第1章
うるさすぎる目覚まし時計。カーテンから漏れくる日差し。現実へと一気に引き戻される。それと同時にお母さんの声が聞こえた。私を呼んでいる声。それに適当な返事をし、起きあがる。
いつもと何も変わりのない朝だった。
私は階段をドタドタと鳴らしながら駆け下りる。リビングに着くと、時計に目をやる。七時十五分。まだまだ登校時間までには余裕があった。
リビングの中央にあるテーブルには朝ご飯が並んでいる。イスに座り、トーストに手をつけた。
トーストはこんがりキツネ色。一番美味しい焼き具合だ。それに手をつけるなり、今日は良いことありそう。と思う。
トーストやスクランブルエッグ、それにサラダを口に運んでいると、すぐに家を出る時刻になった。のんびりしすぎた。と後悔をしながら鏡を見て、髪型チェック。バッグを手に取り玄関に走る。
ドアを開け、大きな声で行ってきます、と言い、実々の待つ駅へと向かい始めた。
ここから駅までは徒歩約十分。いつも、実々のほうが先に来ているから今日ももういるだろう。と考えながら歩いていた。
駅に着くと予想通り実々はいた。しかし今私が居るところから実々を見ると、隣にもう一人居るように見える。一体誰だろう?と思い、実々のもとへ走った。
実々の近くまで走ると
「小雪。おはよう」
実々は私に気づき、あいさつをしてきた。それに私も返事をする。そうすると、
「おはよう」
と実々の隣から男の人の声が聞こえた。瞬間的に私は声の主を捜す。
実々の隣。そこには夕里君が立っていた。
「夕里君?何でここに?」
「改札通ろうとしたら上崎に会った」
実々が私に向かってウインクする。平然を装っている私がいる。けれど、凄い早さで心臓が動いている。
心臓が凄い早さで動いているのが気付かれないかと心配すると、また早くなる。
「行こう」
と実々は口を開いた。私たち二人はうん、と頷いた。
私たちの住むこの駅から電車で約五分。更にそこから、バスで約十分。合計約十五分で学校には着く。今の時刻は八時五分。学校に着いても余裕がありそうだった。
電車の中、バスの中、三人でいろいろなことを話した。夕里君の誕生日、血液型も分かった。そんな、ちょっとしたことだったけれど、私はとても嬉しかった。そうしているうちに、あっという間に学校に着く。
校門から中に入ると部活を終えたたくさんの人たちが下駄箱へ向かっていた。それに紛れて私たちも下駄箱へ向かった。私たちは全員同じクラスなため、下駄箱も同じだった。
靴から上履きに履き替えると、下駄箱のすぐ横にある階段を登る。私たちの教室は一番上の階。つまり、四階だ。その上には、昼休みに開放される屋上がある。
階段を上り終えると、教室の扉が五つ。私たちの学年は五クラスある。私たちは一組。階段から一番近い場所にある教室だ。
扉を開けると、クラスの人数の三分の二程度の人がいる。みんな、「おはよう」と声をかけてくる。それに返事をしながら席へ向かう。私の席は前から二番目の一番窓側。前の席が夕里君だ。そうだ……。この席が、恋のきっかけだったのかもしれない。
あれは、入学式の日の事。
教室に着くと、教卓の上に座席表が置いてある。私は席どこだろう。と思いながら自分の席を探していた。その時、扉の開くガラッという音が横で聞こえた。反射的に扉のほうへ首を向ける。そこに立っていたのが夕里君だった。
「おはよう」
夕里君の声。教室には私一人。つまり私に声をかけたのだ。
「おはよう……」
私は戸惑いながら返事をする。この時はもう既に、恋に落ちていた。理由は分からない。でも私は、好きになったんだ。
そしてまた座席表へ視線を移す。直ぐに席は見つかった。前から二番目の窓側。見つけると同時に席へ足を向ける。席に着く。ドサッと鞄を机の上に置く。次は私に代わって夕里君が席を探し始める。
そんな夕里君を見ていると、あっという驚いたような顔をした。私は、何だろう?と首をかしげた。
夕里君がこっちに向かってくるのが分かった。
え?何?何でこっちにくるの?と思いながら机へと顔を背けた。そうすると、私と同じようなドサッという音を鳴らした。私の前の席で。
「横山小雪……か」
私の名前。
「俺、高原夕里。よろしく」
この時、私はどんな顔をしていたのだろう。口を丸く開けていたのは確かだ。それだけは分かる。
「よ……よろしく!」
大きな声を出してしまった。勢いで立ち上がる。それに対して夕里君の笑い声。顔が赤くなる私。その場に入ってきたのが実々だった。
「お。盛り上がってるね」
続けて
「私の席はどこかな?」
と教卓の座席表へ向かう。見つけたらしく、教室の席を確認している。そして席に向かって歩く。荷物を机の上に置き、こっちに来る。
「私も入れて」
と一言。
「うん」
と私は頷いた。
「私、上崎実々。よろしくね」
と実々が自己紹介をする。それに続いて私、夕里君が自己紹介をした。そしていろんな話で盛り上がった。
私たちが初めて出会った日であって、そして、私が夕里君を好きになった日であった。