八十五話・ヤンゴルモアの戦い
一平は予言師タルコスマを幕屋に迎えた。
「ここまで、定められたシナリオの上をひたすらに歩んで来たのですが、ヤンゴルモア・マンシンとの戦いは如何なるのでしょうか?」
「戦いは過程にすぎません。既に師は栄光への道を歩んでいます」
「兵力差は如何ともし難いようにも思えるんですが?」
軍事常識が信念を揺るがしている。
「経過や推理は意味を為しません。為さねばならない事に努力すべきでしょう」
一平は言わんとするを覚り、立ち上がって礼をとった。
「御教示感謝します。これからも、宜しく御指導を」
「それが、私はこの戦いが今生の別れとなるようです」
「今生の別れ?」一平は息を呑んだ。
「私は生まれ変わって、再び師たちと使命の道を歩む」
タルコスマは幕屋を辞した。
巡礼団は東部ヤンゴルモアとの戦いに急ピッチで備える。
キハン最巾のクジリ河に架かるマ二ボボ大橋を渡ったところのドトメ平原と、取り囲む山林に塹壕を掘り、山林全域にムセイオンの最新防御シールド装置を設置して迎え撃つ。
マニボボ大橋は、嘗てソン・イール将軍がヨミシャセの最高技術を結集して造らせた幅二百間に及ぶ世界最大の大橋である。
一平は戦に先立ち、巡礼の一行とチョンポたちに殉教の覚悟を告げた。
ムセイオンは同盟国であるチャガタイと共に、高速航空輸送機で、ピストン式に、土木工具・器機、全員の戦闘ヘルメットや防護服などと、多量の最新式ハイテク兵器等を供給すると共に、二万余りのトーラとヨミシャセ、そして、チャガタイの義勇兵を降下させた。
「戦端が開かれたら、即座に東部ヤンゴルモア・マンシン幹部の呪殺を開始する」と、キサンから伝言があった。
… … … …
鳴り響く銅鑼の音と共に、ヤンゴルモアは巨大な絨毯を広げるように押し寄せる。
巡礼団は、山の辺から対岸一面を見渡す限りに埋め尽くす、膨大なヤンゴルモアの数に呆然となった。
人流は止まることなく筏を次々と浮かべ、浮橋を形成し始める。
真紅のマントを翻して使者の黒い単車が一騎、橋を駆けた。
「降伏せよ!然らずんば死。偉大なる中央国マンシン人民軍は一刻の猶予を与えよう」
圧倒的なヤンゴルモアの兵力は巡礼の一行に動揺を齎し、約三千人のキハンと百人に及ぶヨミシャセが、一行を離脱してヤンゴルモア軍に投降する。
ムギャポは投降の一団が橋を渡りきるのを見届けるや、直ちに、平原全域に停滞煙幕を噴き上げて視界を遮断し、完全武装した全員を山林のシールドに入れた。
突如、ヤンゴルモアが雨霰と、息も吐かせぬ猛烈な砲撃を敢行した。
そして砲撃が一段落すると、ヤンゴルモアは投降したばかりのキハンとヨミシャセの三千人を人間の盾として最全面に押し出し、キハンのヌラヒョン軍を先陣に大橋を渡り始める。
ゴンガ・ラーマ巡礼団一行は、投降の捕虜が女子供に至るまで、全員素っ裸に剥かれて鞭打たれながら前線を歩かされて来るのに戦慄した。
ヤンゴルモア先陣の数万が抵抗者の戦意喪失、あるいは殲滅を確信して奔流のように橋から放たれる。
催眠師トンハルと幻影師ムーザの現出させた屍の山と、放棄されたトーラの貴重な遺留品の幻想に、略奪の群れは喚声を上げ、銃を打ち鳴らしながら散開した。
ヌラヒョン軍とヤンゴルモアの先鋒が橋を渡りドトメ平原に充満するや、ゴンガ隊は後続もろともマニボボ大橋の出口を誘導地雷で微塵に爆破して退路を断ち、反撃の口火を切った。
満を持していたゴンガの軍は、退路を断たれた敵先発隊を包むように十字砲火を浴びせる。
