七十五話・憎悪の沼へ
バキとトミスのガイアに帰る送別会が仲間内で開かれた。
「師には、まだ御指導いただきたかったのに残念です」
一平は率直な気持ちをバキに伝えた。
「我にとっては、ライオンとイッペイをテラに連れて来るのが、与えられた使命だった。後はオアシスの辺で魔法使いの育成にゆったりと余生を送りたいのです」
宴は和気藹々として盛り上がっていた。
しかし、この秘密裏の送別会は、チャガタイの諜報活動によって、モロクに筒抜けになっており、周到に用意された毒殺の晩餐会となった。
宴もたけなわ、洗脳された給仕が運び込んだ必殺の放射能粉末メタルをワインに混入させ、一行(異星グループ)を一網打尽に葬り去るべく暴挙が行われた。
一平が催眠状態でフラットになっている給仕の脳波を感知し、警告を発した時は既に遅く、ペーター、ギュンター両教授、モグッパのダフ、そして、我等が冒険家の竹之内佛林と、牧野の愛妻・カーニャが混入ワインを飲んでしまっていた。
怒号が飛び交う混乱の最中、必死の救急救護にもかかわらず必殺の毒物は服用した肉体をどす黒く変容させて行く。
「……友に抱かれて、仲間と一緒に旅立てるのは悪くねえ。サラバだ、ライオン」フリンは牧野の腕の中で眠るが如く瞳を閉じた。
フリンとカーニャを抱くダルマラーマ・ライオンが悲しみの慟哭は果てるともなく、吹きすさぶ木枯らしのように館内に響いていた。
キサンは指揮権発動を宣言する。
「これよりもって、トーラ・ムセイオンの緊急指揮を取る。罰当たり共に地獄を見せてやる!」
キサンは、直ちにバクロドンを筆頭に十七人の名だたるチャガタイ親派を呪殺すると共に、アーミダ川の辺に潜むモロクのアジトを急襲し、モロク兵士六十余命を葬り、幹部十三名を捕虜とした。
「捕虜共を絞り上げ、関係するモロクやチャガタイが分かり次第、片っ端からぶっ殺す」
キサンは血走り狂気を帯びていた。
対するモロクも手を拱いて無く、深夜のガイア・グループ宿舎攻撃の不意打ちを敢行した。
「エローミュ夫人とメカミ技師が拉致されました」深手を負った護衛兵が息も絶え絶えに注進した。
陰に陽にの攻防、凄まじい闇の戦が始まった。
モロクより捕虜交換の提案があった。
捕虜のモロク全員と、連れ去られたヱローミュ、メカミとの交換である。
交換場所は、公国の中心リンポー宮の傍らを流れるアーミダ川に架かるカンペケ橋で、立会人はモロク側十人、ダルマラーマ側十人のみ。代表公証人はガイアグループの代表と指定してきた。
「トーラの代表をガイアグループからだあ?豊饒の女王と人類救助船の最高責任者が、モロクの十派一絡げのクズ共が対価ときたぜ!」
ダルマラーマが怒り狂うヒカリイトを抑える。
「問題は、標的になる代表の危険な役回りを誰がやるかだ」
すかさず、ヒロコがその指定の代表公証人に申し出た。
「キサンの先制攻撃を躊躇させ、フリンやカーニャを始め、大切な有志を亡くした責任がボクにある。このまま安穏としているのは耐えられないわ」
ヒロコの目は据わっている。
申し出は全員の総意で却下された。
「ボクはドールボックスの飾り人形なの?そんなの糞っくらえよ!」
ヒロコは頑として引き下がらない。
「取り合えずは奴らの意図と、公国内に潜むテロリストを明確にしなけれ
ば。そうだろう?イッペイ君!」と、キサンは一平に振った。
最先端の探査装置や、公国の誇るイムヨウ(超能力グループ)諜報機関をもってしても突きとめることができなかったエローミュ等の居場所は、意外なところから判明する。
それはエローミュが公国に発現・敷衍させた妖精の異次元ネットワークであった。
捕らわれ所は、リンポーから約二百キロ離れた、チャガタイとトーラの国境に近接する通称エメラルドの谷と呼ばれる玉石の採掘小屋だ。
距離と時間を考えると、エローミュとメカミをカンペケで交換する意図が無いのは明らかだった。
