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七十七話・愛の道程

 

 一平とキサンは終戦祝いの宴から抜けて、庭園の小道を歩んでいる。


 「イッペイ、早速だが、大巡礼の方を頼む。オペレーションは情報作戦担当のボッチョ・マコ社会心理学教授に一任しており、もう即でに現地に飛んだ」

 「ボッチョ・マコ?」

 「我等が誇る天才宣伝演出家。君とリリト女王を演出する」


 一平はハッとしたようにキサンを見た。

 「女王の説得をしていない……」

 「諸々あって、彼女はOK。君には無理を言った」

 そして、「僕が君を誘ったのは、私的なことなんだが」と、前置きした。

 「君が赴く前、是非にも聞きたいことがあるんだ」


 「ヒロコさんのこと?」

 「そうか、……君はダングンジュだった」キサンはホッと息をついた。


 「惚れてる。最初から惹かれていた」キサンの顔は紅潮し、瞳は濡れたように光を帯びている。


 「それで、高揚している勢いで告白した」

 「告った?」一平の声が跳ね上がった。


 「でも、答えはノー。彼女の心は君で一杯だった」

 「僕で?」

 一平は立ち止まった。


 「で、イッペイはヒロコの想いに応える気があるのか、それを聞きたい。君がヒロコを受け止める意志があるなら、さっぱりと僕は諦める」


 一平は尋ねた。

 「ヒロコさんが只の友人なら?」


 キサンのオーラが薄紅色に揺れる。

 「モチロン、必死で彼女を口説く。捨ててこそ身は有れ、納得いくまでやるさ」

 そこには、偉大なヒカリイトではなく、焦がれる一介の男がいた。


 「ちっとばっかし、答えに猶予を……」


 「サンクス!君がヒロコに応えるなら、悔しいが、二人にとって素晴らしいことだし。でなければ、僕がハッピーになれる可能性有りってわけだ」




 早朝の微睡みの中、ヒロコは微かな気配に目覚めた。

 部屋の片隅、密やかに佇む者がいる。


 ヒロコは息を呑んだ。

 「リリィ、如何して此処に?」


 「寝顔に見惚れていたの」

 囁くように侵入者は答えた。


 (警備が厳しく、扉は二重にロックされているのに?)


 リリトは微笑む。

 「我ら竜人には、人間の警戒も鍵なんかも意味をなさないわ」


 「その全てを好きなように操れる竜人女王陛下が何の御用かしら?」

 ヒロコは徐に尋ねた。


 「我とイッペイは共にヨミシャセに発たねばならない。それで、ヒロコとは一度話し合わねば、と思っていたの」

 「…………」

 「ヒロコが我に反感を抱いているのが気になるの。ヒロコはイッペイに恋している。だから、愛の敷衍力がイッペイやライオンの情欲を刺激するのに我慢ならない。ガイア流に言えば、我は如何しようも無くスケベイでふしだらよね?」

 リリトのケロリとした言い方に、ヒロコは苦笑した。

 「陛下はふしだらな色情狂よ。そして正しく、苛々するのはボクが一平さんを想っているせいだわ」


 「その上、ヒロコはヴァージンだし」

 「そんなの、関係あって?」

 「ヴァージンは度量が狭いの。竜界において、ヴァージンは半人前としか見なされないわ。

 つまり、思考が小児的なの。知的であろうが無かろうが、女にとっては、初めて野蛮な雄の肉体を我が身に嵌め込まれ、その精を体内に受け入れるのは生半でないの。初めて女として真の意味での許しを身に付けるんだわ」

 「セックス優先の竜女らしい考えだわ」

 ヒロコはリリト独特のふんわりとした雰囲気に呑まれ、軽い酩酊を感じていた。


 「我は竜族の雌。竜女は刺激を求めるが、人間の恋心などには関心が無いの。収斂現象で身体の相似はともかく、竜族と人間はあくまで異種の関係なので、敢えて言えば、我にとって人間との交合は獣姦の類に過ぎないのよ」

 「でも、竜人と人間の間には子供ができ、互いに知性を有しているわ」


 女王は艶然と微笑む。

 「獅子と虎、馬と驢馬、人間とゴリラの間にも子供ができる。ヒロコだって、アンドロイドやペットのモグッパを人間そっくりだからって恋愛の対象にはしないでしょう」


 「じゃあ、モグッパ・ペットの金髪少年だけで楽しんでいれば良いんじゃなくって」

 「そうはいかないわ。エムは多機能のセックス・コンパニオンモグッパとしては中々だけど、所詮、家畜は家畜。

 それに比べ、人間は竜人同様、神人によって創出された種族。しかも、イッペイは容姿体格と雰囲気が神人を思わせ、神人コンプレックスの竜女にとっては、垂涎ものなの」


 ヒロコはふらつきながら立ち上がった。

 「何て、竜女は……恥知らずで畏れがないんでしょう!」


 「恥知らず?畏れを知らないですって?その言葉をソックリ人間に御返しするわ。それがために地球を破壊寸前に追い込み、五度目の鉄槌が下されそうになっているのよ。

 自然を削り取り、公害を垂れ流すのをものともしない。遊興のために風雪を生き抜いた巨木を切り倒し、食欲や装飾のため、何十年も命を育んだ野生動物の殺戮を厭わない。鎮守の杜を玉入れの遊戯場に変え、象牙の印鑑や装飾物に恥じることなく、知的大型海洋哺乳類を貪るのに痛痒を覚えない。

