九十三話・伝説の道
晩秋のウンダバーにダルマラーマ・ライオンの大音声が走った。
「世界は燃えている。嫉み、恨み、憎しみ、怒り、物質欲の炎が、苦しみ、悲しみ、破壊の炎を掻き立てる。我等はこの聖なる巡礼に全ての執着と怨念を捨て去るのだ。
今ここに、悔い改め、感謝し、許しを請い、許容し、愛を与える者の全てが癒されよ!」
… … … …
公国の総力を挙げる大イベント。
巡礼総数八十万、移動する人の群れは大河の如く、まさに民族大移動だ。
空には無数の飛行船、気球、ジャイロコプター、そして、トーラ空軍のヘリコプターや飛行機が飛び交う。
情報によると、インディラスタンには八十万、エウロパには全世界からの百二十万を超える巡礼参加希望が既に待機しているとのことである。
「席捲するムーヴメント。同盟国のチャガタイを始め、エウラシア九十三カ国が公式に支援と協力を申し出ています。オルマヤ、ポセイデア、アフリカ連邦、東南エジア連合、ラムリー洋大陸諸島にも大挙する動きが見られます」
一平は微睡む。
白い狼は一平だった。
丘の中天に懸かる月は、真昼のように冴え渡り、率いるバンドは歓喜の歌声に酔う。
一発の銃声が森に鳴り渡り、竜人と光家は犬を追わせた。
大きな顔の人面猟犬の群れが仮借なく襲い来る。
白狼は恐怖に慄いた。
ウンダバーを出てから七日目の宿泊地は、戦後の地殻変動で噴出したアルカリ温泉湖のマニポニの辺だ。
湖上全体に、緑の冠を載せた細長い磐が無数にそそり立つ奇観。
一平と牧野が一緒に温水浴をとるのはニライ・カーネル以来である。
行く手に聳えるアルプス連山を湖面に反射させ、沈み行く夕日が辺り一面を束の間の茜色に染めていた。
「一平君、大悲山が遥か昔に思えるわな」
牧野がしんみりと語りかけた。
一平は身近に迫る死の予感について話した。
「このところ、タルコスマ師が告げた不可避の死が、何かにつけて間近に感じられ、先のない断崖に向かって突っ走っている心境なんです」
牧野は首を傾げる。
「神の御意思は宿命を超える。神人は、チャンホー山の契約で一平君を人類を導く不死の牧者として刻印した。つまり、君は死することなく栄光を担って行くのが定めとなったはず」
ヒロコと同衾の最中、一平は突如呼吸系に強烈な圧迫を感じ胸を押さえた。
全身至るところ、抉られるような激痛が断続的に走った。
天井や地面がぐるぐると回り始め、意識が急速に遠のいて行く。
一平は慄き、金縛りに苦悶した。
(死が間近にある!)
コンピューター等の精密機器に囲まれる部屋、無数の電極を体に刺し込まれたオルマヤ人と思しき中年の女が、白衣の女を従え、ぞっとする儀式めいた所作に没頭していた。
一平そっくりな全裸の等身大人形に、繰り返し光を放つ錐を刺しては祈っている。
脳天が火杭に打たれたような衝撃に、一平は蘇った。
ヒロコを始め、皆が心配そうにベッドの周りに見守っている。
「天頂と千里経を灸で思い切り焼きましたので、数日ひりひりします。後はハアナをすれば大丈夫でしょう」と、ゲオルクが告げる。
キサンが覗き込むように言った。
「ダルマラーマも危なかったが、お蔭さまで、光の家の呪い婆を特定できた。その上、抹殺を謀って指令した黒幕もぶっ殺せた」
「先生は大丈夫なんですか?」
一平は起き上がった。
「火傷痛に泣きが入ってるよ」
翌朝、一平はキサンに尋ねた。
「如何やって光の家の攻撃者を特定出来たの?」
「君とダルマラーマが瀕死に見ていた幻想を透視し、光の家専属暗殺師であるオルマヤのグンバ女史と指令者のサーデモを特定した」
「敵の攻撃対象が、反撃手の貴方でなくて幸運だった」
「そう、全てが良いように進んでいる」キサンは笑った。