それは戦いと言うより殺戮と言うべき一方的なものとなった。
更にゴンガ・ラーマ軍はシャマトによって、ヤンゴルモアのヘリコプター空挺部隊の尽くを撃墜し、イムヨウの力を総動員して、対岸のインパイヨウ将軍を始め指導者と思しきをヴァジュラで片っ端から索敵撃殺した。
騒乱状態に陥ったヤンゴルモアに、一平は和平を訴える。
「和平を請う。即に貴軍の先発隊は壊滅寸前である。更なる戦いを仕掛けるならば、ヤンゴルモア全軍にクラスターと光子弾を降らせ、インパイヨウ将軍等に次いで指導者尽くの撃殺も止むを得ない」
返答代わり、ヤンゴルモアは敵味方に斟酌なく、ドトメ平原へ数倍にも増す激烈な砲撃を行い、より一層の筏兵を渡河に投入する。
「雲霞のごとき筏の群れが上陸したら、万事休すだ!」
チョンポは岸際に総力で迎え撃つ提案をした。
「先ずは皆水面焼夷弾で殲滅する!」と、ムギャポが逸り起つチョンポを抑えた。
「皆水面焼夷弾?」
「水を発火源に水面を焼き尽くすムセイオンの最新兵器で、水素と酸素に分解し燃焼する」
皆水面焼夷弾が河面に打ち込まれると、此の世の地獄か、河全体が紅蓮の炎に包まれ、夥しいヤンゴルモア兵が悶死・焼失した。
ムギャポは号令する。
「全弾をぶち込み、恐怖で打ちのめせ!」
ヤンゴルモア兵に降り注ぐ惨禍。ヴァジュラと呪殺によって、次々と指導者が殺されて行く。
然しながら、巡礼団はヤンゴルモアの命知らずの進軍に慄くのだ。
「命は羽毛より軽く、殺されても、破壊されても、怯むことなく前進する!」
筏兵は恐るべき犠牲を払いつつ、弾幕と灼熱炎の中、文字通り屍を越えて上陸し始めた。
巡礼団の法螺と角笛の音が吹きわたる。
チョンポが立ち上がって叫んだ。
「我が勇敢なる誇り高きキハンの戦士たちよ、命を捨てる時が来た!我等が祖国のため、我等が家族のため、我等が誇りのため!」
至る所、総力を挙げた血で血を洗う凄惨な至近距離の撃ち合いと肉弾戦!
其の時、一天俄かに掻き曇るや、雷鳴が轟き天地が鳴動し、突如として立って居られない物凄い強風と、一寸先も見えない土砂降りの豪雨が一気に降り注いだ。
戦場はドロドロの沼地と化し、全てが自然の恐るべき変異に喘ぎのたうった。
やがて狂嵐が静まり、一点の曇りなき快晴となる時、輝く雲が現れ、その中から眩い天空船の雄大な全容を現出させたのだ。
敵も味方も戦意は彼方に吹き飛び、呆然と見上げている。
兵器と言う兵器が作動不能に陥り、全員が湧き上がる畏れに跪いた。
山河を埋め尽くす累々たる屍の山。
巡礼一行もまた予言者タルコスマから催眠術師トンハル、ミナカムイのヨシワライ、ヒャン教授、トーラの部隊長ザド等を含む多数の同志が戦死していた。
破壊されたマニボボ大橋の基で開かれた青天井の和平会議において、呪殺と狙撃を免れたヤンゴルモアの若き最高指導将校のハオツェン・リー以下とヌラヒョン等が和議を申し出た。
一平は告げる。
「我等が望むのは平和と、人類救助の使命のみである」
そして、さらに驚くべき展開。
チョンポが、ヌラヒョンにソン・イールの後継印綬を捧げ、跪いて謝罪したのだ。
「此処に、心底からの悔いを受け取って欲しい。此れまでの無礼、暴虐は万死に値する。この際、我が身八つ裂きになろうとも、我が率いるキハン軍諸共に貴兄に身を委ねたい」
ヌラヒョンは拘りを捨て、和解の手を差し伸べた。
リリトの愛の敷衍力に負うところなのか、チョンポとヌラヒョンのイール兄弟、そして、ヤンゴルモアのハオツェン・リー等、指導者の全てが友好的に和解し合い、その幹部の悉くが一平に帰依を表明したのだ。