更に、妖精の報告によると、モロクの別働隊が密かにカンペケの一キロ内に立会人狙撃用スナイパーを数ヶ所置き、近接する森の中には光子ミサイルを持ち込もうと準備していると。
そしてその上、チャガタイの機械化部隊がラッサ進攻を持して国境沿いに展開していると言う報告がなされた。
一平は目の当たりに出現した小さく不思議なフォルムの妖精たちと、もたらす情報の精密無比な正確さに唖然としている。
声が心の中へ心地良い鈴を振るように入り込んできた。
「宇宙の霊的神経組織と植物の神経は一体化しているの」
「宇宙と植物の神経組織?」
「天体関係の相互作用等であり、光や重力や貴方がたの知らない力によって、蜘蛛の巣のように機能している。そして、植物は諸惑星の奏でる宇宙リズムと密やかに共振しているの。全ての命は同一で垣根が無い。神も竜も人も、動物、植物、細菌、もしくは鉱物ですら、私たち妖精も例外ではなく、見えないのは執着の欲望が曇らしているからなの」
「確かに、貴方がたの見通しは人智を超えてる」
「妖精のお蔭をもって、諜報戦でモロクを出し抜いた。これで、お嬢様の安全を確保できる」キサンは揚々として、作戦会議に臨んだ。
トーラ及び、ガイアグループの代表はヒロコとなる。
作戦はカンペケに展開する秘密警察の囮の陽動隊と、各所に潜むテロリスト対応用の特殊部隊。そして、エメラルドの谷に向かう所謂ガイアグループによる救助実動隊に編成された。
実動隊のメンバーはダルマラーマ、一平、バキ、トミス、その他の戦闘エキスパートと、戦略顧問としてガット・ロキの特別参加である。
… … … …
一平は対チャガタイ戦に備え、都市部に最新式の広域対空砲撃シールドの設置、誘導地雷を国境沿いからラッサに至る全域に敷設するよう指令した。
さらに公国軍を、網の目のように張り巡らされた塹壕と、農業用高速移動車で密に連結している山間部のトンネルに配置した。
事有らば、ダルマラーマ、リリト、そしてヒカリイトはリンポー宮地下二百メートルの特別地下壕から指揮を執る。
定刻時、百メートルの間隔を置いた両陣営立会人がカンペケにベールを脱いで対峙していた。
全世界の衆目を集める偽りのショーオペラの開幕だ。
ミューズ(美の女神)のお披露目である。
薄絹の鮮やかな青いトーラの民族服を風に靡かせる公国公証人のヒロコは、その颯爽とした押し出しと美貌で圧倒した。
対するモロクの公証人はパルチザン議長アンポーニン。輝くヒロインと対照的に、へヴィースモーカーで大柄な体躯、ゴールドのネックレスやブレスレットに不似合いなレザーのコートを着込んだ小太りの浅黒い蛙面は主役を引き立てる狡賢い悪役のように見えた。
互いに捕虜に擬した偽人質を連れている。
時や今、キサンは天声疾風作戦の幕を切って落とした。
満を持していたテロ対応特殊部隊は、直ちにカンペケの一キロ内に配置されていたモロク狙撃員の全てを捕縛し、森に潜むモロクの光子ミサイル隊を急襲した。
捕虜奪還実動体も小型甲虫型偵察機器と、ヴァジュラでの超遠距離透視狙撃でエメラルドの谷におけるモロク守備兵全員を射殺し、メカミとヱローミュを解放する。
一平たちが小屋に踏み込んだ時、毛布一枚を纏った裸のエローミュと、頭部を撃ち抜かれた死骸が二体ベッドの傍らに転がっていた。一体は全裸で、もう一体は軍服姿で下半身剥き出しのまま。モロクが女捕虜に行っていた虐待は一目瞭然だった。
一平たちは射殺された遺体を部屋の外に引きずり出した。
「野蛮人共は八つ裂きにしても飽き足りません……」
エローミュは一平の労りを一蹴した。
「私は捕虜にされたんじゃなく、なったのよ。リリトの境地とまでは言えないけど、ハードSMに一皮剥けさせて貰ったわ。最後には同じメンバーの順繰り強姦ごっこに飽き気味だったけどね」
髭面でボロボロに憔悴しきったメカミに比べ、ちょっとした冒険を終えたかに明るく談笑するエローミュに一平は唖然とした。
(妖精使いで竜人のエローミュなら逃げようと思えば逃げれたはず。彼女は、か弱い女を演じてのスリルを楽しんでいる)