第2章
それから月日は経ち、今現在。今は夏。夏本番まであと少し。あの日から四ヶ月が経とうとしている、七月であった。
蝉の鳴き声。烏の鳴き声。たくさんの鳴き声が重なって聞こえていた。それをかき消すように実々の高い、大きい声が聞こえた。
「夏!といえば何?」
「蝉」
夕里君が適当に答える。
「違う!夏といえば海!ということで、夏休みは海に行きましょう」
実々はいつも唐突だ。そして今も、唐突だった。
海か。ずっと行ってないな。と思い、
「いいね。行こう」
と私は賛成した。
「……」
夕里君は無言。
「どうせ暇でしょう?付き合いなさい」
夕里君はため息をつき、
「しょうがないな……」
「はい。決定!」
実々は凄くはしゃいでいた。実々は泳ぐのが凄く上手い。だから好きなのだろう。と私は悟った。
それからというもの、実々は毎日毎日、海のことばかり話すようになった。
そんなある日の朝のことだった。あいつはいきなりやってきた。
学校のチャイムが鳴ると、担任の先生が教室に入ってきて、ホームルームを始める。いつもと何も変わりない、平凡な朝だった。しかし、違かった。
「今日は、新しい生徒が来ます」
クラス全体がざわつく。私もその仲間に入っていた。なぜなら、ここは高校。受験をしなければ入って来れない場所であったからだ。きっとみんな同じ事を考えていただろう。
先生が話を続ける。
「受験の試験は受けていたのですが、家の都合で少しの間、学校に来れなかったそうです」
なるほど。とみんな納得する。
「角谷さん。入ってきて」
と先生が言うと、教室のドアがガラッと音を立てて開く。その先には、長い髪を少し高い位置で二つに結った可愛らしい女の子が立っていた。ゆっくりと歩き、先生のいる場所へ向かう。その時、ドタッという音と共に、角谷さんは転んだ。みんなは唖然としている。角谷さんはすぐに立ち上がり、顔を真っ赤にしてまた歩き始めた。
「す……角谷美奈です。えっと、分からないことが多いですけど、よろしくお願いします」
と自己紹介。見た目天然。中身天然。まさに美少女であった。男子は、可愛いと叫んで喜んでいる。その中に、夕里君もいた。
「凄い好み。可愛くない?」
と私に話を振る。もちろん無視した。
「あれ?嫉妬してる?」
顔が熱くなる。
「そんなことあるわけないじゃん。」
否定。
「えー?本当?」
しつこく聞いてくる。
「関係ないでしょう!角谷さんが好きなら好きで勝手にすれば?」
咄嗟にむきになってしまった、私。気が付くと勢いで立ち上がっている。みんなの視線が集まる。こんなに……視線が痛かったのは初めてだった。
「すいません」
唖然としている先生に謝り、椅子に座る。
「そんなにむきになることないじゃん」
夕里君の素っ気無い一言。心が……痛い。
「小雪?平気?」
休み時間になると、実々がすぐに話しかけてきた。
「どうしよう。嫌われちゃったよ」
夕里君は角谷さんのところにいる。凄い笑顔。あんな笑顔……私も見たことなかったのに。その笑顔が角谷さんに向けられているものだと思うと、また心が痛んだ。
「ごめん。トイレ行って来る」
と実々に言い残し、トイレまで走った。トイレに入る。誰もいないと分かるとホッとした。個室に入り鍵を閉めると、涙が出た。
何でだろう。私、こんなにも夕里君の事が好きだったの?もう、分からないよ。自分の気持ちが分からない。
ギーという音が外から聞こえた。それに、二人の人の声。
角谷……さん?と優奈?
「角谷美奈さん?あんたさ、調子に乗ってない?」
優奈の怖い声。どうやら角谷さんに対して言っているようだ。
「へ?あの……何……ですか?」
「だから、高原に近づくなって言ってるの。分からない?」
「あの……私……。別に近づいてなんか……」
角谷さんの声を遮って優奈が言う。
「近づいてるじゃん。可愛い子ぶって。気持ち悪いんだよ!」
個室の扉の向こう側で角谷さんが涙ぐんでいるのが分かった。
私は、勇気を出して個室の扉を勢い良く開ける。
「小雪……」
優奈が呟く。
「優奈、やめて。お願い……」
声は震えていたかもしれない。聞こえないほど小さかったかもしれない。
「角谷さん、平気?」
と角谷さんに駆け足で近づく。角谷さんはコクリと頷く。優奈は動かないまま、下を向いている。
「優奈、謝りな?角谷さん、優奈が謝ったら許してあげるよね?」
角谷さんはまたコクリと頷く。優奈はやはり、動かない。
この時だった。あの日の事を思い出したのは。
あの時の私も、角谷さんと同じく、転校生だった。その時私は好きな人が出来た。スポーツ万能、成績優秀。完璧な人だった。しかしその人は、やはり女子から人気があった。きっと学年で一番。
「好きです」
私は勇気を出して告白した。
「ありがとう。実は俺も可愛いなって思ってたんだ」
私は幸せの絶頂にいた。でも、そんな幸せな日々も一週間後には壊されたんだ。
「ちょっとトイレ付き合って」
いつも通り友達のトイレに付き合う。ついでに私もトイレに入る。その時だった。事件が起きたのは。
バシャという音と共に、大量の水が降ってきた。
寒い。冷たい。急いで扉を開ける。そこには、女子四人が立っていた。
「横山 小雪さん?あなた、うざいよ?」
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。でも、次の瞬間にはもう分かった。いじめ、だって。そしてまた、酷いものを見た。
「由……美……」
由美。そこに立っていたのは、今私をトイレに誘った友達だった。ずっと仲が良くって、いつもいつも一緒で。
由美は下を向いていた。
「私たち、由美に頼まれたんだ」
……え?どういうこと?
