八十八話・選択
トワンハイ出発に際し、モアはトーラまで同行すべく、人民軍から一個師団を割いた。
核の傷跡生々しい巨大都市ポックキョに巡礼の旅が赴く時、一行は世界中からの義援参加で雪だるまのように二十万を超えるまでに膨らんでいた。
そして、百万スタジアムでの大癒しの奇跡を行った後には、四十万の大群と化し、運搬車両千台におよぶ大行進となる。
トーラまで残すところ六十里の北部同盟との境地に、一行は地震と砂嵐で足止めを余儀なくされた。
北部同盟から、係争地区を迂回し、同盟軍の要となるヴィグルの首都・パイランバートルを経由するよう申し込みがあった。
投げ込まれたボールの意味は、一行が北部同盟の意向を無視し、係争区域を武力で突破横断してトーラへ渡るか、彼等の言に従い、平和裏に北部同盟軍真っ只中へ迂回するかだ。
巨大太陽フレアーによる強烈な磁気嵐で、外部との通信連絡が乱れ途絶している。
聖櫃は沈黙の殻に篭っており、ムセイオンからも連絡がない。
情報遮断の状況に、一平はコンパス無しの難破船を操船しているような心許なさである。
逡巡する一平に、モアが迂回せずそのまま砂漠を越えてトーラに渡るよう進言した。
「パイランバートルに渡るには、強烈な放射能区域であるタカマ草原を越さねばならない。
タカマ草原の放射能レベルは安全域を超えているばかりか、流砂や放射能で変異した危険極まりない生物が巣くっている。それに、それらをクリアしたとしても、招待の北部同盟は蛮族の政治的、軍事的、宗教的集合体で、信用の欠片も無く残忍にして危険極まりない。
師よ、蛮族の野合ごとき何ごとか。このままガブラを武力突破しましょう!」
吹き上がる砂塵に、月は面を消し、一寸先も見えない。
その夜、一平は北部ヤンゴルモア・アルタイ同盟の申し込みと、モアの進言を幹部会に諮った。
夜半までの喧々諤々の上、結局は一平の決断に委ねられる。
砂嵐が去ると、マンマが辺り一面溢れるように出現した!
一平はこの天からの食料支援を係争地区迂回・パイランバートル経由と受け止めた。
(このまま直にガブラを突破してトーラに渡れば、二日後はトーラの豊かな物資が待っている。しかしながら、今回のマンマの量は一行を養うに三ヶ月が相当する。つまり、それだけの手間をかけねばならないと言うこと)
夜の天神感謝祭は盛会だった。
人々は食足り、愛の敷衍を受けて至福の感情に浸っている。
煌々たる満月夜、間断ない花火、無秩序で爆発的な歓喜の嵐に音と光が乱舞交差した。
佳境にかかる時、トーラの垂直離着陸型航空機が一機現れ、見る見る近づいて、祭りの真ん中に着陸する。
タラップを降りて姿を現したのは、ロキとヒカリイトに付き添われたヒロコだった。
走り寄り抱きあう一平とヒロコは、熱情も露にライトの中を舞うように回った。
「ダルマラーマが、姫のお願いアタックに根負けしちゃってね」キサンが肩を竦めた。
一平の声が弾む。「ヒカリイトがお出ましならば、僕はお役御免ってことですね」
キサンが首を振った。
「君のヒロコを置きに来ただけ。僕はこのままムセイオンにUターンし、定められたパートに戻る」
ロキが一平に手を差し出す。
「君とは数奇な出会いだった。私もUターンし、チョイ過去のガイアに旅立つヨ」
「愈々、アランや恵子ママに会うんですね」
「かく言う過去の君にもネ」
翌朝、一平がガブラを迂回して高魔草原を越えてのパイランバートル行きを告げると、ヤン人の大半が北部族への恐れから巡礼の離脱を表明し、モアと共にポックキョへ戻ることとなる。
別れ行くモアが「一旦なりとも、巡礼から離れるのは断腸の思いだが、ヤンゴルモア統一の暁には、道を求める一介の沙門として、師の足を洗わせてもらう」と、目を潤ました。
… … … …
クンルン山脈を越えると、草原とは名ばかりの草木一つなく地平線まで広がる荒涼たる砂の海に呆然となった。
「六十年前までは地味豊かな動植物の溢れる草原だった……」
スクッピ・トートンが感慨深げに説明する。
「私の親はオルマヤからの開拓入植者で、先の大戦によるこの地からの引揚者なのです。此処の異常な放射能レベルと荒廃は核戦争のせいじゃなく、繰り返し行われた露面での核実験のためなのです。
丘の上から望むと、所々に砂が川のように流れて行くのが見て取れた。
「流砂です。嵌ったら最後助かる術がない」