって少しずつ前を向いていけたら、と思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなにいい短編なのに、落とす選考員のセンスを疑います。
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