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八十三話・獣の宴

       

 カラ港に入ると、夥しい数の人が歓声と怒号を上げた。

 飢えと戦役の粉塵に塗れたボロ屑の集団。鼻をつく臭が港湾全体に渦巻いている。

 船着場の広場には群衆が犇き、押し合い圧し合い、互いに揉み合い、殴り合い、海に追い落とす等の混乱を極めていた。

 荒れ狂う修羅場を前に、一行は船着場に距離をとって、接岸を見合わせていた。


 ヒャンが説明する。

 「無防備・無抵抗のヨミシャセが食料等満載の上、女連れで現れたので逸っているのです」


 興奮した群衆が多数の小舟に乗って押し寄せる。

 獲物に群がる蟻のように、餓鬼の群れはヨミシャセの船団を飲み込もうとしていた。

 巡礼者達は凄まじいキハンの圧力に恐慌状態となった。


 「彼等は何を喚いているのか?」

 「女と食料を引き渡し、己が主人に奉仕せよ!」と、ヒャンがキハンの喚き声を伝える。


 ゴンガ・ラーマは全船へ通達した。

 「略奪者を断固拒絶せよ!」

 そして、恐怖に慌てふためくヨミシャセ人に代わって、トーラとミナカムイに、乗船しようとする略奪者の排除を命じた。

 船に跳び移ろうとするキハンは海中に叩き落され、ヨミシャセ船団に接近を図る小舟の群れはトーラの護衛艦に蹴散らされる。


 「師よ!」

 同胞の拒絶に、ヒャンは血相を変えていた。


 「師は至高の愛を説かれました。愛は与えるもの、自らを捧げるもの、何故に自らを捧げてキハンを受け入れないのですか?何故に彼等を海に追い落とすのですか?迷える子羊に鞭打つのは愛に反するのではないでしょうか?」と、問う。


 一平はヒャンを見据えた。

 「愚かなヒャン!道を求める子羊こそ巡礼の民であり、行く道を妨げる者たちは毒蝮である。捧げるべきは、大いなるものに対してであり、思い上がった蝮にではない」




 やがて一刻、状況は劇的に変容し始める。欲望に狂い、憎悪むき出しだった群衆が、歓迎の意を表し始めた。

 多幸感が港湾全体を包み込んだ。

 (笑顔。それに、歌い踊っている者すらいる?)


 一平がはっとしてリリトを見る。


 「愛の敷衍。憎悪も嫉妬も怨念も糞ッ食らえよ!」と、リリトが微笑んだ。



 上陸!

 歓迎の人群れの中、至る所に生々しい死体が放置され、土嚢代わり各所に積み上げられている。

 腐敗臭が辺り一面に 漂っていた。


 すると、戦闘ジャイロコプター(一人用ヘリコプター)の群れが現れ、連続の銃声と共にバタバタと人が倒れた。

 混乱の群衆を押し分けるようにチャガタイ型装甲車が現れ、オルマヤの軍装に身を固めた兵士が車上からガス弾を撃ちまくる。


 露払いの銃撃を終えると、鼓笛と共に、磨き上げられた金張りのリムジンを挟むように白い軍装の隊列が現れた。


 白ラメを纏った三角帽のピエロ風が踊るように車のドアを開け、大声を上げた。

 「チョンポ・イール将軍様!」


 年のころは三十弱、金モールの白い軍服を纏った小柄な小太りのハイブーツ男が降り立ち錫杖を振ると、万歳の声が港湾に満ちる。


 ヒャンが身震いした。

 「ジャン・イール総統の四男で、人身売買、臓器売買、麻薬密売、偽札造り、強盗、暗殺、拉致誘拐、核兵器・化学兵器売買、等々、ありとあらゆる裏業で財を成した極悪非道の悪魔です。

 総統爆殺後に二人の兄を含む政敵と言う政敵を葬り、長兄であるヌラヒョン・イールと国を南と北に二分しての内戦の末、ほぼキハンの全域を支配下に置いている。

 しかも、首都プンヨ攻防戦のヌラヒョン追い落としの際、ヌラヒョン夫人ジャウを捕らえ、愛人となした」

 「嫂を愛人?」


 キハンの名花と謳われたジャウを捕虜にするや、チョンポは十八歳も年上の嫂を連日にわたる拷問で痛ぶり、欲望の限りを尽くした末に戦利品として市内を引き回し、挙句の果てに囲いものとした経過をヒャンが話した。