「由……美……?私たち、友達だよね?」
由美はハアっとため息をつき、私にこう言った。
「小雪さ、最近調子に乗ってるよね?いきなり転校して来たと思えば、いきなり私のずっと好きだった人盗って」
そう。全ての原因は私の恋、だった。
「でさ、別れてくれない?」
「え……」
「いじめらたくないよね?」
「嫌……。別れない」
初めて実った恋。こんな事で壊されたくなかった。私は強く生きる。いじめにも耐える。頑張る。そう決心した。
「は?」
私は凄い速さでトイレから出た。それから階段を下りて保健室へ行った。あいつらは来ない。戸惑いもなく、保健室へ入る。
「横山さん?どうしたの?」
「早退、させてください。」
即答した。とにかく、一刻も早くここから出たかった。家に居ればあいつらに会うこともないから。
「え?何?いきなり」
「お願いします」
何回もお願いした。保健室の先生が甘かったのか、早退させてくれた。
「小雪、大丈夫?」
その場にいた友達の美貴が声をかけてきた。
「うん……。大丈夫」
「荷物、持ってくるね」
そう言い、保健室から出て行った。それから約五分で美貴は戻ってきた。
「ありがとう」
「気を付けてね」
と美貴と保健室の先生は言った。
「ありがとうございます。さようなら」
と言い、下駄箱へ向かった。
上履きを履きかえると、直ぐに家へ向かった。徒歩五分でつく場所に私の家はある。早歩きで歩いていると直ぐに家に着いた。
誰も居ない。親は二人とも仕事に行っている。真っ先に私は自室へ行く。
ベッドに飛び乗り、今日の事をよく考えてみた。
私……別れたほうがいいのかな。
正直、あいつらに返事をする時は戸惑った。でも別れたくない気持ちが強かった。あいつらに負けたくない。私は、いじめにも耐えて頑張るんだ。
気が付くと朝になっていた。制服も着たまま。リビングへ向かった。テーブルの上には一枚の紙。
『仕事が早いのでもう行きます。朝ごはんしっかり食べてね。 お母さんより』
テーブルの上にはご飯が揃っていた。手紙を元の位置へ戻し、ご飯を口に運ぶ。いつもの味。
「学校……行きたくないな」
呟いた。思ったことが口に出た。
「行こう」
結局私は外へ出る。足を学校へ運ぶ。何故か……。いつもより学校に早く着いた。
いつも通りに上履きを手に取る。ジャラっという音。画鋲。上履きの中に画鋲が詰まっていた。気づかないわけないのに。と思う。画鋲は下駄箱から一番近い保健室へ届けた。不審に思われたが、落ちていた、と言い通した。
いつも通りに階段を上る。教室に入る。椅子に座る。教室はいつも通りだった。
「おはよう」
彼が話しかけてくる。途端に涙が出てきた。何でかは未だに分からない。
「え?どうした?」
彼は凄く驚いている。
「ごめん……。別れよう」
無意識にそんな言葉が出た。きっと心のどこかで、いじめられたくない。そう、思っていたのだろう。
「何……いきなり……」
「ごめん。私、無理」
「分かった」
彼は一言呟いてその場から消えた。
「横山さん」
最後に音符マークの付くような声。あいつらだ。
「何……ですか?」
「やっと別れてくれたんだ?」
「は……い」
「じゃあ、許してあげる?」
由美はコクリと頷いた。
「でも……、もう、小雪とは友達じゃないよ。」
由美の言った言葉。ズキンと心が痛んだ。
幸い、私には美貴がいたため、由美と居なきゃいけない。というわけではなかった。この後は、由美とは何も話さずに卒業。そして高校入学。夕里君に一目惚れ。何でこんな簡単に恋をした?自分に問いかけても答えは出ない。それに実々は何故かすんなりと信じれた。何でだろう?答えは出ない。
実々は、私の事を裏切らなかった。いつもいつも私の事を心配してくれて、恋も応援してくれた。
「優奈……」
私は呟く。優奈は手を横で力強く握っていた。
「ご……めん」
優奈はやっと呟いた。
「ごめんね。自分の恋が上手くいってないからって、当たっちゃって……」
「ううん。いいよ」
と角谷さん。問題は解決。
この後、角谷さんとも仲良くなれた。そして、美奈が夕里君の事を好きという事も聞いた。夕里君も……美奈の事が好き……。