七十六話・チャガタイ聖戦
アンポーニンと公国に潜むモロクを完全制圧したダルマラーマは、作戦の終了を宣言し、国境に進攻を持するチャガタイ軍に自制を呼びかける。
「テロリストによる公国支配の野望は潰えた。此処に貴軍の速やかなる撤収を望む。
もし、貴軍による我が公国への侵略が行われるならば、手痛い代償を支払わねばならない」
警告にも拘らず、公国におけるモロクの壊滅の報を受けるや、チャガタイ軍がキョウドフンとトーラの国境ラインを越えて三方面から進攻を開始した。
一平は速やかに公民の安全なシールド内への退避と、ゲリラ戦への編成を命じ、ムセイオンの誇る広域対空砲撃防御シールドを作動させる。
そして、チャガタイの戦意を削ぐべく、トーラ全域隈なく無数にばら撒かれた蚕豆大の植物育成用の音楽スピーカーを通し、耳を劈く大音で陰鬱とした雑音を絶え間なく戦場に流した。
ドルチタンの頭部メットと防弾衣に身を固めたトーラ軍は、塹壕とトンネルを農業用高速トロッコで駒鼠のように駆け巡っては狙い撃つ。
然しながら、圧倒的兵力のチャガタイ軍は、大学院の誇るイムヨウ(超能力グループ)部隊の仕掛ける幾多のトラップや誘導地雷をものともせずに、ローラーで地を均すがごとく進軍する。
キサンはガノ長官を呪殺し、止まらぬ進軍を見越し、休む間もなくタータノフ戦闘指揮官の心臓を止める呪いを発した。
山岳戦線とフル稼働のヴァジュラとシャマト(銃弾サイズの携帯誘導ミサイル)は即に三百台余りの戦車を破壊し、無人飛行機六十を含む百二十機の飛行機を撃墜していた。
待機していた光子ミサイル爆弾とクラスターロケット弾が浸入者に絶え間なく降り注ぎ、無数に設置された誘導地雷がピンポイントに 侵入者を爆殺する。
報告が入った。
「チャガタイの現地略奪習慣のため、進軍速度が些か鈍ってはいるが、ラッサまで残すところ既に数時間と迫っています」
「侵略者の餓鬼共に地獄を見せたる!」
キサンの狂気の怒声が地下司令壕に響く。
キサンはバラスキ東面軍司令官の息の根を止めるべく呪殺の儀式に入った。
チャガタイ軍の進攻は仲間の死を乗り越え、野火のように広がって後部戦線の山岳部に迫る。
「チャガタイの進軍が空転しています」と、報告が入った。
「進軍が空転?」
報告は怪奇の様相を帯びている。
「それが、幻霧のような実体の無い白い騎兵の大軍が空から舞い降りて、戦車を押し戻しています」
チャガタイは進軍の意志を止めることなく、事態を突破しようと足掻いていた。
北部ヤンゴルモアのアルタイ同盟にも軍の動きが見られる。
「北部同盟が漁夫の利を狙って攻撃の機会を見ている」
一平は北部ヤンゴルモアにおけるチャガタイへの側面攻撃準備の偽情報を、チンクロドに画策させると同時に、北部同盟兵を装って国境沿いから猛烈に攻撃をかけさせた。
程なく、「チャガタイの東部方面軍が進軍方向を変えて、北部ヤンゴルモアへ向かっています!」と、伝えてきた。
キサンの眦は跳ね上がり、執念の瞳は炯々と凄まじい光を帯びている。
「クソったれ!次はヴォスクーヴァのダタージンをぶっ殺す!こうなりゃ、ラッサへ入る前に、レターニン、ブラツキーから、知り得る限りのチャガタイ要人、プーシロフ大統領まで地獄に送ったる!」
進攻から二十六時間、ラッサ突入直前、突然にチャガタイ軍は進軍を停止した。
「戦闘を止め、全軍を撤収する!」
突然、チャガタイは一方的に作戦の終了を宣言した。
ダルマラーマは呼応して戦闘と発狂の戦場音楽を中止し、ヴォスクーヴァのガウラン宮殿に一報を打った。
「貴国の理性ある自制を称する」
チャガタイ軍は国境沿いまで引き上げると、チャガタイ連邦共和国大統領プーシロフの名において、「トーラ・ムセイオン・アーカシャ大図書館大学院公国へ、和平会談を請う」と、大国チャガタイからの和睦の申し込みである。
戦死者は四十二万。
内訳はチャガタイの戦死者四十万強。トーラの戦死者は二万に及んだ。
… … … …
プーシロフ・チャガタイ大統領はヒロコに会うや、片膝をつき恭しく礼をとった。
「お会いできて光栄の至りです。カンペケの捕虜交換で、貴女の比類なき勇姿は全世界を魅了した」
「膝をお上げ下さい。戦争にあるのは敗者のみ。欲得と憎悪の悪夢から目覚め、永劫の平和と繁栄のスタートを切ったのです。新しい世界の建設に手を携えて行きましょう」と、ヒロコはチャガタイ大統領の手を取った。
「攻め入ってみて、改めてトーラの文化の高さと豊かさに圧倒されました。チャガタイは戦略のみならず、豊かさでも、精神的にも、完敗です。これより、宜しく御指導お願いする」
和睦成立後、トーラとチャガタイは怨讐を越えて平和友好条約が結ばれ、間を置かず同盟国となる。