 ピエロが拡声器で大音声に告げる。

 「此処におわすは世界に比類無き百戦百勝の天才チョンポ・イール将軍様である。今の日、我等は愚かなヌラヒョンを追放せしめ、遂に南キハンも支配下に置いた。全キハンの庇護者である天獣将軍さまはゴンガ師を歓迎する」



 チョンポは、キハンの地に降り立った一平を熱烈にハグすると、立ち並ぶ儀杖兵の前に手を携えて歩む。

 軍楽隊の奏でる愛国歌、礼砲が轟いた。


 「ゴンガ・ラーマ・ラモン!ようこそキハン民主共和国に。罰当たりにもゴンガ師等の捕縛拷問を企てたヌラヒョン・グループは正義の鉄槌に追放された。此処に、ゴンガ・ラーマ師とチョンポ・イール将軍が会したのは永遠に記念されるでしょう」

 スピーカーが盛り上げるように響き渡る。

 チョンポはお愛想たっぷりに「キャンプ地へご案内しよう」と、告げた。



 鉄条網に囲まれた港湾施設の空き地に、巨大なテント数差しが設営されていた。


 慇懃に礼をとる一平に、チョンポは漂白の真っ白な歯を剥いて笑った。

 「ヨミシャセの花火師と樂師を用意するので、今宵は師の歓迎と我等が戦勝の合同祝いと行こう」



 宴は、花火の打ち上げ、笛太鼓等で、飲めや歌えの盛況となり、忽ちにして持込の食料と酒は底を尽くかに見えた。


 しかし、一平の持ち込んだ折りたたみ式の大籠から果物、パンやご飯等の食物が溢れ出し、酒樽には滾々と得も言われぬ美酒が湧き出で尽きることが無い。


 「種明かしは?」

 驚きのチョンポは一平に小声で尋ねる。


 「大いなるものの御業」

 一平は真っ直ぐに見つめて答えた。


 独裁者に、一瞬ではあったが怯みが走る。

 ミロクに対しての恐れと熱望がチョンポの中で激しく揺れ動くのをダングンジュに見た。


 「我は唯物に信念を置いている。形而上の観念は全てが妖かしであり、魂も霊も、神なる物も弱者の戯言であり、死ねば全てが終わりであると。我の中の変わらぬ定理は弱肉強食に尽き、強者こそが正義なのだ。そして振り返るに、我は躊躇無く徹底した快楽追求と、極悪非道と言われる人生を歩んできた」


 将軍は一息置いて尋ねた。

 「然るに、師を始めミロクは信念を揺るがす。現世利益追求の唯物思想は誤りであろうか?」

 「人は物のみに生きるのではない。将軍の中に時として起こる空虚さは、それを証明しています」

 「我が今あるのは、徹底した利己を実践したからである。そのために友人や家族を裏切り、邪魔者は殺し、犯し、排除した。今更、血塗れの生き様を悔い改めても手遅れであろう」


 「何事も、遅いと言うことはありません。如何なる悪人も救われます」

 「如何なる悪人も?」

 「我々はそのために在るのです」


 「悔い改めるとしても、まだその気にはなれんな」

 チョンポは自らに言い聞かせるように呟いた。


 チョンポは一平に一緒に全国を遊説して、精神と物質を分担し、共にキハンを支配統治しようと提案した。


 一平は首を横に振った。

 「人類存亡の危機が迫っていて、時間が無いのです」

 「人類存亡の危機?」

 「神が怒りの鉄槌を下そうとしている。そうなれば、トーラもヨミシャセもキハンも無い」


 要請を断られた独裁者は「ほんのちょっとの回り道であろうに」と、不満気である。


 「我々の思想実践は、将軍がキハンを完全制圧し、威令が滞りなく全土に満ちて後の話です。まだ、修羅場と紆余曲折を経なければなりません」


 「ヌラヒョンのこと?間抜けな奴ごとき何ごとかあらん!精々、寝取られた女房でも思って悔し涙に暮れとればよいのだ」

 憐憫の欠片も無い間男は傲然と嘯いた。



 チョンポたちが立ち去った後、リリトが不快そうに言った。

 「あの変態猿人、隙を窺って我の手を握ってきたのよ。思い切り抓ってやったら、嬉しそうだったわ。イッペイ、あんなのを信用して大丈夫?」


 一平は笑った。

 「蓋を開いて見なければ、中にいる猫は死んでいるのか生きているのかは分かりません」


 (ダールラハアマ・ムング、ダールラハアマ・ムング)


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