最終話・神の御手に
愈々、最終稿になりました。
再びお会いするのを楽しみにしています。
小鳥の囀り、木漏れ日に緑が乱舞している。
御包みのようなふんわりした心地よい透明カプセルに目覚めた一平は、五体満足に両手と両足が動くのに呆然としていた。
額に手を当てると、何時も心象を捉えていた豪の窪みが無い。
側らに鞘に収められたガルガン剣があり、持って起き上がると、カプセル全体が音もなく陽炎のように消え失せた。
一面に咲く百合の香りに白い衣をそよがせて、新緑の白樺林を歩む。
野鹿の群れに導かれるように林を抜けると、鮮やかな緑なす草原が広がり、山際の花の丘に数基のカマボコ兵舎が見えた。
嘗て見た光景。あれは南相馬の葛久保洞窟だ!
洞窟前の広場に人影が二つ、一平と同じように白い衣を纏った男女が居る。
男が声をかけて来た。
「イッペイじゃねえか!何で此処に?」
「玲君?!君こそ如何して?」
八年前と変わらない玲がいる。
側らのすらりとした長身の美女が驚きの声を上げた。
「イッペイ君は二十七年前と全く変わっていないわ!」
「まさか、あゆみさん?」
面影を残した人形少女が二十歳ぐらいの女性になっている。
三人は三様に年月、年齢、そして肉体の変化に戸惑いと混乱を来たしていた。
「あんたも繭からかい?」
玲が尋ねた。
「バラバラに爆死したはずなのに、五体健全にカプセルの中に居た」
「俺たちは嵐の海で遭難し、死んだはずが繭に眠って居たんだ」
「繭?」
「神人の再生カプセルよ」
「再生カプセルって……?」
「とにかく、鏡を見てみい」
二人は花園に建つカマボコ兵舎の中に一平を連れてゆく。
「鍵もかかってねえし、つい今まで誰かが居たって感じなんだが、…」
等身大の鏡の中に、葛久保を出発した時そのままの一平がいた。
「俺たちは二十七年の歳月で、あんたは八年しか経っていないらしい。そして、俺とあんたは出発時のまんま変わってねえ」
「でも、あゆみさんは、少女じゃ無くなってる…」
「俺は五十になんなんとしていた。それに、年齢だけじゃねえ。十年来の顔の火傷が消えているし、戦で斬られたあゆみの刀傷も無くなっている」
「僕は、砲弾に手足が吹っ飛ばされた……」
「俺らはゾンビかよ!」
玲は卓上の電話が生きているのを確かめてから電話帳を捲った。
「困った時には七郎先生だ。大悲山道場にコンタクトすんべ!」
けたたましいサイレンと共にパトカーと大型警備車が広場に入り込み、大音声で告げた。
「中の三人、出て来なさい!抵抗すれば、射つ!」
銃を構えた狙撃員が見て取れる。
玲はドスを利かした。
「バッキャロー!俺らはもうとっくに死んでらあ!」
外に出ると、驚きの声があった。
「玲に一平君じゃねえか?!」山本学刑事部長だ。
「一体、如何なってんだあ?お前等は二年も、何処で如何してたんだ?」
そして、長身の女性が安藤あゆみであることに、山本は更に驚くのだった。
(二年間……?)
「バキ・カンパニーの管理人からUFOを見たって通報があって、張ってたんだが、お前らが現れるとは……」
「バキ・カンパニー?」
「大悲山道場に居たインディアンの爺さん」
「バキ老師のこと?」
「そう、その老師さまのアメリカの会社が、去年から仲田組を使って、この辺一帯を買い取って管理してんだ」
・・・・・・・ ・・・・・・・
一平たちの帰還は奇妙で不思議な現代版御伽噺と言うか神隠しのように伝えられ、大きなニュースとなった。
しかし、人の噂も七十五日と言うが、現代社会では数週間もすれば、如何に刺激的な出来事であっても、関心外に流されてしまう。
身元引き受けの大悲山道場に滞在の後、三人は来るべき異世界への再挑戦を約し、二年間のタイムラグを埋めるべく、夫々の生活に戻って行く。
以後、一平は帝応大学四年生に復学し、一見何事も無かったかに学園生活を過ごすのだが、思いは常にヒロコや牧野と共に在った。
そして、六年制度である医学部の時田義明等と同時に卒業となり、師の美田村の推薦もあって、三島市内の中学に社会の教師として教鞭を執るのだ。
… … … …
構内アナウンスがいわき行の出発を告げ、ベルが鳴り響いた。
振り返ると、全てが泡沫の夢のごとく思え、一平は胸ポケットから封筒を出し、確認するように手紙を見返す。
北アフリカ・モロッコ経由で送られて来た手紙には、テラは復興と新たなる栄光に向かって進展しており、ヒロコが産んだカゼルと名付けられた十歳になる男の子はユズキの記憶を有している、とある。
「……カゼルと共に一日千秋の思いで。貴方のヒロコ」と、文は締め括った。
携帯電話の着メロが鳴った。
南相馬の玲からだ。
「チャンプ!あんたが来るってことで、大悲山の七郎先生十五年葬(十五周忌)は単なる偲ぶ会では無く、鏡の国オペレーションに成りそうだぜ」
六年前に一平が全日本剣道選手権で優勝して以来、玲は一平をチャンプと呼んでいる。
「とにかく、集まってるのが半端じゃねえ。中でも、オペレーション参加希望者がヤバイ。俺とあゆみのカップルは別として、ヒロコパパのゼッターランド教授、居合いのテッド・ハリソン教授、津波に消えた貴船神社の娘・幻想漫画家の村神あかり嬢、ホカ・バキとパトリースの代理として、北アフリカからウリムとトミス、仲田建設の義健社長。それに加えて、あの猛烈キッスの理恵と、連れ合いのオカマの医者……」
一平は笑った。「時田はそれっぽいけど、オカマじゃない」
「全く、何が何やら。キス娘は隼人と結ばれると思ってたんだが……、隼人もバンクーバーでカナダ娘と結婚して二児のパパになってるしー……」
「確実なのは、確実じゃ無いと言うことだけ。僕は今だに浦島太郎してる」
「チャンプ、俺達の所に帰ろうぜ!志を高く掲げ、アグレッシヴに行こう!」
心の奥を行き来していた諸々の思いと不安が吹っ飛んで行く。
「玲君は、まるで七郎先生だな」
玲の声が弾む。
「先生の志も連れて行くサ」
そして、「主役のゴーサインを大悲山で待ってる」と、携帯を切った。
(全てが神の御手にある)
炎天下、電車は夾竹桃の林を抜け、復興の地へ直走る。
一平は最近再びそれらしく成ってきた額の窪みが締め付けるように疼くのを感じていた。
(ダールラハウマ・ムング!ダールラハウマ・ムング!)
本文を南相馬復興への祈りを込めて
沙門きよはる
長期に御愛読ありがとうございました。読破された方は次第に、ボデイブローのように大悲山幻想の精神衝撃が効いてくることを確信しています。 近々、第二作として、癒しのヨナ、のタイトルで幻想小説を投稿する予定ですので、沙門の世界でまたお会いしましょう!