 とどのつまり、人間の利己的な我欲は核戦争に帰結してしまう。大自然、宇宙の調和を乱す人類こそ、畏れを知らない恥知らずよう」


 ヒロコは大きく息を吐いた。

 「それと、貴女の淫乱は別問題よ」


 リリトの声が遠くから反響するように聴こえて来る。

 「そうとも言えないわ。性は協調であり、愛でもあるの。愛は畏れであり、普遍の真理よ。我ら竜人の道徳の指針は愛することに尽きる。ヒロコ、誓って、我は大切な貴女の恋人の心を奪ったりはしない」


 ヒロコはリリトから恋人の言葉を聞いた途端、気持が萎えていくのを感じた。

 考えるに、一平はヒロコの恋人と言うわけでも無いのだ。寧ろ恋人ならば、恋愛にもならない異種族とのプレイ等は取るに足り無いのかも知れない。


 涙が浮かんできた。

 「ボクって馬鹿みたいだわ。……一方通行の片想いなのに」


 「片想いなんかじゃなくってよ」

 リリトが慰めるように言った。


 「一平さんは、ボクのことを対象外の妹みたいに思っているの」


 リリトはヒロコに囁く。

 「貴方がたが惹かれ合っているのは間違いないわ。行き違っているだけよ」

 「何時も冗談のように、はぐらかされちゃう」

 「イッペイを抑制しているのは、彼が童貞を捧げた年配の女性の性的刷り込み(セックスプリント)のせいなの。彼も、貴女への気持ちに揺れているわ」

 リリトはヒロコを抱擁した。

 「今夜、貴方がたの微睡っこしい恋愛劇を成就させるよう、刷り込みを突き破る強い欲望のエネルギーをイッペイに送ってあげる」


 ヒロコはリリトが発散する咽返るような気に喘いだ。

 「今夜……?」

 「聖なる夜、女は身を清め、祈りを捧げて待つのよ」



          … …  … … 



 夜半窓を叩く風の音、ヒロコは屋外の気配に扉を開いた。

 煌々とした月の光、憧れの王子が佇んで居た。


 「近くて……遠い道程でした」

 緊張気味に一平が微笑んだ。


 ヒロコは歩み寄った。


 「途中に……咲いていたので」一平が一輪の竜胆を差し出す。

 ヒロコはそのまま一平の手を抱くように香りを嗅いだ。


 「今夜は、ヒロコさんに告る……チャンスだと思い……」

 ヒロコは恋する王子を見つめる。


 「此処に来たのは……」言いかけようとする一平の唇にヒロコは接吻した。

 間近にヒロコの潤んだ瞳があった。


 発火点寸前まで燻っていた熱情の炎は、一瞬にしてあらゆる思いの蟠りを吹き飛ばして激しく燃え上がる。


 ベッドの中、一平は抱き締めるヒロコの体に幾度も痙攣が走るのを感じた。

 焦がれる思いと、一平を健気に迎えようとする慄きであろうか?


 眩いばかりに美しい裸体に、一平は感嘆の溜息を漏らした。

 一平は、この美貌の天才科学者に向かうと、手も足も出ないほどに気圧されてしまうのだが、今宵は例えしようも無くいじらしい。


 窓から射す月の光は時を忘れて睦み合う二つの影を幻燈の如く朧に映し出した。

 喜びと感動の中、ヒロコは初めての苦痛の儀式に耐えた。

 一平は無垢な初獲物に感激しつつも、女の哀しみを見るのだった。


 明け方、二人は一枚の毛布に裸身を寄せ合いながら、山の端に昇る太陽を窓から眺めている。

 一平の労りと囁きに、ヒロコはうっとりと身を委ねていた。

 「夢みたい。……きっとリリィの魔法なんだわ」

 「女王の?」

 「キュウピットの矢を射ち込んでくれるって。そして、念願通り、貴男が来たの」



 二人は婚約の契りを結んだことを牧野と鬼三に報告し、バキ等を始め仲間内や大学院幹部・知り合いに公表した。

 一様に祝福の意を表す中、牧野の喜びようは尋常ではなく、踊り出さんばかりだった。



              … …  … …



 カイラスの麓、梟の森シャングリアの洞窟入り口からガイアを目指してバキとトミス、そして、この所めっきり大人びたリリトのモグッパ青年エムも旅立つこととなった。


 「心に平安シャロームを!」握るバキの手は熱い。



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