八十二話・怨念を越えて
ヨミシャセの次は、同族相食む戦乱のキハンである。
先ずは船で海を渡ってキハン半島の先に当たるカラ港に上陸し、キハンを縦断してヤンゴルモアからトーラのラッサを目指す。
一平の乗る旗艦にはチョサンヒを始め、ヨシワライ、サクヌマ、或いは多数のヨミシャセ報道関係関係者と、世界各国の報道機関が同乗している。
チョサンヒで帰依したタチクラはヨミシャセ人の繋ぎ役として一平の傍らにスクッピやヒャンと共に在った。
キハンはオルマヤの核攻撃による政権崩壊後、南と北に分裂し、指導者同士の同族相食む覇権争いの最中にあり、放射能、洪水、疫病、化学汚染の蔓延、大干ばつ、飢餓、そして噴火地震を含む天変地異に苦しんでいた。
ヨミシャセ防衛艦隊守護のゴンガ一行を先頭に、追い慕う種々雑多なヨミシャセの船団がカラ港を目指す。
タルコスマは南キハン軍における上陸妨害を予見した。
「北軍に押され、風前の灯の南軍ヌラヒョン・イールは戦闘艦を繰り出し、我らに奴隷としての降伏か死の選択を迫るだろう」
そして、ムンボボが「ヌラヒョンは北軍と仮初の和平を結び、海軍の全艇が我らを標的に展開しています」と、透視する。
最新鋭の性能を誇るヨミシャセ海上防衛艦隊はキハン軍の動向に怯え、「使命達成を祈る」の伝言を残し、そそくさと逃げるように引き揚げて行った。
「情けない!誇り高きヨミシャセ帝国海軍のカスリもない」
サクヌマ女史は嘆いた。
停船を命じる間も無く、南キハンの戦闘艦数隻が姿を現した。
「自由キハン海軍である。投降せよ!さも無くば、容赦なく力をもって掃海し、一隻残らず海の藻屑となるであろう」
リリトが首を傾げた。
「ヌラヒョン軍は壊滅寸前で、我々にかまけている余裕なんか無いはずなのに?」
「キハンの抜け難いヨミシャセへの劣等感に訴え、ヨミシャセと噂のゴンガラーマに屈辱と赤っ恥を掻かせれば、敗北で失った人心を取り戻せると、一縷を賭けているのよ」サクヌマ女史が説明した。
幻影師ムーザが濃密な霧で一帯を包ませ、念動師のサルマ女史がレーダーを惑わせ、そしてリリトが愛の敷衍・和みの力をキハン戦闘艦に放射する。
キハン軍からの脅しの盲撃ちがヨミシャセの民船に被弾し、二三に火の手が上がった。
ナム・アゲラーの合唱の中、二隻が白旗を揚げてキハンに投降する。
一平は船上全ての、縋る様な思いを感じていた。
(ダールラハアマ・ムング、ダールラハアマ・ムング)
内に湧き起こる声が次第に耳を聾するかに鳴り響く。
他心通師アザエールが「ゴンガ・ラーマ、この声は何なんですか?」と、尋ねた。
一平はアザエールの問いに「この声が貴方にも聴こえるのか?」と、驚く。
「もう皆に聴こえているわ。イッペイの内心は開きっ放しよ」と、リリトが笑った。
何時しか、船上の全てが一平の秘言を唱えていた。
突如として、耳を劈く雷鳴が轟き亘り、烈風が豪雨と共に海上を吹き抜ける。
そして、風が止みムーザの幻影が消えると、甲高いボッチョの声が耳を貫いた。
「キハンが居ない!何処にも見当たらない!」
包むように展開していたキハン艦隊と、投降したヨミシャセ二隻は影も形も無く、そこには秘言のみがあった。