八十一話
局内は帰依を望む局員が殺到し、混乱を極めた。
タチクラがテーブルの上に立ち上がり、「建物の周りに,人々が集まって歌い踊っており、収拾がつかなくなっている。浮遊機を手配するので、屋上から脱出して下さい!」と、大声で告げた。
玄関から外を見ると、夜の照明に物凄い数の群集が犇めき、歌い、踊り狂っている。
(入場時には人っ子一人、見当たらなかったのに!)
一平は正面二階のバルコニーから祝福を与えて、屋上から脱出することにした。
一平がバルコニーへ進み出ると、凄まじい鳴り物と歓声、そして天地を揺るがすヨミシャセ国歌・永遠のスメラ、が沸き起こった。
一平の大音声がスピーカーを通して響き渡る。
「愛を求める者!悔い改めるならば、良き者も悪しき者も、……天と地と精霊とダルマラーマの御名において、祝福されよ!病める、弱める、悩める者全てが愛に満たされ、……癒されよ!」
一平の全身から眩い光がスパークした。
すると、汚染された人々、呪われた人々が癒され、歓喜の声と悲鳴が入り混じって渦を巻いた。
… … … …
ミナカムイの宿舎、明日からの鋭気を養う一平に「ミロク殺しが、面会を求めている」と、マギャポが知らせて来た。
「ミロク殺し?」
「ミロク・ユズキ処刑の最高責任者だった,元ヨミシャセ総督だ。門前払いしようか?」
「否、話を聞きましょう」
一平は弥勒殺しの悪名高きオルマヤ人を迎えた。
ローゼントン元ヨミシャセ総督だ。
付き添い人に支えられた総白髪のローゼントンは一平の前に出るや、「齢九十六、悔やんでも悔やみ切れないミロク処刑を懺悔せずに旅立つわけにはいかなく、お願いに上がったのです」と、話し出した。
当時、ベリアル集団(神の家と、其の支配下にあるハンカ教会、マスコミ等)は、奇跡を顕現しながら次から次へと弥勒に転教させて行くユズキの強烈な力に脅威を感じていた。
「私はヨミシャセの総督として、何かにつけ、干渉して来るハンカの抑圧的な権威に反感を抱いており、むしろ率直に愛を訴える弥勒やエンキに共感と好意を抱いていました」
ローゼントンはキハンを抱き込んだハンカが、ミロク・ユズキのでっち上げ冤罪をもって逮捕を目論んでいるのを知り、ミロクを総督邸に呼び出した。
「弥勒が執務室に入った途端、此の世のものとは思えない神聖な美しさと、発散する強烈な力に、私は涙と震えが止まらなかった……」
総督はミロクの周りに画策する企みを告げ、直ちにヨミシャセを脱出するか、ハンカに一旦妥協するかの選択を勧めた。
弥勒は総督を見つめて「行く道は定まっている」と、答えた。
数日後、大学院公国重鎮のザーラ教授による裏切り(真実は定かでは無い)で捕縛され、総督裁判にかけられる。
罪状は、ヨミシャセおよび世界転覆の陰謀罪。
ローゼントンは、陪審員に冷静に真実を見極めるよう幾度も進言した。
しかし、陪審員は、神の家、チョサンヒ、ハンカ教徒と在ヨミシャセ・キハン人で構成され、立ち入る隙も無い。
陪審員見解は全員一致、市街を引き回しの後に、公開銃殺。
最高権力者のヨミシャセ総督は最終判定を下さねばならない。
ハンカのマニーワ支部長が立ち上がった。
「もし判決をこれ以上躊躇するならば、総督のリコールをオルマヤに請求せねばならないし、ヨミシャセは手の付けられない内乱に襲われるであろう」
総督の立場を知りぬいた脅しである。
総督裁判には被告が自己弁護し、其の弁護の妥当性を総督が認めるならば特赦が与えられる、と言う一行がある。
ローゼントンは特赦付与のため、再三再四にミロク自らの弁護を求めたが、ユズキは昂然と拒否し、生還の道を閉ざしたのだ。
「あの日、処刑場マウンテ・ベットンに続く嘆きの道は咲き誇る桃花に満たされていた。
弥勒は何故従容として死に赴くのであろうか?」
それは、永遠の問いとなった。
己が下した罪に慄き脅えるローゼントンへ、ミロクは静かに微笑み「有り難う。貴方を許します」と、告げ、天に向かって叫んだ。
「無明なる人々に愛と御許しを!」
処刑の弾丸がアミリウスの乳房を抉ると、聖なる罪負い人は一瞬電光管のごとく眩い閃光を放って息絶えた。
すると、一天俄かに掻き曇り、辺りは夕闇のごとく一変する。
突風が吹き抜け、雷鳴が轟き、土砂降りの豪雨が降り注いだ。
数日荒れ狂った嵐が止み、納棺所へ遺体確認をしたところ、ユズキの遺体が棺から消え失せていて、代わりに、裏切りの汚名を浴びるザーラ博士の自殺体があった。
語り終え、「これで、思い残すことはない。懺悔の機会を与えていただき感謝致します。そして、心から弥勒革命と大巡礼の成功を祈っています」と、元総督は涙を拭った。